――惨劇の集会場――
「ああ、長、ご無事でしたか」
ロズ副長は、漁師の長の姿を見つけ、安堵の声をあげた。
島の住民たちは島の南側にある集会所に集められていた。もともと長老が呼びかけをしていたこともあり、そこにはすでに何人か集まっていた。そのおかげで、軍も住民を一か所にまとめるのがスムーズに行なえたのだ。
「まぁ、抵抗しなかったからな」
長は短く答えた。「誰かケガした者は?」
「漁師から数人。ちょっと抵抗して殴られたのです。ですが、命までは取られていません。軽傷です」
「そうか。死者が出ていないならなによりだ」
「今のところ、死者は出ていないようですが……」
「どうした?」
「あの子が姿を消しました。あのエドって少年です」
「ああ、まだ会えてなかったが。話は聞いている」
「それと、帝国から来た客人も」
それを聞いて、長は沈痛な表情を浮かべた。「もしかすると、殺されたかもしれんな」
ロズもそのような想像をしていた。こちらに銃口を向けているのは、民族的に近しいシィナ共和国の兵士たちだ。同族びいきとまでいかないだろうが、いきなり殺すようなことはないだろうと考えていた。一方で、明らかに民族の違うあのふたりに、兵士たちが引き金を引くのをためらうだろうか。もし、この場に死体袋を放り寄越されたら、その中身は誰であるか袋を開くまでもないと思った。
「みんな無事かえ?」
長老が姿を現した。彼女の後ろをアラマおばさんと数人の兵士がついている。兵士のひとりは銃口を長老の背中につきつけていた。
漁師の長は長老に歩み寄ろうとしたが、長老の背中を狙う銃口を見て立ち止まった。長老は立ち尽くしている長に気づくと、笑みを向けた。
「そなたも無事でなにより。ほら、しゃきっとしなされ。もういいトシだろうが」
「年齢をここで持ち出すな」
長は苦い表情を浮かべた。「それに、こんなことと関係ないだろうに」
それを聞くと、長老は「ひょっひょっ」と笑い声をあげた。兵士が銃口でこづいたが気にもしていない様子だ。
その様子をザッケルも見ていた。ザッケルは『さすが長老。まったく動じていねぇ』と心のなかでつぶやいた。
「皆さん、お集りかな」
軍服姿のなかで一番立派な姿の男が集会所に入ってきた。胸にきらりとバッジが光っている。この軍全体を指揮する将校のようだ。両端がピンと立った口ひげを生やしており、口調もそうだが尊大な印象のある人物だ。
「私はテンゴン少佐。今回の作戦の指揮を執っている。我々は今回、諸君の島を帝国の手から解放するためにやってきた」
『解放、だと?』ザッケルは呆れた声が漏れないように口をつぐんだ。
「我々と諸君は見た目が非常に似ている。つまり、同じ民族なのだ。諸君は我らの同胞として我が国に迎え入れる。今回の作戦は諸君たちの解放へ向けた第一段階のものだ」
「第一段階……? この島を押さえたら終わりじゃないのか?」
漁師の長は、テンゴン少佐の前に進み出て尋ねた。テンゴン少佐は、長の心配そうな顔を侮蔑に満ちた目で見下ろした。
「我々の行動は、帝国の知ることとなるでしょう。当然、やつらは再侵攻を行なうでしょう。あなたがたをふたたび支配するために。貪欲な帝国が、そう簡単にこのオアシスを諦めるとは思えません。ですから、我々は、この島を軍事要塞化し、敵の接近を許さない状態にします。それが第二段階です」
「第二段階……。まだ終わらないので?」
「ここが拠点となれば、帝国の軍事的要衝アッティラへの攻略が可能になる。あの地には砂竜を中心とした騎竜部隊が駐屯している。この大砂海を一個中隊で進軍できるとほざいているが、そこに騎竜部隊でも精鋭のみで編成された十二宮騎士団のいくつかが待機している。間もなく連合国に仇なそうと、出撃を準備しているとのことだ。我々としてはやつらの勝手を許すわけにいかない。ここは、やつらの機先を制するに適した場所だという。それゆえ、この地を奪還されてはならない。ここを最前線として維持し、アッティラを攻略して、アンバサルの管理を揺るぎないものとする。これが第三段階である」
テンゴン少佐は説明を終えると、周囲を見渡した。場内はシンとして、言葉を発する者はいない。自分の説明を静聴させられたことに少佐はかなり満足していた。
「む、むちゃくちゃ……だ……」
どこからか声が聞こえ、少佐は声の主を探した。
声を発したのは、膝で切れているぴっちりしたズボンに、紺色のシャツを身につけた若い男だった。浜辺で見た漁師の恰好をしている。島で若手の漁師らしい。
「何が……むちゃくちゃかね?」
「何が……って、全部だろうが! 俺たちの解放? 冗談じゃない。単に、アッティラを滅ぼすのに都合がいいから、ここに基地を造りたいってだけの話じゃないか! だいたい、見た目は似ているが、風習も宗教も違う。言葉こそ共通語だから一緒だが、これだってもともとはよその国の言葉だ。あんたたちとは、まったく『別』の民族なんだよ!」
若い漁師はなおも抗議しようと少佐の前に進み出たが、その瞬間、少佐が右手を若者の額の位置にあげた。
バンッ!
これが銃声であることを島の住民は知った。少佐の右手から白い硝煙が昇り、若い漁師は殴られたように後ろへひっくり返った。
「お、おい……」
若者に近寄りかけた別の漁師は、若者が顔を血まみれにしてこと切れているのを悟った。
「ど、どういうことだ、これ……」
どよめきはじめた場内を、少佐はもう1発銃声を鳴らして黙らせた。今度は短銃を持った右手を天井に向けて発砲したのだ。
「諸君らは帝国に毒されている」
少佐は落ち着いた口調だった。
「あまりに毒されて、再教育が難しいとなれば、帝国側の人間として処分しなければならん」
「しょ、処分……」
「なんてことを……」
絶句した住民たちから、わずかだが小声が漏れる。
住民の群れからひとり、中年の女がかきわけて進み出ると、倒れている若者のもとへ駆け寄った。この若者の母親らしい。
母親は我が子の名前らしいものを口にしながら泣きはじめた。血まみれの頭を抱え、自分も血まみれになりながら。
「しょうがないな」
少佐は右手を母親に差し向ける。漁師の長は「待てっ」と叫びながら駆け寄ろうとした。
バンッ!
さっきと同じ音が聞こえ、今度は母親が床に転がった。駆け寄った漁師の長はその場で立ち尽くした。これ以上進めなくなった様子だ。
「勘違いしないでもらいたい」
少佐は手にした短銃を顔の位置でぶらぶらさせながら声をあげた。
「我々は『わざわざ』解放してあげているのだ。諸君らは、それに誠実な態度で応えるべきなのだ。こんな、反抗的で、不快な態度は、我々に対する侮辱だろうが! こんな耐えがたい侮辱を与える者を、我々は容赦しない。少々不本意であるが、実力行使させてもらう!」
住民たちから言葉が消えた。少佐は背後に合図を送ると、数名の兵士が進み出てきた。床に転がった母子の遺体を持ち上げて、場外へと運び出していく。
「許せないよ……」
遺体が運び出されると、誰かから小声が漏れてきた。
「シッ! お前も殺されるぞ」
すぐにたしなめる声が続く。
少佐は声の主を探したが、大勢で誰か見分けがつかなかった。しかし、少佐はあまり気にしていないようだった。
「諸君……。窓の外を見たまえ」
少佐は短銃の先端でひとつの窓を示した。つられるように窓へ視線を移した住民から「うわぁ」と声をあげる者が現れた。
場内の窓はいくつもあったが、そのいくつかをふさぐように何か大きなものが横になっていたのだ。それは赤い色をして、ひとつの窓からは燃えるような赤い大きな眼がのぞいていた。
「りゅ……、竜だ!」
「赤い竜……」
騒ぎ始めた住民たちを、今度は兵士たちがライフルの銃口を向けることで黙らせる。
場内が静まると、少佐は右手を高々とあげた。
「我が軍の炎竜だ」
説明する少佐の声は、どこか得意げだった。




