――逃亡――
ユティーの船はずるずると浜から押し出され、沖へと船出した。
「みんな、船首に集まって」
ユティーの指示でふたりが船首に集まると、どすんと音を立てて竜が乗り込んできた。船尾が沈み、船首が持ち上がる。3人は船首を押し戻すように床面に伏せて船の姿勢を戻した。
「器用に乗るなぁ」
トールは竜に振り返りながら感嘆の声をあげた。「本当に何竜なんだ?」
「安心しないで! まだ砂流に乗っていないのっ」
ユティーはオールを砂海につっこみながら叫ぶ。
「補助竿の帆でも風は受けられる?」
エドが補助竿を左右に動かしながら尋ねた。
「できるっ!」
ユティーは大声で答えながらオールを動かす。
トールが振り返ると、竜もしっぽを砂海につっこんで砂をかいている。何も行動していないのは自分だけだ。
「ええい、くそっ! 一番の年長者は私なのに!」
少しでも呆けていた自分を叱りながら、トールはもう一本のオールを拾いあげた。ユティーの反対側に回りこみ、そこで砂をかきはじめる。
「どっちに向かう?」
エドはユティーに尋ねる。
「西……10時の方向へ! そこが砂流に近い!」
「わかった!」
エドが補助竿をぐいっと引っ張ると、船もぐぐっと音を立てながら向きを変えた。
……早く、早く!
焦る気持ちばかりが募ってくる。エドの額に流れる汗は、先ほど走ったものから新しいものに変わっていた。
「グルルッ!」
竜の唸り声が頭上を響き渡り、ユティーはオールを動かすのを止めた。「え、何? アズちゃん」
ユティーは船から立ち上がると船の進む先を見つめる。そして、すぐにしゃがみこんだ。
「なんてこと……」
「どうした?」
トールもオールを動かす手を止めて尋ねた。
「トールさん、もう手遅れだったんです。ぼくたち……」
ユティーと同じように立ち上がっていたエドがつぶやくように言った。
「この島はすでに囲まれていたんです……」
船の行く手に、いくつもの黒い点が迫っている。それは船虫にまたがった一団だった。先日の掃除屋たちと違うのは、彼らは明らかに軍服をまとっており、さらに先の長いライフル銃を手にしていることだった。民間人がライフル銃を所持するのは禁じられている。ライフル銃を持っている――、その事実だけで向かってくるのが軍隊だとわかった。
船虫に乗った兵士たちはたちまち船を取り囲んだ。全員、腰の後ろにたずなを回し、空いた両手で銃を構えている。
「おとなしくしろ」
兵士のひとりから命令が飛んできた。
「グルルッ!」
赤い竜は身を乗り出して、指示を出した兵に首を伸ばす。ユティーは急いで立ち上がると、竜の首に抱きついた。
「だめっ! アズちゃん。ここで戦わないで!」
しかし、竜は口のはしを吊り上がらせて唸り声をあげ続ける。竜の心がわからずとも、竜がやる気満々あることは誰の目にも明らかだ。
「お願い……」
ユティーは自分の顔を竜の首に押しつける。ユティーの懇願する姿に、竜はようやく唸るのをやめた。
「そうだな。それが最善の行動だよ」
トールはそう言いながら立ち上がった。「降参だ。もう、どこにも行かない。君たちに従う」
トールは両手をあげた。
「動くな。動くと撃つ」
ほかの兵士がそう言いながら船にあがってきた。油断なく銃口をユティーたちに向けている。
エドがそちらに気を取られていると、背後からドンと衝撃を受けて床に転がった。別の兵士が背後から銃で殴りつけたのだ。エドはそのまま床に押しつけられたまま後ろ手に縛られる。気がつけばトールも同じように縛られていた。
ユティーが心配になり、首だけ動かしてあたりを見ると、ユティーは赤い竜の腕に手をかけたまま船尾に立っていた。兵士たちも竜の近くにいるユティーにはうかつに手を出せない様子だ。
「おい、抵抗するなよ、小娘」
銃口をユティーに向けている兵士はそう言いながら少しずつ近づいている。
「フンッ!」
竜が鼻息を吐くと同時に、竜はくるんと向きを変えた。太いしっぱがエドを吹っ飛ばしたときと同じように取り囲んだ兵士たちを薙ぎ払う。兵士たちは悲鳴をあげながら砂海に落ちていった。
「こ、こいつ!」
船虫から銃を構えていた兵士が叫びながら発砲を始めた。船の上を銃弾と銃声が飛び交いだす。
兵士の放った銃弾の何発かは竜に命中していた。しかし、そのことごとくが弾かれて砂海に落ちていく。
「こ、こいつ、ライフルが効かない!」
兵士から焦燥の声があがった。
竜は落ち着いた様子でユティーに顔を近づけると、彼女の胴体を咥えた。エドは一瞬、ユティーが噛みつかれたと思った。
しかし、竜が彼女を咥えた首をしならせると、そのまま空中へと放り投げた。
「ユティー!」エドは思わず叫んだ。
ユティーはくるくる回りながら高く飛んでいたが、急に両手両足を空中で伸ばした。同時に三角型の布も空中で広がる。
「ユティーの風箏……」エドの口から小声が漏れた。「いつの間に用意してたんだ……?」
ユティーはそのまま空中を滑るように飛んで、たちまち島の森へと姿を消してしまった。何人かの兵士が銃を放ったが、すでに的の小さくなったユティーに当てることは不可能だった。
……竜が……。
床に数人がかりで押さえつけられながら、トールは目のはしでこの光景を見ていた。
……彼女を逃がしたのか……。
ユティーが無事、島へ逃れることを確認すると、竜は抵抗するのをやめた。ユティーの言う通りに戦うことをしなかったのだ。
「こいつら、島の人間じゃないですぜ」
兵士のひとりが、船の外にいる兵士に話しかけた。話しかけられた兵士はひとりだけ色違いのヘルメットをかぶっている。どうも、この部隊の指揮官らしい。
「帝国の人間か」
「だと思われます」
「まぁ、いい。ひとまず、少佐の前に連れて行こう」
ユティーの船は何体もの船虫につながれて、南へと連れて行かれた。




