――長老、わずかな期待をこめて石の鑑定をさせる――
トール・マジェストと名乗った男は、さらさらした髪を胸の近くまで伸ばしていた。鼻が高く、切れ長の目。ひとことで美形といえる男だ。浜には、猟師の男だけでなく、エドのように荷運びを手伝いに来た女たちの姿もあったが、女たちから「わぁ」とため息とも感嘆ともとれる声が漏れ聞こえてきた。この島で美男子は珍しいらしく、うっとりと見つめる女もいる。
「長老にご挨拶に参りました」
トールは近くにいる年配の漁師にここへ来た理由の説明をはじめた。話しかけられた漁師は臆する様子もなく、「長老に何の用だい?」と尋ねる。
「実は……、父が隠居しましてね、私が跡を継いだんです。父はサルバトル・マジェスト。ここには水や食料の補給で、ちょくちょく立ち寄らせていただいていました」
「……シャロン商会のサルバトル……。覚えがある。あんた、その息子か?」
それを聞いて、トールは嬉しそうな笑顔でうなずく。「その通りです。父を覚えてくれているのですね? 嬉しいです」
「しかし、今まで親父さんと一緒に来てなかったじゃないか。あんた、これまで何をしてたんだ?」
「実は、帝国の官吏をしていました。税関の仕事です。しかし、父が病に倒れまして、このままでは商会が潰れてしまう、跡を継いでくれと父から懇願されましてね。官吏を辞めて商人になったわけです」
淀みなく説明するあたりは知性の高さをうかがわせる。帝国の官吏になれたのだから、実際に頭脳は優秀なのだろう。
「今回は私にとって初航海になるのですが、まずはあいさつ回りをと考えましてね。普段の交易船でなく、高速帆船で島めぐりをしているところなんです」
「それで、あんたひとりなのか」
漁師は帆船のほうへ首を伸ばす。帆船からトールのほかに降りる者の姿はなく、実際にトールひとりだけのようだった。
「ええ、そうです。操船技術は父に叩き込まれていましたから慣れたもんです」
トールはそう言って胸を張った。
「おい、ザッケル」
年配の漁師はエドの隣に立っている漁師に話しかけた。「客人を長老のもとまでお送りしろ」
「へ、おれ?」
ザッケルと呼ばれた漁師は自分の鼻を指さす。
「お前はちょうど、その魚を長老まで届けるところだったろうが。ついでだ、ついで」
「まぁ、そうなんですけどね。まぁ、いいや。おい、兄さん、こっちに来てくれ。案内する」
漁師は空の荷車を引っ張りながら手招きした。「おい、エド。お前も手伝ってくれ」
「はい」エドはザッケルのかたわらに駆け寄って砂魚を荷車に載せようとする。
「ああ、私も手伝いますよ」
トールも駆け寄り、砂魚は3人がかりで荷車に載せられた。
「じゃ、行くぜ」
ザッケルは梶棒の下をくぐると荷車を引き始める。エドは荷車の後ろに回って押すことにした。トールも一緒に荷車を押し始める。
「ありがとうございます」エドは礼を言った。
「どういたしまして。私はトール・マジェスト。よろしく」
「ええと、ぼくはエド・メルリヌスです」
「エド君、ですね? 改めてよろしく」
森のあたりまで砂地なので荷車は重く、進めづらかった。しかし、森を抜けると固い地面になり、荷車は気持ちいいほどスムーズに進んだ。
「ところで、エド君は島のひとじゃなさそうだけど、ここに働きに来たのかい?」
トールは不思議そうな顔でエドに話しかける。たしかに、南方系であるアンバサルの人びとと、カーマーゼンのような北方の辺境国の人びととは顔立ちがずいぶん異なる。少年でしかないエドがひとりアンバサルで働いているのは奇妙に思うだろう。
「実は、旅の途中で船が難破しまして。ここにたどり着いたまではいいんですが、船の修繕費用と補給物資の確保のため、しばらく働くことにしたんですよ」
「それは災難だったね。行き先はどこなんだい? 君ひとりだけだったら送ってやれるかもしれない」
「お気遣いありがとうございます。ですが、ぼくはひとりじゃないので。今、船を直している仲間がいますから」
そのうちひとり(?)は竜ですけど……。
心のうちでつけ加える。
「そうか。早く航海に戻れたらいいね」
トールは笑顔で返した。気持ちのいい笑顔で、エドはすでにこの人物を信用しはじめていた。帝国の人間ではあるが、誠実で優しそうだ。もっとも、帝国側の人間すべてが悪人であるわけがない。他国に圧力をかける存在ではあるが、帝国で暮らすひとのほとんどは、そういうことと無縁に生きているはずだ。
「着いたぜ、ここだ」
ザッケルは荷車を停めてエドたちに振り返った。たしかに、長老の家の前に着いている。
「長老。魚、持って来たぜ」
ザッケルは家の扉を遠慮なく開けて、なかの長老に声をかける。二言三言交わしたあと、ザッケルはうなずきながら顔を扉から引っ込めた。
「おい、エド。裏に回るぞ。アラマおばさんが炊事場の扉を開けてくれるってさ」
アラマおばさんとは、長老の息子さんのお嫁さんだ。息子さんは早く世を去ったそうだが、アラマおばさんは今も長老と同居しているのだ。
「で、マジェストさんはこっからなかへどうぞ。長老がお会いになるそうだ」
「ご案内、ありがとうございました」
トールは丁寧に頭を下げると、長老の家へ入っていった。
エドはその背中に頭を下げ、荷車の移動を始めた。
* * * * * * * * * *
「サルバトルの息子と聞いたが……」
長老はトールの顔を見上げながら言った。
「へぇ、あんたがそうなのかい。あんた、父親とはあまり似てないねぇ」
「よく言われます」
トールは笑った。
「ですが、父の若いころとはそっくりだとも聞いています」
「そうかい。たしかに島めぐりの商売は気を張るからねぇ。すっかり老け込んでしまったんだね」
「そうですね。その無理がたたって、昨年ついに身体を壊しまして、今も存命ですが、自宅で療養しています」
「そうだったのかい。たしかにここしばらく顔を見ないと思っていたが」
「今後は、私が父の仕事を引き継いで島めぐりをするつもりです。今後もよろしくお願いします」
トールの丁寧なあいさつに、長老も感じ入ったようだった。「困ってないときも遠慮なく島へ立ち寄りなされ」
「感謝いたします」
トールはテーブルに目をやり、そこに赤い石が光っているのに目を留めた。
「あれは?」
「ああ、ただのくず石じゃよ。固すぎて加工が難しいから、宝石としての価値はないんじゃ。そっちにしても売り物にはならんよ」
「そうなのですか? 一応、見させてもらってもいいですか?」
トールは胸からペンサイズのルーペを取り出してみせた。
「こんなに赤い石なんて見たことないので」
……あの石をこの若者に鑑定させてもよいのだろうか?
長老は少し考えた。問題ないのではないか? トールは「こんなに赤い石なんて見たことないので」と言っている。そうであれば、これを竜魂石と見分けるのは難しいはずだ。本来、出回っているのは黒い竜魂石なのだから。
「まぁ、見るぐらいならかまわんがね」
トールは礼を言うと、石をつまみ上げてルーペでのぞきこんだ。熱心に調べていたが、やがて、「わかりませんね」と言って、石をテーブルに戻した。長老は少しほっとしたが、残念でもあった。もし、この石が竜魂石でなく、ほかの石であったらと願う気持ちもあったからだ。
「わからんかね」
「透明度は高いですが、光の屈折具合がどの宝石とも合致しません。ただ、こんな透明度で宝石でないとは考えにくいのですが。もし、よろしければ私に売ってもらえませんか? あなたにとってはくず石でも、市場では高値になるかもしれません」
「商魂たくましいのはけっこうじゃが、それは譲らんよ」
長老は穏やかな声で断った。トールは残念そうな表情を浮かべたが、それ以上、交渉しようとしなかった。商人としてはガツガツしていないようだ。まぁ、商人になりたてであればそういうものか。長老はそう考えた。
「あんたは今日、この島に泊まるつもりかね?」
もし、そうであれば島の者に赤い竜魂石について話せなくなる。エドやユティーは集会場とかなり離れた浜辺で夜を過ごすはずだからあまり気にしてなかったが、トールの場合、島の宿に泊まるか、停留している船に戻るだろう。帆船が停まっている浜は集会場に近い。話を聞かれる可能性が高い。
「いいえ。水と食料を補充させてもらい、昼過ぎまでにはここを離れようと思います。今日頑張れば、パナセイアまで行けるでしょうから。できれば、帝国域の島々は一週間で回りたいので」
「そうかね。それは残念」
長老は心にもないことを言って残念がってみせた。トールはふたたび笑顔を見せる。
「社交辞令でも嬉しいです」
トールが立ち去ると、長老はテーブルの前に座った。赤い石を人差し指で撫でながら、「あいつ……、こっちの腹でも読みよったか……」と、つぶやいた。




