――提案――
「この鉄材をマストの芯にするといい」
住民の男が鉄の棒を手に話していた。「折れたマストの土台にこれを半分埋め込み、その上からマストを差し込むように入れるんだ。折れた周りを鉄板で巻いておけば、この帆ぐらいの重みには充分耐えられる」
「ありがとう」
ユティーはその鉄の棒を受け取った。
「鋲は、さっき、エドって子に渡している。確認するといい」
男はそう言い残すと立ち去っていった。
ユティーは静かな表情で見送る。男の態度に友好的なものは感じられないが、これまでとはまるで違うと思う。少なくとも悪意は感じられない。ただ、立ち去り際にちらりと赤い竜を見ていたように、彼らから警戒心が解けないのだ。それならそれでいい。本来、人間と竜は友好的な関係ではないのだから。自分と赤い竜との関係のほうが異様なのだ。
「ユティー」
森からエドが姿を現した。手には太い筒のような工具を手にしている。「穴のこを借りてきた」
ユティーはエドの持ってきた工具を見て首をかしげた。「穴のこ?」
「マストに対して垂直に穴を開ける工具だよ。これを使えば、鉄の棒を埋め込むことができるんだ。さっき、大工のおじさんが鉄の棒を届けてくれたはずだけど」
「ええ、もらったわ」
ユティーは受け取ったばかりの棒を見せる。
「ようし、これでマストが直せる」
エドは勢い込んだ。ユティーは苦笑いを浮かべる。「なにか楽しそう」
「そうかな? うん、そうかも」
エドは船に乗り込むと、ユティーに笑顔を見せた。「街のみんなも親切にしてくれるし、ありがたいよ」
「そう?」
ユティーは不思議な心地で聞き返す。ユティーは森から先へ進んでいないので街の様子はわからない。友好的でないと思う場所に足が向かないのだ。
「そうだよ。ちょっとゴタゴタしちゃったけど、長老のおかげで、街のなかは普通に歩けるよ。お金を持ってないって言ったら、さっきの大工さんみたいに補修材料を譲ってくれたり、工具を貸してくれるひとがいるんだから。それに……」
エドは腰に手をあてた。そこには大きな袋がぶら下がっている。
「漁師さんからは砂魚を3匹もらったんだ。もう少ししたら日が暮れるだろ? さすがに今から漁は無理だよ。今晩はこれを晩ごはんにしよう」
ユティーは苦笑した。「手回しいいね」
「少しは見直してくれたかな?」
「見直す?」
「いや、ぼく……。失敗続きだからさ」
これまでのことをずっと気にしているのだ。エドが何かの原因になったことはあったが、いずれもユティーが気にしたものはない。
「もう、何も気にしないで。わたし、エド君にがっかりなんてしてないんだから」
本心だった。むしろ、今もこうして気にかけてくれることに、戸惑いを感じながらも嬉しく思っているのだ。
エドはユティーの言葉にはにかんだ笑みを見せる。エドは魚の入った袋を竜に差し出した。
「アズちゃんさん。これを預かってもらえる? ユティーとぼくの分もあるから食べちゃったりしないでね」
竜は「グルル」と唸り声をあげたが、片方の前肢を伸ばして袋を受け取った。
「ところで、『アズちゃんさん』って何?」
ユティーが呆れ声で尋ねる。「変でしょ、それ」
エドは頭をかいた。「正直、どう呼べばいいかわからなくて。でも、ぼくが『アズちゃん』って呼びにくいし、『アズさん』はしっくりこないんだ」
「『アズさん』て」ユティーは笑い声をあげた。
船の修理は明日、明るくなってから行なうことにして、ふたりは食事を摂ることにした。メニューは竜の炎で適度に焼かれた砂魚の塩焼きと、エドが持ってきた乾燥パンだ。今日の食事で乾燥パンの残りは2個になる。あと1回分ということだ。
「ねぇ、ユティー。相談だけど」
食事をしながらエドはユティーに話しかけた。
「船の修理、あんまり手伝えなくてもいいかな?」
「どういうこと?」
「ぼく、この島で働こうと思って」
「どうしたの急に?」
「もし、明日中で船が直っても、航海するには物が不足していると思うんだ。水に食料。君だったら、ある程度は砂海から調達できるんだろうけど、それでもやっぱり物資のあるほうが安心だよ。島の人びとは親切だからいろいろと恵んでくれるけど、それに頼り切るのは気が引けるというか、良くないと思うんだ」
島の連中が施してくれるのは、一刻も早くユティーたちを島から立ち去らせたいからだろう。ユティーはそう考えていた。しかし、エドの捉え方は違うようだ。
「でも、働き口って見つかるかしら」
「実は、さっき工具を借りに行ったときに、長老の家に寄って相談したんだ。そうしたら、今日、遠くまで漁に出ている者たちが明日の朝戻ってくるから、引き揚げの手伝いをしてくれって。魚を分けてくれるし、給金もくれるって。そうすれば水を買うこともできる」
ユティーはエドの行動力に驚き、そして、自分に恥ずかしいと思った。
……わたし、何にこだわってるんだろう。エド君はどんどん島のひとと関りを持って、ここで生きるために必要なことをしているというのに……。
「ユティーは船の修理に専念してよ。アズちゃんさんはその手伝い。ぼくじゃマストは支えられないから、アズちゃんさんが頼りだよ」
エドは竜にも話しかける。一瞬で魚を平らげて横になっていた竜は、頭だけもたげて「グルル」と応えた。
「ありがとう」
エドが竜に微笑みかけると、ユティーはその肩をちょんちょんとつつく。
「エド君……。アズちゃんは『イヤだ』って、言ったのよ」
エドは驚いてユティーに振り返ると、ふたたび竜に顔を向けた。「本当?」




