――『17号』――
「さて……、トマス・アキナイスさん。ふたたび、お話しにまいりました」
扉が開き、トゥルーザル・ジェスター中佐が暗い部屋に顔をつっこんできた。エドの伯父、トマス・アキナイスは椅子の上で縛られたままだ。
「アナタが頑として口を割らないものデスから、ほかの方に聞くことにいたしました。結果、3人とも正直に教えてくれましたよ。4人目の乗組員のお名前」
ジェスター中佐は部屋に入ると、トマスの前まで歩み寄った。トマスは力なくうなだれていたが、ジェスター中佐の声で顔をあげた。
「エド・メルリヌス君。アナタの甥っ子さんだそうデスね?」
「あの子は何も知らない。あの子はランドルフという男に会ったこともないんだ」
「今回が初めての航海だったそうで。お気の毒デス」
「お気の毒……?」
「アナタは甥っ子さんがひとり、船から抜け出して、今もワタシたちの手のなかにいないと思っている。たしかに、彼はここにいません。ですが、それも当然なのデス。彼は大砂波に襲われた衝撃で船外に放り出され、そのまま行方不明になっているからデス」
トマスの顔色が変わった。「何ですって?」
「アンセルムさんが見ていました。甲板の上を弾むように飛んで、そのまま砂海へ落ちてしまったと」
「エドが……」
トマスは悲痛な表情を浮かべた。
「現在、ワタシたちは彼の行方を捜しているのデスが、まだ見つかりません。もし、『浮力の加護』の力を持つ何かを身につけていなければ、今はもう砂海の奥底に沈んだことでしょう。助かる可能性はありません」
ジェスター中佐は中腰になると、トマスと同じ目線の高さで対峙した。
「そろそろ捜索を諦めようかと思ってるんデスがね。ですが、もし、アナタが正直に教えていただけたら、エド君の捜索を続けようと思うんデス。何が何でもね」
「私が何をお教えしたら甥を探していただけるので?」
「ランドルフから渡されたものをエド君は持ってマスね?」
「……いったい、あなたがたは何を探しているのですか? 私には想像つきません」
「あくまでしらばっくれるつもりのようデスね。いいでしょう。ワタシたちが捜しているのは小さな石です。その名も『竜魂石』デス」
「『竜魂石』……」
ジェスター中佐は立ち上がると、「入ってください」と扉に向かって声をかけた。扉が開くと、アンヌ少尉が入ってきた。入ってきたのは彼女ひとりだけではない。1匹の黒い生き物がぱたぱたと翼をはためかせて彼女のすぐそばをついてきていた。
「ご紹介しましょう。こちらの女性はフランカ・アンヌ少尉。階級は低いですが、ワタシの副官を務めていただいています。あまりに優秀なので、ワタシが引き抜いたんデス」
アンヌ少尉は無言でおじぎする。ジェスター中佐は続けて彼女の隣を飛んでいる黒い生き物を左手で指し示した。
「そして、こちらは17号ちゃん。火炎竜の幼体デス。火炎竜をご存知デスか?」
17号と呼ばれた火炎竜の幼体は、ぱたぱたと翼をはためかせながらジェスター中佐のそばまで近寄った。トマスは無表情にそれを見つめる。「火炎竜の幼体など初めて目にしました。意外ですな。火炎竜は銀色の竜だと聞いていたのですが」
「火炎竜の幼体は、ご覧の通り黒いふさふさした毛で覆われているのデス。まるで子犬のようでしょ? 丸い顔も愛らしい。ですが、成長するにつれて全身は銀色のうろこで覆われ、ワタシたちの知る、銀色の火炎竜になるのデス」
ジェスター中佐はそばに寄った17号の顔に手で撫でる。17号は嫌がる様子を見せず、むしろ目を閉じてされるがままになっている。どうやら、ジェスター中佐に顔を撫でられるのが好きらしい。
「火炎竜は炎竜の上位種。そんな竜がよくそこまで人間に慣れたものですな」
トマスは慎重な表情で言った。『竜魂石』という単語を聞いてから、この間延びしたやりとりにも緊張の糸を切らすことなく構えているのだ。
「お褒めいただき恐悦デス。ですが、こうなるまでの苦労は計り知れません。初めは20個の卵を手に入れたのデス。無事にふ化したのは半分の10個。残りの10個は、けっきょく孵ることはありませんでした……。
火炎竜を手なずけるのに必要なのは、充分なエサです。ワタシたちが彼らに与えていたのが『竜魂石』なのデス」
ジェスター中佐は自分のポケットから何かを取りだすと、トマスに見えるように目の前につきだした。
「これが『竜魂石』デス。真っ黒で武骨な形状の石デス。もともとは赤く、透明な石なのデスが、空気に触れると黒く変色してしまうのデス。この石はあまりに硬く、人間の工具では簡単に砕けません。ただし、竜の牙であれば、それが可能なので、竜の牙で細かく砕き、それをほかのエサに混ぜ込んで与えているのデス」
ジェスター中佐は石を17号の口にそっと与えた。黒いチビ竜は嬉しそうにそれをバリバリ噛み砕きながら食べてしまった。
「この石は不思議な力がありまして。竜の栄養になるのデス。そして、これを食べた竜はどんどん大きくなるのデスよ。この石はね、竜の好物でもあるのデス。これを与えてやる間は、けっこう竜も大人しくなるものなのデス。とは言っても、やはり上位種は上位種。どうしても人間に懐かず、襲おうとする個体もありマス。孵った10体のうち、5体はどうしても人間を襲うので、やむなく殺処分いたしました。こうして、人間に慣れ、懐くものだけをこうして世話しているのデス」
ジェスター中佐は17号のあごの下を犬をあやすようにかいてやる。黒いチビ竜は嬉しそうに頭をあげて目を閉じている。
トマスはその様子をじっと見つめながら黙っていた。この無駄とも思える光景が、いつ、自分への話題へと変わるのか、油断なく身構えている。
「さっきご覧にいれたように『竜魂石』は黒いものデス。ですが、どういうわけか空気に触れても変色せず、美しい赤透明のままの石が現れることがありマス。そう。あなたがランドルフという男に渡されたものデス。この希少な石を、あなたはどこかへ運ぼうとしていたのデス」
とうとう来たか。トマスは目をつむった。
……こいつらはここまで知っている……!
「……ところで、この17号ちゃんには、特殊な能力がありマス。それは……、『竜魂石を感知する』能力デス」
トマスは驚いて目を見開いた。信じられない表情で17号を見つめる。
「もちろん、無限に感知できるわけではありません。ある程度近づかなければわからないのデス。ワタシは、アナタの船が沈んだこの地点で、『竜魂石』の反応をこの子に探らせました。結果、まったく反応ナシ。ここに『竜魂石』は沈んでいないのデス」
ここで、ジェスター中佐はトマスの反応をうかがうように口を閉じた。トマスは視線を黒いチビ竜からジェスター中佐に移す。「……それで?」
「ワタシはこう考えているのデス。あなたの甥っ子さんは、アナタに命じられ、赤い『竜魂石』を隠し持っている。アナタに何かあった場合、代わりにそれをどこかへ届けるために」
「……私が、初めて砂海に出る若者に、そんな用事を任せたりしますかな?」
「むしろ、そのために甥っ子さんを引っ張り出したのでしょう? 赤い『竜魂石』が持つ意味を知っていれば、部下とは言え、赤の他人に任せることなどできない。こういうときに信頼できるのは……」
ジェスター中佐はトマスに顔を近づけた。「やはり、身内でしょう?」
トマスはそれに答えず目を閉じた。額からは汗がにじみ出している。
「そう。アナタは知っている。赤い『竜魂石』がもたらすであろうものを」
「私が何を知っていると?」
ジェスター中佐はトマスがふたたび目を開き、彼の顔を見るまで無言で待った。ようやくトマスが目を開くと、ジェスター中佐はつぶやくようにひとつの単語を口にした。
「断罪竜」
「……何ですかな、それは?」トマスはジェスター中佐の顔を見つめながら聞き返した。
「アナタ、やっぱり、ただの商人デスね」
ジェスター中佐はトマスから顔を離した。トマスは困惑した表情を浮かべる。「な、何を……」
「ワタシはこの言葉を、アナタの部下3人にも投げかけました。反応はそれぞれでした。困惑する者、意味がわからず怯えて震え出す者、まったく無反応の者もいましたね。ですがね、それらの反応は普通なのデスよ。もし、『断罪竜』を本当に知らないのであれば。アナタは、ワタシがその単語を口にすると予想していた。さんざん、赤い『竜魂石』の話をしましたからね。だから、『断罪竜』と聞いても、まるで動じず、ワタシの目を挑戦的に見た。ただの無反応ではありません。アナタはしっかりと、『しらばっくれた』のデス!」
ジェスター中佐は、くるりと身体の向きを変えると、両手を広げて天を仰いだ。
「人間とは嘘をつく生き物デス。ですが、それを見分ける方法はありマス。それは、相手の反応をしっかりと見ること。嘘をつこうとするとき、人間の心は必ず動くのデス。まったくの無反応の者を、ワタシは『シロ』と判定した理由もそれデス。嘘の無反応を装うとき、その直前には必ず心の変化がある。アナタは、ワタシから『断罪竜』について問われると予想し、そのときの対応を考えていた。どう、しらばっくれるか考えていた。だから、ワタシから問われた瞬間に、アナタはワタシの目を見て、前もって考えていた答えを頭から引っ張り出し、それを口にしたのデス。アナタの答えに、ワタシがどう反応するか測るために!」
ジェスター中佐は顔だけをトマスに向けた。
「これを見極めるのは、尋問の基本的な技術デス。当然、工作員を務める者であれば、こうした反応を探られることも想定されているものデス。うまくしらばっくれる訓練も受ける。ですが、アナタはただの商人。そんな訓練など受けていないから、ワタシに心の動きを読まれたのデス!」
トマスは放心した様子でうつむいている。完全に打ちのめされたのだ。
「さぁ、教えてください。アナタの甥っ子はどこに向かうのデスか? 赤い『竜魂石』をどこに運ぶよう、アナタは命じたのデスか?」
「あいつは何も知らない。本当だ。私はただ、どんなときもそれを身につけるように言っただけなんだ」
「そんな言葉を信じろと?」
「嘘じゃない!」
トマスは勢いよく顔をあげた。「あんたなら、今、私が嘘をついているか、わかるんじゃないのか!」
トマスの目をじっと見つめていたジェスター中佐は、ため息をついて顔をそむけた。トマスの言葉に嘘がないことがわかったのだろう。
「手詰まりですかね……」
ジェスター中佐は自分の肩をこぶしで叩きながらつぶやいた。そこへ、アンヌ少尉がそっと近づいた。
「中佐。さきほど、周囲の探索を行なっていた者からこのような報告があがっていました。さっきの話と関連があるかわかりませんが……」
ジェスター中佐は差し出された紙を受け取ると、部屋の中央まで歩いた。天井にはランタンが弱い明かりを放っており、彼はその真下で報告書を読むことにしたのだ。
「10名ほどの掃除屋。1艘の壊れた帆船を曳航……。進路は南……。つまり、ここから南へ進んでいる、と。ほう。ほうほう、なるほど……」
「隠密行動なので、遠距離からの確認のみに留まっています。なにせ、ここは……」
アンヌ少尉は話を続けた。「帝国の勢力圏内ですから」
「トマスさん」
ジェスター中佐の声は明るいものに戻っていた。
「もしかすると、甥っ子さんが見つかるかもしれませんよ」




