第二話 父上
その日は新月だった。
陶霖はこの日を待っていた。
月明かりの届かないこの夜を。
茉星が部屋を下がってしばらくすると、陶霖は筆を出して墨を刷り、黄紙に術を書く。
ほんとうは霊力の媒介をしやすい辰砂を使用したかったが、無いものは仕方がない。
術符もないよりはまだいいだろう。
道中のことを考えて明火符や結界符など、使えそうなものをいくつか書いて、乾坤嚢にしまった。
それから用意していた地図を懐へしまい、夕餉の時にこっそり隠していた果脯と桂花糕も乾坤嚢にしまう。
準備を整えてから、外の様子を伺う。
陶霖は巡回の兵士の足音が遠ざかっていくのが聞こえると、戸を開いた。
「どうしました?」
「眠れなくて」
玄陽宮の衛兵は優秀だが、危険意識には欠けている。と、陶霖は思う。
それもそのはず、玄陽宮に危険が迫ってきたことなど殆どない。
陶霖は話しながら、背中に隠した二つの鎮眠符に瞬時に霊力を込めた。
二人の衛兵は気を失うとともに倒れそうになったが、なんとか受け止めてその場に転がした。
縛符や鎮符では、修為の高い人間だと意識を保っている可能性もある。
陶霖は、実戦では単純な術符のみをひたすら使うことで、術符を素早く使いその術符の持つ効果を最大限に使う手腕を身につけてきた。
しかし、二人の修為は高い。
術符効果の持続時間はあまり期待しないほうがいいだろう。
素早く外套と幞頭を脱がせて身につける。
心の中で申し訳ないと言いつつ、陶霖はすばやくその場から立ち去った。
もちろん、離れる際には乱霊符を用いて霊力を乱すことを忘れない。
鎮眠符も乱霊符も使うとなると霊力の消費はそれなりにあるが、出し惜しみはしない。
外套を着てから気づいたのだが……陶霖には少し大きい。
できるだけ他の衛兵に会わないよう細心の注意を払っていたが、幸い会うこともなく無事に玄陽宮を抜け出した。
心配していた結界も、外から内に対する防護のみで、内から外へ出ることに関しては探知されなかった。
玄陽宮を出ると、あたりは山々に囲まれている。
軽功で一山越えると、そこからは剣を呼び出して御剣飛行で移動する。
国境の戦線は避け、山から南に通り抜けるため、西側へと向かう。
ちょうど国境にある山中を抜けたあたりで、空が白んできた。
幸い、道中邪祟に遭遇することもなかった。
夜通しの御剣で霊力も消耗が激しかったが、国境からは早めに離れたい。
見つかっても、自分が母に似ているのであれば黎国の人間も気づくだろうか。
陶霖の予想通りだった。
やはり黎国は玄国に対し、国境関所以外の場所の守りが弱い。
玄は守りを固めるために国境守備が満遍なく割り振られていたり、結界等で網羅されているが、逆に玄が他国を攻めるということもない。
そのため、黎国以外の隣国も玄との国境は守備が緩いのだ。
難なく黎国へ入った陶霖だが、国境地帯を抜けると平原が広がっていた。
陶霖は着ていた外套を脱ぎ、幞頭を外して徒歩で進むと、小さな村に入る。
玉佩も顔も隠していないが、わざわざ王族に害を為そうなどという無謀な者はいないだろう……。
皇帝が国民から嫌われていなければ良いのだが。
そんな心配も必要ないほどあっさりと、陶霖は保護された。
しかし、そこからが長かった。
村の警備の者がすぐに気づき、村長へ報告、すぐさま村長の家に匿われることになった。
その後、近くの街へ移される。
そこで役人や兵たちが入れ替わり立ち替わりやって来ては、玉佩と顔を確認して行った。
さらに王都に近い鎮へ移された頃には、迎えにきた高官たちまでもが、息を飲んで陶霖を見つめた。
杨雪蘭の名を口にして、目を潤ませる者までいた。
そしてようやく、陶霖は城へと迎え入れられた。
城内に入ると、すぐさま皇帝と対面することとなった。
玄陽宮を言い表すなら「荘厳」。
対して桓の皇城は「豪奢」だろうか。
建物のどこかしこに装飾が施され、玄陽宮の豪華であるものの実用的な雰囲気の漂っていた殿内と比較してしまうと、煌びやかな装飾や広い中庭、大きな建物でどれだけ余裕があるかどうかが伺える。
この国に入ってから、とても歓迎されている雰囲気を感じる。
案内をしてくれているのは、衛兵だろうか。
兵が身につけているものも心なしか豪奢に見えた。
立ち並ぶ建造物の中でも一際大きな宮が見えた。
中に入ると、広い空間の中に重鎮らしき者や兵がずらりと並んでいた。
その先の玉座に座る、若々しくも逞しい体躯の豪華な衣を身につけた男が一人。
その顔を見て、陶霖は彼が父親だと確信した。
「本当に母親と似ているな」
陶霖を見るや否や彼は立ち上がり、足音を響かせて陶霖の方へ歩いてくる。
「桓碧雲だ」
「……陶明稀」
「母親に名乗らされていた名か?」
微笑みを浮かべる顔を、傾げて言った。
「はい」
「そうか。では、今日からは桓明稀と名乗りなさい……いやか?」
言葉は偉そうだが、陶霖に手を伸ばしても届かないほどの距離をおいたまま、桓碧雲は足を止めた。
「いえ、聞き慣れないだけです。それより、私はあなたのことや母上のこともなにも存じ上げておりませんでした。まずはご説明頂きたい」
陶霖が拱手しようとすると、桓碧雲はそれを遮るように歩み寄り、そっと陶霖の手を取った。
「……もちろんだ。陶明稀。よく、来たな」
その手は温かく、しかし、ほんの少しだけ震えていた。
陶霖には一室が用意された。
玄陽宮にて与えられていた客室よりさらに広いだろうか。
こちらも調度品はかなり凝っているようだ。
その部屋でしばらく休むよう言われ、侍従らしき者は出ていった。
疲労に加えてここまでの数日、緊張のためあまり眠れていなかったこともあり、陶霖は寝台に横になるとあっというまに眠りに落ちた。
「明稀様」
重い目を開くと、外はすっかり日が落ち暗くなっていた。
「陛下が夕餉を一緒にとおっしゃっているのですが、無理はなさらずとも……」
「大丈夫です。すみません、眠りすぎました」
「では、お伝えしてきますね」
彼は戻ってくると、陶霖の乱れた頭髪を整えた。
比較的落ち着いた意匠でありながらも上質な素材でできた衣に身を包み、侍従に案内されるまま、長い廊下を歩く。
「明稀様がいらっしゃいました」
そう言って侍従が戸を開くと、中にいたのは桓碧雲と側に仕える侍従のみであった。
陶霖はこっそりと息を吐いて、室内へ入る。
「休めたか?」
「はい」
長卓の上には何品もの料理が並んでいる。
見たことのないような肉料理もあって、陶霖はゴクリと唾を飲み込んだ。
桓碧雲はそんな陶霖を見てくすりと笑う。
「食べようか」
箸を手に取ると、まずは汁物を一口いただく。
「……おいしい」
ほんのりとした塩気に、少し薬草が入っているのだろうか。
少し苦いけれど、青菜と共に汁を口に含むと、骨付き肉の旨味が口いっぱいに広がった。
次に白身魚の蒸し物を皿に取る。
魚自体は淡白な味をしていて、しかし、上にかかった醬とともに食べるとほくほくとした身が口でほぐれて混ざり合い、とてもおいしい。
巡風門でも魚が出ることはあるが、山中ゆえに新鮮な魚を口にする機会は多くない。
こんなにも味が違うのかと陶霖は驚いた。
「口に合うようでよかった」
「……はい、ありがとう、ございます」
陶霖の箸が止まるまで、室内は静かで穏やかな空気が漂っていた。
「そなたは本当に母親に似ている……」
陶霖は近頃こんな視線を受けることが多く、どこか居心地が悪いような気持ちになった。
「済まない。まずは私の話からしようか」
そう言って、桓碧雲は静かに昔の話を始めた。
「私は前皇帝の三番目の子として生まれた。幼い頃は身体が弱く、王位を継ぐことはないとされていた。
だが、身体を強くするために修練に励むうち、見ての通り、かつての病弱な自分ではなくなっていた。しかし、それと引き換えに後継としての期待を背負うこととなった」
桓碧雲は、懐かしむような、どこか寂しげな笑みで続ける。
「兄二人は賢かったが、修為では私に及ばなかった。次第に父の期待は私に向けられるようになった。私は重圧に耐えられないと、何度も父に訴えたが、気づけば周囲の誰もが、私が王位を継ぐものだと考えるようになっていた。
杨雪蘭と出会ったのはそんな頃だった」
手元を見ながら話していた桓碧雲は、陶霖を見て、それは愛おしそうに、そして悲しそうに、微笑んだ。
「私は父帝の命で、各地を視察していた。あの年は酷い旱魃に襲われる土地がいくつかあった。
この国では旱魃は珍しくもないが、あの年は特に深刻であった。作物が育たなくなり、国から配給した備蓄でも足りなくなり、民は水や食糧を求めて争いを起こしかけていた」
桓碧雲の目が、遠い日の光景を見つめるように細められる。
「しかし突然、疲れ果てた私たちの前に、1人の少女が現れた。
どこから来たのかもわからなかったが、彼女は涙を流しながら、私たちの目の前で、自らの手を刃物で傷つけた。それからしばらくすると、空が暗くなり、雨が降り始めたのだ。
民は皆、ただ呆然と空を見上げていた。そして雪蘭は、その場に倒れた。雨は小雨だったが、一晩中、降り続いた。
私は彼女を優秀な医者に見せるため、保護した。彼女は六日間眠り続け、目覚めた時には六日前の出来事を覚えていなかった。彼女が降らせた雨のおかげか、旱魃の影響は想定より少ないものになった。
それから彼女とともに過ごすようになり、一年後、妻としたのだ」
そこまで話すと、桓碧雲の表情が強張った。
「その頃、父・前皇帝が病を患っていることが発覚した。治療も虚しく、病状は日を追うごとに悪くなっていき、皇族たちが次の皇帝の座を狙って動き出した。
ある日、雪蘭の食事に毒が混ざっていた。
毒味をした者が倒れたのだ。その時、雪蘭はすでに臨月を迎えていた。
私は急いで手筈を整え、そなたが生まれて三月ほど経った頃、信用のできる者たちとともに雪蘭とそなたを玄国へ逃した。
それからは多忙な日々を過ごし、ようやく皇帝の地位を引き継いだ時には既に五年の月日が経っていた。そなたたちを迎えに行きたかったが、居場所もわからなかった。共に送った筈の近衛兵からの報せも来なかった……」
桓碧雲は首を振った。
涙が溜まりこぼれ落ちそうになっているその両眼から、陶霖は目が離せなかった。
「何の手がかりもないまま、私は秘密裏に人を送り込んで探させた。
ようやく見つかったのは、そなたが巡風門の門下生になってからのことであった」
──そこで送り込んだのが、江念か。
陶霖はどこか人ごとのような気持ちで聞いていた。
母も、誰も、陶霖に今のいままで何も教えてはくれなかったのだ。
そして何より、目の前のこの男のせいで、葉遠瑶は死んだ。
怒りが湧いてくる反面、目の前の立派な男がこんなにも弱々しく訴える姿に、陶霖はどうしたら良いのかわからなかった。
「そして、送り込んだ者からの報せで、雪蘭がすでに亡くなっていたことを知った」
桓碧雲の左眼から、雫がこぼれ落ち、次の言葉がなかなか出てこない。
「……なぜ、今になって」
陶霖は思わず問いかけたが、それ以上言葉が続かなかった。
桓碧雲は掠れた声で続ける。
「そなたが巡風門で仙師として励んでいることを知った。邪魔をしてはいけないと思っていた。
済まない……。旱魃が起き、雪蘭のこと、そしてそなたのことが頭に浮かんだ。
国のためだと言いながら、それを口実にして、そなたに会いたかったのだ」
震える声が、静かな部屋に響いた。
「ただ、一目でいい。そなたに会いたかった……」
桓碧雲の濡れた目が、陶霖を捉える。
「今さら、私を父だと思えとは言わない。だが……そなたを、阿霖、と、呼ばせてはくれないか」
陶霖はなぜだか、母のことを思い出していた。
ずっと覚えていたいのに、歳を追うごとに記憶は曖昧になって、もうはっきりと思い出せない。
鏡に映る自分の顔が母に似てくるほど、母の顔が実際にはどんな風だったか、わからなくなっていった。
母が亡くなる直前、目の前にいるこの男と同じような表情をしていたと、陶霖は思い出していた。
「……父、上」
目の前の男が涙を流す姿を、陶霖はただ静かに見つめていた。
翌日、陶霖は昨晩一番聞きたかったのに忘れていたことを口にする。
「玄国との戦は、どうなったのですか」
桓碧雲は目線を少し下げて言った。
「既に停戦協定を結ぶ手筈で、伝令符と使者を送っている」
「そう、ですか」
陶霖は拍子抜けしていた。
城の中にいる者たちは皆、陶霖を歓迎してくれているようで、挨拶をしただけでとても喜ばれるのだ。
そして何より、父・桓碧雲に対して、陶霖はどんな人だと考えていたのだろう。
何を言われようと、ただ戦をやめてほしいと、自分がどんな扱いを受けても構わないと思っていたはずだ。
それが、今は──。
陶霖は政治の駒として扱われる風でもなく、ただ大事にもてなされ、夕餉は毎日桓碧雲と卓を共にすることになっていた。
陶霖が来た日には停戦を伝える伝令符と使者が玄国に送られていたそうだ。
明後日には玄国皇帝・玄曜淵が来訪する予定になっている。
旱魃については大丈夫なのだろうか。
そのために自分を呼び寄せたのでは?と桓碧雲に問うと、彼はただ首を横に振るのみであった。
陶霖は侍従や衛兵に、国のこと、桓碧雲のこと、母のこと、雨を降らせる血族のこと、さまざまなことで質問責めにした。
皆わかりやすく丁寧に答えてくれるので、陶霖は話を聞いて、玄陽宮にいた時よりずっと穏やかな数日を過ごしていた。
陶霖が黎国にきてから六日目。
玄国から、皇帝が来訪した。
陶霖が黎に来てはじめに桓碧雲と対面した宮にて、桓碧雲らとともに玄国からの来訪者を迎えた。
玄曜淵に続く見知らぬ外交官や重鎮らしき者達の後ろに、巡風門の掌門・蘇海嶺、その一番後ろには一際背丈が高い小麦色の肌をした男── 罗景真がいた。
ふと目があったような気がした。
両皇帝の二人は張り詰めた空気の中で軽く言葉を交わした。
短い儀礼が済むと、別室に移り会談となる。
桓碧雲と玄曜淵が二人で話し合った後、同じ部屋に玄から来た者達や黎の重鎮、そして陶霖も入ることが許可された。
空気は張り詰めていた。
陶霖は黎に残り、戦争は無かったことにする。
それでいいじゃないか。と言いたいところだが、国同士の問題だ。
そんな簡単なことではないだろう。
それに加えて、玄の者達の目。
勝手に抜け出して黎国へ来た陶霖を、非難するような目。
覚悟はしていたが、実際に視線を受けると、陶霖は誰とも目を合わせることなどできなかった。
ただ一人、罗景真を除いて。
蘇掌門の表情には、無事を確認した安堵と、勝手に姿を消した門下生に対する思いが入り混じっているようだった。
玄曜淵は感情を表に出さなかったが、その眼差しは鋭く、まともに見ることができない。
陶霖は気になって何度も罗景真の方を見たが、彼は会話に加わることもなく、ただ陶霖を見ていた。
一月振りに見た罗景真は、少し痩せただろうか。
酷く懐かしいような、駆け寄りたいような、大声で泣き出したいような──溢れそうな感情を押し殺して、陶霖は俯いていた。
「大丈夫か」
会談を終え、玄の者たちとは別室にて休憩に入ったところで、桓碧雲が静かに声をかけた。
「大丈夫です、少し、寂しくなっただけです……」
その言葉に、桓碧雲はわずかに目を伏せ、思案するように沈黙した。
それを見た陶霖は、慌てて話を繋げる。
「いえ、その……自分の意思でここに来たことに、変わりはありません。以前申した通り、皇族としての役目だとか、そういったことは、正直まだよくわかりません。ですが……自分のこと、父上や母上のこと、そしてこの国のことも知りたいのです」
「……そうか」
短く答えたその声には、どこか安堵が含まれていた。
会談は概ね黎の思惑通りに運んでいた。
桓明稀をこの国に留め置くこと。
霊石に課される関税については、従来の条件を見直し、段階的に負担を軽減すること。
これを条件に、黎は今後五年間は玄国への軍事行動を起こさないこと、さらに他国からの侵攻を受けた際には、黎が援軍を差し向けることを約束した。
加えて、両国間の交易の拡大のため、交易条件の見直しと往来の緩和を図ることも決まったそうだ。
一方的ではないと見せるための均衡は、かろうじて保たれた。
桓碧雲は、これを機に玄国と黎国の関係が新たな形へと移行することを見据えているようだった。
その後の会食では、先ほどの張り詰めた空気は少しほぐれ、玄国から来た者たちは黎の食事を楽しんでいるようだった。
陶霖は遠い席に座る罗景真と話したかった。
温柔燐や鄭花澈は無事なのか、巡風門はどうなっているのか……。
会食の後、桓碧雲が陶霖を慮って、蘇掌門と罗景真に会わせてくれたが、陶霖はなかなか目を合わせることができない。
「無事だったか」
蘇海嶺は、陶霖を責めるでもなく、ただ心配した様子でそう言った。
「はい……すみません、でした」
蘇海嶺はただ静かに首を振って答えた。
恐る恐る、罗景真を見ると、彼は眉間に皺を寄せ、陶霖を抱きしめた。
苦しいほどに抱きしめられて、陶霖は驚きと共に安堵する。
「師尊、苦しいです」
「ああ……」
「温安と鄭知は無事ですか?」
「問題ない。門下の者にも負傷者は出ているが、何せすぐに終わったのだ、数は多くない」
「そう、ですか」
緩んだ腕から少し離れ、そっと罗景真の顔を見る。
「そなたは、無事か。大丈夫、なのか」
いつも激務に追われても変わらなかったその顔は、心なしか少しやつれたようで、酷く悲痛な顔をしていたので驚いた。
「……師尊の方こそ、大丈夫なのですか」
「問題ない……少し後処理に追われていただけだ」
「無理、なさらないでください」
罗景真は再び陶霖を抱きしめ、囁き声で話す。
「戻りたくなったら、伝令符を使いなさい」
「……はい」
しばらく戻るつもりはない、なんて言えるはずもなかった。
自分がこの人たちを、玄国の人たちを裏切ったという自覚はあった。
……たとえ、それによって何人もの人を戦争から救っていたとしても。
陶霖に戻る場所なんてあるのだろうか。
玄国から来た一行は、その晩城に宿泊し、翌日の早朝には帰って行った。
登場人物
陶霖/桓明稀
【黎国】
現皇帝・桓碧雲……陶霖の父親
陶霖の母 杨雪蘭……桓碧雲の正妃
【玄国】
皇帝・玄曜淵
茉星……玄陽宮の侍女
【巡風門】
蘇海嶺……掌門
罗景真……長老
罗景真の弟子(名・字)
葉英・葉遠瑶
温安・温柔燐
鄭知・鄭花澈
江念……巡風門の門下生だったが……。
用語解説
黄紙……術符を書くために使われる黄色い紙。
辰砂……術符を書く際などに用いられる赤い鉱石。霊力を通しやすい。
乾坤嚢……見た目よりずっと多くの物が入る不思議な袋。
果脯……果物を乾燥させたり蜜漬けにした保存食。菓子としても親しまれている。
桂花糕……桂花の香りをつけた菓子。
幞頭……布を巻いて作る頭巾。男性が髪をまとめる際に用いる。
伝令符……文字を書いた術符を、対となる相手へ送り届ける通信術符。霊力消費量は距離と情報量に比例する。




