イッテキマス
……見知らぬ天井がそこにはあった。
ホテルのようなシンプルな天井ではなく、木の棒で組まれた天井であった。
和風建築でありがちな……いや、たぶん和風建築なんだろう。
いや、和風というか、和そのものというか……あれ、おばあちゃんが居る。
「……ん、んん……?」
創は上体を起こし、辺りを見回す。
私がいるのは確実にホテルではない。
和。まさに和。時代劇の中に入ったみたい。なんか楽しい。
で、なんで私はここにいるんです?
「おやおや、起きたのかい。」
横で料理を作っていた、
白頭巾をかぶっているおばあちゃんが笑顔でこちらを向いた。
「えっと、ここは……」
「ここかい? 私の家。すこしぼろっちぃけどね。あはは。」
「は、はぁ。おばあちゃんの……そうですか……。」
起きたばっかりで寝ぼけのせいか、変に納得してしまった。
(まぁ、おばあちゃんがそういうのであればそうですね……)
優しく接してくれるおばあちゃんに何の違和感も感じなかった。
それもそうだろう、なんせ私にもおばあちゃんがいたのだから。
小学5年までは……だけど。
おばあちゃんを見て少し懐かしく感じていると、
創の目の前にある玄関の引き戸が開く。
「……おはよう。 調子はどうだ……?」
そこにいたのは創と同じぐらいの身長の女の子。
ポニーテールの黒髪にかんざしが刺さっており、
落ち葉柄の和風装束を着て、左腰に刀を付けていた。
何故だか彼女は、創とは目線を合わせずソワソワしている。
「あの……あなたは……?」
そう言うと彼女はさらに創から目線をそらした。
彼女の目線は定まらず、動揺している様子がうかがえた。
すると、おばあちゃんが彼女の顔を見てこう言った。
「入っておいで『フブキ』ちゃん。朝ごはん食べないと。」
「ん、そうだな……ご飯は食べないといけないからな……」
おばあちゃんの言葉を聞いて彼女は中に入り、
後ろの玄関を閉めて、下駄を脱いで段に上がる。
そして丸机の付近で腰の刀を床に置き、その場で座った。
相変わらず彼女は創から目線をそらし、ソワソワしている。
おばあちゃんは丸机に朝食を置き始めた。
白ご飯、サンマの塩焼き、みそ汁……どれもおいしそうだ。
「ほら、アンタも……そういえばアンタ、名前はなんていうんだい?」
「ハジメ……サイトウハジメです……」
「サイトウハジメ。ほぉいい名前だねぇ。
それじゃハジメちゃん、ご飯食べるよ。」
「あ、はい……」
流されるまま創は布団から起き上がり、丸机の前に座った。
おばあちゃんも丸机の前に座ると、手を合わせて「いただきます」と言った。
それに続いて、創は自然に、フブキは慌てながら「いただきます」と言った。
彼女たちは箸を持ち、黙々と朝食を食べ始めた。
<>
「……それで、なんで私はここに?」
朝食を食べ終わり、おばあちゃんの手伝いで皿を洗い終わった彼女。
いまだに頭が冴えず、今起きている状況を理解できずにいた。
なんでここにいるのか、なんで愁ちゃんがいなくなっているのか、
いろいろありすぎてパニックになりそうなはずなのに、なぜか冷静。
変に落ち着きすぎている自分を疑問に感じながら、おばあちゃんに質問をした。
「フブキちゃんがハジメちゃんを背中に抱えて家にきたんさ。
『一晩でいいから泊めてくれないか』っつってねぇ。
最初はびっくりしたけど、可愛かったから泊めちゃった! あはは!」
「フブキちゃん……」
創が彼女を見た。
目線を合わしてくれたと思ったら、すぐにそらされてしまった。
自身の体を傾けながら目線を合わせようとするも、意地でも目線をそらしてくる。
そして創は、目線を合わすよりも話せばいいと気づき、言葉を発す。
「いや、あの……なんで私を抱えて……?」
「そ、そのだな……私が山で修業をしていた時、
お前を抱え走っていた忍者どもがいたんだ。
その……人さらいかと思い剣をふるおうとしたら、
私を見て、すぐにお前を置き一目散に逃げていったのだ……」
「え、忍者……? なんで?」
「それでだな……お前を一人山の中で放っておくわけにもいかないし、
お前を背負って山を下り、この家に泊めさせてもらったという訳だ……」
「え、あっ、ありがとうございます……」
忍者に連れ去れ去られているところを助けてくれた……
なんで忍者に連れ去れているかはさておき、ひとまずお礼を言いたかった。
見ず知らずの私を助けてくれた事と、安全を確保してくれた事に対して。
そうして風吹に礼を言うと、彼女はさらにソワソワし始めた。
「お、おばあちゃんも、泊めさせてくれてありがとうございます。」
「いいんだよぉ、困ったときは助け合いさね。
それで、ハジメちゃんはこれからどうするつもりなんだい?」
「これから……うーん。」
まず、何故自分がここに居るかという理由が知りたい。
愁ちゃんも探したいし、裏の顔の自分が言っていた『アレ』もしないといけない。
というか、パラメータビジョンって今使えるのだろうか。
そう思った創はパラメータビジョンを開く動作をする。
「……ダメですか。」
やはりパラメータビジョンが開くことはない。
異端世界秩序でも試したのだが何故か開くことができなかった。
ロゼにその事を問いただしたら、「バグってんな。わりぃ、修正しとくわ。」
そう言っていた。え、パラメータビジョンってバグるんです?
そもそも転生転移して備わっているものにバグがあるんです? 致命的では?
いろいろ不満でしかなかったし、こういう状況に陥ってさらに不満に感じている。
「ふふふ、なんだったら家で暮らしていくかい? 風吹ちゃんも一緒に。」
「へっ……!? な、なんでそうなるんだ……!?」
フブキは顔を赤くしながら焦り、おばあちゃんの方を見る。
「だって、江戸に行ってどこに泊まるつもりなんだい?
私の家を使っていいからさ、尾張に戻るまで暮らしていきなよ。」
「え、江戸……? 尾張……?」
尾張、江戸。日本の昔の地名だと創は理解をする。
まさか、南に造る予定だった和の国に私がいるのだろうか。
その『和の国』というワードから、あのチャラ神の言葉を思い出す。
『神堕 愁とともに南の和の国に行くこと。』
その言葉だけで、行った後どうするかは分からない。
でも、なんとなくあのチャラ神には従った方がいいと思っている。根拠はない。
それで……肝心の愁ちゃんは? 愁ちゃんも忍者に連れ去られた?
朝の寝ぼけがだんだん治ってきて、頭が若干働くようになった創は、
おばあちゃんの圧に押し負け、家に泊っておくことになった彼女に、
少し不安そうにしながら、うつむき気味に質問をした。
「フブキちゃん、私以外に忍者に連れ去ろうとした人はいますか?」
「……いや、いない。山で見かけたのはお前だけだ。
それを聞くということは、何か心当たりでもあるのか……?」
「その……神堕 愁っていう私の親友がいるんです。
昨日の夜、一緒の部屋で寝ていたので、もしかしたらと思って……」
「神堕だと……?」
創の言葉を聞いて風吹がそう言うと、
彼女はソワソワするのをやめ、真剣な表情で創の顔を見始めた。
風吹のその言葉を最後に、一瞬にして態度か変わったために、
創は、風吹が神堕について何か知っているんじゃないかと考えた。
「……神堕について、何か知っているんですか?」
「知っているも何も、私が『神堕』だからだ。」
「へ? 神堕?」
「そうだったな、名乗るのを忘れていた。
私の名は『神堕 風吹』。名の通り、神を堕とした者の血をひくものだ。」
「はぇー……そうなんですねぇ……」
創はもう、神堕と聞いても特に驚きもしなくなっていた。
なんかもう、神堕って普通にいる存在なんだなと、そう思ってきていたから。
聖とか双とか悪い印象もないし、普通に良い子だなと、そうも思っていた。
「それで、ハジメちゃんも暮らしていくかい?」
おばあちゃんが創の方を向いて笑顔で問いかけてきた。
暮らしてもいいかなと一瞬考えたけれど、やらないといけない事がある……
でもおばあちゃんを孤独に……いや、風吹ちゃんが暮らすことになったんだった。
「……ハジメと言ったな。私と一緒に来い。」
「へ、え、あのちょっと……!?」
風吹は唐突に創の手を掴み、玄関を開け、外に連れ出そうとし始めた。
訳も分からないまま引っ張られている創。抵抗しようとも、
彼女の腕力が思ったより強く、あっけなく外まで引っ張られてしまった。
「おば様、少しハジメと共に江戸に行ってきます。」
「ああ、行ってらっしゃい! 気を付けてね!」
「え、ええ!? ちょ、え、いぃ、行ってきますっ!?」
誰が見ても無理やり引っ張られているのに、何故笑顔で見送るのだろう。
そう考えた瞬間、玄関が閉まり、おばあちゃんの顔が見えなくなった。




