34 ある王の独白1
エルリーナ様は、妹だけでなく俺の恩人でもあった。彼女がいなかったら、病魔にもがき苦しんでいた妹をいっそ楽にするために、リナの命をこの手で奪うことになっていただろう。最愛の妹をこの手にかけていたら、俺は自身の罪の重さに耐えられず、狂っていたかもしれない。
腕に王紋が浮かび上がったとき、仲間は喜んだ。やはりこの国は腐っているのだ。それで神が民を救う力を俺に授けたのだ。
だからといって魔力や腕力、剣の腕が格段に上がるわけではない。
すぐに反乱を起こすべきだと主張する仲間もいたが、それにすぐには賛成できなかった。こちら側に戦力が足りない。戦力となり得る民は飢饉にあえぎ、生きることすら精一杯なのだ。共に戦ってほしいなどとはとても言えない。
「まだそのときではない……」
力を蓄える必要がある。しかし、その過程で王紋をもつ自分が見つかって暗殺されることになると、せっかくの神からの好意を無駄にすることになる。
できれば、自分たちの隠れ蓑を作るためにも貴族の協力が欲しい。
『私の息子と同じ年なのよ、リナは』
脳裏にさっと浮かんだのが、可憐な治癒師だった。彼女の息子であるならば、協力を得ることはできなくとも、王に俺たちを差し出す真似はしないだろう。
「南の方にある、エルリーナ様の息子がいるファリス家に向かわないか?」
同郷の仲間たちは異を唱えることなく、俺に着いて来てくれた。
レイに謁見したとき、仲間の皆は色々な意味で息を飲んだ。まず、エルリーナ様に生き写しだったこと。そして、エルリーナ様の美しい容姿に加え、彼は人を惑わせるような妖美な色気を漂わせていたこと。
外見に反して、レイは真面目で立派な領主だった。両親を亡くしたことで、一層両親の分まで民を守り、土地を潤そうと努力していた。王紋のことや今後の俺たちの望みを明かすとレイや彼の付き人のラシアスは俺たちに賛同し、力を貸してくれることを約束してくれた。
だが、そんなファリス家も決して余裕や権力があるとは言えなかった。
収穫高を誤魔化して脱税することはできないのか。そう提案したこともあった。
「我が領は、父の件があって監査が特に厳しい。爵位を剥奪されるのは別に構わないが代わりに王から送られてくる領主が人格者である可能性が低いことを考えると踏み込めない。今以上に苦しめられるのは我が領民だ……」
レイは心から自領民を心配していた。
そしてその後、こっそりとラシアスに耳打ちされた。
「脱税してそれが告発されてみろ。レイが連行されて……あとは俺の腸が煮え返る展開しか想像できない! 絶対に無しだ!!」
レイが相手だと、その過剰な心配は親バカだろうと一蹴できない。むしろ俺もそうだと思ってしまう。ラシアスに馬鹿な提案をして申し訳なかったと謝罪をすることになる。
エルリーナ様の忘れ形見であることもあり、穢らわしい欲をレイにぶつけようとする人間から彼を守りたいと思うほどに俺にとっては特別な存在だった。レイも俺のことを、国を救う未来の王と見なして慕ってくれ、力を尽くしてくれた。俺は彼を弟のように思っていたし、彼も俺を兄のように思ってくれていたはずだ。非常に良好な関係であった。
そこに、突然現れた魔女。彼女の圧倒的な力は、俺たちに多大な追い風を与えてくれた。
神から力を授かった俺を救うためにタイミングよく現れた存在。
それが単なる偶然とは俺は思っていなかった。歴史を鑑みても彼女ほどの魔力をもった人間はいないし、それだけの力を持っていながら、今まで何の野望もなく過ごしているのもおかしい話だ。彼女の存在は、間違いなく神が絡んでいる。神から直接依頼を受けたと言っても何一つ疑うことなく信じる。
王紋を見せたときの反応で、その考えはより確信に近づいた。彼女は、すぐに神の存在ではなく俺自身のことについて尋ねてきた。普通の人間は、まず俺に神のことを聞きたがるというのに。彼女は神の存在について興味がないのではなく、その存在を俺から聞く必要がないのだろう。
だから、誓って魔女殿に邪な思いは抱いていない。神に近しい偉大な存在に恋焦がれるほどの身の程知らずではないのだ。それは仲間の全員も同じ認識だろうと勝手に思い込んでいた。
「あら、リカルドって意外と良い筋肉の持ち主だったのね」
「身体を鍛えるしか能がないからな。魔女殿、どうした? まさか筋肉も魔法でつけられるのか!?」
「……禁断の人体改造にも手を出してみようかしら。もちろん、実験台はあなたよ、リカルド」
「筋肉はもういらねえ! それなら魔女殿、剣がもう一本持てる3本目の腕をくれ!」
「そんなことになったら、あなたが着られる服がなくなってしまうわ! リカルドがずっと上半身裸で過ごさないといけなくなって困ってしまうじゃない!」
「腕が3本あって一番困るのはそこじゃないから!」
いつもの冗談の言い合いだ。魔女殿が俺の腕を触るのも話の流れからしても自然のことだし、そこに互いに深い感情はない。
しかし、殺気を感じて振り向くと、そこには俺を射殺さんとばかりに敵意を含んだ目で俺を見るレイの姿があった。
一瞬、(え、俺気づかないうちにレイの足踏んでいた?)と楽観的なことを思ったが、俺から魔女殿へ目線を移した際に、その眼差しが熱を帯びたものへ瞬時に変化する様子を見て、愕然としてしまった。
(……マジか)
相手はつかみどころのない、神のような存在だ。そんな相手に懸想したところで、同じ想いは返ってこない。一時的な恋煩いであることを願って、彼の想いに気づかないふりをした。




