35 ある王の独白2
「レイは本当に美しい。白百合の化身なのかと思うほどだ……。なあ、ロジャーよ?」
「え、ええ……」
「嬉しい限りです。魔女殿の寵をいただくために、魔女殿にこの身を捧げるために、きっと私は生まれたのです」
「あ、そ、そうですか……」
いつも王都からの使者を応接間に通すと行われる茶番劇。今回の新しい使者はもっと建設的な話がしたく二人が耳を傾けてくれるタイミングを見計らっていたが、あまりに二人の世界にめり込んでいるので、そろそろ見切りをつけてきたようだ。
それにしても、回を重ねるごとに二人の物理的距離はどんどんと縮まっていく。レイの気持ちにとっくに気づいている身としては、そのままレイは口づけをしてしまいそうだし、あわよくばと思っているのをひしひしと手を取るように分かった。例え演技であったとしてももっと過激な演出をしようと魔女殿さえ言いだしたら、レイは悦んで話に飛びつくはずだ。
「それでは、失礼いたします」
「レイ……」
「魔女殿……」
二人は互いしか視界に入れていないという設定なので、使者の最後のあいさつの返事すら返す気配がない。
「あー。あのお二方はいつもそうだから、気にしないでください。お気をつけてお帰りください」
「……あなたも大変そうですね」
最後に使者に同情されて思わず苦笑いをしてしまう。使者が同情した部分と実際の俺の苦労をしている部分は異なっているが、俺も大変な身であることは間違いない。レイの気持ちを察している身としては、この空間で素知らぬ振りをするのもなかなか気疲れをする。
使者が屋敷を出たことを確認すると、二人の距離感は正常なものにすぐに戻っていく。
「新しい使者だからちょっと緊張したけれど、最後はいつもの人と同様に私たちに呆れ返っていたわね」
「自分がファリス家から搾り取ってくる、というような自信があったようですが、最後の方は諦めていましたね。2度目はなさそうです」
「ああいう“俺は今までの使者とは違います! ファリス家からしっかり搾取して来ます!”みたいなタイプが面倒だよね。レイ、今回もお疲れ様。あー、ひと仕事したらお腹がすいてきちゃった。アレンの今日のご飯は何かな~」
レイが魔女殿に掛ける言葉は全て嘘偽りのない彼の気持ちだろう。だが、レイの言葉や色仕掛けは魔女殿の心に全く響いていない。そもそも魔女殿は人間ですらない可能性が高いのだ。恋愛感情というものすら持ち合わせていないのならば、レイの求愛行動は全くの無意味となるが、めげずに彼女の気を引こうと涙ぐましい努力を怠らないレイには同情すら沸き起こる。
懸命に努力し続けた結果、いつまでたっても何の手応えもなければ落ち込むこともそりゃある。
いつものように使者を追い返した後、魔女殿はさっさと自宅に戻って使い魔の進捗状況を確認しに行った。残されたレイは憂いを帯びた疲れた目をしている。さすがに意思がくじけて弱ってきているようだ。
「レイ。魔女殿は……いずれ帰る場所がある人間だ。この国に留まる人間ではないから、深追いするなよ」
「っ……」
恋をするのは、良いことだと思う。今まで異性に目を向けることがなかったレイの恋心を俺も尊重したい。邪な感情をぶつけられることが多かったため、情欲の類に嫌悪すら抱いていたレイが、真っ当な恋愛感情を抱いている。兄としては嬉しい限りだ。だが、相手が悪い。
だからもう知らないふりはできず、レイに釘を刺す。
「なら、どうすれば良い!? 俺は……きっと魔女殿以外の人を愛せない。あんな人は他にいない……!」
うん、あんな規格外の人間は他にいないだろうよ。普通の女性であったら、レイの色香に多少は動揺を見せるはずだが、魔女殿は心に一切の乱れを見せない。
レイは彼らしくない、大声を上げて俺に反論する。それだけ彼も苦しんでいたようだ。人の心なんて本人にもどうすることができない。だから、より苦しいのだろう。
「レイ。今は職務に専念しろ。邪念があると魔力にも乱れが出てきて、一番の目的を見失いかねない。使者に魔女殿との演技を見せつけるもの、もうやめるか? レイが傷ついてまでやることではない」
「……俺は、演技じゃない」
「知っている。だからこそやめた方が良いだろう。魔女殿には俺から話をつけておくから」
「嫌だ、例え成果が出なくとも、彼女との接点は無くしたくない」
その気持ちも分かる。健全な男性であるならば、心を伴っていなくとも関わりを持てることは嬉しいものだ。八方塞がりだった。
「今も、アレン殿は魔女殿の側にいると思うと……気持ちが乱れて、胸が苦しいのだ。リカルド」
嫉妬という感情も初めて抱いたのだろう。
レイの真剣な様子から、抱いているのが簡単に枯れるような生半可な想いではないことが分かった。でも、してやれることは何もないのだ。俺は結局魔女殿とレイの茶番劇を一番近くで、彼への深い憐憫を抱きながら眺め続けることとなった。
祖国の終わりはあっけなかった。念願の愚王から王座を奪い取る戦いを大きな被害を出さずに遂行することができたのは、ひとえに仲間や魔女殿のおかげであった。
そこからは目まぐるしく復興のために動くこととなる。仲間は皆、寝る間を惜しんで国のために働いてくれた。それはレイも同様であったが、どれだけ忙殺されようとも彼の恋心には全く変化がなかった。
復興の際に発生した課題は一つ一つ皆で解決していった。だが、大事な弟の大きな悩みは、誰にも共有されることがなく、俺自身もずっと触れないできた。触れてはいないが、いつかどこかで爆発させるのではないかとこっちはずっと憂い続けていた。
そんなとき魔女殿が、逃げた。
その場にいたので状況は見聞きした通りであろうが、その意味がよく分からない部分がたくさんあった。
『魔女殿って初潮まだだったの? え、一体何歳なの……? まさかの10代……?』
『初潮ってことは、魔女殿って人間だったの?』
『いや、魔女殿は人間の少女の思考と行動力と魔力の持ち主じゃないでしょう、明らかに……』
など、仲間内でも今までタブーとされてきた魔女殿の話題でしばらくはで持ちきりだった。
行先は誰も知らなかった。弟子であったアレン本人もビックリしていたし、アレンにもその後何の連絡も訪れる気配はなかった。
(ヤバイ……ヤバイよな、確実に、レイが)
あれだけ執着していた魔女殿が突然の失踪。あの雰囲気では、もう二度とこの地に帰って来ないかもしれない。
彼女に逃げられてしまったレイの精神状態が最も心配だった。
「レイ……。その、大丈夫か? 魔女殿のこと……」
できる限り下手から、機嫌を損ねないよう尋ねたが、彼の表情は予想と全く違っていた。
「ええ、リカルド。俺は大丈夫だから、全く心配はいらない」
たっぷりと色気を含んだ満面の笑みは相変わらず美しかった。
目の前から綺麗に消えられたことで、未練なく忘れることができたのか、とこのときは楽観的に思っていた。
後になって、レイがあれだけ盲愛していた魔女殿をそんなに簡単に諦めるわけがないよな……と気づくのであるが。




