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先週訪れた王都からの使者が、王の押印がある正式な書類を持ってファリス家の領を再び訪れる。
私たちはその書類を受け取ると、早急に使者に帰るように促した。
「いつも遠路はるばるご苦労でしたね。……もうお会いすることはおそらくないと思います。愚王によろしくお伝えください」
「は? ファリス男爵? 何を言っている?」
いつもの魔女に従順な態度しか見せていないレイ態度が、今日は違うことに気付いたようだ。使者は焦っているようだがそれを、相手を怒鳴り散らすことで誤魔化そうとしている。
「お前はこんな理不尽な命令を本当に無条件で受け入れると思っているのか?」
わめきたてる使者に呆れたリカルドがこらえきれずに口を挟んできた。
「た、ただの従者が私に何を言っている!?」
「あら、私たちは善意であなたを帰してあげようとしたのに。よっぽどあなたは戦争が始まる瞬間をこの目で見たいのね。……ならレイ。リカルド。行きましょう」
「皆の者!聞いてもらいたい!」
いつもは解いている長い髪を束ねて、レイは領民が集まる広場で声を上げた。
絶対的に慕われている“白銀の天使”である領主の今までにない態度に、皆ただ事ではないと察知してどんどん人が集まってくる。
「これを見てもらいたい。正式に王から下った命令だ!」
レイが掲げる1枚の紙を、皆は目を凝らして見つめる。レイの近くにいた字が読める者がその内容を確認すると、絶望をするかのように命令の中身を呟く。
「ぜ、税率が……9割……!?」
「は!? 9割!?」
「9割!? 何がだ?」
「税率が9割だと!!??」
すると税率9割の部分が瞬く間に民衆に広がっていく。その意味を理解すると悲観する者も現れているが、大半の民衆は怒りに染め上がっていく。
「ただでさえほとんどを税でもっていかれるのに、今度は稼いだもののほぼ全てを収めろとはどういうことだ!?」
「俺たちは霞を食べて生きていけという王命だろ! 俺たちに死ねと言っているようなものじゃないか!」
「せっかく良い領主様の下で暮らしていけると思ったのに……どうすれば良いの!! 王はどこまで私たちから奪い取っていけば気が済むのよぉぉ!!!!」
王に対する不満の声がピークを迎えると、レイがそれを制するように再び声を上げた。
「この税では、皆が飢え死ぬか憲兵に捕まるしかなくなる! だが、私は幸運なことに神から王となるべく存在を授かることができた!」
さっきまでの怒声が嘘のように引いていき、レイの言葉を逃さぬよう、静寂が訪れた。
「私が重税に悩んでいたときに、“森の魔女”様を私に引き合わせてくれて、多くの人の命を救ってくれた存在がいる――彼の名はリカルド」
そして、リカルドはレイに連れられ民衆の前に立つ。これが、彼の初舞台だ。
「彼は、神から王紋を授かった! この腐った国を一掃して皆を幸福に導くために神が我々にリカルドを授けてくれたのだ! 彼を王として、わが領はワイナール国から独立することを今宣言する!!」
そして、リカルドは皆にその証を高々と呈す。
リカルドの証を確認すると、途端に耳が割れんばかりの声援がワッと湧き上がった。おとぎ話と思われていた“王紋”をもつリカルドが現れたということは、神がこちらに味方をしているのだ。リカルドやレイの名を皆が叫び、熱狂した。
「レイ・ファリスのおかげで俺は命を取り留めた! ここファリス家の領を“エルラン国”と称し、新たな国を作ろうと思う! レイの願いを受け、ワイナール国で苦しむ他の民を皆で救いに行こうではないか! 着いて来られる者は、俺に着いて来てほしい!」
彼が言い終わると同時に、さらなる歓声で街全体が震えた。そのままの勢いで皆がレイやリカルドを讃え、打倒現王を掲げる。リカルドを先頭に大きな列ができ、そのまま王都へ向けて彼らは動き出していく。
私は彼らが見えなくなるまでじっと群衆を見つめた。さっきまで王に虐げられていたはずの国民の姿はそこにはなかった。皆生き生きとした表情で、自分たちの明るい未来を取り戻そうと動き出しているのだ。思わず目頭が熱くなった。
いつまでも感動に浸っていたい気持ちはあるが、私には大事な仕事がある。
そのために、動き出さなければならないが、その前に――広場の片隅でまるで悪い夢を見ているかのように口を大きく開けて仰天して動かない男にそっと声をかけた。
「自分の持ってきた紙きれ1枚が革命を引き起こした感想をお聞きしても?」
今までずっと蔑むような目で自分を見てきた相手だ。多少嫌味を返してもバチは当たらないはずだ。
「ま、魔女……!? お前は、レイ・ファリスを操っていたのか!? この国で戦争を起こすために!?」
「いいえ? それでは、まるで私が全ての首謀者みたいじゃないですか」
私はただリカルドを王にするために動いた駒の1つだっただけだ。それはレイも同様だろう。
「今までの態度は全てフェイクでした。魔女のおこぼれをレイから搾り取れないのであれば、確実に取れるところ――税を通して私から搾取しようとすることは予想できましたから。でも、9割は強欲すぎましたね。まあ、そのおかげで民衆の怒りは全て王一点にぶつけられることになりましたから、私としてはとても好都合でしたけれど」
「そ、そんな…!」
使者がブルブルと震えだす。未だに目の前の光景が信じられないようだ。
だが、現実には若者を中心にどんどん王都を目指す列が大きくなっていくと共に、王に対する不満の声もどんどん大きくなっていき、大地を震わせている。
「彼らよりも先に王都に着いて王に報告をした方が良いのではないでしょうか?それが、きっとこの国のあなたの最後の仕事ですよ」
私の忠告に対する返事は返って来ず、彼はその場に膝をついて呆然とするだけだった。
ファリスの領民を守るために、手っ取り早いのは隔絶させることだ。誰も通さない結界さえ張れば争いで誰かが傷つくことはない。
しかし、戦争が起こると、どうしても難民が出てしまう。そういった人はできるだけここで保護したいと思っていたので、完全に人の出入りを止めることはできなかった。
「だから、“悪意や殺意のある者を通さない”という付加をつけた結界を張ろうと思うの。アレン、フレイヤ。しばらく私はそっちに集中するから、よろしくね」
「師匠、相変わらず僕の思考をパンクさせるようなことをさらりとやり遂げるのが得意ですね」
最近、あれだけ可愛かったアレンがにっこりと毒を吐くようになってしまった。
「アレンがレイに影響されちゃっている……!」
わずかな期間であったが、レイが私に弟子入りしたことで、アレンは弟弟子ができたと素直に喜んでいた。それでレイの魔力を上げる修行の間中、自身も忙しいにも関わらずレイの世話も名乗りを上げた。おかげで二人はすっかり竹馬の友のように打ち解けた関係になった。
「付加をつけた結界は脆くて油断したら壊れちゃうから、私は当分結界に集中しようと思う。そんな私を襲うような人はいないとは思うけど、私の護衛をフレイヤにお願いするわ」
「任せろ」
リカルドに重責を任されているのだ。用心するに越したことはない。
それに、王に叛旗を翻したことによって、現在は税率0割、自分たちの作ったものは全て自分たちの物にできる状態となった。自給自足も不可能ではないので、アレンやフレイヤの農作業はしばらく休止しても大丈夫だ。
「アレンは働きづめだったから、しばらく休んでちょうだい。……フレイヤはもう少しだけ頑張ってもらえないかしら?」
「それは主にも言えることだ。最近家に帰って来られてないが、ちゃんとご飯は食べているのか? 睡眠もとっているのか?」
私にこんな言葉をかけてくれるのはフレイヤぐらいだ。
「ありがとう、フレイヤ。大丈夫よ!」
久々にフレイヤに思いっきり抱きつく。
リカルドたちは、きっと大丈夫だ。敢えて戦況を耳に入れないようにした。聞きそうになったときはフレイヤとの会話に集中して、そっちに意識をもっていかないようにした。そうでないと、私の心の乱れは結界の乱れに繋がることもあるから。
たまに、どうしても彼らの声が聞きたくなり、涙が出そうなときもあったが、そんなときはフレイヤに抱きついた。
「ごめんね、フレイヤ……。赤ちゃんみたいな真似をして」
「主はまだ12歳だ。まだまだ子どもなのだから不安なときは人肌の温もりを求めて悪いことなど何もない」
「そんなフレイヤは8歳じゃない……」
頼りない主だが、彼女はしっかりと私を支えてくれた。
リカルドの危惧は、当たるところもあったが大かね杞憂で終わったようだ。
“王紋”をもつ者が現れたことは瞬く間にワイナール国だけでなく、周辺国にも広がっていった。彼を輩出したファリス家の領は富んでいるが、彼が不在の際に火事場泥棒のような真似をすれば後々しっぺ返しがくるとほとんどの国は判断した。そのため、侵略を試みる国は皆無であった。まあ、神に喧嘩を売るに等しい行為と捉えられても仕方がないものね……。
国単位での侵略はなかったが、よからぬ思いを抱く者は多数現れた。警備が薄くなっているのは事実なので、チャンスとばかりにファリスの領に群がる人間が当初は後を絶たなかった。
まあ、私が完全にシャットアウトしていましたけど!




