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「魔女殿、お願いがあります」
神妙な顔つきで、二人で話したいとレイに呼び出された。
先日の会議のリカルドのこともあり、私はまた極限まで緊張してしまう。
「どうしたの?」
「魔女殿、お願いというのは、俺に魔法の師になっていただきたいのです」
そして、レイは戦場の流れを話してくれた。
通常、最前線に兵士が配置され、その少し後方に治癒師が数人配置される。開戦とともに、傷ついた兵士が再びその場で戦えるよう、治癒師は後方から支援していくのだ。
だから、戦場ではいかに敵軍の治癒師を倒すか、自軍の治癒師を守るかが大事になってくるそうだ。
「リカルドは、兵の士気を上げるためにも、戦の責を自らが追うためにも最前線に出ると宣言しています。……それならば、俺も共に最前線に出てリカルドの盾となるつもりです」
「それは……!」
守られるべき治癒師が最前線に立つ――言うまでもなく、命を落とす可能性が非常に高い。
「何かあったときに、この命を費やしてでもリカルドを助けるためには彼の側についておく必要があるのです。ですから魔女殿。俺に防御魔法と……魔力量を増やす方法があるのでしたら、教えていただきたい」
「アレンから聞いたのね」
彼の口ぶりから、私が人の魔力量を増やす手段を知っていることを聞いたのだろう。
「血反吐を吐く覚悟がある?」
「ええ。どんな試練でも耐え抜いてみせます」
迷いなく即答した。彼の眼差しも至極真剣なもので、彼の覚悟を私は受け取った。
「分かった、それなら……対価をもらえるかしら?」
「……俺に払えるものでしたら」
途端にその表情がたじろいだ。彼は己の懐状態から、不安になったのだろう。
「リカルドがビリアエ伯爵に捕らえられていたときに、あなたは自分の身体を身分の高い人に売って彼を助けようとしていたでしょう?」
「……」
レイは否定をしないが、肯定もしない。しかし、彼は『俺はこの外見を武器にして釣られる人間はとことん利用してみせます。使えるものは何でも使う』と宣言していたので答えは明らかだ。
「リカルドと共に誰もが安心して暮らせる国を作ろうとあなたが熱意を持っていることは十分に分かっているわ。でも、これから先、リカルド達とともにより良い国をつくろうとした時に、あなたたちの国に利益をもたらす代わりに、あなたの身体を差し出せと誰かに言われることがあるかもしれない」
「……」
レイは神妙な表情で聞いている。その可能性が高いことを自身でも分かっているのだろう。
「私への対価は、そんなとき……いえ、どんなときでも、何かを得ようとして、自らの身体を売り渡さないこと」
彼が『使えるものは何でも利用する』と考えるのは、彼の生育歴から仕方がないことだが、私も美しく健気な彼が、他者や国のためにその身を穢していく姿を見たくないと思い始めてしまったのだ。
「魔女殿。そんなことを誓っても、あなたに何の利益もないではないですか……」
「魔力量を増やすために行うことで、あなたは辛い目にあうわ。だから、これ以上あなたを傷つけたくないの。……あと、これは私の個人的な感情だけど、綺麗なあなたが他人に無理やりどうかされるのは、目覚めが悪いの」
私の言葉をじっと黙って聞いていたレイが、驚愕した。
「えっ、魔女殿。俺を綺麗だと思うのですか!?」
「ええ!? むしろ思っていないとでも!?」
“綺麗”なんて言葉、彼を表現するのに一番適切な単語ではないか。数限りなく言われてきたに違いないのに、頬をさくら色に染めている。
(どれだけ言われ慣れていても、不意に言われると照れるものなのね)
そうして始めた、魔力量を増やすための特訓。私とレイは森の家の近くで行うことにした。
「それは……魔女殿の回復薬?」
「そうよ。私が魔力量を増やす方法を見つけたのは、この回復薬を作るのに試行錯誤を重ねていたときなの」
あの時は、良い意味でも悪い意味でもどうかしていたのだ。日々手間暇かければかけただけ回復薬の精度に結果が表れてくれた。それが楽しくて仕方なくて……そして、その回復薬がどの程度の病気や怪我を治せるものなのか、次第に試したくて仕方がなくなっていた。
そして私が行ったのは――自傷であった。意図的に病気にはなれないが、怪我を負うことはできる。始めは薄皮を傷つけるだけであったが、良い回復薬ができる度にどれだけの怪我に効果があるのか確かめるために、傷はどんどん深くなっていった。
痛みはあったはずなのに、こんなに深い傷でもすぐに治すことができるのかと確認することの方が嬉しくて、そのときの痛みを全く覚えていない。きっと脳内麻薬の類が出ていたに違いない。
そして、私は気付いた。傷を負えば負うほど……正確には、体内の血液を失えば失うほど私のもっていた魔力量の限界の天井が少しずつ上がっていることに。
「血液、ですか?」
「ええ。すぐに怪我を治したときはそこまで効果がなかったけれど、大量に出血したときの天井の上がり具合は格段だったから、それは間違いないと思うわ。何回も経験して、例外はなかったもの」
「何回も経験……」
理由はあるにしても、何回も自傷していますというカミングアウトにレイが引いている。まあ私も、冷静になった今、自らを振り返ったら自分の行為に若干引いているもの。
「私の治癒魔法を施すけれど、レイが血を流さないと意味がないの。治すタイミングはあなたに委ねるわ」
「……分かりました」
彼はナイフを取り出すと、それを握り締め決心を固めた。
傷は、傷つける瞬間がもっとも痛いものだ。だから、できるだけ血を流すだけ流してからまた元の状態に戻した方が良い。
「できるだけ出血をしてから、ぎりぎりのところで治癒魔法をかけてください」
「分かったわ。でも、一応保険として自分でもこの回復薬を持っておいて」
レイは自身の腕を確認すると、迷うことなく血管を狙うようにして深く傷つける。すると、ドクドクと彼の鼓動に合わせて血液が彼の腕を真っ赤に染める。
「っ……」
レイは痛みに顔をしかめている。レイが腕から大量の血を流し、その痛みに耐えている姿は、自分のとき以上に目を背けたくなるような光景だ。
「治すわよ」
命を失ったら元も子もない。余裕をもって約300mlの血液が流れたと私が判断したら彼に治癒魔法を施し、そしてまた彼は自身の腕を傷つけ……それを約3日間続けることとなった。




