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およそ2年の歳月が流れた。
食べるものに困らないという評判が国中に流れ、ファリス家の領には日々人が殺到し続けた。それを見た隣接する3領が、自領の民のためにもファリス家の傘下に入りたいということで、土地も拡大されることとなった。
人口増加に伴い、治安維持のためリカルドがファリス家の私兵を結成し、志願する若者を鍛えた。
現段階では王紋は隠しているというのに、彼のカリスマ性に惹かれて日々彼の下で働きたいと申し出る者が増えていて、兵隊はなかなかの大所帯となっていった。
健康な人がどんどん増えていったので、土地の耕し手も増え、収穫量も増えていった。しかし、その7割は意地でも納め続けた。今何か弱みを見せるわけにはいかなかったからだ。7割を納めると、とてもとても生活していくだけの量が残らない。これでは地方全体が衰えていくわけだ。(しかし、王や上位貴族の懇意があると税率も変わるらしい。なんだそりゃ。)
生かさず殺さずではなく、死ぬまで絞り取り続ける勢いである。これを良しとする王は愚王に違いがなく、私はリカルドの擁立に力を注ぎ続けた。
ファリス家の城で人を雇う余裕も出てきたので、料理はもう完全に専用の料理人を雇ってそちらに任せ、アレンは完全に城から離れることとなった。それに当初はかなりクレームが来たが、規定の税を納めることで不足する食料を補うために、私とフレイヤ、アレンの3人で尽力して農業をしないと領民が養えないのだ。人が増えれば増えるほど税を差し引いた負債が増えていく。
私の独断でリカルドたちに協力すると決めたのに、アレンとフレイヤは文句ひとつ言わずに私に着いてきてくれている。彼らと出会ってから、私は当然であるが、労働基準法があったら経営者の私は逮捕待ったなしというぐらい二人とも働き詰めだった。
現状に疑問を抱く人間がどんどん増えていくのをひしひしと肌で感じる。自身が生産したものの7割を持っていかれるとはどういうことだ、こんなに働いているのに魔女に援助をもらわないと生きていけないとはどういうことだ、と。生活が満たされたら、人は視野が広くなる。
ここまで来たらもう少しである、と皆計画に向けて一層精進していった。
私とレイは昼行灯を装い続けたが、あまりの力の付き具合に監視はどんどん強化されることになった。
初めの使者であったゲイルは身の丈に合わない生活を続けた挙句に破綻し解雇された。宝くじが当たると破産してしまうタイプの人間だったらしい。彼は卸しやすそうな単純な人間でこちらとしては都合が良かったのに。残念である。
それからは王都からの使者は何人かがローテーションを組んで送られることとなった。
言外に魔女に回復薬を強請れ、そしてそれを王や貴族に献上しろ、魔女からのおこぼれをこっちも寄越せと圧力をかけてくる使者もいたが
「いえいえ、病気や怪我は俺を筆頭に治癒師がおりますから。そんなことで魔女様の手を煩わせるわけには行きません」
などと空気を全く読まずにばっさり相手を切り捨てている。
「まあ、レイは美しいだけでなく、とても謙虚でもあるのだな」
そして、こっちも針小棒大にレイを褒めちぎるのだ。
まともな使者であれば、表情に出す、出さないにしろ私たちを侮蔑している様子が伝わってくる。
そして、この愚か者なら利用することができると判断した使者は、私たちの無様な劇場をニヤニヤと笑いが止まらない様子で眺めてくるのだ。
相手を見定めるよい踏み絵になっている。まともな使者相手には、弱みを特に見せないよう、計画が漏れないよう細心の注意を払った。
今日の使者は心なしか顔を強ばわせていたので、何らかの言付けを預かってきているのが予想できた。
「税率が上がる……?」
「ええ。ファリス家の領は魔女様のおかげでとても富んでいます。しかし、魔女様達はご存知ないと思いますが、他の領にもまだ貧困にあえいでその日の食べ物にすら困っている民がいるのですよ。富んでいるところから税を取り、貧しているところに援助を与える。これを富の再配分と言いますが、それも国の仕事なのです」
突っ込みがたくさんありすぎる説明を使者はいかにも正当性がありますと言わんばかりにしてくる。
突っ込み所その1。貧しい領があることなど周知だ。この国は王都や一部の貴族が治める領以外のほとんどの領がそうなのだから。
その2。この領もほんの2年前まで火の車だったのだが、その富の再配分の恩恵を受けた事実は全くない。
その3。じゃあ、国王や上位貴族はその分他より高い割合の税を納めているのでしょうか。
結論、搾取はするが、貧しい者に分け与えるつもりなんて端からないのでしょう!? 私腹を肥やしたいって言えやああ!!
「税率、9割……!?」
どれだけ働いても手元に1割しか残らないのであれば、労働意欲が沸くわけがない。それどころか、納税後は自身が食べていける量も残らない。
「どうしましょう、魔女様……。そんな税、ファリス家の領では払えません……」
レイが憂いを帯びた目でこちらを見つめる。それもまたとんでも無い色気があり、使者まで顔を赤くしていた。
大丈夫だ、レイ。こんな税率を払える領などありはしない。
「レイ、心配しなくても良い。私がなんとでもしてやろう」
私がそう返答したことで、使者の口角がわずかに上がったのが視界の片隅に写った。
「書類のこの部分を見てみなさい。回復薬1瓶あれば、1割相当の減税をするとある。私が回復薬を3瓶用意すれば、むしろ今までよりも少し税が軽くなる」
「ええ。もちろん、その計算で合っております。さすが魔女様です。計算がお早いですなあ」
小学生高学年でも分かる計算を使者に褒められた。逆に侮辱である。
「では、今までよりもむしろ減税になるのですか? 魔女様、ありがとうございます!」
私たちがはしゃぐ様子を見て、使者は書類を置いて、満足した様子で帰路についていった。
「さて、とうとうこの時が来たわね」
「予想よりも早かったですね。……緊急会議を開きましょう」
革命を起こせるだけの力はつけてきていた。
あとは、きっかけを作るだけの状態であった。もちろん、今まで不当に虐げられてきたのだから即叛旗を翻しても良かったが、士気を上げるためにも相手の有責をこっちが撥ね退ける形にもっていきたかったのだ。
「今回、俺たちが何も抗議をしなかったことで正式な命令として発令書が届くのは……おそらく1週間後ぐらいでしょう」
私たちは一方的な通告に対して抗議もしなかったが、承諾もしていない。だが、そんなことはあの使者には分かっていないだろう。
「分かった。戦力も十分だ。補給部隊は?」
「2月なら十分大丈夫だ。それ以上は……節してもらうことになる」
各々が自らの役割と補するべき部分を話し合っている。
「魔女殿。ずっと頼ってきているというのに、こんな時まで、しかも重要な頼みごとをして申し訳ないが、俺の依頼を引き受けてくれないだろうか」
「えっ!」
てっきりアレンやフレイヤと農作物を作って指定されたところに届ける運送係になると思っていたのに、リカルドが真剣な眼差しで私に話を降ってきたので一気に緊張が高まる。ただならないリカルドの様子で、皆も会議を一時中断させて息を飲んで私たちを見守り出す。
「俺からは魔女殿に対する、これが最後の願いにする。だから、頼む―俺たちが不在のとき、このファリス家が治める領の民をひとり残らず守って欲しい」
「守る……?」
「ああ。俺たちが行う革命は、外国から見たらワイナール国の内乱だ。ワイナール国全体を手中に納める絶好の機会と見られる可能性がある。そして、一番狙われやすいのが豊かで、戦士が不在のここだ」
「……」
「魔女殿の力を借りて、誰も飢えていない、生命や財産を脅かされない仮初の理想国家をここに作ることができた。ここは俺の原点とも言える場所であるから、何があってもここに住む人間だけは幸せにしたい」
「リカルド……」
「王を討ち取ったら、今度は俺が魔女殿の力を借りなくともその理想を国全体に広げられるように最善を尽くすと誓う。だから、最後の願いだけは俺たちに何があったとしても叶えてもらいたい」
そして、リカルドは深々と頭を下げた。いつも捉えどころがない雰囲気で、でも憎めない性格の彼の真剣な姿勢に私だけでなく周囲も驚きを隠せなかった。
「……リカルド、そうじゃなくて、『すぐに帰るから、その間だけこの領を頼む』っていつものように言ってよ。そうしたら私は快諾するのに……」
「俺は最前線で戦う。だから、最悪の事態を考えて行動したい。魔女殿。こんなことが頼めるのはあなただけだ」
「っ!!」
私が、戦争が始まることの重大さに初めてぶつかった瞬間だった。
大事な仲間が全員帰ってくるとは限らない。それならば、思いっきり私情であるが私は、彼らの願いを叶えたい。
「分かった。でも……私は“森の魔女”。対価を払える者の依頼しか受けないの。私への報酬はあなたが王になったときに、アレンにそれなりの地位を与えること」
彼は目立ってはいないが、確実にこの国の功労者なのだ。今もこの場にはいないが、この瞬間もこの国のためにフレイヤと共に働き続けている。
アレンは十分に私に付き合ってくれて、恩を返してくれた。この国のゴタゴタが納まったら、彼を自由にさせるつもりだった。その後のアレンの未来を私は縛るつもりはない。だが、彼が私の元から飛び立つ時に目前にある選択肢は多い方が良いだろう。
「お安い御用だ。魔女殿。取引成立だな」
リカルドから差し出された手を、私は祈りを込めて強く握り返した。




