22
「みんなそろそろ夕飯にしない?」
「……」
もう空は朱色に染まっている。森では灯りを灯すこともほぼなく、太陽が昇るとともに起きて太陽が沈むとともに寝ていた私たちの生活サイクルからすると、いつもならアレンの美味しいご飯を食べている時間だ。
それなのに、さっきまでの意気揚々とした雰囲気は一転し、私の一言で皆は黙り込んでしまった。皆のテンションの急降下の仕方を見ると、夕飯というキーワードは地雷だったらしい。
もしかして、ここのコックの料理は美味しくないのだろうか。皆の悲惨な表情から予想すると、相当な不味いご飯が出てきそうだ。
「あ、アレン! 今日もアレンが夕飯を皆さんに作ってくれない? レイ。調理場をお借りしても良いかしら?」
それならば、アレンの絶品料理を皆に振る舞いたいところである。調理場の提供を申し出てみた。
「……もしかしてとっくにファリス家のコックが料理を作っているのかしら?」
私の提案に、皆、良しとも悪しとも何も答えてくれない。
おそらくこの家で一番調理場の権限を持っているであろうレイの顔色を伺うが、彼も困った表情をしている。
「レイ、あの~……駄目かしら? アレンの料理は、とっても美味しいのよ?」
「……魔女殿。あなたに対する多大な感謝を、わかりやすい形のもの――例えば、財や食、接待などで示したいと思っています。その気持ちは抱いているのですが……我々は恥ずかしながらそういったことをする余裕が全くないのです」
「へ?」
「簡単に言うと、コックを雇う以前に、コックが料理をするための食材などほとんどありません。貯蔵庫はほぼ空で、領民はもちろん、当主である俺ですらその日の食べる物に困っている状態です」
「……」
「今、この城に少しの小麦だけならあります。満足いただける量ではないと思いますが、魔女殿やアレン殿、フレイヤ殿でどうぞ召し上がってください」
彼らの沈黙は、私の心配を大きく上回る問題からきていたのか。
彼らは、アレンが調理場に行ったとしても調理できるものがないため、私の提案に返答することができなかったのだ。
「……そんなに、そんなにこの国は大変なの?」
「ああ、だから俺が生まれたんだろうよ、魔女殿」
リカルドがぶっきらぼうに答える。
「畑を耕して作物を作ったところで、ほとんどを税として国が持っていく。皆がお腹を空かせていて、病気で死んでいっても国はだんまりだ」
「まあ、長い付き合いになるなら後々分かることだから今言っとくが、ここにいる皆は全員肉親を亡くしていて天涯孤独だ。それだけ、死亡率が高くて、ただ生きることすら困難な国なんだよ、ここは」
「この国の悲惨さは、ここにいる皆が語ることができます……。魔女殿、我々の国は魔女殿が思う以上にもう限界を迎えているのです」
皆の暗い雰囲気に、私だけでなくアレンやフレイヤも驚愕を隠せなかった。
「……」
彼らの言っていることを疑うわけではないが、よくよく皆の手首に目をやると、例外なく皆とても細かった。骨の浮き出方から、とても不健康な暮らしを送っていることが分かる。
「あの……」
下手に慰めの言葉をかけない方がよい。私は話しかけたは良いが、その後に続く言葉を言いあぐねることになった。
「そんな国があったなんて……」
アレンは彼らへの同情や王への怒りで涙声になっていた。
「僕が師匠を知ったのは、故郷の国のおかげです。国が師匠の回復薬を購入して、医者や治癒師のいない僻地の村に配布していました。だから、リュシオ国は皆病気を気にせず安心して働いていて……僻地の村だったけれど、笑顔が絶えないところでした」
「魔女殿の回復薬を配る!? そんな、そんな国があるのか!?」
「リュシオ国、噂に聞いたことがある。国民が飢えることもなく貿易も活発で豊かな国であると」
「……我が国の王に、リュシオ国王の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな」
ちなみに、このワイナール国もかなりの量の回復薬を購入しているらしいが、当然のように王たちが溜め込んでいて、回復薬を使える人間もごくごく限られているらしい。
「師匠。僕、知りませんでした……。僕の国は、とても幸せだったなんて。たまに戦はありましたが、平和な国だったのですね」
「アレン、そうね」
それは、私の前世もそうだし、今世で生まれた国も、豊かではなかったがその日の食べ物に困るような悲惨な暮らしではなかった。
「師匠、皆さんに僕の料理を振舞っても良いですか!?」
アレンが凛々しい顔で私に迫る。
「もちろんよ、あなたの最高の料理を振舞ってちょうだい」
「魔女殿、さっきも言いましたが、我が城には……」
「大丈夫よ、何も心配はいらないわ!」
だって私は優秀な冷蔵庫だから!
レイに城の調理室を借りて、皆に料理を振舞うことになった。
それなりに綺麗なところであったが、使用感がほとんどなかった。普段から料理をしていないというのは確かなようだ。
いつものように私がアレンの指示をした食材を私の貯蔵庫から取り出して、フレイヤと二人で下ごしらえをする。するとあら不思議。アレンのゴッドハンドで頬っぺたが落ちるほど美味な料理の出来上がりだ。
作る量が多かったのでいつもより時間はかかったが、約10人分の料理を作る手際の良さも素晴らしいものだった。さすが私の一番弟子。弟子はその一人しかいないけど。
「師匠! できました!」
「よし、主。運ぼう」
「分かったわ!」
皆が待っている応接間に、アレンお手製の料理を運び込む。
「え!? こんな食材は城にはなかったはずだが!?」
「ここは私のサービスよ。今日はお腹いっぱい食べてちょうだい!」
突然現れた美味しそうな料理の数々に皆どこから食材を調達してきたのかという疑問はあっただろうが、空腹には勝てないようですぐにスプーンやフォークを手に取って一心不乱に食べ続ける。
皆喋る間も惜しんで、ただただスプーンが皿とぶつかる音が響き渡っている。私が作った料理ではないが、ここまで気持ち良く食べてもらうと、アレンもさぞ作った甲斐があっただろう。
しかし、皆の手が慌ただしく動いている中、レイだけはさっきまで料理を掻き込んでいたにも関わらず、途中で何かに気付いたようにスプーンを置き、目の前の料理を意味ありげに見つめていた。
アレンの完璧料理のはずだが、何かあったのだろうか。こっそりとレイに近づき声をかける。
「レイ、どうかした?」
「……魔女殿。せっかく魔女殿にいただいた料理ですが、俺の分の量は少なくして構わないので、他の者――俺の領民にも食べさせてもらえないでしょうか?」
「飢えている者が多くいます……。魔女様が俺たちのために作ってくれたものであるのは重々承知しています。そして、欲張りで失礼なことも承知で頼みたいのですが、もしまだ魔女様が食料を準備できるのでしたら、俺は少しでも皆の口にも入れてあげたいのです」
「レイ……!」
遠慮がちにしてきた彼の提案に私たちは虚をつかれた。
この状況で自身のことよりも他者を優先させて欲しいという言葉が出てくるとは。
そういえば、彼は自身の容姿でも身体でも利用できるものは何でも利用すると宣言していた。しかし、その目的はリカルド――ひいては、苦しんでいる領民やこの国の人間を救うためであった。自身の利益や地位のためであるなら、とっくに王族や権力のある貴族の愛人などになっているだろう。彼なら相手の財や寵を恣にできるほどの外見や精神力ももっている。
彼は、自身が苦しい中でも領主としての責任を果たそうとしている。
私と違って容姿以外のチートはないであろう彼が楽な方に流されずにここまで立ってこられた過去を想像すると、私は彼に対して敬意すら抱いた。
「その食事はあなたのものなのだから、あなたが召し上がってちょうだい」
「……ですが!」
「あなたが食事を与えたいと願っている相手には私がまた別に与えるわ。それでいいでしょう?」
「……え?」
私がアレンやフレイヤの方に顔を向けると、二人とも私の思いを分かってくれているようでとても穏やかな目をして頷いてくれた。
「善は急げよ! でも、いくらアレンでも大規模なものをすぐには作れないから……すぐに皆に配れるもので良いものって何かあったかしら? アレン」
「師匠! それならランドですよ! あれは栄養豊富だし、そのまますぐに配れます。何よりフレイヤさんのランドは美味しすぎて僕の料理が霞むほどですから」
「ああ、それが良いわね。フレイヤも今あるだけのランドをレイ達に譲ってもよいかしら?」
「主、当然だ」
「ランド……そんな高級食材をいただいても良いのでしょうか?」
「ええ。それに大サービスでとりあえず今あるだけランドを譲るわ。でも、それならここだと狭いわね」
「?」
皆が首を傾げているが、城外に着いてきてもらう。
城外の門の側に大きな布を敷くと、そこにランドを取り出して並べる。
その量に皆は絶句していた。
作っては収納し、作っては収納し……繰り返し大量にランドがあることは私も把握していたが、いざその全てを目で見ると圧巻されるほどであった。
「こんなに量があったのだな」
「本当ね。私たちだけだったら一生ランドしか食べなくても相当余るぐらいよ……。ちなみに、もうこれ以上はここに置けないけど、あとこれの3倍ぐらいは優にあるわ」
「わー、フレイヤさん、こんなに作っていたのですね。さすがです!」
「……」
呑気にランドの量に対して感想を言い合っている私たちを何か言いたげに皆が見ているが、言葉にできないようで、ただただポカンと口を開けている。
一番に我に返ったのがリカルドだった。
「レイ。嬉しい誤算だ。とりあえずこれだけあれば……!」
「ああ、すぐに、すぐにでも皆にも配ろう! ラシアス! いや、ラシアスだけでも手が足りないほどだ! 食事が終わってからで良い! 皆も手伝ってくれ!」
「もちろんです!」
レイは食後に手伝いを求めたにも関わらず、すぐに仲間たちは働きだした。




