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「はー、疲れた!」

 気が付けばすっかり日が沈んでいた。こんな時間まで働き通しだったのはもしかして今世初ではなかろうか。しかし、充実感に満ちた時間であった。


 だが、彼らの話の裏付けを得るように……食事を受け取りに来たファリス家の領民たちを見ると、いかに食糧不足に苦しめられているのかが分かった。貧困の原因である税がどの程度なのかを聞くと、私は卒倒しそうになったほどだ。

 細い手足をした少女が初めて食べたランドの実の美味しさに破顔する姿を見たとき、私は生まれて初めて人の笑顔を見るだけで涙が出そうになるという経験をした。


「魔女殿、本当に規格外だな。俺も見習うわ」

「ええ、ぜひそうしてちょうだい。……私はさっきの短い時間で、あなたが1日も早くこの国の王として即位するべきだと実感したわ」

「魔女殿が即位しても良くねえ? 今以上に国が悪くなることはないのだから、明日にでも城を制圧して魔女殿の独裁国家をスタートさせてくれ」

「……そんな気力や度胸さえあれば良かったわ」

 リカルドは軽口を叩くと、皆を労い、今日はひとまず就寝しようと呼びかけた。


「レ、レイ!? どうしたの!?」

 一人動かずにいたレイの顔を覗き込むと、彼は静かに涙をはたはたと流していた。

「俺は、この地で、何もできないまま朽ち果てていくだけだと思っていました……。でも、リカルドが現れてくれて。そして、魔女様も、力になって、くれて……」

「レイ……」

「昨日まで、そのリカルドが囚われたことで、絶望しかなかったのに。たった1日でこんなに変わるなんて……」


 レイの声はどんどん震えていったが、彼は自分の言葉をしっかり私たちに伝えようとなんとか喉から声を絞り出そうとしていた。

「みんなが、あんな顔で何かを食べる姿を見られるとは、本当に夢ではないかと何度も何度も目を擦りました。ずっと願っていた、こんな日がこんなに早くくるなんて……」

 彼のこれまでの軌跡をほとんど知らないがとにかく他者のために苦労を重ねてきたに違いない。

「魔女殿、感謝してもしきれません、本当に。後は、リカルドが王になるだけです……!!」

「レイ……本当に、本当に良かったなあ」

 レイはもうこれ以上言葉を紡げないようで、ただただ無言で涙を流し続けていた。

そんな姿を、彼の美貌を見慣れたはずの仲間も見惚れるように見つめていた。

 そして、レイの肩にそっと手を置きラシアスが寄り添う。ラシアスの目も赤く充血していた。


「なあ、リカルド。あの二人は同性だが、(つがい)や夫婦なのか?」

「ブフォ!!」

 皆が温かい眼差しで見つめていた感動シーンをぶち壊したのはフレイヤの一言だった。


 そういえばラシアスが私の家にやってきたときは、二人の関係は特別なものであるとはうすうす感じていた。実際にレイに会うと、ラシアスと同性であることや年齢差もあることから最初に邪推していたような関係ではないのでは、と思い始めてはいたが、本当にそういう関係である可能性もあるのだから、そこをおおっぴらに聞くのは憚れたというのに。


「フ、フフフ、フレイヤ!」

 フレイヤは妖狐であるから、恋愛感情とかの機微を考慮することなんてできないし、そういえば空気もあまり読まないタイプだった!!


「違うわああ! 俺はレイの父のロイドと幼馴染で!! レイは息子同然です!! よく言われる類の質問でしたが、今!! この時に!! この弁解をするなんて、それこそ夢にも思いませんでしたあああ!!」


「うわあああ、ごめんなさいいい」

 親子(同然)の感動シーンをうちの使い魔がぶち壊して本当にすみません。謝罪に徹するのみです。


「主、番であるかどうかを人間に確認してはいけないのか?」

「どああああ!! フレイヤ、黙って! そういえば私たちに部屋を用意してくれていましたよね! 遠慮なくそこに泊まらせてもらいますわ! アレンーー! 行くわよーー!!」

「はい、フレイヤさん、行きましょう行きましょう!」

 アレンと二人でフレイヤの腕を引きずるように、とりあえずこの場から撤収する。



 私たちはそのままファリス家の城の指定された部屋へ飛び込む。現在のファリス家の財産はこの城ぐらいだとレイが言っていたように、部屋はたくさんあるようで一人一室ずつ、計3室用意してもらった。

フレイヤに対して苦言を呈した後、そのうちの1室に私たちは集まり、密かに会議をする。

 明日からはおさんどんの日々が始まるのだ。私たちは誰がどのように動くかの計画を立てていた。


 あらかたの方針が決まり、就寝の準備のために解散をしたタイミングで、控えめなノックの音が響いた。

「魔女殿、夜分遅くにすまない」

 ラシアスが申し訳なさそうに顔を出す。

「いえ。あの……こちらこそ、うちのフレイヤがすみません。レイも怒ってないかしら……?」

「いや。結局皆さんが駆け足で退室された後、レイ本人も含んだ皆で爆笑して……。この素晴らしい日が暗い雰囲気で終わらなくて良かったと笑っていましたよ」

 今回の失言は、結果的には良かったが、しばらくは皆に混じって生活していくのだからフレイヤの教育には力を入れる必要があるだろう。

「魔女殿、此度は本当にありがとうございました。改めてお礼を言わなければならないと思いまして」

 リカルドだけではなく、成り行きではあるがレイまで救ったことの感謝の言葉を受ける。


 そして、彼はレイの半生について語りだした。

 ファリス家は代々医師家系であり、レイの父、ロイドも例に漏れずにそうであり、レイの母、エルリーナは治癒師であったらしい。


「ロイドは……病に倒れた前国王を治療するように命を受けました。私は病に関しては詳しいことは分かりませんでしたが、ロイドの話では足を切断しない限り王の命は救えなかったようです」

 ん。それって、もしかして糖尿病かしら。医療関係者ではないので断言はできないが、その可能性が高い気がする。

「しかし、王は足の切断を拒みました。身体を完璧な状態にするのが医師の仕事であるだろうと」

 もし糖尿病であるなら病の原因は自身の生活習慣のせいである可能性が高いだろうに……。

「ロイドは命を救うことを優先させて、前王の手術を行いました。そして、王命に背いたとして処刑されたのです」

「なにそれ!?」

 アレンも話を聞いて憤っている。

「じゃあ、手術なんてしない方が良かったじゃないですか!!」

「手術をしなければ、それこそ一族もろとも処刑となっていただろう。ロイドは、家族を守るために覚悟を決めて王都へ向かった」

「そんな……」

「俺は、ロイドからレイとエルリーナを頼むと言われていたのだ。だが、俺はエルリーナは守ることができなかった……」

 6年前、エルリーナは現王の命令で疫病が大流行した地域へと治癒師として派遣された。彼女も、夫が処刑された経緯もあり、ファリス家やレイのために命令を拒むことはできなかったらしい。そして、彼女自身もその病に冒され城を旅立って3ヶ月で天に召された。その時点で、レイは8歳で天涯孤独の身となった。


「産まれた時から成長を見守ってきたレイは、俺の息子同然であったが、ロイドの遺言やエルリーナの決意もあり、俺は何としてでもレイが立派な大人になるまで守り、支えようと決意していた」

 彼の年齢を考慮して、ラシアスが後見人として領の政をサポートしてきた。


「レイは亡き父母の遺志を継いで、なんとか家や領を維持しようと努力をしてきた……。だが、何の後ろ盾もない、それに父親が罪人であるレイの立場は苦しかった」

 何の罪もないはずの父の汚名をレイは黙って背負ってきたらしい。


「あらゆる毒牙がレイに降り注いできたさ。それでも守ってきたつもりではあったが、やさぐれさせてしまった」

 少しラシアスは苦笑する。だが、背景を考えると仕方がないことだろう。強かさがないとこの地や領民は守れなかった。


「そこで得た光明がリカルドだ。王紋を得たリカルドは仲間を引き連れて、まずファリス家を訪ねてくれたのだ。『国を変えるために力を貸して欲しい』と」

 ファリス家は全面協力を約束したが、それでもファリス家の力自体が微々たるものであった。両者は、長い年月をかけて力を蓄え、来るべきに備えることとした。

 そんな中起きたのが、リカルド達がビリアエ伯爵に囚われる事件。そして、解決をするために私が呼ばれることとなる。


「今日の、レイの泣き顔なあ……。あんな感情を高ぶらせるところなんて、ロイドの処刑の知らせがきたとき以来だった。まだ子どもなのに、レイは背伸びをしてきたのだと痛感した。でも、あんな年相応の泣き顔が見られて、親として少し嬉しいとも思ったのだ」

 今までのことを想起しているのだろう。ラシアスは感慨深そうだった。


「魔女殿からの恩恵に釣り合うような俺に払えるものなんて何もないのだが、リカルドとレイのことをこれだけ救ってくれたのだ。命だって魔女殿に捧げるぐらいの覚悟を俺はもっている。……それをとにかく伝えに来た」

「あなたの気持ちは分かったわ。でも、私は特に望むものがないの。むしろ、リカルドに出会えるきっかけをもらったあなたにはこちらこそ感謝しているわ。私も、神の紋をもつ彼を支える仲間に入れてほしい。それが報酬でもう満足しているわ」

「……魔女殿。それでは俺の気が晴れない。いつか、必ず恩に報いようと思う」

「あら、じゃあ期待して待っておくわ」


「ラシアスさん。師匠は今までの師匠が嘘みたいに、本当に廃人みたいになっていたのですよ……だから、こんなに生き生きとしている師匠が見られて僕たちも安心しています!」

 アレンに今まで屍寸前だったことを暴露されてしまった。だが、彼のフォローもあって、ラシアスは少し肩の荷を下ろせたようだ。


「魔女殿。明日からも、よろしく頼む。何か不都合があったら俺に報告してくれ」

 現時点でラシアスは一番の年長者だ。思考力も柔軟にありそうだし、多少レイに肩入れをしているが、きっと仲間を平等に扱ってくれて、ラシアス不在時の皆を束ねる立場や良い連絡の調整係になるだろう。

 私は早速これからの自分たちの活動の方針を伝え、これから定期的に皆で会議を開く方向で予定などを調整してくれると約束もしてもらった。


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