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「魔女様、この度は本当にありがとうございました」
「いいえ。私も良い経験になったわ。呪いを自分に移して解く方法を知られて。……まあ、もうこの経験が生きることはないと思いたいけれど」
「じゃあね、アレン。ご両親を大切に」
そう言って、きっぱり去ろうと思っていたのだが――
「アレン。魔女様の元で頑張れよ!」
「アレン、あの魔女様に仕えるなんてとてつもない幸せなことだ! くれぐれも粗相をするなよ!」
「はい、魔女様に精一杯仕えて、必ず御恩をお返しして、立派になってまた戻って参ります!」
村総出で私とフレイヤの見送りをしてくれていると思っていたが、なんだか、村全体がそれに加え、アレンのお見送り会のような雰囲気になっている。
「ちょっと待って! アレン、私に仕えるってどういうこと!?」
「え? 何を言っているのですか? 魔女様。僕はまだ魔女様に恩返しができていないので、恩を返し終わるまで魔女様に着いて行きますよ!」
「ええええ!?」
お互いが(何を言っているのだ!?)という顔で相手を見合う。
「最初に言ったじゃないですか! 『母を助けてくれたら、僕はこの先魔女様に支払うお金だけを稼いで生きていくと誓います』と。だから、魔女様の下で奉公させてもらって恩返しします」
「いやいや、“アレンの出世払い”とかは冗談だから! それに、アレンがそれに恩を感じるようなら、働いて稼いだお金を送ってくれるのかと思ったわ!」
別にお金に困っているわけではないので、送金などされなくても良いのだが、気持ちの問題だ。少額でも送られてくる行為に対して、私は(ああ、あのときアレンの村に行って良かったなあ)と思い出の一つになるとばかり思っていた。
何より、この村に来た一番の理由は、私はその気になれば普通に他人とコミュニケーションをとることが出来ますから! とフレイヤに見せつけて安心させることだった。それは達成できたはずだ。
「アリアさん! アレンがこんなことを言っているのですけれど……」
きっと溺愛している息子を手放したくないに違いない。私は縋るような思いでアリアに助けを求める。
「アレン!立派になったわね……。そうよ、男に二言はないわ! 恩を返すと約束したならば、返し終わるまで魔女様に仕えるべきよ。魔女様はお優しい方だけど、だからと言って魔女様の好意に甘えてはいけないわよ」
「アレン。きっと魔女様のもとでお前はもっと心や体を強くさせることができる。頑張れよ」
「ええええ……」
肝心のご両親まですっかりその気である。
「魔女様、よろしくお願いしますね!!」
「…………」
こうして、私たちの家にやる気に満ち溢れた新たな同居人が加わることとなった。
「今日から、魔女様のことは師匠と呼びますね!」
アレンを迎えてすぐに行ったのは家の増築だ。今まで女の園であった森の魔女の住処に男が混じってしまった。受け入れるからには、様々なルールを設けないといけない。
「いいこと、アレン? 夕飯を食べ終えたら、あなたは自分の部屋から出てはいけないわよ。あと、朝はフレイヤが朝食を作ってアレンの名前を呼ぶまで出てきてはだめ」
「分かりました! お二人は女性ですからね! 二人に不快な思いをさせないためにも、僕はちゃんと約束を守ります!」
少し理不尽なルールではあるが、アレンは嫌な顔一つせずに受け入れた。
同居をしているが、アレンには私の素顔を見せるつもりはなかった。私を魔女として慕う明るい少年が、私の年齢や素顔を知ることで私への態度を変えて欲しくないと思ったからだ。私も夕食後アレンが自室に向かうまでは深々とローブを被っておかないといけないという不便さができたから、彼にも多少不都合をかけても良いではないかと開き直っている。
アレンが奉公をするならば、私の薬草探しの助手であろうか。アレンも『ぜひお手伝いさせてください!』と非常に意欲を見せてくれた。
「もっと目に魔力を集中させて」
「う、うぅ……」
「この薬草、何て表示されている?」
「……採取難易度、Gだけ分かりました」
「それだけ?」
だが、この家にアレンが住み始めて数週間。アレンにみっちりと鑑定のやり方を教えたつもりだったが、彼は全くもってその方面への才能の開花に兆しを見せなかった。
「採取難易度なんて分からなくても大して困らないわ。その植物の性質さえ分かれば良いのだから……」
「し、師匠……」
アレンの特大の瞳がうるうると揺れて見える。相変わらず小動物みたいでまるでこちらがいじめをしている悪者であるような錯覚に陥るが、今はそんなことを気にしてはいられない。
「はあ……アレン。もう少し魔力量を増やさないとこれ以上鑑定の質を上げることはできないわ。だから、あなたは魔法関係の才能はないと思う」
あまり無駄なことに時間を費やしたくないし。見切りをつけることも大事だ。
「そんなあ。あ、師匠!魔力量を増やす方法ってないのですか?」
「……秘密」
「ええ! “秘密”ってことはあるのですよね!?」
「それも含めて秘密」
魔力量を増やす方法は私も偶然知ったが、彼にそれを教えて強制させるつもりはなかった。それだけ、私は彼を大切な預かり者と思っているようだ。
「それなら、僕はいつまでたっても師匠に恩返しできないじゃないですか」
「まあ、いつかでよいわ。とりあえず、私はここ最近の遅れた仕事分を取り戻したいから、今日はもうフレイヤの手伝いをしてちょうだい」
「……はい。じゃあ、僕は一回家に帰ってフレイヤさんに何かお手伝いができないか尋ねてきます」
足を引っ張った自覚があるようで、アレンはこれ以上無理に魔法を教えてくれとは言わず、素直にフレイヤに従事しに行った。
「主、今日もお疲れ様だ」
「師匠!おかえりなさい」
遅れを取り戻そうとして、いつもよりほんの少し遅くなったが、帰宅をすると二人は扉のそばで待っていてくれた。
「ただいま、フレイヤ、アレン。ここで待っていなくてもよかったのに」
「師匠! 今日は僕が料理を作りました! だから早く食べてもらいたくてうずうずしていたのです!」
「主、アレンは料理の手際がとても良かった。今日はアレンの故郷の料理を作ると言うから食事を任せてみたが、なかなか美味しそうだった! 期待している」
「あら、本当?」
少しでも二人で食べておけばよいのに、と少し思ったが、二人が私を待たずに先に食事に手をつけるのはありえないだろう。
すぐにテーブルへ向かうと、そこにはご飯、スープ、サラダとステーキのようなお肉を焼いたものが並べてあった。レストランの食事のようで見ただけで心が躍った。
「こんなにたくさんの種類のものを作るのは大変だったのではない?」
「いえいえ。僕の母は僕のためにいつも栄養の偏りのない食事を出してくれていましたから全く大変ではなかったです!母の出す料理に比べたら品数が少なくて師匠には申し訳ないぐらいです!」
「では、早速いただきましょう」
「「「いただきます」」」
「…………」
各々料理を口に運ぶが、しばらく沈黙が流れた。アレンは自分の料理の評価が気になるようで、私とフレイヤの方を伺っている。フレイヤは目を見開いて固まっている。私も料理のあまりの出来にすぐに感想を口にすることができなかった。
「……これは」
「あの、これ本当にアレンが作ったの?」
「はい、師匠! あの、口に合いませんでしたか?」
「いいえ。むしろ、とてつもなく美味しいわ。あなた、こんな才能があったのね」
ろくなレシピもなくめぼしい素材も特に今は置いていなかったと記憶している。そんな環境で舌がとろけるほどの料理が作れるとは。
「アレン! あなたは今日から我が家の料理係に任命するわ! 薬草探しの手伝いはもう永劫来なくても良いわ!料理だけに集中してちょうだい!」
「ええええ! いやいや、師匠! まだ師匠から学びたいことはたくさんありますから!」
「ん?」
アレンをなんとか料理係に任命させようと押し問答をしていると、背後から何だかどす黒いオーラを感じた。
「あら、フレイヤさん……」
「主! く、悔しい! 生まれて此の方私がずっと主の料理を作り続けてきたのに!」
「フレイヤ!」
敵意の眼差しを一瞬アレンへと送ったが、すぐに目をぎゅっと閉じ何かに耐えるようにぎりぎりと歯を食いしばっている。
「……だが、アレンの料理は美味かった。それは認める。でも、感情として悔しさが湧き上がっている」
「フレイヤ。あなたの気持ちを考えずに無神経にアレンを料理係に任命してごめんなさい」
「だが、主のためを思うならアレンが台所の主導権をもつのが良いと思う。それに私もまたアレンの料理が食べたい」
「あ、ありがとうございます」
フレイヤの不穏な状態に口を出せずに見守っていたアレンが小声でお礼を言う。
しばらくアレンと二人でフレイヤの様子を伺っていたが、彼女は何かに吹っ切れたかのようにカッと目を見開き、いきなり立ち上がった。
「よし! アレン! 私は今日からお前の弟子入りをする! 私の料理の師匠になれ!!!」
「「ええええ!?」」
「師匠の使い魔であるフレイヤさんは僕にとって師匠と同列の方です! そんな方が僕の弟子とか……恐れが多すぎるのですけれど!」
「……アレン。フレイヤをよろしく頼むわ」
「決定事項ですか!?」
「よろしく頼むぞ、アレン」
「う、それなら、はい。分かりました。というか、むしろこちらこそよろしくお願いします! 僕の態度に問題があったらすぐに言ってくださいね!! 親切丁寧に教えようと思いますが、生意気に感じたからと言って追い出したりしないでくださいよ!」
「大丈夫だ。こう見えて私は温厚な方だからな。人間からは言葉遣いが乱暴に見えるらしいが」
あれ? なんか最初から師弟関係の力関係が逆転していないかしら?
ということで、我が家の人間関係は少し複雑となったけれども、アレンのこの家での明確な役割ができて良かった。
これで恩返しができているとアレンが自分で思えて、家に帰れる日も遠くはなさそうだ。




