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第九十五話『将星燦然』

 大陸暦六一六年、大魚の月初旬ー

 ジリボン中央の衆議塔を崩落させ、半球状の銀の膜を破って現れたのは、まさしく巨人だった。ベクォン家の屋敷から飛来した銀の球体は巨人に飲み込まれ、一つの強大な力の完成形となった。放たれた一筋の光は北側の大通りに展開していた全ての生命を刈り取り、消し去った。そこにはもはや、生も死も残っていなかった。


「全軍、下がって散開しろ!何をしてくるか分からんぞ!」


 槍を振りかざし、キャシックが叫ぶ。固まっていると光を放たれて消される、その判断は正しかった。東側の大通りを中心に展開していたハーム軍にも光の筋が伸びる。路地裏に進路を取っていた物を除く、少なくない数の戦車と火砲が白銀の彼方に消えた。


「北に東ときて、次は南か!?」


 ガイラーの直感は正しかった。燃え盛る港の向こう、ビアイキ湾にいる水軍の艦隊が狙いだった。先程までとは異なり、短めの光を調整しながら数発ずつ放つ。港の一部が削れ、海面が断ち割られ、直撃を受けた砲艦ソウ・セイジが真っ二つになって沈んでいった。


「くそっ、何だってんだ!?いきなり狙いが正確になったぞ!」


 砲艦マハナムⅡで指揮を執るレーミッツが、全身で危険を感じていた。同時に、小型艦のするべき事は分かっていた。


「砲艦マハナムⅡ及び、輸送船は砲戦準備!ありったけの煙幕弾を撃ち、竜母を守れ!」


 レーミッツはマルキヤに指示を仰ぐ事なく命令を出した。本来ならばやっていい事ではないが、水軍の旗艦を守るための手段を講じている時間は無かったのである。


「将軍、ご無事ですか!?」

「おう、俺様なら無事だ。リアブはどうした」

「金甲隊、雷華隊ともに被害は出ていますが、将軍は無事です!」

「そうか、だったら早いところ、次の一手を考えなきゃならんな」


 路地裏に逃れつつも、光の余波を受けたパッテンの戦車は横倒しにされ、衛兵の一人は打ち所が悪く、動かなくなっていた。妙な痛みに兜を脱ぐ。目が眩んでいた。パッテンの無事を確認した兵に、リアブを呼んでくるように指示を飛ばした。


「眩しかったからな、うまく物が見えん。フロリナ!どこだ!」

「こちらに。将軍、顔の半分が焼けています。今すぐ後退して治療を」

「バカ言うな、やられっぱなしで下がれるか。顔の半分がどうした。体全部持っていかれた兵が何人いると思ってる。俺様は反撃に打って出る。応急処置だ!」


 当の本人は気付いていなかったが、顔の左半分に火傷を負っている。左目は見えていないに等しかった。そんなパッテンの形相にフロリナは分かりました、とだけ答えた。彼女も軍医であると同時に、パッテン家の血筋。この血気盛んな老将が簡単に引き下がる男でない事など、充分に理解していた。


「本当に応急処置です。霜降り薬草で一気にやりますよ!」

「おう、滲みるくらいが丁度いい!」


 霜降り薬草とは、主にニバラク領やキトリヤ地方で採れる薬草で、文字通り霜が降りるような冷気を帯びている。火傷に効果的なため、火焔飛竜の猛威に対処するため、現地での活動では必需品であった。しかし、傷口に着けると凄まじい痛みを発するため、治癒の術式などで鎮痛しなければ使えない欠点があった。そしてこの時、フロリナは魔晶石を使い切ってしまっていた。


「パッテン、大丈夫か!?」


 リアブが駆けつけて来た。場所は大まかにしか分かっていなかったが、パッテンの凄まじい叫び声で居場所を特定出来たようだった。そして、鎮痛せずに霜降り薬草を顔に押し当てるという荒療治を目の当たりにした。


「おう、リアブ。すまんな、俺様とした事が」

「霜降り薬草を直など、カッサーナの武人でもそうそうやらなかったぞ……」

「なに、痛みでかえって目が冴える。それよりも、あのデカブツの対処を考えるぞ……ん?」

「どうした急に……」


 パッテンに続き、リアブも言葉を失う。銀の巨人が空に手を掲げると、小さな光の粒を無数に放出し始めたのだ。


「おいおい、あれ降ってくるんじゃないだろうな」

「恐らく砲撃の類いだ。効果があるか分からんが、防御態勢を取れ」


 飛竜騎兵への弾幕かと思われたそれは、ジリボンに展開する全てのハーム軍の頭上に降り注いだ。しかし、その光の粒そのものに破壊力も殺傷力もなかった。あったのは-


「被害状況知らせ!」

「船体に直接的な損害はありません、ですが、光の粒が形を変えました!」


 水軍艦隊にも降り掛かった光の粒は、各々の甲板上で一〇〇近い数の銀屍兵に姿を変えた。


「なるほど、光の筋で狙えないとなると、今度は兵の大群を送り込むか」


 文字通り、降って湧いた銀屍兵を前に、レーミッツは驚嘆しつつも口許を歪めながら剣を抜いた。上陸したかったが、後方支援に徹するために艦にいたところ、敵の方から降って来たのだ。


「やはり、俺の予感は何かある……!」


 袈裟懸けに剣を構え、銀屍兵の群れににじり寄る。滲み溢れる戦への狂喜を刃に込めて、咆哮と共に踏み込んだ。振り下ろされる刃が銀屍兵を両断する。流れるように返す刃は胴を払い、手先足先を斬り落とす。反撃に繰り出される剣や槍を半歩下がって受け流し、再び攻めに転じる。寄せて引く波のような剣術に、銀屍兵は弄ばれるように斬り刻まれた。


「固まったら光の筋で一網打尽、散ったら銀屍兵で囲んで各個撃破か、頭を追い付かせるだけでも一苦労だ」


 西側から攻め入ったニックの本隊は、光の筋に狙われない程度に隊列を組み、銀屍兵の包囲にも対処していた。コンラッドは小規模な部隊を幾つも形成し、互いに連携させる事で数の調整を行っていた。その為、自身は指揮を受け継いでからほとんど戦っていない。専ら戦況の把握と個々への指示に追われていた。敵もそれに勘づいたのか、コンラッドを狙う銀屍兵が増えた。


「コンラッド君、危ない!ミハイル!」

「任せろ!」


 指揮官旗を狙って飛び込んで来た槍持ちの銀屍兵の一分隊が、その穂先を切り落とされてから斬り刻まれるまで、自分達の様子に気付く事はなかった。疾風のような速さで踏み込んで来たミハイルの二振りの剣が、そのまま刃となって駆け抜けたのだ。そして、そのミハイルを狙う敵は、ゲオルギーの鉄槌で次から次へと叩き潰された。


「ゲオルギー、ミハイル。すまねぇ、助かった」

「君のその旗は、ニック殿が託したものだ。ニバラク軍もキトリヤ傭兵も、その旗印の下に戦っている。倒れられては困るのでな」

「あぁ、そうだ。何でも一人で背負い込むあいつが、オレに託した旗だ。しっかりしねぇとな」

「兄貴も上手くやらないと、母ちゃんとアレクセイに笑われるぞ?」


 かつて敵同士だった者が、共通の敵を前に笑い合う。しかし、彼らを結び付けているのは共通の敵の存在ではなかった。コンラッドは大振りの短剣を取り出し、剣を振り上げた銀屍兵に投げつけ、その眉間を叩き割った。


「ニック、頼んだぞ!」


 頼もしき友であり故郷の救世主、そして国を救う英雄に全てを託し、コンラッドはニックの勝利を信じていた。



「兄上様、どうされました?」

「いや、コンラッドの声が聞こえたような気がして」


 銀の巨人の内部、外の音など届くはずのない場所で、ニックは友の声を聞いた。


「私には聞こえませんわ。聞こえるのは、脈打つような不気味な音ばかりですわ」

「まるで、生物の中にでもいるみたいだな」

「人間が『流れる銀』を媒介として、ゴーレムのコアになっているんだ……ほとんど、巨大な生き物の腹の中さ」


 いくらか声色の調子が戻ったエリスに、ニックとミリアムは驚き半ばに振り向いた。結界の術式を解いている。しかし、銀の渦に押し潰される事は無かった。


「結界を解いて大丈夫なのか?」

「あぁ、この感じは、ちゃんと空間がある感じだよ」


 エリスに言われて、ニックは自分達を取り囲んでいた魔力の圧迫感がなくなっている事に気が付いた。そして、周囲の空間が銀とは異なる色をなす。きなり色の壁、明るい褐色の柱や床、それらの本来の質感までもが再現される。見覚えのある場所へと変わっていった。


「ここは……ベクォン家の屋敷、ですの?」

「どういうわけか、この巨人の中は完全な異空間って事だね」

「まるで行き止まりだな、他に扉も窓もない。あるのは前に進む廊下だけだ」


 ニックが剣を抜いて先頭に立つ。託された者は、ただ前に進むしか無かった。

大陸暦六一六年、大魚の月初旬―

恐ろしいほどに眩しくて、冷たい光が何度も空を走ったんだ。あれに照らされた人は消えてしまったという。死んだんじゃなくて、消えたんだと。

   ―雑貨屋を営んでいた老人の言葉

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