表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/107

第八十三話『白銀の刃』

 大陸暦六一六年、大魚の月初旬ー

 ジリボンの港から、ビルカ級砲艦マコレギーを旗艦に、ラバ級砲艦ラバとタボン、そしてツネーク級戦闘艇四隻に兵員を満載した輸送船二隻が出港した。ベクォン公爵に残された最後の水上戦力による乾坤一擲の作戦、それは主力艦艇の出払ったボートミールを艦隊によって急襲、制圧する事だった。


「ギネッシーオとシオンタが落ち、モッツ将軍とミア伯爵を失った今、我々の取りうる選択肢はこれしかない、か」


 マコレギーの艦長室にて地図と海図を広げながら、ターヴは唸った。

 思い返せば勝ち目は既に無くなっていた。ニバラク侯爵領とビルカ山岳の制圧に失敗し、キトリヤ家とモッツ、マルシアを喪った。ラリーは二〇〇〇の兵を連れたまま戻らず、テーキス地方も完全に奪還された。シオンタも陥落し、オーク勢も壊滅的打撃を受けたと報告を受けている。


「ベクォン公はボートミールの隙を強調したが、実際はどうなのだろうな」

「主力艦たるハーム級は全部で七隻、チョッパルカとソウ・セイジはマルキヤが率いており、マハナムは我々が沈めた。ハームとリシモフは西海岸側、残るはミーティンとハグバーンの二隻か」


 キンティの問い掛けに、ターヴは眉ひとつ動かさずに答えた。数の上では分散しているハーム級を、密集したビルカ級とラバ級、戦闘艇で各個撃破するという目論見である。逆に、それしか打つ手がなかった。


「……ベクォン公は、勝てると思っているのかな」

「それを我々が案じたところでどうにもならん。もう、公の頭は『流れる銀』で毒されているやもしれん」


 キンティもターヴも、ベクォン公爵領軍では古株であるが、負けが込んだ焦燥感からか、聡明さを失ったベクォン公爵ルイスへの信頼は揺らいでいた。ビルカ山岳と比べて質も量も共に劣るが、キトリヤ地方でも産出されていた『流れる銀』をジリボンにかき集め、妖しげな術式に手を染めている。キトリヤ地方が落ちてからはその供給も途絶えたが、既に充分な量が集まったらしい。


「モノゲア帝国から来た鉄腕の男、神の奇跡を宿した杖の宝珠と反魂の術式、そして蘇った公の姉ミランダ殿……」

「さらに、ゴーレムのコアと化した公爵令嬢のオリビア、これらの存在が完全に公爵を狂わせた」


 艦長室に二人の老将の嘆息だけが虚ろに響く。武人である以上、逆らうような事はしない。しかし、自分達が戦う意義を見失いつつある今、如何ともしがたい空気に包まれていた。


「申し上げます!後方に、ハーム水軍と思わしき艦影を捉えました!」


 見張りから報告を受けた伝令が駆け付けてくる。キンティもターヴも分かりきっていたと言わんばかりの表情を浮かべ、迎撃戦の準備をするよう命じた。砲艦の数ならば三対二と有利だが、ハーム軍には竜母がある。過去にラバ級三隻で遭遇戦になって三番艦ソクトンを沈められているだけに、勝算は五分五分といった所だった。



 数刻後の昼下がり、ベクォン公爵邸三階のとある部屋のバルコニーから、オリビアはビアイキ湾を眺めていた。昨年の夏、ニックとミリアムを泊めていた部屋だった。思えばあの夜が全ての始まりだった。


「オリビア、ここにいたのね」

「伯母様……」


 オリビアの背中に声を投げ掛けたのはミランダだった。前王に見初められ、また魔法使いの一族であるベクォン家の生まれだけあって、神秘的な美しさに満ちている。しかし、その容貌から滲み出る腐臭は、オリビアにとっては手に取るように分かった。


「あなたなら気が付いていると思うけど、私に残された時間は長くないわ」

「お父様は『流れる銀』をハーム王国の各所から集めていました。それでも足りませんか?」

「足りる足りないではなく、素体との結合が維持出来ないの。きっと、マルシアも分かっていたわ。そして、彼女の副作用で蘇ったもう一人も、勘づいているわ」


 ミランダの言葉に、オリビアはなんとなく察したようだった。魔力の不自然な流れを読んでいたら、自分達と同じベクォン家の人間が動いている事に気が付いたのだ。


「恐らく、お兄様でしょう。最初は誰かと思ってましたが、ホツキネ付近で呼び戻されるベクォン家の者と聞いて、私に思い当たるのはお兄様だけです」

「ルイスの子ハンス……どんな子か気にはなるけど、きっとあなたを止めに来るわ」

「私は……どうしたら良いのでしょう」


 オリビアの問い掛けにミランダは答えず、ただまっすぐに視線を返すだけだった。時を刻む音に似た鼓動を聞き取れるほどの沈黙の末、ミランダは踵を返した。


「生きて、オリビア。私から言えるのはそれだけよ」


 二人の視線の先、部屋の入り口にはルイスが立っている。オリビアもミランダも、口許を締めて絶望的な難局に向かうための腹を決めた。



 空は日が西へ傾き、夕焼けの色に染まる頃、ビアイキ湾には幾多の船が傾き、あるものは炎上していた。炎と夕陽に照らされた海面が、赤銅の色に輝く。それは人と物から混然となって流れ出る、血錆のようであった。

 それらの傾き沈みゆく船の一つに、砲艦マコレギーの姿があった。甲板で指揮を執っていたキンティは燃え落ちる見張り台に潰されて即死、ターヴは残された艦尾に這い上がり、焼けつくような夕陽を見ていた。


「マルキヤめ、音に聞く飛竜騎兵を飛ばして真っ先にこの艦を叩くとはな……ベクォン公よ、先に逝っているぞ」


 ターヴを乗せたマコレギーの艦尾が赤い水面に消えてゆく。ふとジリボンに目を向けると、街の中央にそびえる衆議塔が、夕陽に照らされて鈍い銀色に輝いているのが見えた。


「あれは……『流れる銀』か?公よ、貴殿は何をしようとしているのだ?」


 老いて垂れた目尻さえ持ち上がるほどに目を見開き、老将は驚きを(あら)わにした。そして、銀色の輝きが街を覆っていく様を視界の隅に置いたまま、旗艦と共に沈んでいった。



「飛竜騎兵による物見を行ったが、ジリボン中央の衆議塔から放射状に、数区画が鈍い銀色の膜で覆われたようになっていたとの事だ」

「鈍い銀色……父上、もしかして『流れる銀』でしょうか?」


 ベクォン艦隊を撃破したマルキヤ艦隊は、旗艦ペリブアスに主だった艦長を集めていた。砲艦チョッパルカ艦長のアンドリューが相槌を打つ。


「色だけで判断は出来ん。しかし、ニック様やミリアム様、それにキャシックが同様の報告をしていた事から、可能性はあるだろう。アンドリュー、我々の損害はどれほどだ?」

「はい、ペリブアスは被弾こそないものの、飛行隊を三騎喪失。チョッパルカとソウ・セイジは砲撃戦にて若干の被弾と砲撃手や甲板員に負傷者こそ出ましたが、航行にも戦闘にも支障ありません。マハナムⅡは無傷で、沈没した輸送船の他、敵艦の乗員の救助も行ったそうです」

「ふむ、砲艦の頭数ではやや不利だったが、一隻の竜母と飛行隊があれば覆せるという事か。よし、このまま進軍する。ソウ・セイジに飛行隊一個小隊と輸送線を付けて先行させる」


 報告を受け、マルキヤは迷う事なく進軍を決定した。

 次の瞬間、件のジリボン中央の銀色の塔の突端が鋭く煌めき、一筋の光が海を割った。灯台が海を照らす光とは本質的に異なる、敵意に満ちた白銀の刃であった。


「今の光は……!?」

「落ち着け、アンドリュー。周りにある艦を数えよ」

「は、はい……父上、マハナムⅡに随伴していた輸送船が一隻足りません!」


 年若いアンドリューの声が震える。マルキヤもこればかりは異常事態であると認識した。船一つを消し飛ばす光が、ジリボンから放たれている。


「各艦に距離を取らせよ。恐らく次が来る。それで間隔と命中精度を測り、可能ならば攻撃に出る」


 異常事態ではあるが、超長距離の砲撃のようなものと考えたマルキヤは、一射目の直撃を偶然と判断した。鈍い銀色の塔から放たれる光の刃、それはかつて、ニック達を苦しめたものとよく似ていた。

大陸暦六一六年、大魚の月初旬―

街のど真ん中に、お偉いさん方が会議する塔が建ってるんだけど、とんでもない量の銀に包まれていくのが見えたんだ。しかも、その銀は近くの建物まで飲み込んだんだよ。

   都市ジリボン外壁沿いの集合住宅に暮らす労働者の証言『日付不明』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ