第七十九話『覇輪と金甲』
大陸暦六一六年、清水の月下旬-
要衝シオンタを陥落させんと攻め寄せる、リアブ将軍率いるハーム軍の背後突いたオーク勢は、魔狼騎兵を疾駆させているふりをして、投石器と足並みを揃えていた。軽量で丈夫な素材による投石器の開発はベクォン公爵側から提供されたものであり、従来のものより一回り以上は速く動かす事が出来た。騎兵を前に出して注意を引き、密集した所を突く作戦だった。
「グリフォン騎兵は投石隊に合わせて攻撃せよ。火薬が奴らの専売特許でない事を分からせてやれ」
「敵の水軍が、アギラから出撃している模様。後ろから陸上戦力の接近も考えられる」
「それに対しては魔狼騎兵をぶつける。図体のでかい戦車では、騎兵の小回りに対処出来まい」
オーク勢は、既にパッテン率いる戦車隊の追尾にも気が付いていた。しかし、立ち止まって迎撃するよりも、シオンタを落とされる方が後々に響くため、という判断だった。ジリボンで作られた質の高い装備品の提供は、今やシオンタを経由したルートでしか得られないからだ。
「投石隊、所定の位置に着きました!」
「よし、攻撃開始!」
投石器のアームが捻り作用で次々と振るわれ、握り拳大のものから人間の頭ほどの大きさの石が低い放物線を描く。投石器の軋む音が鳴るものの、石そのものはほとんど音を立てずに飛来する。
直撃を受けた方陣の兵が吹き飛ぶ。小さい石であれば、当たり所によっては打ち身か骨折で済むが、大きい石が当たれば腕や脚は砕け、臓腑は潰れ、頭は弾けた。長槍と大盾を構えた歩兵の集団が素早く動く事は困難というより不可能に等しい。守りを固め、投石が外れるか小さい石で当たり所が良いかを祈るばかりであった。
「騎兵は目くらましか。マックス、射点は掴めるか?」
「軌道が低いので完全な特定は困難ですが、さほど遠くはありません」
リアブに尋ねられたマックスは、身の丈ほどある大弓を携えていた。パッテン家の者にしては非常に大柄で、レッターとも遜色のない体躯のマックスと違わぬ大弓なので、もはやバリスタの弩をそのまま持って来たようにも見える。番えた矢は五本、弓と同様に長く太い矢柄の先には、魔晶石を中心にした矢尻が取り付けられている。
「鷹目、肉体強化、発破の各術式、準備よし!」
自身の肉体と視力を引き上げたマックスが、極限まで引き絞られた矢を放つ。弦の唸る音は衝撃波に近く、放たれた矢は扇状に広がる。風を切るというより空を裂く音と共にオーク勢に迫る矢は、投石器の手前で矢尻の魔晶石を弾けさせた。術式の起動から発破までを遅らせたのは、矢柄に巻き付けられた魔力伝達の札で、カッサーナの地より持ち帰った技術だった。
「なんだ!?矢がいきなり弾けたぞ!」
「くそっ、矢尻が砕けて降って来た!」
発破の術式で弾けた際、砕けて敵中に降り注ぐよう、矢尻は割れやすいように細工されていた。投石器そのものはその程度の攻撃では破壊されない。構造材を損傷して応急処置を要する物もあったが、本体の損傷は軽微だった。それよりも、投石器を動かすオークやゴブリンに多数の負傷者を出していた。
「投石隊の被害は!?」
「投石器そのものはそこまでじゃない!それよりも兵がかなりやられた!」
「応急処置を急げ!騎兵隊を出せ!あれだけ手の込んだ矢だ。連続しては撃てまい!」
オーク勢を率いる指揮官の判断は正しかった。マックスの放った矢は通常の長弓に使われる矢よりも遥かに大きく、さらに魔晶石を埋め込んだ特製の矢尻を用いる。一本あたり十倍の金と時間が掛かるとまで言われるほどであった。
「返礼はグリフォン騎兵か。対空方陣だけで対処出来るか?」
「難しいでしょうが、槍兵と合わせれば不可能ではないかと。それよりも、魔狼騎兵と合わせて来なかった事が気になります」
リアブの問いに、マックスが応じる。空を翔けるグリフォン騎兵といえど、攻撃時には接近する必要があるため、対空方陣と槍衾で固められた方舟の陣を突き崩すには地上戦力との連携を必要とするのが定石だった。そして、その気掛かりは現実のものとなった。四〇騎で編成されたグリフォン騎兵は三波に分かれており、先行した一〇騎が対空方陣を撹乱、続いた二〇騎が黒い粉を撒き、残る一〇騎は―
「ひ、火だ!奴ら、火薬を撒いた!」
「煙で前が見えないぞ!」
マルキヤがアギラ奪還の際に行った戦法だった。火と煙が方陣を包みこみ、辺りは混乱の渦中にあった。しかし、リアブは鱗一枚隔てた下の焦燥を押し殺して指示を飛ばした。旗も鼓も彼の動揺を伝えてはいない。
「陣形を崩すな!魔法兵、術式で煙を吹き飛ばせ!」
その対応はあくまで冷静であり、方陣を覆っていた煙は魔法兵一〇〇名が放つ突風の術式で吹き飛ばされ、火も消されていた。あくまで空中に撒かれた火薬を燃やしただけなので、消化は難しくない。油壷や芝束を落とさなかったのは失策というより、グリフォンの搭載量の問題である。
「火薬の煙か、思った以上にまずいな」
「魔狼騎兵が警戒に当たっています。今飛び込むのは危険かと」
「分かってる。だが、ここでリアブの奴を見殺しにするのも、寝覚めが悪くなるからな」
オーク勢の後方で様子を伺っていたパッテンが、全軍に攻撃の指示を出した。戦車隊が二重の逆楔型陣形を成し、両脇に騎兵、後方に歩兵を乗せた輜重が付く。パッテンが最も得意とする、覇輪の陣である。
「全軍突撃!オークどものケツに俺様達の一発を叩きこんでやれ!」
パッテンの怒号に、一五〇〇の兵が喊声で応じた。馬蹄と車輪の音が大地を揺らし、空を震わせる。オーク勢から、魔狼騎兵五〇〇が迎撃に繰り出した。狙いは先頭の逆楔の中央に陣取るパッテンである。小柄な老将の体躯を補うため、戦車はどこにいても分かるような目立つ装飾が施されていた。
「よし、戦車隊、散開!」
魔狼騎兵を引き付けたパッテンの指示一つで、二重の逆楔を構成する戦車が中央から離れた。そして、それぞれに搭乗する三名の兵が揃って弩を構えた。弩は装填に時間が掛かるため、発射をずらしてつるべ撃ちする。幾度の運搬で準備された戦車は八〇輌を数え、弩の総数は二四〇に達していた。真正面から突っ込んだ魔狼騎兵は左右の斜め前から射ち込まれた矢によってバタバタと倒されていった。
「なるほどな、頭がいいのは一番上だけか。よし、隊列戻せ!このまま突っ込むぞ!」
前身しながら隊列を戻した戦車隊が突撃してくる。慌てて戦車隊の側面に回りこもうとした魔狼騎兵は、前もって配置しておいた騎兵隊によって打ち倒された。損害わずかなハーム軍は、勢いそのままにオーク勢に突っ込んだ。
「将軍、敵後方に味方が!」
「ふむ、位置からしてパッテンだな。よし、砲撃を一斉射の後、我々も突撃する!」
「はっ!」
オーク勢の混乱を目にしたリアブが指示を出す。反転と砲撃準備を済ませた砲兵隊が、一斉に砲声を轟かせた。オークやゴブリンの悲鳴が丘を染める。直撃しなくとも、砲撃を受けたというだけでも兵の足は竦むのだ。そこへ、リアブ率いる金甲兵が突撃した。
「我こそはハーム王国軍金甲将、ウィンストン・リアブである!命が惜しくなくば、かかって来い!」
山吹色の鱗に、黄金色の鎧、それに似合わぬ無骨な鉄の大金鎚、そして六大将軍最大の巨躯。その全てがリアブの武器であり防具だった。いかに強靭な肉体のオークが、人間の手で作られた上質な武具をまとっていようと、大金鎚を振り下ろされれば叩き潰され、振り回されれば毬のように転がった。頭に渾身の振り下ろしを受けたオークの死体は、鎧も兜もひしゃげて胸まで喰い込んでいた。
「将軍、水軍の兵がシオンタを押さえました!」
「よし、後はこのオークどもを叩くだけだ!一気に押せ!」
シオンタ陥落に勢い付いたハーム軍が、完全に包囲されたオーク勢を徹底的に攻撃する。この猛攻から生きて出られたのは、数騎のグリフォン騎兵だけだったという。
大陸暦六一六年、清水の月下旬-
オークどもの口車に乗せられて、人間相手に戦ったけど、もうたくさんだ。
生き残ったグリフォン騎兵のゴブリンのぼやき『清水の月二十五日』




