第七十八話『都市シオンタ攻略戦』
大陸暦六一六年、清水の月中旬―
「戦車隊の目標は北東部、オーク共の棲家だ!」
「水軍艦隊の目標は都市シオンタ、及びベクォン軍本拠地ジリボン。手向かう敵艦艇は撃滅せよ」
港湾都市アギラは朝から慌しくなった。修復を終えた竜母ペリブアスが必要な物資を積み込み、抜錨する。砲艦チョッパルカ、ソウ・セイジ、マハナムⅡと続き、さらに輸送船数隻が加わる。それらに合わせてパッテン率いる戦車隊も北門から出陣し、二人の将軍は各々の軍勢を率いて沿岸部と平野部に分かれて行った。
「公にはアリシア様は亡くなられた。という事で、あなたはアリア。私の助手として色々と働いてもらう事になります」
「分かりました、私はアリア……よろしくお願いします、フロリナ様」
アリシアはパッテン率いる戦車隊に随伴し、アリアという偽名でフロリナの助手として医療や兵站の任に就く事となった。彼女もニック同様に学院の上等部に通っていたため、軍事への知識や経験がないわけではない。
「敵が攻めてくる事はほぼ無いだろうが、街の復旧を行う作業者の不安を取り除く意味でも、我々が防衛に当たる価値はある。気を抜かぬよう当たってくれ」
ホレイショは自身の乗ってきた輸送船にそのまま座乗し、乗せてきた衛兵と共にアギラの防衛に就いた。彼の輸送船はレーミッツのマハナムⅡと同様に砲火力を強化された改造艦であり、砲弾や火薬もレッターの計らいで強力な物が搭載されている。また、アギラの防壁にはパッテンの命令で物見櫓が補強されており、外敵の接近をいち早く知る事が出来るようになっていた。
ハーム軍出陣から四日、テーキス地方を北上するパッテンの軍が敵を捕捉した。鷹亜人の斥候が西へ向けて進軍するオークの軍勢を発見したという報告が入ってきたのだ。数はおよそ二〇〇〇、オークや魔狼騎兵が中心で、簡素ながら投石器も確認されたとも言う。
「ふむ。俺様の兵が一五〇〇だから、ちと不利か」
「オーク勢の根拠地に攻め入るには好機かと思われます」
「いや、連中がこちらを放っておいて二〇〇〇もの大軍を西へ回すなんて、よほどの事だ。物見を倍に増やす。連中の進軍先と根拠地、両方の情報を持ってこさせよう」
「はっ!」
副官に指示を出すと、パッテンは地図を広げて考え始めた。投石機を用意しているという事は、城攻めに関係している可能性が高く、騎兵は輸送部隊の警護の可能性も考えられた。敵の配置次第では、頃合いを見て後方から襲う事も視野に入れられる。老将は道の先にいるであろう敵軍を見据えた。
翌日、斥候の報告を受けたパッテンは指揮官を集めた。行軍は丁字路に差し掛かり、西へ進めばシオンタに行き着き、東へ進めばオーク勢の根拠地に近付ける。指揮官ではないが、フロリナとアリシアも同席していた。
「斥候からの情報が舞い込んできた。西へ向けて進軍中のオーク勢は、シオンタへ攻勢を掛けるハーム軍に対する軍だそうだ。投石器はかなり軽量化されてるらしく、そこまで移動に苦労していないとの事だ。また、オーク勢の根拠地に関しては、伝令や補給部隊の動きが見られなかったそうだ」
「糧道を探らせる手もありますが、我が軍の背後を突こうとしている事が気掛かりですな」
「うむ。よって、我々は連中の背後を突く」
パッテンの言葉に、指揮官は黙ってうなずいた。背後を取る有利以上に、数の不利がちらつき、緊張が勝っていたためだ。楽観視は出来ない状況である。
「しかし、数の上ではこちらが不利だ。その為、連中が戦闘を始めた頃合いを見て、攻撃を仕掛ける」
将兵からの異論は無かった。しかし、思わず声を上げた者がいた。
「それでは、先行している別動隊はオーク勢に背後を突かれる、という事ですか?」
アリシアだった。パッテンの眉間に皺が寄る。機嫌が悪いというより、発生すると割り切っていた損害に関して言及された事への反射的なものだった。フロリナの顔色が青ざめる。
「そうなります。ですが、焦って我が方から仕掛けても数は向こうの方が上、ならば完全に前方に注意を向けた状態にしてから仕掛けた方が、我が方の損害は少なく出来ます。それに、連中が二〇〇〇も駆り出すほどの相手です。恐らく先方はリアブの軍でしょう。奴の動向は、キトリヤ領からの伝書で概ね把握しております」
「リアブ将軍ですか……分かりました。差し出がましい事を、失礼しました」
アリシアが引き、フロリナが大きく息を吐き出す。その様子は視界の隅に置かれた。
「良いか、連中に気取られるな。奴らが我が軍を挟み撃ちにしたと思った瞬間、逆に我が方が挟み撃ちにするのだ。そして、後方には気を配れ。奴らの根拠地から増援が来ないとも限らん」
パッテンが命じると指揮官達は一斉に応じ、行軍は再開された。
大陸暦六一六年、清水の月下旬-
テーキス地方とベクォン公爵領の境界に位置し、河口と沿岸一帯を手中に収める要衝シオンタは、ハーム軍の攻撃に曝されていた。海からは先行していたマルキヤ率いる水軍艦隊のうち、マハナムⅡと輸送船数隻が砲撃を行い、陸からはリアブ率いる重装歩兵と砲兵による攻撃が行われていた。
「マルキヤの水軍が奴らの港を狙ってくれるおかげで、海からの回り込まれる心配がないのは大きいな。貴殿の父の到着も、そう遠くないであろう」
「はっ、戦の臭いのする所、地の果てからでも飛んで参りましょう」
リアブは戦況を見ながら、副官のマックスに話し掛けた。マックスはパッテンの息子で、体が大き過ぎて戦車にも騎兵にも適さなかった事から、重装歩兵としてリアブの下に付いている。
ミア将軍が残していった火砲と砲撃手、そして自身が育てた歩兵隊によって、シオンタの守りは剥がされるように弱っていた。日を追うごとに防壁に取り付く兵は増え、砲撃によって投げ返してくる投石器も数を減らしている。そこへ水軍も合流したとなれば、一両日中には陥落させられるそう思った矢先の事だった。
「申し上げます!後方に敵を確認しました!」
「なに、パッテンの軍ではないのか?」
「はっ、オークの軍勢と思われます!物見によると、騎兵を中心とした二〇〇〇ほどとの事です!」
伝令からの報告に、リアブは焦る表情ひとつ見せなかった。元々が慎重な性格であり、正面への攻勢時にも後方への警戒を怠らない。後詰に控えていた歩兵隊を反転させ、砲兵の一部も反転するように指示を出した。同時に水軍への伝書竜も飛ばし、可能ならば上陸戦を行って敵を撹乱するよう要請する。こちらの矛先が鈍る事で、敵に勢いを取り戻させない為だ。
「歩兵隊は方舟の陣を組み、中央に対空方陣を備えよ!」
方舟の陣とは、歩兵一個中隊およそ八〇名が一つの方陣を形成し、間隔を置いて並ぶ陣形である。方舟一つは三重の槍衾で守られており、騎兵でも迂闊には近づけない。加えて対空方陣を置いているため、空からの攻撃にも対処出来る。弱点は機動力がほぼ皆無な事と、その密集ぶりから砲撃や術式爆弾などによる攻撃に弱い事だった。
「砲兵の反転まで時間を稼げ!」
火砲はようやく牽引の馬を繋いだ辺りで、既にオーク勢は地平の果てに見えた黒い点から、その姿がぼんやりと見えるくらいには近付いている。この隙を突いて、シオンタに篭るベクォン軍に撃って出られたら敗北は必至である。リアブはその鎧の下を、流れるほどの冷や汗で満たしていた。
大陸暦六一六年、清水の月下旬-
先にパッテンと合流するべきであったかもしれなかったが、シオンタを少しでも早く落としておきたいという気持ちがあった。
ハーム王国軍『金甲将』ウィンストン・リアブの回顧録『清水の月二十五日』




