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第七十七話『積み荷』

 大陸暦六一六年、清水の月中旬-

 港湾都市アギラの復興と飛竜母艦ペリブアスの修復は順調に進んでいた。港の設備は急ピッチで建てられ、多くの兵が輸送船ではなく陸上の兵舎で眠る事が出来るようになり、士気はそれなりに向上した。取り分け、パッテン率いる陸戦部隊の兵には喜ばれていた。日が落ちた港は窓から洩れる灯りで彩られていた。


「やはり、船の上で寝るというのは慣れんものだったからな、兵舎が出来て楽が出来る」

「そうか、お前は口やかましいから、船に放り込んでおけば静かだったのだがな」


 パッテンもマルキヤも、軽口を叩きながら酒を酌み交わすくらいには、心の余裕を取り戻していた。先王ハロルド三世の訃報が伝えられ、城の内外で大規模な人事の刷新が行われた事での揺さぶりが大きかったが、戦の最中である事も含め、一日だけ盛大に喪に服する事で気持ちを切り替えた。生きて帰れば改めて墓に参ればいい、そうでなければあの世で会えばいい、パッテンは全軍にそう言い聞かせていた。


「ベクォン家とミア家の縁者を更迭、捕縛せよとの指示も、我々には関係なかったな」

「ミリアム様にはキャシックの奴が付いてるし、ニック様は頭が切れる。ミア将軍も自分でなんとか出来る立場だが、問題はアリシア様だ。レッターとお前の倅を付けてるから、あの王妃でも手は出せまいが」

「ニック様は、あれをグレン様が退屈せぬよう計らうようにと仰った」


 マルキヤの言葉に、パッテンはその鈍さに顔をしかめた。この覇輪将は戦好きではあるが、猪武者ではない。ボートミール城内の力関係にもそれなりの理解がある。ニックはホレイショをグレンの御付きにするようマルキヤに打診した目的は、それだけではない。グレンを通じて王妃サラの動向に注意し、アリシアの身を守る事も含まれていた。

 三杯目の杯をフロリナに取り上げられたパッテンが口を尖らせた矢先、アンドリューが駆け込んで来た。


「父上、輸送船と思われる船影を確認しました。飛竜騎兵で臨検を行いますか?」

「うむ、一個小隊に対艦装備を持たせて向かわせろ。不審な動きがあれば沈めるように」

「はっ、直ちに」


 アンドリューが駆け足で去って行くと、マルキヤもパッテンも真剣な顔つきを取り戻していた。フロリナはパッテンから取り上げた一杯を飲み下すと、忙しくなると憮然とした表情を浮かべた。兵の暇は平和の証である。


 一刻ほど経って、臨検に向かった飛竜騎兵隊が戻って来た。


「どうであった?」

「はっ、ハーム王国水軍所属の輸送船が一隻、指揮官はホレイショ様です」


 その報告に、一同は目を丸くした。補給にしては輸送船一隻とは少な過ぎる上、時期もずれている。加えて、グレンに付けたはずのホレイショが指揮を執っている。状況が不明瞭過ぎた。


「……積み荷は、重要なものなのか?」

「はっ。グレン様の密名との事です」


 パッテンの含みを込めた問いに、兵はその意図を察して答えた。フロリナとレーミッツの目付きも鋭くなる。マルキヤ親子は目を丸くしたまま顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべていた。


「マルキヤ、その輸送船の荷は大事なものだ。粗相のないように。フロリナ、置き場所を確保してくれ」

「分かりました、最善を尽くします」

「どういう事だ、パッテン」

「着いたら分かる」


 ハーム軍の司令部はにわかに、かつ静かに慌しくなった。パッテンが積み荷についてマルキヤに教えなかったのは、王都の内部事情に疎いこの蒼海将の言動の変化を、周囲に読み取らせない為である。陸戦部隊も水兵も、それぞれが信頼を置いていると思いたいところだが、何が潜んでいるか分からないのが現状だった。


 輸送船がアギラの港に到着したのは、それから二刻後の事であった。

 先導する水兵に続いて降り立ったのは、指揮官を任されていたホレイショで、左半身を大きく傷めたその姿は、本人の意図に関わらず好奇の視線に晒される。その様を、マルキヤは苦々しく思っていた。


「よく来たな、ホレイショ殿。その体で船旅は堪えただろう」

「いえ、曲がりなりにもマルキヤの男です。この程度、何ともありません」


 表面上は穏やかな笑みで出迎えたパッテンに、ホレイショは変わらぬ態度で応じる。


「さて、積み荷の件だが」

「はっ、置き場所は確保されてますか?」

「問題ない。司令部に一部屋用意してある」


 ホレイショが水兵に積み荷を降ろすように命じる。主に槍の束を入れる木箱が降ろされ、パッテンの案内で司令部に運ばれる。後を任されたマルキヤは、どこか不機嫌な表情を崩さずにホレイショに向き直った。アンドリューとレーミッツは一触即発の気配を察し、緊張した面持ちで見守るしかなかった。


「どういう事だ。お前は王城の奥でグレン様と共に引っ込んでいると思ったのだがな」

「今回の積み荷は、そのグレン様……いえ、陛下から直々のご用命です」

「ふん、あの名も実もない王子を陛下などと。それで、お前は後見人にでもなったつもりか?」


 マルキヤの態度は辛辣だった。三年前の事故でホレイショが左半身に後遺症を負ってから、マルキヤはこの長男を遠ざけている。生まれつき目が悪く虚弱だった三男コリンズなど、言うまでもなかった。この様相に、アンドリューは常に兄や弟と同じ目に遭う事を怖れている。ホレイショは何も言わずに黙り込んだ。


「ニック様からの要請が無ければ、お前など閑職に置いたままだったものを……」

「言葉にお気を付け下さい」


 ホレイショが一際低い声で言った。彼の後ろには、複数名の近衛兵が剣を携えて立っている。近衛兵の指揮権は王族か勅命を受けた指揮官にしか無い為、近衛兵を連れている指揮官の権限は圧倒的に勝る。


「積み荷の内容について、改めてお話しましょう。マルキヤ将軍」


 臓腑を震わせるようなおぞましい声で、ホレイショはマルキヤに耳打ちした。



 ホレイショが運び込んだ積み荷の木箱から出て来たのは、アリシアだった。パッテン、マルキヤ、レーミッツ、アンドリュー、フロリナ、ホレイショ以外を人払いし、司令部の一室に会した。


「驚かせてごめんなさい。グレン……陛下が私を逃がすようホレイショ殿に命じた事は事実です」

「やはり、グレン様が新王に即位されたのですか」

「えぇ。でもグレンはまだ十歳の子供です。成人するまで、王母が摂政として政治を執り行う事となりました」

「それでは、グレン様はサラ様の傀儡ではありませんか!」


 アリシアの言葉を受けて、パッテンが拳を机に叩き付ける。紅潮した顔には血管が浮かび、爆発寸前の感情をすんでの所で抑え付けている状態であった。


「しかし、アリシア様はどうして王都を離れる事に?」

「……王母は、ベクォン家の血を引く私を西の尖塔に幽閉し、私と近しい者を全て追放しました」


 パッテンに代わり説明を求めたマルキヤに、アリシアは静かに答えた。粛清が行われたのである。西の尖塔とは、ボートミール城の西の突端から伸びる塔で、城下町からは決して見えない位置にある。その塔への幽閉とは、事実上の投獄であった。


「私は陛下とホレイショ殿の計らいで、私とよく似た者を身代わりに立て、急な補給物資の運搬という任を与えて逃がして頂いたのです」

「しかしどれだけ似ていても、時間が経てば正体も割れましょう。その身代わりはどうしたのですか?」

「手筈通りであれば、塔から身を投げているでしょう。これで、私は死んだ事になります」


 アリシアが淡々とした口調で返すと、マルキヤも流石に憤慨を隠せなくなっていた。それは、王城で起きている事への自身の不明に対する部分が多い。


「して、アリシア様は今後、この軍にてどうなさるおつもりで?」

「貴方達に随伴し、叔父を止めに行きます」


 レーミッツの問いに、アリシアは力強い視線を投げ掛けて答えた。

大陸暦六一六年、清水の月初旬~上旬-

ハロルド三世の死後、ベクォン公爵の反乱による戦時下という事もあり、遺言状の通り速やかに第四王子グレンが新たな国王に即位。王妃サラは王母として摂政の座に就いた。第一王女アリシアは幽閉後自害、第三王女ミリアムは戦死とされ、第二王子ニックに関しては記されていない。

   ハーム王国軍記『ハロルド三世治世の時代』より

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