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第七十三話『新生連合軍出陣』

 大陸暦六一六年、清水の月上旬-

 ニックはニバラク侯爵領、ハーム王国連合軍一五〇〇を率いて出陣した。

 結局の所、ハーム兵三〇〇の士気や戦力に致命的な影響が出る事はなかった。彼らにとって理解出来た事は、国王ハロルドⅢ世の崩御と、ミア家の反逆により次期国王がニックからグレンに移された事にとどまり、ニックが総大将である事に変わりが無かった事が大きかった。


「思ったよりもすんなりと受け入れてくれたな」

「末端の兵にとっては、王都での跡目争いよりも、今の自分達を指揮する者が意味なく変わる方が大事です。今しばらくは、我々をお連れ下さい」


 ニックと馬を並べているのは、ハーム軍の指揮官となったロバート・ビフという男で、四名の中隊長から選抜されていた。年齢なら先王と大差のない熟練の叩き上げで、平民の出でなければ将軍直属の将校であってもおかしくない人物だった。これまでの戦いでも、ニックやコンラッドをよく支えている。

 貴族の出で王母の息が掛かった副官に取り仕切られていた頃は、存在すら意識していなかった――ニックは自身の不明を内心になじると、口中で生き延びろと呟いていた。


「申し上げます」


 不意に空から舞い降りてきたシャーリーンに、ニックはただならぬ気配を感じた。いつも彼女が降りてくる時は、事前に地上から見て影を落として旋回し、知らせてから降りてくる。それを省いたという事は、緊急事態の可能性が含まれていた。


「どうしたシャーリーン、何があった」

「敵の配置……いえ、戦力の構成が変わりました」

「ベクォン軍の主力は二〇〇〇弱の屍兵ではなかったのか。数が増えたのか?」

「いえ、数そのものは減りました。今の敵は一〇〇ほどの、ゴーレムです」


 ニック達は目を白黒させた。何をどうしたら、二〇〇〇の屍兵が一〇〇のゴーレムになるのか。まだ半日近い距離が開いているとの事で、ニックは急いで仲間を召集した。その間にも、少しでも情報を集めるようにシャーリーンに命じておいた。状況変化を前にした時は、とにかく情報が第一だった。



「屍兵がゴーレムになったって?」


 集って開口一番に間の抜けた声を上げたのはコンラッドだった。魔術に関しては全く明るくないため、ハンスやコリンズに説明を求める。二人ともため息で返すほかなかった。


「恐らく、屍兵にしていたベクォン兵の死体を重ね束ねてゴーレムに変えたと思われます。ですが、ゴーレムはその製造方法の都合、一度に使える数には限りがあります」

「モーギナス灯台を占拠したオークが用いていたゴーレムも一体だったな」


 コリンズの説明に、ニックが相槌を打った。二人とも直接見てはいないが、レッター将軍が苦戦を強いられた事は記憶に新しい。


「ゴーレムには核となる魔力媒体が必要で、基本的には小さくても握り拳ほどの魔晶石が使われます。単体でその大きさの魔晶石は起動させるだけでも力量を要し、ゴーレムの核にするための術式も複雑です。この短期間で一度に一〇〇体など、普通は作れません。鉄腕ほどの技術があっても、せいぜい一、二体が限度のはずです」

「つまり、奴に協力者がいるって事か。あるいは、魔術に通じた援軍か」


 頭から煙を噴きそうな顔で、コンラッドが応じた。その見当は間違いではなかったが、ハンスが顔を上げた。


「もうひとつ考えられるのは『流れる銀』を触媒にする事だ」

「……オリビアのゴーレムか?」

「いや、あれは少し違う。『流れる銀』を魔晶石の代わりに核とする事で、より少量からの術式行使が可能になる。毒物として使用が禁止される前は、この手法でゴブリン並みの小型ゴーレムを動かしていたらしい。奴が反魂の術式で死体を屍兵にしている状態からなら、移行も難しくないだろう」

「しかし、人間大のゴーレムは作れても、それをどうやって束ね、複数同時に動かす?」


 ニックとハンスが話し込む中、コリンズが視線を投げ掛けた。コンラッドが完全に頭から煙を噴いている。そろそろ止めておかないと、戦う前から負けそうな状態だった。


「……ともあれ、ゴーレムの弱点は素材に由来する。死体が材料なら、屍兵対策がそのまま有効だろう。各々、手筈通りに頼む」


 ニックは迫る敵を前に作戦会議を終えると、改めて配置に着くよう命じた。



 死体から作られたゴーレムは、大きさこそ巨人のようでありながら、素材の強度の都合から直立する事が出来ず、まるで獣のように背を丸めていた。

 ニックから『一番槍の名誉』を与えられた十名の兵は、先頭の一体による裏拳の薙ぎ払いで首や胴がちぎれ飛んで、恐らく何が起きたかを知るより早く死んだ。


「屍兵の武器が拳に仕込まれているようだな。それが、数十人分の人間の力で振り回される。当たれば即死か」


 遠巻きに眺めたニックは、相当数の損害を覚悟した。また、その兵の死体を取り込んだりする様子が見られない事から、修復の類いも行えないと見た。

 ゴーレムの大群が迫る。

 巨人の力、鎧の防御、獣の俊敏さを併せ持った怪物が一〇〇体である。

 ルーテの東は平地を抜けると勾配のある丘陵地だが、ゴーレムは疲れを知らない。勾配も道も全て無視して、まっすぐに突っ込んで来た。


「よし、弓兵隊、射掛けろ!」


 コンラッドの指示で、火矢をつがえた弓兵が次々と弦を鳴らす。登り坂で速度の落ちたゴーレムに向けて、丘の上から一斉に射掛けたのだ。


「よし、退け!」


 火矢を放った弓兵は、すぐさま反転して一斉に駆け出した。陣や遮蔽物の類いはない。疲れも痛みもない屍兵が相手なら、足止めは難しいという判断である。火矢を受けたゴーレムは、矢によるダメージは軽微なものの、春先の乾期の行軍続きで乾き始めた死体が素材である以上、火には弱かった。全身に火が回れば、たちまち筋肉が硬化し、無理に動かせば崩れて倒れる。


「図体がでかいから当てやすいはずだ!とにかく射ったら下がれ!」


 騎兵での撹乱などは行わず、とにかくゴーレムの大群をまっすぐに引き付ける。弓兵には足の速い者を優先して配置したが、逃げ遅れた兵は次々と餌食になった。



「屍兵をゴーレムに、この手がありましたな」

「術式行使の際の負担はさほど変わらぬが、維持するとなると段違いだ。それはそうと……ラリー、わしの渡した丸薬を使うのが遅れていたら、お前が先に倒れていたぞ」

「あんな怪しい丸薬、使えと渡されても警戒しますよ」


 後方から戦況を眺めるラリーとラウルは、ことのほか軽口を叩く余裕さえ見せていた。ラリーが受け取った丸薬は、単なる滋養強壮の薬効があるものであり、キトリヤ伯爵領でも市販されている。神出鬼没なラウルが手渡したため、流石のラリーでさえ警戒していただけの話だった。


「しかし、国王は死に、貴方の目論見通りグレンが新たな王になった。ミア家も我々に加担した事で、ニックは王位継承権を失った。このままでは、ベクォン公は戦う理由を見失うのでは?」

「いや、ベクォン公のもうひとつの目的は、モノゲア帝国の影響力を一掃する事だ」

「……となると、我々はうまい所で切り上げて、グレン王を勝たせる必要があるわけですね」

「そうだ。そして、ニックとニバラク侯爵領も脅威となろう。抜かるでないぞ……」


 例によって言うだけ言うと、ラウルは影に溶けるようにして消え去った。夜でなければそのように消えるのか、とわずかに関心を寄せては、再び戦場に目を移していた。戦力としてはこちらが圧倒的に上ではあるが、敵の引きが早すぎる事が気掛かりだった。


「罠を仕掛ける余裕はなかったはずだ。屍兵と思って出陣して、面喰らったと見える」


 後退を続ける敵に、ラリーは完全な勝利を確信していた。

大陸暦六一六年、清水の月上旬―

王妃様あらため王母様が色々と裏で手を引いていたのは知ってたが、ニック様がこんな目に遭っていたとは。しかし、こうなるとアリシア様が心配になってくるな。

   ハーム王国軍中隊長の手記『清水の月十一日』

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