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第六話『戦のあと』

 大陸暦六一五年、双生(そうせい)の月上旬―

 王都ボートミールに帰還したハーム軍を待っていたのは、モーギナス灯台の灯が戻ったのを見た民による歓待の声だった。特に、隊列の先頭でレッターと馬首を並べるニックに対しては一際大きな歓喜に包まれ、彼に顔を向けられるたび、若い娘達が黄色い悲鳴を上げたのだった。


「人気者ですな、ニック様」

「これは将軍の武勇に対する歓待ではないか?」


 からかい口調のレッターに対し、ニックは努めて冷静に返した。手綱を握る手は汗でひどく濡れており、心臓はいつもより速く強く脈打っている。腹部にも力を入れていないと、落馬か失禁の可能性さえあった。右手に残る重苦しい感触は消えず、オークの脇腹を裂いた一撃の感覚は今も思い出される。何度目か分からないため息の後、一行は城に戻ることが出来た。



「父上、戻りました」


 馬を降り、王の間に戻ったニックはようやく人心地ついて、父王に事の次第を報告した。

 レッター将軍が率いた五〇〇の兵のうち、死傷者は二〇〇を数えた。敵が立てこもったのが灯台という破壊不可能な要所であったとはいえ、四〇に満たないオークやゴブリンの集団を相手にしたと考えれば、多すぎる損害であった。


「小瓶により携帯していたスライムに、バリケードを利用した簡易式ゴーレムか……確かに、それだけの損害を被ってもおかしくはない。しかし、奴らがそのような技術を持っているとも考えにくい……」

「油を撒いて火をつけ、そこに突風の術式を用いるなどという事までしてきました」


 レッターは自分の采配で受けた損害の詳細を事細かに報告する。その顔には大粒の汗がいくつも光り、息もいつになく荒い。よほどの責任を感じているのだろう、軽く小突くだけで倒れてしまいそうなほど、この大男は追い詰められているように見えた。ハロルド三世の眼光がいつもより鋭く感じられる。ニックも何かフォローすべきではあると感じてはいたが、空気の重さと自身の戦果という重荷を受けて、何も言えずに立ち尽くしていた。


「お待ち下さい父上様。レッター将軍はよくやってくれましたわ!」


 重苦しい空気を打破したのはミリアムだった。平時のきらびやかなドレスではなく、装飾の施された胸当てに乗馬パンツ、篭手に脚甲まで身に付けたその姿は、旗色が悪ければ自身も出ると決めていた意志の表れであった。


「モーギナス灯台に灯火は戻り、市井も港も落ち着きを取り戻していますわ。一刻も早く、かつ出来るだけ傷つけずに灯台を取り戻すなど至難の業、レッター将軍はそれをやってのけたのですわ。確かに少なくない被害かもしれませんが、逆に言えば、これだけの被害で我が国の生命線を守って下さったのですわ!」


 割って入ったミリアムの言葉に、王の間にいる誰もが言葉を失い呆然とした。フォローを受けたレッターも、何も言えなかったニックも、ばつが悪そうな視線を浮かべるしかない国王も。


「……いや、わしはレッターに処分だとか、そういう話をしようと思っていたわけではないのだ」


 間の悪い沈黙から立ち直ったのはハロルド三世だった。


「わしが、救国の功労者を称えないとでも思ったかな。ふふ、その早とちりと気の強さはあやつ譲りよの」


 父王の言葉に、王女は思わず赤面した。

 レッター将軍には戦勝の勲章と救国の英雄という名誉が贈られた。ニックも勝利に大きく貢献したとして、金細工のメダルと短剣が贈られた。


「難しい事は、後日に考えるとしよう。それよりも、祝杯の準備をせよ。英雄達を宴でもって労わるのだ」


 ハロルド三世は使用人達に指示を飛ばすと、平時の穏やかな国王の顔に戻った。



 大陸暦六一五年、双生の月中旬―


「レッター、キャシックから聞いたぞ。俺様がいない間に、ずいぶんと楽しい事になってたそうじゃないか!」


 城内のどこにいても分かると言わんばかりに張りのある大きな声、首から上は鼻毛しかないとまで言われるほど見事に禿げ上がった日焼け頭。パッテン将軍が帰還したのだった。レッター将軍と比べると拳ふたつ分ほど小柄だが、威圧感と態度の大きさではハーム軍随一と言っても過言ではない。


「パッテン将軍、お帰りなさいませ」

「ニック王子殿下、聞きましたぞ。敵将の素っ首を叩き落してやったそうですな。大金星ですぞ!」


 レッターと行動を共にしていたニックを見つけるや否や、とにかく大声を張り上げるパッテン。ニックもミリアムも、幼い頃からこの大将軍が苦手であった。末っ子の第四王子グレンは彼が城にいる間は、常に見つからないように注意しているほど嫌がっている。国王でさえ持て余し気味なこの男とまともにやり合えるのは、キャシックとマルキヤくらいである。


「パッテン、陛下にご報告は済ませたのか?」

「いや、まだだ。王の間におらんので近くの兵士に聞いたら、会議室にいるらしいのでな」

「私もニック様もこれから会議だ。貴殿も来られるといい」

「そうだな。報告ついでに、会議にも寄らせてもらおう。面白そうな匂いがするんでな!」


 パッテンに気取られぬよう、ニックは顔をしかめた。ここ連日の議題は、モーギナス灯台を占拠したオークの出所と、彼らが所有していた魔法アイテムの流通経路である。パッテンの言う『面白そうな匂い』とは、その会議が導く結論が、大なり小なり戦につながるという事であった。



 会議室の大扉が壊れんばかりの勢いで開かれ、国王以下居並ぶ者達の誰もが戦慄する。

 パッテンは自分に向けられた視線など意にも介さず、大股でハロルド三世のまん前まで踏み込み、大仰に頭を下げた。


「ハーム王国六大将軍『覇輪将』チャールズ・パッテン、ただいま帰還致しました!」

「うむ、よくぞ戻った。して、テーキス地方の状況はいかほどであった?」

「私の戦車隊の前には、オークもゴブリンも対して変わりません」


 『覇輪将』の二つ名に相応しく、パッテンは戦車の運用を得意としている。金属板で補強した馬車を三頭の馬で牽き、備え付け型の弩と二名の槍兵にて武装した戦車は、まさに動く要塞だった。その戦車隊に、完全武装の兵士を乗せた馬車を随伴させ、敵軍を粉砕し制する様から、その二つ名がついたと言われている。


「しかしながら、陛下に申し上げたい事がございます」

「申してみよ」

「はっ、あれを持って来い!」


 パッテンが会議室の入り口に向かって声を張り上げると、大扉を開いて何名かの兵士が入ってきた。各々が両手に包みを抱えており、誰もがいぶかしげにそれを見る。大テーブルに包みを置いて開くと、オークやゴブリンのサイズで作られたと思われる武具一式が出てきたのだった。


「これは……」


 にわかに重臣達がざわついた。先のモーギナス灯台でも、武装したオークやゴブリンによる襲撃だったため、装備品があること自体におかしな点はない。問題は、その整いようだった。粗末な金属片の胸当てや手甲、獲物の血や脂で汚れた剣や盾ではない。胸当てや手甲、脚甲に兜、剣から盾から矢尻に至るまで、工業的に造られた量産品だったのだ。オークやゴブリンにも鍛冶屋はいるが、これほど整った量産品の武具は造れない。


「明らかに、人間の工房で量産されたものです。そして見て下さい、この魔晶石を。こいつはあばら家の瓦礫で出来たゴーレムを倒したら出てきました」


 瓦礫をゴーレムに変える魔晶石、レッターには覚えがあった。モーギナス灯台の補修資材を媒介にしたゴーレムがいた。コアとなっていた魔晶石を砕いて倒したので、これが同じタイプの魔晶石とは限らないが、関連性はあるかもしれない。


「パッテン、このオーク達の装備品、どこで造られたものか分かるか?」

「あぁ、間抜けな工房の作業員が、いつもの癖で入れちまった刻印がある。こいつだ」


 パッテンは胸当てを持ち、裏地に打刻された工房の印をレッターやニック、国王らに見せて回った。


「クン・セイ工房、大都市ジリボンでも有数の工房だ」


 その言葉に、居合わせた誰もが色を失った。

大陸暦六一五年 双生の月上旬~中旬

記す事さえためらわれるほど恥ずべき話だが、自戒と後学の為に残す。飲み過ぎに注意してくれ。起き抜けに妹から平手を見舞われるとは思わなかった。

   ―第二王子ニックの手記『双生の月十日』より

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