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第五話『奇襲作戦』

 大陸暦六一五年、双生の月上旬―

 モーギナス灯台を占拠したオーク率いる一団は、持ち込んだ瓶スライムや簡易ゴーレムによって、その戦力を数倍にまで跳ね上げていた。

 回廊から射ち込まれる矢によって倒れる兵は多く、ハーム軍が矢を射てもスライムに阻まれる。魔法兵は再装填からの詠唱に時間が掛かる上、ゴーレムへの対処や負傷者の応急処置、防御魔法の展開などやる事が多く、手が回せない。レッター将軍も自ら前線に立ち、魔法兵の援護に当たっていた。



「灯台の方は大変な騒ぎだな……」

「急ぎましょう、ニック様。ウォーレンさん、もう少し速度は出せませんか?」

「無茶を言わないでくれ。この舟でこの人数を運んでるんだ。見つからないためにも、この速さで行くしかない」


 崖下をひっそりと進む小舟にはニックとコリンズ、近衛兵五人が乗り込んでおり、コリンズをゴブリンから助けた男、ウォーレンが操船していた。崖際の浅い底に竿を突き立て、押し出すようにゆっくりと進む。


「コリンズ、この辺りだな?」

「はい。古い文献によると、モーギナス灯台は建設の際、陸路からの物資補給が途絶えた時のため、崖下からも出入り出来るように、地下階があるそうです。漁師の方からも、灯台の下には古い洞穴があると聞いていました」

「……となると、この辺りだな。これじゃないのか?」


 ウォーレンが崖下の穴に入り込む潮の流れを見つけた。コリンズが地図と海図で確認すると、確かにこの場所はモーギナス灯台の真下にあった。ニックは進むように促し、ウォーレンも無言で頷いた。洞穴の中を少し進むと、周囲はたちまち暗闇に覆われた。長い事使っていなかったようで、松明の類も全く灯っていない。


「迷い人に光を、進むべき道を示せ。灯火の術式、起動。」


 コリンズが杖の先端の魔晶石を輝かせる。松明数本をまとめて灯したような明るさで、直視すると目が眩むほどであった。照らされた洞穴の中は天然の船着場とも言うべき岩場となっており、ここが使われていた時代に結ばれていただろう痕跡にロープを結びつけ、小舟を係留した。


「どうだ、扉は開きそうか?」

「高潮か何かで錆び付いているのでしょう、ビクともしません」


 灯台と同じレンガ造りの壁を見つけ、古びた扉を前にする。長年使われていなかった扉は固く閉ざされており、押しても引いても開く気配がない。


「よし、壊すしかなさそうだな。鉄槌を持ってきたはずだ。壊せ」

「はっ」


 近衛兵の中でも力自慢の一人が両手持ちの鉄槌を用意しており、大きく振りかぶっては渾身の力で振り下ろした。ずしりとした感触と共に、鉄槌が扉にめり込む。鉄枠と石材で作られた扉は劣化しており、幾度か鉄槌を叩きつけただけで簡単に穴が開いた。人が通れるほどの大きさまで穴を広げ、ニック達は地下からモーギナス灯台に潜入した。



 灯台の外の攻防は一時の険しい状況を乗り越え、ハーム軍が優勢となりつつあった。バリケードを素体としたゴーレムはレッター将軍自らが相手になり、杖に装填した魔晶石を瞬間的に使い果たす代わりに爆発的な破壊力と貫徹力を有する必殺の術式、杭突(こうとつ)の術式で一撃の下に葬った。胸を貫かれ、もとい消し飛ばされ、琥珀色の核を跡形もなく失ったゴーレムは瞬く間に瓦解、勢いづいたハーム兵は破城槌で閉ざされた扉に迫った。


「ゴーレムはこのレッターが仕留めた、次は回廊のスライムとゴブリンを倒せ!」


 ゴーレムへの対処に追われていた魔法兵が回廊の攻略に復帰し、杖に残されたわずかな魔晶石を燃やし、炸裂火の術式を今までにない規模で解き放つ。ゴブリン達が頼みの綱としていたスライムによる楯は呆気なく焼き尽くされ、再び回廊の柱しか遮蔽物のない状態に陥ったゴブリンの弓手は、ハーム軍弓兵の放った矢によってばたばたと射ち倒された。



「ゴーレムもスライムも、ゴブリン共もやられたか」

「流石に、もう切り札はないみたいだな」


 リーダー格とその副官にあたる大柄なオークの二人は、いよいよ戦線の崩壊を感じ取り、異様なほどの静けさを感じていた。扉が破城槌で叩かれるたび、金属枠の歪みが大きくなる。


「よし、連中がなだれ込んで来たところで火をつけろ。残った兵の指揮はお前が執れ。私は呪文詠唱に入る」

「了解、最後の最後まで嫌なもんを準備しているな、あんたは」

「勝ち目がないなら、せめて負け方くらいは選びたいからな。十二倍の戦力を引き受けてここまでやったなら、記録の一つや二つにも残ろう……」


 ふん、と大柄なオークは鼻を鳴らし、残った部下のオークに油と火種の準備を急がせた。程無くして扉が破られ、ハーム兵が押し寄せてきた。オークと人間では体格や筋肉量の差が大きく、訓練を受けた兵士であっても複数人で押し包んで撃破するのが定石とされていた。狭い灯台入り口に多くの兵が殺到し、ある程度の数が入り込んできたところで、オーク達は床の油に火をつけた。


「うわっ、火だ!」

「下がれ、下がれ!」

「何やってんだ、進め!」


 炎に巻かれた兵士が後退しようにも、後続部隊はまだ前進してくる。たちまち数十名の兵士が火に包まれながら立ち往生する事となった。


「渦巻く風に命ず、万物を吹き飛ばす見えざる壁となれ。突風の術式、起動!」


 リーダー格のオークが唱えた突風の術式によって、ハーム兵を包んでいた炎が一気に灯台の外にまで延びた。強烈な風と炎で押し寄せた兵士のほとんどが吹き飛ばされ、焼け焦げて地面に転がった。


「ぬぅ……魔晶石も尽き、矢も残りわずか……こうなれば、わし自ら突っ込むほか……」


 レッターは想像以上の損害と消耗を受け、焦りが生じていた。仮に勝てたとしても、これほどの辛勝は喜んで良いのかすら分からず、押し切れずに負けようものなら敗軍の将である。その時、灯台の中から絶叫が響き渡った。人間のものではなく、オークの。



 五人の近衛兵は、全員が弩による狙撃を心得ており、地下から上がってきたニック達はオークの一団を死角から狙撃したのだった。副官の大柄なオークが気付き、部下を連れて全周防御の構えを取ったが、止まった事が彼らの失敗だった。二の矢でまた半数が急所を射抜かれて転がる。三の矢を射掛ける前にオーク達が迫ってきたので、此処に来ていよいよニック達が前に出る事となった。近衛兵も弩を置き、剣を抜いて白兵戦に打って出た。


「残るオークは何人だ!?」

「概ね四、五人といったところです!」


 狙撃で数を減らしているとはいえ、ほぼ同数の戦いでは人間が不利だった。地下の石扉を粉砕した力自慢の者でさえ、やっと互角の鍔迫り合いになる。押し負けて切り伏せられる兵もいる中、ウォーレンは姿勢を低くしてオークに突進して体勢を崩しては馬乗りになると、大振りのナイフで喉笛を裂いた。


「これが最後の一発だ……炸裂火(さくれつか)の術式!」


 コリンズは杖に残った最後の魔晶石で火の玉を飛ばし、オークを火だるまにした。怯んだ者は近衛兵により斬り捨てられる。その戦いをすり抜け、ニックは湾曲した刃が取り付けられた杖を手に構えるリーダー格のオークと対峙した。


「僕はハーム王国第二王子ニック。多くの民や兵を傷つけた報い、受けてもらう!」

「ふん、今回の騒動そのものが、既に報いなのだよ、王子……!」


 オークの突きがニックに迫るが、彼に武術を仕込んだのは他でもない、ハーム王国六大将軍最強と名高いキャシック将軍である。穂先を剣で弾き、生じた隙を突いて脇腹を返す刃で払う。勝負は一瞬で決まった。


「ぐっ……くそっ、思ったよりも重い……だが、忘れるな。これは、我々の、そして……あの人間の、復讐、なのだ……」

「人間だと、どういう事だ!?」


 ニックが尋ねるも、オークは血の泡混じりの口元を歪めて嘲笑するだけだった。残りのオークも片付き、近衛兵が駆け寄ってくる。灯台入り口の消火も終わり、レッター率いるハーム軍も合流した。ニックはリーダーの遺した言葉を頭の中で反芻しながら、呆然と立ち尽くしていた。


 この戦いは、始まりに過ぎなかったのである。

大陸暦六一五年 双生の月上旬

死ぬかと思った。今でも心臓が口から飛び出そうになってる。

   ―港湾管理官コリンズ・マルキヤの勝利の時の言葉

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