第六十三話『砲火の大渦』
大陸暦六一六年、破魔の月中旬-
予期せぬ遭遇から始まった両軍艦隊の砲撃戦は、主要艦の他に随伴した戦闘艇や輸送船まで駆り出され、かなりの規模になっていた。砲火力そのものは、砲艦三隻に戦闘艇四隻、輸送船二隻を従えたベクォン軍の方が強い。ハーム軍は飛竜母艦に砲艦、改造された特殊砲艦が一隻ずつに加え、輸送船六隻という編成なので、大きく水を開けられていた。
「砲の数は劣る……しかし、我が軍には竜母飛行隊がある!」
マルキヤは不利を承知で意気込む。しかし、絶対数の差という現実は早くもやってきた。
ベクォン軍のラバ級砲艦二番艦、タボンの砲火が幾筋もの黒い軌跡を空に浮かべ、ハーム軍輸送船の一隻に多くの直撃弾を叩き込んだのだ。当たり所が悪かったのか、船内の火薬にも次々と引火して炎上し、輸送船は力なく海に消えていった。
「飛行隊は戦闘艇を片付けろ!砲艦はチョッパルカとマハナムで一隻ずつ狙え!」
「将軍、ペリブアスはどうされますか?竜母の運用からすれば、前線に留まるのは危険です」
「危険は承知!だが、ここで戦線を離れれば、他の艦が狙われる!奴らにとって、このペリブアスほど狙いやすい艦はない!」
副官の懸念を、マルキヤは一喝して退けた。竜母は砲艦と異なり、搭載している飛行隊を攻撃に用いる艦である。そのため、大砲はほとんど積んでいないに等しい。飛行隊三〇騎を吐き出したペリブアスは、丸腰同然の巨大帆船に過ぎなかった。
三〇騎の飛竜騎兵が、四隻のツネーク級戦闘艇に襲い掛かった。この艇はラバ級と同様、ビアイキ湾内での運用を前提に設計された船であり、元はモクニモ海運が輸送船の護衛の為に設計したものだった。砲の数こそラバ級の二八門の半分近い一六門ではあるが、小回りが効くため見た目以上の戦力を有していた。
「敵の飛竜騎兵、来ます!」
「長弓隊、対空射の用意!」
ベクォン軍の艦隊は、見慣れない大型船から突如として現れた飛竜騎兵に面喰ったが、元々ビアイキ湾には肉食性の巨大海鳥が少なくない数生息しており、それらへの備えとしての戦闘艇でもあった。
長弓に矢を番えた兵が、矢尻の先に飛竜騎兵の未来位置を睨む。
「放て!」
左舷に並んだ弓弦が鳴り、五〇に近い矢が一斉に射ち出された。飛行隊は緩やかな降下に入っており、可燃物を投下する構えを取っていた。三〇騎の飛竜騎兵は三中隊に分かれて一隻を狙う腹積もりだったが、先頭の攻撃隊が弓によって四騎を落とされた。ほとんどすれ違うようなタイミングで、回避困難な矢を射ち込まれたのだ。
「敵飛竜騎兵、四騎撃墜!」
日頃から大型貨物船の護衛で弓を引いていた熟練の兵は、竜母飛行隊に思わぬ痛撃を与えていた。第一陣を崩されたハーム軍が、続く第二陣を高空からの攻撃に切り替える。飛竜の最大の武器は上昇速度である。グリフォンと比べて体重こそ重いが、その分発達した筋肉と体力で一気に舞い上がるのだ。
「くそっ、あの高さでは矢が届かん!」
「駄目だ、この位置だとマストに当たるぞ!」
ほとんど真上を取った竜母飛行隊が、戦闘艇に向かって急降下を開始した。油の染み込んだ芝束を落とし、火種を投げ込む。芝束は帆に当たって二転三転遊ばれた後、甲板に落ちてきた。投げ込まれた火種は、柴束と同様に帆に当たって転がるように落ちてくる。染み込んだ油に火を点しながら―
「帆に燃え移ったぞ!」
戦闘艇の一隻が、まるで船上に赤い花を咲かせたようになった。船体への攻撃が難しいと判断したハーム水軍竜母飛行隊は、帆やマストへの攻撃に移ったのだ。その効果は絶大で、手の施しようのない火災に乗員達はなす術がなく、さらに燃え落ちた構造物はそのまま火の塊が落ちてくる事を意味する。脱出も消火も叶わなかった者達が、大砲の火薬に引火して炎と黒煙を巻き上げる船と運命を共にした。
「嘘だろ……」
「あんなの、ありかよ……」
他の戦闘艇の乗員は、仲間が船もろとも炎に包まれ、白い霧を赤々と染めてゆく様を呆然と眺めていた。乗員の多くはベクォン公爵領兵ではなく、モクニモ海運の中から選ばれた者である。つまるつころ民間人、民だったのだ。そして、そうしている間にも、天から炎を落としてくる竜の群れは新たな獲物を見つける。
「竜母飛行隊、敵戦闘艇の一隻を撃沈しました」
「うむ、ここからでもよく見える。船を攻める時は真上から帆を狙う、か。しっかりと記録しておけ」
「はっ」
ベクォン軍の戦闘艇が燃える様を遠巻きに眺めたマルキヤは、副官に詳細な記録を残すよう命じた。この海戦で得られるものは、いずれハーム王国水軍の糧となる―老将の目に、確かな未来が見えていた。
戦闘が始まって数刻、両軍艦隊の損耗は一段落していた。
ハーム軍は竜母ペリブアスが被弾こそあるものの、船体の大きさから小破で済み、砲艦チョッパルカも大砲の損傷からなる火力低下こそ認められるが、損傷は小さい。伴った輸送船は二隻を喪い、残る四隻もそこかしこに損傷が確認される。竜母飛行隊の損害は七騎となっていた。
対してベクォン軍は砲艦ラバこそ無傷ではあったが、二番艦タボンが砲戦力の大半を失うほどの大破、三番艦ソクトンは沈没していた。戦闘艇も四隻の半数を喪い、輸送船は元より分捕り品の移送用に持ってきている船のため武装がほぼ皆無で、相手にされていなかった。
「しかし、やはり恐ろしい男よ」
「レーミッツ艦長の事ですか」
副官の言葉に、マルキヤは無言で頷いた。
マハナムⅡはというと、円を描くようにして反航戦で撃ち合っていた構図を塗り替えていた。小柄な船体ゆえの旋回半径の小ささを活かして、最も近い距離にいたソクトンに肉薄し、片舷五門の大砲を一気に撃ちかけたのだ。ぶどう弾、術式爆弾も含めて撃てる限りの弾を撃ち込み、混乱に陥れた。
この突撃により生じた隙を突いてチョッパルカは反転、消耗した左舷に代わり、右舷での砲撃を開始したのだ。一隻あたりの砲の搭載数では、ハーム級は三六門でラバ級より一回りも多い。被弾と火災で混乱したソクトンに多数の直撃弾をお見舞いし、海の藻屑へと変えたのだ。
「輸送船に毛が生えた程度の武装で、よくもまぁ……」
ベクォン軍艦隊は被害の大きさに北へと向けて撤退、ハーム軍も少なくない損害を受けているため、これ以上の追撃は不可能だった。こうして、飛竜母艦にとって初めての海戦は、勝利によって幕を閉じた。
「逃げ足の速い奴らだ!もう少し粘ってくれれば、俺自ら奴らの船に挨拶に行ったものを!」
アギラに向かう航路の途中、ペリブアスに移って来たレーミッツが軍刀を誇らしげに見せて言った。彼の軍刀はハーム水軍制式の物ではなく、先祖がカッサーナ皇国より持ち出してきた業物である。マルキヤもその刃が抜かれた様を見た事はあるが、美しくも恐ろしいというのが第一印象であった。
「マルキヤ、お前も俺の太刀さばきは見た事があるだろう!」
「あぁ、同期の連中が揃って青ざめていた」
三年ほど前、テーキス地方のオーク討伐の際、海岸沿いの洞穴に潜んでいたオークの一団を攻めた事があった。レーミッツはその時、上半身裸で頭に白い鉢巻ひとつだけを締め、軍刀片手に斬り込んだのだ。オークから見ても気狂いの類が乗り込んで来たとしか思えず、虚を突かれて死体の山を築いた。返り血に濡れた肉体を月光に照らされたその光景は、多くの者のトラウマになったという。
「しかし、レーミッツ艦長の突撃がなければ、チョッパルカも反転に至りませんでした」
「なに、俺の独断に合わせて動いたお前も大したもんだ。流石は、マルキヤの倅ってところだな!」
「ありがとうございます」
アンドリューが改めてレーミッツの無謀とも蛮勇とも取れる突撃を称える。まだ年若いアンドリューにとって、レーミッツのような武人は欠かせない指標となっていた。
大陸暦六一六年、破魔の月中旬-
レーミッツ艦長には驚かされる。父はあれほどの人物と同期であったという。自分も砲艦一隻を受け持つ艦長として、より精進しなければならない。
ハーム級砲艦二番艦チョッパルカ艦長アンドリューの日誌『破魔の月二十三日』より




