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第六十二話『ベクォン軍反攻』

 大陸暦六一六年、破魔の月上旬-

 ベクォン公爵領ジリボンの港には、拿捕されたハーム王国水軍の輸送船が並んでおり、捕虜となった乗員や物資が次々と陸揚げされていた。

 輸送船団の襲撃を行ったのは三隻の砲艦、ビルカ級を改良したラバ級砲艦であった。外洋での運航に難のあるビルカ級の欠点こそ解消していないものの、内海や湾内といった喫水の浅い海ならば、ハーム級にも劣らぬ機動力と安定性を有していた。事実、輸送船団を護衛していたハーム級六番艦マハナムが沈められている。


「素晴らしい戦果だな」

「はっ、モクニモ海運の者達がよくやってくれました」


 戦利品の帳簿を眺めたベクォン公爵ルイスは、久し振りの快勝に顔をほころばせた。キトリヤ伯爵領軍によるニバラク侯爵領の制圧が失敗に終わり、伯爵家も領内の暴動で滅んでいる。ホツキネ砦の攻略にも失敗して一〇〇〇の兵を失ったが、それは余りある利益をもたらしたので不問とした。


「さて、今後も王都とアギラを輸送船が行き交うだろう。モクニモ海運にはもっと働いて貰わねばな」


 伝令を下がらせ、広げられた地図に目を落としたルイスは、オーク勢の支援ルートの構築に着目した。今までは王家の目を眩ませる目的もあってキトリヤ伯爵領を通していたが、その必要はなくなっていた。現在、ジリボンからテーキス地方に物資を送るに最も早い経路は、ビアイキ湾岸沿いに城塞都市シオンタに船を出すものである。


「キンティとターヴはビルカ級砲艦でもって、輸送船団を率いてシオンタへ向かえ。オーク勢への補給路として港を使う事に難色を示したら、砲撃も許可する」

「はっ」


 ルイスは二人の指揮官に、オーク勢支援のための輸送船団の指揮を命じた。ロジャー・キンティとアルフォンス・ターヴの両名は元々ベクォン公爵領軍の所属で、数少ない砲艦指揮に長けた古参であった。両家ともベクォン家には公私共に古い付き合いで、今回の反乱にも反対する事はなかった。また、ターヴはモクニモ海運の経営陣にも姻族として繋がりがある。


「モッツとオリビアは二〇〇〇の兵でビルカ山岳を攻略せよ。無論、マルシア様を連れて行け」

「了解しました」


 マルシアはジリボンに戻ってから、人間らしさを取り戻していた。冥府より呼び戻された魂が現世にて肉体への定着が進んだのか、生前の立ち振舞いを難なくこなしており、それはルイスの姉ミランダも同様だった。また、マルシアはモッツと行動を共にするようになってから、その姿にいささか色味を帯びていたが、それが意味する事は言わぬが花であった。


「ラリーは二〇〇〇の兵でニバラク領へ向かって出撃、ニバラク領と旧キトリヤ領に睨みを効かせ、有力な部隊がいたら積極的に叩け」

「分かりました。王子ニックにニバラクの倅、六大将軍もいると聞きます。相手に不足はありません」


 ルイスは持てる戦力を方々へと送り出す指示を下した。挙兵から数月、旗色は決して芳しくなかったが、ホツキネとキトリヤの負けはテーキス地方からの供出や徴収で賄えた。ラリーの『神の奇跡を宿した杖』の宝珠によって、ミランダも蘇った。


「これでいい、マルシア妃と姉さん……ミランダ妃による国王への追及というカードは揃った。キャシックとレッターはマルシア妃で、ミアとリアブはラリーで押さえれば良い……残る敵は、パッテンとマルキヤ、そしてニックだな」


 ルイスは一人ソファに身を委ね、呟いた。

 ベクォン家は方々に情報網を有しており、大まかな戦況は周知していた。キトリヤ伯爵家の敗北は計算外だったが、それは同時にニックやコンラッドといったニバラク領方面の敵が強力であるという情報にもなった。ならば、こちらからは現状最強の戦力であるラリーをぶつけるというのが、ルイスの作戦であった。この判断には、モノゲア帝国の者に深く立ち入らせないという意味も含まれている。


「王妃達を蘇らせた恩義はある……しかし、この国を帝国に売る気はないぞ……」


 公爵の独り言は、静かな重みを持って部屋に溶けていった。



 大陸暦六一六年、破魔の月中旬―

 マルキヤ率いる水軍の艦隊がアギラを出港した。突貫工事で輸送船一隻を改造し、速力と砲戦力を強化した即席の小型砲艦が共に付いて回る。レーミッツが船長を務める特殊砲艦マハナムⅡであった。


「ボートミールからの輸送船団だと思わせるために、まずは南下して行方を眩まし、大きく右回りに航行して敵をおびき寄せる……か」


 今回の出撃に、マルキヤは竜母ペリブアスを旗艦に砲艦チョッパルカ、特殊砲艦マハナムⅡと輸送船数隻を用意した。先代が沈められた状況から、敵は砲艦が一隻の時を狙ってくる。そのため、一見すると単なる大型帆船のペリブアスと、輸送船を改造しただけのマハナムⅡは主力として持ってこいの艦だった。


「状況次第では半月にもなるだろうが、その間の守りはソウ・セイジと水陸兵にも任せておこう」


 パッテン率いる戦車隊は、三度に渡る襲撃の進軍経路と事前に得た情報を元に、丘陵地を越えた中央部山麓の砦を目指していた。こちらも往復するだけで十日は掛かる。オーク勢がアギラ奪還の前線基地として用いたという情報があり、食糧や物資の不足したハーム軍にとっては狙わない理由はなかった。

 そのため、現在アギラを防衛しているのは実質五〇〇の水陸兵と砲艦一隻、飛竜騎兵三〇、輸送船から臨時で陸揚げした艦砲五門のみであった。


「一筋縄で行くはずもないとは思っていたが、補給を狙われるとはな」


 マルキヤは知る由もないが、状況から見て圧倒的に不利だったニバラク侯爵領の奪還に成功したのは、ニックが兵站の断絶や夜襲といった、敵を休ませない攻撃によって心身を削り取ったからである。皮肉にも、同じ手で今度はハーム軍が苦しむ事となってしまっていた。



 大陸暦六一六年、破魔の月中旬―

 事態が動いたのは六日目の朝だった。アギラを攻めた時と同じく、海霧の濃い朝だった。白く塗り固められたような白を引き裂くように、紺碧の艦影が浮かび上がったのだ。両者が互いの姿を視認出来たのは、あと数分遅れていたら正面衝突の可能性もある程の距離である。同時に面舵を切って衝突を回避する。


「なんだあれは!奴ら、船を黒く塗っていたのか!」


 ペリブアスとすれ違った敵の砲艦を見たマルキヤが叫んだ。竜母飛行隊による定期的な策敵は行っていたが、その姿を見つける事が出来なかったのである。空からの視認性を落とすため、冬の海の色と同じに塗っていたのだった。そして、その黒い船尾には、ベクォン公爵家の旗が確認された。


「敵だ!右舷飛行甲板を展開し、飛行隊を全騎出撃させろ!チョッパルカとマハナムにも戦闘の指示を出せ!」


 恐らく、敵からもハーム水軍旗を見られたに違いない。本来なら遠くから迫るまでの間に飛行隊を出して先手を打つ腹積もりだったが、思わぬ遭遇に計算が狂った。黒い三隻の砲艦は単縦陣を敷いていた。つまり先頭の一隻の動きから、続く二隻が砲戦の準備を進めている可能性がある。

 両軍ともすれ違い、反転する。単縦陣同士の反航戦、縦一列に並んだ艦隊が円を描くように横腹を見せ合いながらの砲戦となった。


「将軍、ペリブアスの砲戦能力はほぼ皆無です!」

「分かっておる!だが、ここで我々が輪から外れれば、輸送船に毛が生えた程度のマハナムなど、あっという間に沈むぞ!」


 副官の諫言を、分かっていながらも退けたマルキヤは、圧倒的不利な海戦の渦に飛び込んでいた。

大陸暦六一六年、破魔の月中旬-

アギラの敗残兵と伝令から、海の向こうから飛竜騎兵が飛んで来たという報告があった。言い訳か混乱による事実誤認程度にしか思っていなかったが、実際に出遭ってみると分かるものだった。

   発見されたベクォン軍ラバ級砲艦三番艦ソクトン艦長の日誌『破魔の月二十二日』より

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