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第五十八話『パッテン戦車隊進撃』

 大陸暦六一五年、人馬の月上旬―

 港湾都市アギラの攻略が始まって六日、ハーム軍の死傷者は四五〇に達していた。全体から見れば一割強ではあるが、実際に上陸戦を行う歩兵や戦車兵の数は一五〇〇ほどのため、実質三割の戦力低下であった。自慢の砲艦も市街地の奥までは届かず、防空網を張られては飛竜騎兵も迂闊に手を出せない。そうなれば、陸上戦力ですり潰すように進軍しなければならないと思われていた。


「軽戦車の残りはどのくらいだ?」

「三七輌です」

「思ったよりもやられたな。戦車隊には突出や単独行動を禁じ、歩兵との連携を厳となせと伝えよ。炸裂火の術式爆弾も持たせるように」

「はっ」


 パッテンは軽戦車の損害報告を元に、対策を練り上げていた。夜通しで考えたがゆえに、目の周りはうっすらと隈で黒ずんでいた。だが、疲れは感じていないように見える。自分の考えた対抗策がどれほど有効なのか、いかなる戦果を挙げるのか、そちらの方が気になって仕方がないといった風情だった。齢五十を過ぎても戦一筋に生きた男は、戦の匂いに高揚せずにはいられなかったのである。


「敵の増援は五〇〇、元は付近で巡回を兼ねて実戦訓練を行っていた部隊のようです。空から見た限り、現在の敵は一〇〇〇を少し上回った程度です」

「ふむ、数で言えばこちらが有利……だが、敵がさらに増援要請を飛ばす可能性も視野に入れねばならんな。損害が増えるかもしれんがやむを得まい、竜母飛行隊を含む飛竜騎兵を全騎出せ」


 マルキヤの命令を受け、五〇近い飛竜騎兵がアギラの上空に繰り出した。オーク勢も対空方陣を敷いて待ち受けるが、数で劣るオーク勢は多くを敷けなかった。対空方陣は人員や物資を大きく割かれる上に場所を要するため、必要以上に配置すると他の備えが疎かになるからである。

 空の動きに合わせるように、軽戦車隊も歩兵や水陸兵と共に出撃した。大人数で足並みを揃えているため進軍速度は遅くなったものの、両脇と背後の守りは固められている。スライム対策の術式爆弾も用意され、万全の態勢だった。



「敵を見つけた!何てこった、あの厄介な弩付き荷車に、兵士が張り付いてる!」

「よし、だったらあの大人数の中にスライムを投げ込んでやれ」


 建物の上から偵察していたゴブリンが叫ぶ。並んで状況を見ていたオークがハーム兵の姿を見て、小瓶持ちのゴブリンに指示を出した、その時だった。途端に影が射し込み、強烈な風が吹き込んできた。

 輸送船で運ばれてきた飛竜騎兵の小隊が襲い掛かったのだ。搭載量や練度の関係から竜母飛行隊には編入されなかったものの、今回の出撃で選ばれているだけでも充分な手練れである。


「一番槍こそ竜母の奴らに譲ったが……我らとて映えあるハーム軍飛竜騎兵!地上の兵を狙う奴らを叩くぞ!」


 飛竜の羽ばたきにも負けない雄叫びを上げ、飛竜騎兵が二個小隊ごとに散開する。さらに竜母飛行隊も同様に広がって進軍を開始した。頭上を取られたオークやゴブリンが、飛竜の鉤爪や騎兵の長槍で薙ぎ倒される。一騎でも兵士一個分隊に匹敵するとされる飛竜騎兵が、六騎が一塊となって飛び掛かってくるのだ。


「頭上は飛竜騎兵が何とかしてくれる。我々は前だけ見て行くぞ!」

「よし、進め!」

「馬鹿野郎、飛び出さずに歩兵と一緒に動けって命令だろうが!」


 勢いに乗り飛び出し掛けた軽戦車の兵に、指揮官から怒鳴り声が飛ぶ。

 元より血気盛んなパッテン指揮下の戦車兵にとって、他の兵種に遅れを取ることは許しがたい。飛竜騎兵に頭上をカバーして貰っているとは言え、せめて歩兵だけでも出し抜いて敵中突破の武勲を得んとする者は少なくなかった。その結果が先日の損害であったのだが、彼らにとってはそれさえも名誉と思う節があった。

 そんな中、後方より馬蹄が響き、軍勢の動きによって出る音に負けないほどの声量が突き抜けてきた。


「逸る気持ちは分かるが、この戦いは連携が大事だ!抜け駆け一つ破られれば、それが全体の負けに繋がる!突撃する時は俺様が指示を出す!今は団結して進め!」


 パッテンは自ら馬に乗って前線に繰り出し、何かの弾みで突出しかねない戦車隊を制していた。流石に将軍から直々に言われたとなれば、血の気が多い荒くれ者も従わざるを得ない。しかし、軍には柔軟性も求められる。損害を減らす事に気を取られ、勝利を掴み損ねては意味がない。檄を飛ばしながらも、頭は常に冷静でなければならなかった。



「敵スライムによる防壁を確認!」

「よし、術式弾を撃ち込んでやれ!」


 炸裂火の術式爆弾が軽戦車の弩から発射され、スライムの楯が焼き払われる。その柔軟性と粘性で矢も石も防ぐスライムも、火には弱い。炸裂火による炎で次から次へと火をつけられ、オークの守りを丸裸にした。不幸にも術式爆弾が直撃し、引火したまま弾けたスライムがオークやゴブリンに貼り付き、地獄のような絶叫を上げる者さえいた。

 彼らにとっての慈悲は、弩による攻撃に続いて殺到した歩兵によってとどめを刺される事だった。


「敵の守りを突破!このまま前進するぞ!」

「戦車隊に遅れを取るな!歩兵隊、進め!」


 軽戦車を押す兵にも力が入り、随伴する歩兵の士気も跳ね上がる。

 勢いに任せてオーク勢の歩兵隊との白兵戦に突入しても、押し負けも打ち負けもしなかった。迎撃で矢を射られても防ぎ、弩から火薬を詰めた片手持ちの小箱を放り込んでは集団に穴を開けていた。


「よし、いいぞ。このまま奴らを壁の外まで叩き出す!」

「確か、そろそろ北門近くの大広場だったな」

「お前はテーキスの地方兵だったな。この先が開けてるようだが……なんだ?」


 進軍するハーム軍の目に入ったのは、大広場に陣取るオーク勢の防御陣地だった。櫓では見張りと手旗による連絡が絶えず行われており、槍や弓を携えたオークやゴブリンが防壁と共に守っているところを見るに、前線基地のようなものだった。


「ここを突破すれば、北門への大通りが確保出来る……か」


 遠目に防御陣地を眺めたパッテンは、今こそ戦車の力を最大限に発揮出来ると踏んだ。残りの軽戦車は三二輌、その全てに突撃命令を出した。


「戦車隊、突撃!」

「火矢と術式弾をありったけ放り込め!」

「歩兵隊、水陸兵は戦車隊と共に突撃せよ!」


 戦車隊を先頭に、ハーム軍が怒濤の勢いで押し寄せる。防御陣地からの矢は軽戦車の装甲板に刺さるか滑るかして止まり、軽戦車の弩から撃ち込まれる火矢と術式爆弾が逆茂木を吹き飛ばした。


「よし、もう矢は射なくていい!戦車隊は一丸となって歩兵隊の壁となれ!」


 櫓からの矢で兵が倒れ、軽戦車の動きも止まる。車輪を破損し擱座した軽戦車に矢が射込まれ、戦車兵は元より後続の歩兵にまで損害が出た。ここ一番の勝負で生じる犠牲を止むを得ないものとして割り切りつつも、最小限に抑えなければならない。パッテンは旗手を連れ、建物の上から前線の兵に指示を出していた。


「地上部隊を援護するぞ!続け!」


 飛竜騎兵が一丸となって防御陣地に群がった。獲物を見つけた猛禽類の群れにも似た猛者の集団が、槍から短剣から飛竜の鉤爪から、あらゆる手段をもってオーク勢にたたみ掛けた。防壁が崩され、櫓が倒れ、オークやゴブリンが次々と地面に転がる。完全に統制を失ったオーク勢が門から逃走を始めたが、パッテンは旗手に大きく旗を振らせ続けた。


 ―体力のある限り追撃せよ―


 勇猛なるハームの兵は、逃げ惑うオーク勢の背中に槍を突き立て、次々と骸に変えていった。命からがら脱出出来たオーク勢は二〇〇にも満たず、アギラに駐屯していた者と援軍合わせて一五〇〇の兵は壊滅的な損害を被った。


「我が軍の勝利だ!アギラは解放された!これが、テーキス地方奪還の第一歩だ!」


 パッテンは左肩に流れ矢を受けながらも、奮戦し勝利を収めた兵を鼓舞した。

 大胆不敵にして冷静沈着、見た目と言動からは想像出来ないほどの繊細さと豪胆さを併せ持つ男。

 『覇輪将』チャールズ・パッテンとはそういう男であった。

大陸暦六一五年、人馬の月上旬-

将軍が左肩に矢を受けて戻って来た。幸い、骨には当たっておらず流れ矢なので傷は深くもない。

しかし、五十を過ぎた体をもう少し考えて使って欲しいものである。

   軍医フロリナの手記『人馬の月十四日』より

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