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第五十七話『激突』

 大陸暦六一五年、人馬の月上旬―

 港湾都市アギラを巡る攻防は、ハーム軍が押し込みつつあった。竜母飛行隊による奇襲、砲艦による砲撃、そして水陸兵の上陸による白兵戦。空からの援護を行うグリフォン騎兵は早々に叩き落とされ、櫓は砲撃で突き崩された。水陸兵は港を制圧し、市街地を前に足を止め、バリケードを構築した。短艇を片付け、輸送船が港に接岸する。パッテン将軍の兵が物資と共に降り立ち、最前線の守備を交替した。


「水軍水陸兵のお手並、見事でした。守備は我々に任せ、傷と疲れを癒して下さい」

「そうさせて貰います。まだ奴らは残っています、お気を付けて」


 水陸兵の半数と交替した者は陣地での防衛戦を得意とする兵で構成され、弓兵や投石兵を多く含んでいた。飛竜騎兵も竜母ペリブアスに引き揚げ、左舷側を展開した着艦甲板から艦内に収容される。三〇騎のうち四騎が未帰還だった。切り込んだ六〇〇の水陸兵は一割を死傷している。三〇〇〇という数からすれば大した事なく見えるが、傷は常に最小限に留めておかなければならない。


「決して、楽観視は出来んな」

「全くだ。まずはこのアギラを解放し、テーキス地方奪還の足掛かりにする。パッテン、地上戦で行った場合、ジリボンまでどのくらい掛かる?」

「最短コースで二月といった所だな。東側の奪還も含めると一月追加、キトリヤ領の方まで足を伸ばすとさらに一月追加って所だ」


 火計と砲撃で、建物という建物のほとんどが失われたアギラの港を船の上から眺めながら、パッテンとマルキヤは今後の指針について相談していた。

 テーキス地方はビアイキ湾に沿った西側と、ジュニーク海に面した東側に分かれており、国内最大規模の経済力を持つジリボンがある都合上、西側の湾岸には商工業共に東側より発展している。東側は丘陵地が多く、農業や畜産業に従事する者が大半を占めている。


「兵糧や馬の補給を受ける事を考えると、合わせて三月と踏んだ方が良さそうだな」

「あくまで敵がオーク勢だけで、奴らの手口に大した違いが無ければ、の話だ」

「……匂うのか?」


 含みを持たせた言い回しのパッテンに、マルキヤが尋ねた。パッテンは戦の匂いを嗅ぎ付ける能力がある。超人的な能力と言うよりは、長年の経験に裏打ちされた勘のようなものだった。老将は毛のない顔を大きく歪めて口許に笑みを浮かべる。


「……どこに、不確定要素がある?」

「大きく二つだ。一つはお前も悩まされた火焔飛竜、もう一つは奴らの水軍だ」

「火焔飛竜に対しては、竜母飛行隊に加えて飛竜騎兵隊を別に組んである。奴らも砲艦を用いる可能は高いだろう。ジリボンにはビルカ級が一隻あったはずだ。だから、こちらはハーム級二隻を用意した。城の者には随分と骨を折ってもらったがな」

「水軍は万全の構えか。ならば、俺様もベストを尽くそう」


 マルキヤの答えに、パッテンは満足したようだった。

 ジリボンにはハーム級より一世代前の旧型となるビルカ級砲艦が配備されている。外洋での安定性に難があり、喫水を深くしたハーム級が水軍に採用された後も、ビアイキ湾内での運用ならば充分な性能を発揮するとして、今でもジリボン付近の海を守っている。市民からも評判の砲艦だ。

 ハーム級二隻で相手取るなら、余程の事が無ければ驚異ではない、マルキヤはそう踏んでいた。

 その時、飛竜騎兵の斥候が舞い降り、二人の前で羽ばたかせながら報告した。


「申し上げます!敵は北東側防壁に沿って陣取り、対空方陣を敷いています!また、北東の街道沿いに敵の援軍と思わしき土煙を確認しました!」

「ふむ、砲艦でも狙い難い場所だな。空からの攻撃も難しいとなると、お前のもう一つのカードを切って貰おうか」

「そうだな、お前には竜母飛行隊に水陸兵と見せてもらった。今度は俺様の番だな」


 パッテンは顎を撫でながら答えた。荒れた市街地では戦車は使えない事は誰の目にも明らかであったが、既に作戦が練られている事は、不敵な笑みがすべてを物語っていた。



 アギラへの上陸を果たしてから数日後、市街地の戦線はじわじわと前進していた。マルキヤ水軍の水陸兵、パッテン陸軍の歩兵により、すり潰すように敵を撃破し、後退させる事で防壁側に追い詰めていた。その際、ハーム軍の進撃を支えたのが、パッテンが持ち込んだもう一つのカードである。


「くそっ、またアレが来た!」

「射て!とにかく射ちまくれ!」


 前面に防楯を付け、大型の弩を載せた手押し車が、列を成して市街地を突き進んでいた。車を押す兵と接近された時の備えとなる槍兵が二名ずつ、そして指示を出す分隊長の五名一組で構成される新兵器は、オークやゴブリンの放つ矢を防ぎ、大型の弩で守りに大きな穴を開けた。

 狭く荒れた市街地では、馬で牽くほどの戦車は確かに使えない。だが、人の手でも動かせる大きさであればフットワークも軽い。交戦距離も近いので、弩に求められるのは軽さと装填の速さ、そして使う弾の種類だった。


「矢が切れました!」

「よし、その辺で手頃な石を拾って射て!」


 弩と投石器の中間とも言うべきそれは、矢が切れても石を放てるように改造が施されていた。低い弾道で握り拳大の石が飛来し、オーク勢の楯は割られ鎧兜は歪み、生身の骨は砕かれた。

 歩兵の進撃を支えた軽戦車とも言うべき新兵器ではあったが、それだけで勝てるほど楽な戦いではない。オーク勢は後退しつつも軽戦車の形状や機動をよく観察していた。そして、砲撃による損壊の少ない市街地の奥までハーム軍の進撃が続いた時、手痛い反撃に見舞われた。



「いいか、奴らの手押し車は曲がり角に弱い。防楯は正面にしか張られていない上、弩も正面にしか撃てない。姿を見せたら曲がり切られる前に、側面を狙え」


 人間にも愚か者がいるように、オークにも知恵者がいる。ニバラク侯爵領の攻撃隊を率いていたブブシャシャのように、頭の切れる者は軽戦車の弱点を見抜いていた。


「初めて見る奴なのに、よく分かったな」

「前に奴らの戦車に襲われた。似たような物だろうと思ってな」

「なるほどな。それと、援軍から先行して物資が届けられた。火炎瓶とスライム瓶だ」

「そいつは良い。こっちに回させろ、ゴブリンどもに持たせて上から奴らを叩かせる」


 はたしてオーク勢の機転は功を奏した。

 軽戦車の土台となる手押し車は、安定性を高めるために一対二輪の物が使われており、旋回に時間が掛かる。弩も仰俯角の微調整が出来る事を除いて前方固定であり、要するに曲がり切るまでは無防備だった。そして、もう一つの問題が発生した。それはパッテン戦車隊の気性である。戦車とは機動力の兵器であるという認識のもと、弩の攻撃力と防楯の防御力に支えられた軽戦車は、とにかく動いてこそ真価を発揮するものとされた。それは、本来支えるべき歩兵との協調を欠き、単独での突出というミスを招いた。



「よし来た!」

「敵の矢や石はスライムで防げ!」


 オーク勢が取り出したのは、モーギナス灯台の戦いでレッター率いるハーム軍を苦しめた、即席スライムによる楯であった。スライムは貫通力のある矢でさえも通さず、打撃力が全ての石を防ぐ事は訳なかった。

 軽戦車が曲がり角で無防備になる隙を突き、仮に撃たれてもダメージを減らせる。随伴する兵士の少ない軽戦車はたちまち間合いを詰められ、力自慢のオークが振り下ろした鉄鎚で無残にも打ち砕かれた。

 また、別の場所では崩れていない建物の屋上から火炎瓶や身軽なゴブリンによる強襲部隊の降下を受けて背後を突かれ、歩兵隊とも分断される者が相次いだ。



「一筋縄ではいかんか。不確定要素は俺様の方にあったのだな……楽しませてくれる」


 五〇輌の軽戦車のうち、二割を超える損害の報告を受けたパッテンは奥歯を噛み締めると共に、この上ないほど高揚した笑みで顔を大きく歪ませた。

大陸暦六一五年、人馬の月上旬-

また将軍の悪い癖が出た。あの顔になると始末に負えない。前回の出撃の後も、どれだけ財務担当者に睨まれた事か。

   パッテン将軍参謀のぼやき『人馬の月十二日』より

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