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第五十六話『ぶつかり合う魂』

 大陸暦六一五年、人馬の月上旬―

 竜母ペリブアスの飛竜騎兵による早朝からの奇襲攻撃によって、港湾都市アギラに居座るオーク勢は混乱の渦中にあった。二隻の砲艦による艦砲射撃も加わり、炎と黒煙は怒濤のように街を呑み込んでいった。


「よし、砲艦は敵に接近し左舷砲戦、輸送船団は歩兵隊を突入させ、街を占拠せよ」


 マルキヤの命令が、赤い灯火の揺らめきによって伝えられる。先端の灯火を光らせる長竿を大きく右回りに三回転してから、左に向けて突き出す。砲艦チョッパルカとソウ・セイジはその光を確認すると、即座に面舵を切った。


 アギラの港に降り続いた砲撃の雨が止み、砲弾の届かない奥へと退いていたオーク勢から、状況確認のためにゴブリンの斥候が出された。瓦礫と黒煙を遮蔽物にしながら、頭上を跳び回る飛竜騎兵に捕捉されないように歩を進める。見つかれば恐ろしいほどの速さと正確さで迫り、地上を掠めるような急降下から急上昇までの短い時間で槍を振るわれ、その度に突き伏せられる者が出た。


「くそっ、グリフォン騎兵は何やってんだ」

「知らないのか、もう全滅したよ」


 制空権を失い、ハーム軍の飛竜騎兵に我が者顔で飛ばれる光景に、守備を任された者達が良い顔をする道理はない。吐き捨てるように愚痴るゴブリンの斥候に、叩き落とされて建物の瓦礫に突っ込んで動かないグリフォンの死骸を指差して、別の一人が言った。背中の鞍には、乗っていたであろうゴブリン騎手のものと思わしき黒々しい血糊がべっとりと貼り付いている。


「……あれで生きてたら化け物だな」


 そんな事を話しながら、半ば崩れたも同然の港へとやって来た。わずか数刻の間で、目の前に広がる光景は全くの別物になっていた。兵舎や倉庫、造船所は軒並み破壊されており、仲間の死体が至る所に転がっている。転がっているならまだ良い方で、中には飛び散ったり張り付いたりしている者もいた。

 テーキス地方への支配を強め、王都ボートミールへの進軍も視野に入れられると思った矢先、どこからとも無く飛んで来た飛竜騎兵に火を放たれ、さらに砲艦まで連れて来ていた。港と仲間を散々に打ち砕いた忌々しい砲撃が止み、敵は次の一手を打つに違いない。そう踏んで出されたゴブリン達は、自分達を散々に撃ち掛けてきた砲艦が、さらに迫っている事に気が付いた。


「チョッパルカ及びソウ・セイジ、左舷砲撃開始。奥に逃げ込んだ敵を薙ぎ払え」


 砲艦チョッパルカに座乗する、マルキヤの次男アンドリューが指示を出す。二隻の砲艦は右回りに大きく反転して距離を詰め、より奥へと砲弾を送り込めるように動いていたのだった。左舷の火砲が一斉に火と煙を噴き出し、必殺の砲弾を放り込んで来る。

 荒れ果てた港を、ゴブリンの斥候を、崩れた兵舎を飛び越え、アギラ市街地の中心部に砲弾が叩き込まれる。物見櫓の一つが崩れ、巻き込まれたオークやゴブリンが混乱と土煙に消えた。


「輸送船団、一番から六番までを接岸させ、アギラを解放せよ」


 ペリブアスからの灯火による伝令を受け、二十四隻の輸送船の四半数がアギラの港に向けて進み出した。キャリテ級輸送船は軍から民間まで広く使われている船で、完全武装の兵士を二〇〇名まで収容出来るだけの搭載量を誇る。

 船体のサイズから輸送船と判断したオーク勢の尖兵が、艦砲射撃を掻い潜って港へと接近する。頭上を過ぎ去った砲弾が後方に突き刺さり、櫓や建物を崩しては破片で付近の将兵を殺傷していた。決死の思いで近付くオーク達は、いつの間にか砲撃が止んでいる事に気が付いた。


「て、敵の砲撃が、や、止んだ?」

「恐らく、輸送船を接岸させるために砲艦を動かしたんだろう。今が好機だ、行くぞ!」

「おう。や、奴らに一泡ふ、吹かせてやる」


 オーク達が気合を入れ直し、港に押し寄せる。奇しくもその時、竜母飛行隊の飛竜騎兵の一騎が対空方陣の弾幕に捕まり、矢を幾つも突き立てられて街の中に墜ちていった。その光景に、オークはさらに勢いづいた。


「敵兵、多数!まだ集まってきていますが、五〇〇は下らないと思われます!」

「左舷に砲戦準備をさせ、短艇の準備も進めるよう伝えよ」

「はっ!」


 港を封鎖するように縦列に並んだ輸送船の左舷砲門が開き、一隻あたり五門の大砲が姿を覗かせた。口径は砲艦の大砲と大差ないが、砲身が短く飛距離も伸びない。しかし、生身で集まってきた兵を相手取るならば充分な火力を有していた。


「ぶどう弾、装填!白を三、赤をニで撃て!」

「白を三、赤を二!」


 ぶどう弾とは、握り拳大の鉄球を砲弾と同じサイズのケースに詰めて撃ち出す、言わば散弾である。ケースに詰め込まれた鉄球が一房のブドウに見える事から、その名が付けられたとされている。白は通常の鉄球、赤は炸裂火(さくれつか)の術式爆弾が詰められている。


「撃て!」


 号令と共に輸送船の左舷砲門が次々と火を噴き、六隻三〇門の大砲からおびただしい数の砲弾が放たれた。勇んで飛び出していたオーク兵が部隊ごと吹き飛ばされ、身を焦がす炎に包まれる。輸送船の大砲を見て足を止め、兵舎の残骸に身を隠した者は砲撃に曝される事がなかった。


「行くぞ!漕げ漕げ!奴らの脳天に正義の刃を叩き付けろ!」


 輸送船の右舷から短艇が次々と繰り出され、一艘あたり二〇名の兵が乗っており、輸送船一隻につき五艘の短艇を備えていた。二〇名の兵が総出でオールを漕ぐため、短艇の速度は驚くほど速い。ハーム王国水軍の上陸戦における一番槍を担う、水陸兵である。後の世において、水陸兵の強靭さや勇敢さを称える歌は数知れず、この時代においても彼らは水軍を志す者達の憧れの的であった。


「矢が飛んでくるぞ!気合い入れろ!」


 砲撃の合間を縫って、港に展開したオークやゴブリンの弓手が短艇を射掛ける。近付けば近付くほど矢の勢いは増すばかりで、輸送船からの砲撃も誤爆を防ぐために鳴りを潜める。

 水陸兵の危険性はこの上ない。一度、作戦に投入されれば戦死者を出さなかった(ためし)がないとまで言われ、今この瞬間も、矢を眉間に受けて果てる者が一人や二人ではなかった。それでも、水陸兵は死せども刃は仲間に引き継がれ、(かばね)は仲間の楯となると教えられる。そのため、短艇を漕ぐ際の最前列とは、最も勇敢で名誉ある役割とされていた。


「突っ込め!」

「奴らが来るぞ!」


 両軍の兵は同時に叫んでいた。

 港や船着き場に短艇が次々と押し寄せ、水陸兵が上陸する。三〇艘の短艇から計六〇〇近い兵が展開しては、オークやゴブリンの兵に襲い掛かった。並の兵士ならば数人掛かりで相手をする事がセオリーと言われるオークも、奇襲で痛めつけられては強靭さを活かせなかった。そして何より、水陸兵は並の兵士ではない。短剣一本で熊とも一騎打ち出来るという噂まである。


「進め!死んでいった仲間の仇を取れ!」

「そうだ!薄汚いオークどもをぶち殺せ!」


 猛々しい雄叫びは六〇〇の兵に次々と伝播し、同時にオーク勢を萎縮させた。怖気づいたゴブリンが、足がすくみ手が震えている間に首を刎ねられ、なんとか逃げようとした者が背中を一太刀で叩き割られた。オークも複数人から同時に槍を受けて倒れる。兜の隙間から眼光を鋭く光らせる水陸兵の剣を振り上げる様が、この世で見た最後の光景と化した者も少なくなかった。

 傷だらけになりながらも、ひと踏ん張りしたオークが刃を振りかざし、水陸兵にも死傷者を出す。あの顔を焼かれたオークも、爛れて歪になった口を開けられるだけ開けて叫びながら刺し違え、まさしく一泡吹かせて死んだ。


 ぶつかり合う魂が軍隊という塊に生命を吹き込み、アギラの港を地獄に変えた。

大陸暦一二五五年に創設された、ハーム王国軍海兵隊のミリタリーケイデンスの代表的な歌い出し


我らは栄えある海兵隊

国王陛下の海兵隊

誰よりも早く駆けつけろ

正義の一発叩き込め


この先はアレンジが加わるが、内容は言わぬが花である事が多い

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