第五十五話『竜母飛行隊出撃せよ』
大陸暦六一五年、人馬の月上旬-
港湾都市アギラのシルエットが、海霧の彼方に映る。
マルキヤ将軍率いる水軍の船団が、テーキス地方奪還のために動き出していた。ハーム級砲艦チョッパルカ、ソウ・セイジを筆頭に、数多の輸送船を引き連れている。中でも異彩を放っていたのは、砲をほとんど詰んでいない大型艦であった。
「設計開発に三年、兵の育成に二年か、しかしそれだけの価値がある艦だ」
「ようやく、形に出来たって所だな」
端から見れば戦場に似つかわしくない大型の帆船だが、今回の出撃における旗艦こそ、この艦だった。
艦首に立つマルキヤとパッテンは冷たく白む霧の向こう、未だ眠りの覚めない朝に沈む街を睨み、出撃の命令を下すタイミングを伺っていた。砲艦ならば霧に隠れて侵入出来るが、初陣のこの艦ではむしろ、視界が開けている方がいい。
「なかなか、霧が晴れんな」
「しかし、あまり待っていると奴らが目を覚ましてしまうぞ」
パッテンの言葉を受け、マルキヤは小さく唸った。敵に気取られるわけにはいかない。霧の晴れ間を見出したマルキヤは腹を括ると、艦隊に命令を下した。先行する二隻の砲艦には赤い灯火で大きく八の字を描くように回し、前進して取り舵のち右舷砲戦。後ろから来る輸送船には白い灯火を高く掲げて停止。そして旗艦には取り舵のち右舷開放、出撃の命令が下された。
「さぁ、頼むぞ」
所定の位置についた艦が動きを止める。旗艦の右舷は跳ね橋の如くゆっくりと開かれ、さながら段違いの甲板が展開されたように見えた。そして、艦内から開かれた右舷による甲板に現れたのは、水軍の飛竜騎兵だった。それも一騎や二騎ではない。一騎が右舷から飛び立つと、さらに艦内から次の飛竜騎兵が出てくるのだ。
「飛竜母艦ペリブアス、か。名に恥じない様相だな」
「あぁ、これで彼らが戦果を上げれば、海戦史に新たなページが刻まれる」
軍民問わず、船に飛竜騎手や伝書竜を載せたり、鳥亜人の乗員を組み込む事は珍しくなかった。それでも船の容量の面から一騎、多くて二騎を載せる程度であった。だが、今回を初陣とする飛竜母艦、以下竜母ペリブアスは、実に三〇騎の完全武装した飛竜騎兵を搭載していた。さらに、輸送船には予備も兼ねて二十騎が陸揚げを待っている。
「全騎上がったな。訓練通りに行くぞ」
竜母飛行隊として特別編成された飛竜騎兵は、三騎で一個小隊、三個小隊で一個中隊、三個中隊で一個大隊を構成する。
今回出撃した飛竜騎兵は中隊ごとに敵飛行兵の迎撃、敵地上兵への攻撃、状況にあわせた遊撃に分けられ、それらを援護する指揮、偵察小隊を組み合わせた大規模なものになっていた。
「以前にこの空で戦った時とは、まるで違う」
制空を担当する中隊の長は、以前にもこのアギラの空で戦った飛竜騎兵だった。あの戦いでは四〇騎のうち半数以上を失う損害を被り、戦死者には旧知の仲の者も少なくなかった。今回の出撃に際し竜母飛行隊として再編され、一隊あたりの頭数こそ減ったものの、指揮系統の見直しと訓練により、小回りの利きは格段に良くなった。
「攻撃隊の接近と共に、奴らのグリフォン騎兵も動き出す。逆落としで出鼻をくじくぞ」
制空隊の中隊長は房付きの槍を頭上で大きく左回りに三回振ると、後続の小隊長も同様に槍を振った。現状高度を維持の合図である。
「今日はけっこう、ひ、冷えるな」
「まぁな。しかし、年が明ければこちらの船も揃う。そうなれば一気に王都攻めだ」
「おう、そ、そうなれば、俺が一番に、は、旗を立ててやる」
「いいな、その意気だ」
港湾都市アギラの港を見回りしていたオーク兵が言葉を交わす。片方のオークは顔の半分に火傷の痕があり、それはこの街を制圧した時の罠で発生した大火によるものであった。そのため顔の筋肉が引きつり、思うように言葉が出ない事もある。その復讐を果たすべく、日夜訓練に励んでいた。その残された片目は、海霧の合間を縫って接近する飛竜騎兵の部隊をしっかり捉えていた。
「な、なんだあれ」
「飛竜騎兵が二〇近く……火焔飛竜か?」
「いや、ほ、方角がおかしい。なんで、に、西から来る?」
オーク勢にも、キトリヤ伯爵領から供与された火焔飛竜による飛行隊が存在する。しかし、以前の戦闘で十騎を迎撃された後、負傷した竜の復帰はあっても、頭数の補充はニ騎に留まっていた。二人のオーク兵は顔を見合わせ、一つの結論に達した。
「敵襲!敵だ!」
「西の海上より飛竜騎兵!数は二〇!」
「敵の斥候ではないのか?」
「数が多い!対空方陣と迎撃のグリフォン騎兵を出せ!」
アギラの防衛部隊は火がついたような騒ぎになった。不寝番で待機していた弓兵とグリフォン騎兵が駆け付け、迎撃にあたる。その間にも他のオーク、ゴブリン兵を起こして回っていた。
街を見下ろす高さから、滑るように降下して速度を増した飛竜騎兵は、弓兵の対空方陣から放たれる矢を掻い潜り、腹に結び付けられていた壺や芝束を投下した。
「奴ら、火を放つ気だ!」
火薬の粉が袋から散布され、術式爆弾が放り込まれる。刻まれていた術式は勿論-
「逃げろ!」
アギラの港は再び火に包まれた。攻撃隊による可燃物の投下と炸裂火の術式爆弾による火計により、防衛部隊はパニックに陥った。火薬の粉はさほど大きな火にはならずとも、黒煙を巻き上げて視界を塞ぐ。迎撃に上がったグリフォン騎兵の一騎が黒煙に突っ込み、前後不覚に陥って墜落した。
オークやゴブリンは、建材の補強に木材のヤニを多く用いる。水弾きを良くする事で、苦手な雨水を早く流すためだった。ハーム軍撤退時の炎上で多くの家屋が焼失したアギラにて、オーク式の建築で兵舎や倉庫が建てられていた。
その建築に使われたヤニは水には強かったが、言うまでもなく火に弱かった。
「一騎でも多く上がれ!奴らを叩き落とせ!」
空に上がるグリフォン騎兵の数が増す。港から離れた兵舎から飛び立った十五騎がなんとかして編隊を組み、攻撃隊や遊撃隊を迎え撃つべく高度を上げていた、その時だった。上から突撃の喚声が聞こえてきたのだ。
「突っ込め!敵に時間を与えるな!」
制空隊の中隊長が槍の穂先を二度突き上げる。突撃の合図だった。三個小隊九騎による飛竜騎兵が急降下し、数の上では倍近いグリフォン騎兵の編隊を叩き割った。
楔形陣形を維持した小隊単位の飛竜騎兵は、さながら一つの槍矛であり、集合して一点突破、散開して各個撃破を変幻自在に行えるようになっている。ひとたび編隊を崩されれば、まるで肉食獣が群れから離された獲物を狩るように、繰り出される槍の穂先で突かれ払われ、叩き伏せられた。
「攻撃隊、突撃!制空隊を援護しろ!」
数の優位を活かして態勢を立て直そうとしたグリフォン騎兵隊に襲い掛かったのは、先程の放火を担当した攻撃隊だった。元は可燃物や術式爆弾を積んでいたため、重量を軽くするために飛竜も騎手も最低限の防具しか身に付けていない。その分、積み荷を降ろした後の加速度は段違いだった。
さらに、遊撃隊が火薬の粉を撒き、港の火事を延焼させる。
オーク勢は空でも陸でも翻弄されっ放しであり、最も気を付けなければならない相手への注意に気が回らなかった。
「ほ、砲艦だ!」
日も昇り、海霧が晴れる。竜母飛行隊の奇襲によって混乱に陥っていたアギラの港に向かって、チョッパルカとソウ・セイジの右舷から見える艦砲が火を噴いた。
兵舎が砕け、倉庫が弾け、工廠が崩れる。
オークが吹き飛び、ゴブリンが叩き潰され、建造中の輸送船が薙ぎ倒される。
朝が過ぎて九の刻限を迎えた頃、アギラの港はこの年二度目の大火に見舞われていた。
大陸暦六一五年、人馬の月上旬-
世界初の空母機動部隊は、ハーム王国水軍がベクォンの乱に用いた飛竜母艦ペリブアスとされている。
竜母は動力飛行機が出現する一三〇〇年代まで、帆船汽船を問わず造られ、使われたという。
世界海軍史『人馬の月八日、海戦を変える新兵器の産声』より




