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第四十七話『蘇った者』

 大陸暦六一五年、天秤の月下旬―

 ハーム軍によるキトリヤ軍陣営への夜襲から数日、ニックは駒をルーテ側に進め、森の小路の奥に設けられた、ガロンドの陣に移動していた。

 夜襲で兵糧と物資の大半を焼かれ、幕舎に火を放たれた事による死者は三〇〇を超えていた。その多くはナーウィン攻略で足に矢を受けるなどして動けなかった者達だった。さらに、混乱による同士討ちやニバラク捕虜兵の脱走も含めると、八〇〇近い兵を喪っていた。三〇〇〇を数えた兵は、一昼夜の攻防で二〇〇〇を下回っており、継戦能力も心許なかった。


「なんたる有り様だ……何故、奴らは東側から入って来られたのだ……」

「東側にも敵がいるとすると、補給部隊が足止めを食らう可能性もあります」

「うむ、このままでは我が軍は飢えて倒れる。そうなる前にナーウィンを落として食糧を奪うか、一度引き返して兄上に相談するか、だ」


 状況を整理したライネルは、部下と共に作戦を練っていた。キトリヤ軍の士気は大きく下がっていた。元々が傭兵やオークも寄せ集めた混成軍であった事に加え、ライネルはニックとブブシャシャの一騎打ちを邪魔した事で、オーク勢の怒りを買っている。傭兵隊も有力なキヤスキー家の隊長ポーリャの戦死を切っ掛けに、統率が取れなくなっている。


「数日中にもナーウィンを攻めると言っても、この状況では戦果も期待出来まい……」


 ライネル自身、傭兵もオークも信用していなかった。キトリヤ家はハーム王国建国より北方を任された由緒ある名家で、現当主を長兄に持つライネルは、人一倍貴族意識の強い人間であった。そのため、天幕に入れる者のほとんどは貴族階級であり、残るは奴隷階級の下男下女だった。


「しかし、戦果の一つも上げずに帰れようか。ここは私自ら、兵を激励して動かそうではないか」


 そう言うと、ライネルは演説のための原稿を書き始めた。部下達も黙って従い、ナーウィン攻略のための作戦を考える事にした。




 ガロンドの陣中にて、ニックは遅めの朝食を摂っていた。

 岩塩で味付けした勾玉ネギのスープに、赤麦パンと干し肉というメニューは、戦場である事をしばらくの間、忘れさせてくれる。パンと干し肉は左手で持てるので問題なかったが、スープだけはスプーンを下女に使ってもらうほか無かった。右腕の矢傷は治癒の術式で治りを早められるものの、その間は無闇に動かしてはいけない。


「よう、ニック。調子はどうだ?」

「この歳でスプーンを使ってもらうというのも、中々に恥ずかしいかな」


 幕舎に入ってきたコンラッドは、上半身の各所に包帯を巻いていた。ポーリャの締め上げのダメージは思ったよりも深く、骨こそ折れなかったものの、筋を痛めている箇所が多かった。


「飯が終わったら、天幕まで来てくれ。ルーテ攻略について、ガロンドさんと話し合う。それと、あいつの正体も聞かせてもらう」


 そう言うと、コンラッドは幕舎から去っていった。彼の言った『あいつ』とは、夜襲の際にコンラッドを助け、ポーリャを倒した人型の炎、紅蓮の甲冑の事である。少し考え込んだニックだったが、続きは後にしようと思い、食事を再開した。やはり、十六歳で成人とされるハーム王国において、十七歳のニックがスプーンを使ってもらうというのは、些か恥ずかしさがあった。


 しばらくして、ガロンドの天幕にニックが現れた。傍らにはコンラッドとシャーリーンがおり、入り口側には紅蓮の甲冑が静かに佇んでいる。


「殿下、おはようございます。我が陣営の食事はいかがでしたかな」

「ニバラク領の干し肉は流石の出来ですね。キトリヤ領の勾玉ネギは少々癖がありました」

「あれは私も中々に慣れませんな」


 ガロンドと他愛ない言葉を交わし、和やかな雰囲気が天幕に流れる。シャーリーンが含むような咳払いをすると、空気は再び戦場の緊迫感に切り替わった。


「さて、殿下。ルーテ攻略についてですが、いかがしましょう」

「そうだな、キトリヤ軍はニバラク攻略に四〇〇〇の兵を動員したと聞く。そこからホーンモルを目指した攻略軍は、ニバラク捕虜兵五〇〇を含む三〇〇〇だ。そうなると、ルーテには一五〇〇近い兵が残っていると見て良いだろう」

「ルーテはそこまで堅城じゃないが、一五〇〇が籠る城にオレ達の六〇〇じゃ無理があるな」


 戦況はハーム軍が勢いと配置、地の利という面ではやや有利という程度で、兵力そのものは未だにキトリヤ軍の方に分がある。ニック達は六〇〇、ナーウィン守備兵も解放された捕虜兵を足して一二〇〇といったところであった。


「それと、先日の夜襲で負傷した者の治療が先でしょう。しばらくはここで様子見が賢明でしょうな。兵糧は奴らの補給部隊を襲えば手に入ります」

「それもそうだな。ガロンド殿、しばらくの間、敵の補給と連絡を断ちつつ、捕虜を確保していただきたい。シャーリーン殿は引き続き、連絡と偵察を」

「承知しました」


 当面の作戦が決まり、シャーリーンはキトリヤ軍の偵察へと向かっていった。そして、今度は三人の視線が、黙って待っていた紅蓮の甲冑に寄せられる。


「さて、君が何者か、明かしてもらおうか」

「良いだろう、第二王子ニック」


 一歩前に踏み出した紅蓮の甲冑の声に、ニックは聞き覚えがあるような気がした。


「それはそうと、兜のままだと話しづらいだろ。もう脱いでもいいんじゃないか?」


 コンラッドの言葉に、紅蓮の甲冑は少し黙り込み、ゆっくりと兜を脱いだ。その瞬間、ニックは我が目を疑った。声に聞き覚えがあるはずだった。緩く波打つ赤銅色の髪、垂れ気味の鋭い目にすらりとした鼻立ち―


「ハンス・ベクォン……?」

「そうだ。ホツキネ砦の戦闘で死んだ、ハンスだ」


 死んだはずの人間が目の前にいる、ニックは状況の把握に時間を要した。


「ベクォンって言ったら、今回の反乱を起こし、キトリヤ軍をニバラク領にけしかけたベクォン公爵家か?だったら、お前はオレ達の敵じゃないのか?」


 コンラッドの言葉を、ハンスは否定しなかった。確かに、今の彼はこの場においては敵である方が自然だった。


「……まずは、死んだはずの僕が、ここにいる経緯を話すとしようか」


 ハンスはゆっくりとした口調で語り出した。

 自分が生き返ったのは先月、何者かに禁断の秘術とされる、反魂の術式を使われた際の『副作用』で現世に呼び戻されたのだと言う。

 同じように『副作用』で呼び戻された者達の魂を寄せ集め、ベクォン兵の死体を寄り代に復活した。

 その後、体を慣らしてジリボンに向かったが、既にベクォン家はかつての姿を失っていた。

 父である当主ルイスは黒い犬亜人と見知らぬ女と共に、王都への進軍を画策しており、妹オリビアも魔力の消費でやつれていた。

 それに危機感を覚え、屋敷の甲冑を盗み出して着込み、現在侵攻中と聞いたニバラク領にやって来たのだと言う。


「……と言う事だ。他にも、呼び戻される際に聞こえたよ。神の奇跡を宿した杖、と」

「神の奇跡を宿した杖……モノゲア帝国か?」

「恐らくは。ニック、父は帝国と何かしらの関係を持ってしまったかもしれない」


 神の奇跡を宿した杖、厳密にはその宝珠を用いて、ラリーはビルカ山岳にてマルシアを蘇らせた。そして、去り際に漏らした『副作用』がハンスの事なのだろう。しかし、この事は今のニック達には知る由も無い。


「ハンス、君はこれからどうする?」

「……父を、妹を止める。そのためにも、兵が必要だ」

「ニック、悪い話じゃないぜ。こいつの強さはオレがよく知ってる」


 コンラッドが口を挟む。実際、彼はハンスの乱入により命を救われている。


「僕も何度か襲われてるから知ってるさ。それだけに心強い。ハンス、よろしく頼む」

「あぁ、頼む」


 ニックとハンスは手を取り合った。事態はハーム王家に対するベクォン侯爵家の反乱という構図から、ハーム王家とベクォン公爵家を介したモノゲア帝国との戦争という構図に塗り変わろうとしていた。

大陸暦六一五年、天秤の月下旬ー

恥ずかしそうに食べさせて貰ってるニック様が子供のようで愛らしい

   ハーム軍陣中の女中の言葉『天秤の月二十六日』

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