第三話『迫り来る危機』
大陸暦六一五年、双生の月初旬―
モーギナス灯台がオークによって占拠されたという報告に、国王はじめ居並ぶ重臣達に衝撃が走った。前日の夕暮れに港で暴れたオークの小隊とは別に、港を離れた複数の小隊があった事は衛兵や目撃者の証言で分かっていたが、まさか海運の要衝を突かれるとは思いもよらず、浮き足立っていた。
「当日、灯台にいた者は警備兵や灯台守、記録官など十二名。港から離れたオークの一団はゴブリンや魔狼を含む三〇から四〇ほどの兵力と思われます」
「……気になる事がある」
大まかな状況の説明を受け、国王ハロルド三世は重苦しい表情で口を開いた。傍らのレッター将軍も、緊張の面持ちで応じる。
「少数の兵で海路から侵入、夜の闇に乗じて灯台を占拠、我が国の生命線たる海運にダメージを与えるまでは分かる。だが、それは維持出来なければ意味が無い」
「この混乱に乗じ、増援が送られる可能性がある、という事でしょうか」
「うむ、灯台の奪還を第一にする事は変わらぬ。同時に港の守りとビルカ山道、ハミラ街道の警備も行わねばならん。レッター将軍、今動かせる兵はどれほどだ?」
「私の魔法兵を中心に二〇〇〇、マルキヤ将軍の水軍が二五〇〇、後は衛兵と近衛兵を集めれば二五〇〇。七〇〇〇の兵が今動かせる最大限の兵力です」
うむ、と国王のうなる声が王の間に響く。王都ボートミールに繋がる路は三つある。
一つ目は海路であり、これはモーギナス灯台の機能停止によりほぼ使えない状態にある。
二つ目は王都から北東の大都市ジリボンまで伸びるハミラ街道で、よく整備され軍用でも交易用でも用いられるが、海上輸送が盛んなハーム王国ではどうしても運搬効率で一歩及ばない。ジリボンはジュニーク海に繋がるビアイキ湾の湾岸線の多くを工業及び商業用、交易用に開発しているためだ。
三つ目がビルカ山道で、ビルカ鉱山で採掘される良質な鉱石を主要都市に送るための山道が整備されている。オークやゴブリンはこの地域にも少なくない数が確認されているため、特に警戒を要していた。
しばらくの沈黙の後、国王は重い口を開いた。
「マルキヤ将軍は水軍と衛兵合わせて四〇〇〇を率いて港と王都近辺の守りを固めよ。常に斥候を出し、情報収集と警戒を怠るな。レッター将軍は魔法兵五〇〇を率いて灯台を奪還せよ。残る二五〇〇は状況に応じてわしが動かす」
「はっ!」
にわかに城内が慌しくなった。矢に兵糧や薬など消耗品の在庫確認と調達に走り回る者、兵力の配備の為に地図や書類の束を抱えて会議室に駆け込む者、テーキス地方への部隊派遣とは比べ物にならない規模の動員となったため、忙しさもそれに比例している。蚊帳の外に置かれた形のニックは、自室の机に向かっては手紙を書いていた。
「これでいいか……テーヴァ、仕事だよ!」
バルコニーに出たニックが声を上げると、風切り音と共に一頭の飛竜が舞い降りてきた。首飾りに刻まれた王家の紋章から、この小さな竜が勅書を携える使者である事がうかがえる。
「この手紙をビルカ山道の砦に届けてくれ。なるべく高く飛んで。よし、行け」
大型犬より二回り大きい程度の小振りな体に似合わず、力強い羽ばたきで空に舞い上がると、テーヴァはニックの手紙を届けにビルカ山道へと飛び去った。ニックはその後ろ姿を見送ることも程々に、入れ替わるように飛び込んできた伝書竜を迎え入れた。首飾りの識別票はハーム王国軍の紋章に加え、月を見上げる銀の狼―キャシック家の紋章が刻まれている。
「お前は将軍の……この手紙だな……分かった、返事をもらってくるから待っててくれ」
ニックは伝書竜を手で制すると、キャシックの手紙を持って部屋を後にした。
「斥候からの報告によると、連中は備蓄されていた食糧や、補修に使う資材を用いて灯台を要塞化しており、数日から十数日の籠城戦が出来る程度の守りを固めています」
「出来るだけ灯台を無傷に近い状態で取り戻すとなると、こちらも迂闊に手が出せません。しかし、遅れれば遅れるほど、経済活動への不安や負担が大きくなります」
「魔法兵で敵を正面に引きつけ、水軍の飛行部隊で海側から仕掛けるというのは……」
「灯台には海からの侵攻や大型海獣の暴走に備えて、バリスタが設置されている。少なくない被害が予想される」
「だが、時間を掛けていられない以上、飛行部隊と遊撃隊による強襲が最も有効ではあるまいか」
ハロルド三世、レッター、マルキヤを含め、多くの武人や軍師、参謀がモーギナス灯台攻略の策を練っている。水軍は総勢二〇〇ほどの飛行兵を有しており、ヒポグリフや騎乗飛竜を作戦に用いる事がある。主な任務は偵察や伝令で、必要とあらば遊撃隊の輸送や直接攻撃も行う。非常に有用な部隊ではあるのだが、育成や維持管理に掛かるコストは他の兵種の比ではなく、それだけに運用は慎重に行われる必要がある。飛行部隊の投入について議論が交わされる中、会議室の扉が開かれた。
「父上、キャシック将軍からの手紙と……コリンズ・マルキヤ管理官からの提案です」
割って入ってきたのはニックとコリンズだった。マルキヤは息子の突然の来訪に、目を白黒させている。さらに、少し遅れて大柄な男が入って来た。先日、ゴブリンに追われたコリンズを助けた倉庫番の男だった。国王はニックから手紙を受け取ると、広げて一読した。うなずく動作と微妙な表情の変化に誰もが注意し、場の空気が静まり返る。
「キャシック将軍が遠征部隊をこちらに寄越すそうだ。騎兵五〇〇と弓兵一五〇、飛竜騎兵五〇だ。ハミラ街道沿いの船着場を拠点にし、こちらの出方次第で遊撃に回ると打診している。パッテン将軍には使者を送り、次の遠征の期間の調整で埋め合わせを頼むそうだ」
「ふむ……まぁ、パッテンの奴なら、長く戦が出来ると喜ぶでしょうな。付き合わされる兵士には気の毒な話ですが……」
ハロルド三世がキャシックの援軍に関する内容を読み上げ、レッターが冗談交じりに返す。確かに奴なら喜びそうだ、とマルキヤもうなずき、周囲の重臣達も笑みを浮かべた。ひとしきり空気が和やかになったところで、再び会議は真剣さを取り戻した。
「ニック、この手紙を持ってきた伝書竜は、まだ待機させているのか」
「はい。返事はいかが致しましょうか」
「ふむ……キャシック将軍には打診の通り、船着場に兵を下ろして布陣するよう伝えよ」
「分かりました、そのように返事を出させましょう」
ニックは書記官に手紙の返事を書くよう伝えると、改めて国王に向き直った。束ねた書類を抱えたままのコリンズと、退屈そうな視線を飛ばす男にも注目が集まる。
「父上、モーギナス灯台攻略の糸口ですが、この両名が鍵を握っております……コリンズ管理官、例の資料を」
ニックが促すと、コリンズは机の上に持ってきた資料を広げた。それは、港湾管理局の印が押され、何代も前の国王のサインが書き込まれた古い物だった。
大陸暦六一五年 双生の月初旬
モーギナス灯台奪還作戦の準備で、父上様も兄上様も忙しそう。正直、退屈ですわ。
―第三王女ミリアム・ハームの日記『双生の月六日』より




