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第二十六話『雨中の決戦』

 大陸暦六一五年、王者の月下旬-

 ハンス、オリビアと対峙したニックとミリアムは、降りしきる雨の中、間合いを取りながら初手のタイミングを図っていた。ハンスの剣から噴き上がる閃熱の刃はこの程度の雨でどうにかなるわけでなく、雨粒が触れた先から蒸発しているのが見えた。オリビアを核として内包する『流れる銀』のゴーレムは、雨に濡れては光を照り返し、不気味に輝いている。


「行くぞ!」


 先手を打ったのはハンスだった。投げ矢の射程距離ほどの間合いから、炎の剣を構えて一直線に駆けて来る。ニックも応じる形で馬を駆り、短めの槍を右の腰にすえて構えた。互いに勝負は一撃で決める気だ。ニックの槍がハンスを打ち倒すのか、ハンスの剣がニックを槍や鎧ごと焼き斬るのか、各々の勝利のビジョンが脳裏に浮かんだのは、一秒に満たない時間だった。


 ニックの突き出した槍が、ハンスの鎧を捉えた。だが、真正面から少し逸れた穂先は、雨に濡れた鎧で滑り、衝撃をそのままハンスに届かせるには至らなかった。反撃に振るわれる炎の剣を、紙一重で回避する。その熱量は凄まじく、掠ってもいないのに火傷するほどの熱さを感じるほどだった。すれ違い駆け抜け、馬首を返して再び対面する。間合いは先程とほぼ同じだった。


「王子、騎馬での打ち合いなら、槍の方が有利だと思っていないか?」

「……なに?」


 ハンスが声を張り上げる。少し息を切らしていたニックは、間を置いて応じた。次の瞬間、ニックは我が目を疑った。ハンスの炎の剣が揺らめき、熱量もそのままに伸びて、まるで鞭のように波打っていた。だが、鞭ではない。槍に匹敵する長さ、鞭に類するしなやかさ、そして剣の取り回しを兼ね備えた輝く熱線となっていた。


「まさか……!」


 ハンスが鞭を振るうように鋭く手首を返すと、それに応じて炎の剣が波打ち、高熱の刃がニックに迫った。咄嗟に馬から飛び降り、地面を二回三回と転がる。もう少し遅ければ、ニックは馬と共に両断されて焼け焦げ、二目と見られない姿にされていた。ハンスの炎の剣は間一髪で回避したニックを執拗に追い立て、その高熱で焼き切らんとする様は、炎を纏った大蛇にも見えた。



「オリビア……貴女がその気なら、こちらも本気で行かせて頂きますわ!」


 オリビアを核とした『流れる銀』のゴーレムの右手から放たれる光弾は雨の如く、ミリアムに襲いかかっていた。卓越した馬術で駆け抜け、炸裂火(さくれつか)の術式で応戦する。防壁の上で水槌(すいつい)の術式を使った事による魔晶石の消耗は、魔法兵の杖を持ち出して補っていた。


「既に十発近く当てましたが……怯む気配がありませんわね!」


 雨という不利な条件下とはいえ、炸裂火の術式を十発も当てれば、レンガ作りのゴーレム程度なら焼き焦がして砕け散っている。石材や金属であっても、戦闘能力は概ね失われている。だが、魔法金属の一種でもある『流れる銀』を、オリビアの高い魔力で束ねたこのゴーレムは、受けた損傷をたちどころに修復していた。ミリアムは決心ひとつ、杖を騎兵槍のように構え直した。


「レッター将軍、貴方の必殺技、真似させて貰いますわ!」


 レッター将軍の必殺技と言えば、杖に装填された魔晶石を全て消費して放つ杭突(こうとつ)の術式だが、この雨の中では力を発揮出来ない。ミリアムはそれを承知でオリビアに突撃を始めたのだ。杖の先端に集中させているのは、高熱ではなく渦巻く水、雨を利用した水の術式だった。駆けながら、飛来する光弾を左右にかわす。ゴーレムの右脇腹をすり抜けるように駆け抜け、すれ違い様に一撃を叩き込んだ。


「さしずめ、杭突の術式・水といったところですわ!」


 馬首を返して振り向き、ゴーレムの脇腹に注視する。一点集中で術式を叩き込まれた箇所には穴が開き、『流れる銀』の壁に包まれたオリビアの姿が眼に入った。ミリアムは彼女の横顔に、驚きの色を見ると手綱を引き、ゴーレムに向かって馬を疾駆させる。オリビアは穴の修復を行うより、ミリアムへの迎撃を優先した。


「オリビア!貴女には言いたい事が山ほどありますわ!」

「……させません!」


 ミリアムとオリビア、双方の目が合った。オリビアの放つ魔光弾(まこうだん)の雨を、紙一重で掻い潜るミリアム。魔光弾の一発が馬の左脚を撃ち抜いて炸裂、ミリアムは前のめりに飛ばされながらも、突風の術式で送り出した風で衝撃を和らげた。ゴーレムの右腕の砲口が輝き、より強力な一撃が彼女に狙いを定める。走って数秒に満たない間合いで、人間ひとりを消し飛ばすには十分過ぎるエネルギーが弾の形を成して放たれた。


「ミリアムッ!」

「どこを見ている!」


 まばゆい光に声を上げたニックに、ハンスの刃が迫る。振り上げられた高熱の斬撃を紙一重でかわすも、鎧の胴当てを大きく抉られた。赤熱した切り口から、鎖帷子越しに熱さが伝わってくる。直撃すれば、人間の胴体などバターの如く撫で斬られていただろう。馬首を返し、再び迫ってくるハンス。ニックは態勢を立て直し、槍を突き出すように構えた、その時だった。


 ―水鏡(みかがみ)の術式―


 ミリアムが残された魔晶石を使い果たし、静かなる水で形作られた魔力の鏡で、オリビアの魔光弾を弾き飛ばしたのだった。本当は、まっすぐ『流れる銀』のゴーレムに弾き返すつもりだったが、オリビアの魔力の強さに押し負けたミリアムは、ニックとハンスの方へ向けて弾き飛ばしてしまった。光に包まれたのはハンスだった。ニックは閃光で目がくらみ、炸裂の衝撃で吹き飛ばされた。


「兄上様!」


 ミリアムの叫び声に、ニックは辛うじて残った意識で手を上げて無事を伝えると、そのまま力尽きて気を失った。悲惨なのはハンスの方だった。馬の首の付け根に直撃した魔光弾が炸裂した瞬間、彼は思わず剣で身を守る動作をしてしまった。触れるものを焼き切る超高熱の刃が、炸裂の衝撃で自分自身に向かってきたのだ。不幸にも、ハンスは自らの魔力でその命まで断ち切ってしまった。灼熱と衝撃に彼の上半身は消し飛び、前半分を失った馬と共に、無残な姿を晒す事となった。


「お、おにい……さま……?」


 驚きを隠せなかったのはオリビアだった。自らの術式で、実の兄を葬ってしまった。しかし、その現実に心を折られるかと思いきや、彼女はひどく冷静だった。驚きの表情も束の間、オリビアは魔光弾を地面に叩きつけ、光と吹き上がる泥でミリアム達の視界を塞ぐと、巨体に似合わぬ速さで後退していた。敵兵も姿を消し、後にはミリアム一人がだけが残っていた。


「ニック様!ミリアム様!ご無事ですか!?」


 銀騎兵の馬蹄の響きに、ミリアムは我に返った。キャシック率いる騎兵により、負傷者の救護と戦死者の確認が速やかに行われ、倒れた敵兵にも槍が突き立てられる。意識を失ったままのニックは馬に乗せられ、ゆっくりとその場を後にした。


「よくぞ、ご無事でしたな」

「えぇ、でも、兄上様が……」

「見たところ、頭や首は打っておりません。じきに目を覚ますでしょう」


 キャシックの馬に乗せられたミリアムは、ニックを心配すると同時に、オリビアにも同様の気持ちを寄せているのだった。ビルカ山道に降る雨は、未だに止む気配が無かった。

ハンス・ベクォン(五九七~六一五)

ハーム王国ベクォン公爵家長男。

ジリボン魔術学院中等部を主席卒業、上等部に在学中、父ハンスより誘いを受け挙兵。

ビルカ山道中枢都市ホツキネ攻防戦において戦死。

   ―ベクォン家に遺された記録

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