第二十五話『望まぬ再会』
大陸暦六一五年、王者の月下旬―
強まる一方の雨に打たれるホツキネの防壁は、燦々たる光景と化していた。二度に渡る光の筋により抉り取られた石畳、突破を水際で食い止めたがゆえに生じた激戦により転がる両軍兵士の累々たる死体、雨に流されて壁を伝う水の色には、うっすらと赤や黒が混ざり込んでいた。
「ゴーレムの右腕が光ってる!」
「三発も撃って来るのか、底無しかよ……!」
敵兵の槍を長剣で払い、踏み込んで短剣を突き刺す。雨で濡れる足元に注意を払いながら、飛沫さえ舞い散らせながら一陣の風となって敵を切り刻む。戦いながら、ロスとエリスは互いの距離を少しずつ開いていた。ゴーレムからの光で一網打尽にされないためだ。アントニオも戦斧を振るっては敵兵の頭を叩き割り、ガイラーの槍は突き伏せ、打ち払いと変幻自在な軌道で敵を掻き乱した。守備隊の兵も、隊長達が囲まれないように防衛線を張っている。そんな中、ゴーレムの光に対して真正面に立つ者がいた。
「ミリアム様、何を!?」
襲い来る敵兵を尻尾でなぎ払い、ロスが叫んだ。両手に魔晶石の腕輪、すがるように握り締めた杖を輝かせながら、光を受けて迷える者を導く聖者と見紛うばかりの力強さを放っていた。オリビアと向き合う覚悟を決めた、ミリアムの術式は――
「お止め下さい!」
ロスの悲鳴など耳に入らなかった。ミリアムが行使したのは、水槌の術式。渦巻く水で形作られた破門鎚のような塊を、敵に向けて撃ち出すもので、術者の力量や下準備によっては鉄砲水に匹敵する威力を発揮するほどだった。必要な量の水は、今までに防壁に溜まった雨水と、今なお降り注ぐ雨で賄った。ミリアムの水槌が、ゴーレムからの光と真っ向からぶつかり合う。敵も味方も戦闘を止め、魔術の正面対決を見守った。
「無理だ、力量もエネルギー量も違い過ぎる……!」
ガイラーはミリアムの不利を悟った。魔術の腕前は元々オリビアの方が上手であったし、防壁を消し飛ばすほどの光の筋に対して、この水の量では勝ち目などないと思われた。だが、渦巻く水の塊にぶつかった光は、屈折と拡散を繰り返して弱体化し、水を突き抜けても防壁の石材を焼き焦がす程度の威力しかなかった。放たれた光を全て受け流した後、水の塊も光の衝撃に押し負けて弾け飛んだ。
「嘘だろ……」
「ベクォンの奴ら、この光があれば絶対に勝てるって言ってたよな?」
「……負けたのか?」
敵兵から口々に洩れた言葉は、負けるはずがない必殺の一撃が防がれた事による戸惑いだった。数の不利、攻城戦の不利を覆す力だと言われていた光の筋が打ち破られた。小さなざわめきは少しずつ大きくなり、やがて混乱を生んだ。
「野郎ども、ミリアム様をお守りしろ!」
「敵は浮き足立っているぞ、押し返せ!」
アントニオとガイラーが同時に叫んだ。勝手知ったるホツキネの守備兵は、必要な人数でミリアムの安全を確保すると、残りの兵で敵に襲いかかった。金で雇った者達とは言え、山賊同然の傭兵くずれが大半の敵兵は壊乱し、まだ防壁に上りついていない者達も次から次へと遁走を始めた。
「おい、上の奴らがどんどん逃げてくぞ!」
「このままじゃ俺達、置いていかれる!」
防壁の内側で銀騎兵と睨みあっていた槍兵達が、追撃を受けないよう槍を構えた殿を向けつつ後退、門を出たところで本格的に逃走を始めた。ニックがコリンズに目配せをすると、力強いうなずきが返ってきた。
「目標、外の敵兵全て……貫け、雷鳴の術式!」
術式強化の陣に使われていた魔晶石の砂が火花と化し、コリンズの杖に集約されてから空へと舞い上がった。そして、雨を降らせる黒雲に混ざって轟くと、幾筋もの雷と化して、逃走する敵兵とゴーレムに降り注いだ。雷に貫かれて瞬時に焼け焦げる者、衝撃に吹き飛ばされる者、閃光と轟音によりパニックに陥る者、敵兵からは軍としての統率力がほとんど喪われていた。頼みの綱のゴーレムも、雷の直撃を受けて動かなくなっていた。
「銀騎兵、私に続け。追撃せよ!」
キャシックが銀槍を振り上げると、選りすぐりの精鋭たる銀騎兵が一斉に喚声を上げた。門から出ると、山道の幅一杯に広がり、複数の隊に分かれて突撃を開始した。一番槍を任されたのはモッツだった。馬の機動力と加速から得られる武器の殺傷力、そして卓越した技術に基づく正確無比な一撃が残存する敵兵を打ち砕いた。
「敵軍中央を突破し、ゴーレムの撃破を試みる!」
剣を振りかざすモッツが追撃の姿勢に入った、その時だった。コリンズの術式を受けて一次的に行動不能に陥っていたゴーレムが再び動き出し、掌に当たる箇所に開いた孔をモッツ達に向けたのだ。防壁を削り取ったものと比べて遥かに弱いものではあるが、光の筋と同様の魔力弾が大量に放たれ、銀騎兵に降り注いだ。
「モッツ大隊長!」
第二陣として駆けつけたニックとミリアムが見たのは、光の弾に撃ち抜かれて次々と弾け飛ぶ銀騎兵の姿だった。
恐らく魔光弾の術式なのだろうが、威力が桁違いであった。並の使い手であれば、かんしゃく玉程度の威力しかなく、主に狩猟や陽動に用いられる術式であるが、このゴーレムから放たれるそれは、激しい閃光や着弾時の炸裂など、常軌を逸したものと化していた。そして、その強烈な照り返しが、ゴーレムの正体を暴き出したのだ。
「あれは……まさか『流れる銀』で出来ているのか!?」
「兄上様、それって……!」
雨に打たれて照り返された泥だと思われていたゴーレムは、『流れる銀』で作られていた。魔力を帯びた光の筋や弾を放つ、不自然に巨大なゴーレムの正体に気付いたニックとミリアムは、目の前に躍り出た一騎の人物と、暗幕が開かれるように露出された核となる部分に、言葉を喪った。
「ハンス・ベクォン……!」
「貴女、まさか、オリビアなの……!?」
ハンスとオリビアは、半月前にジリボンの夜の一件で見た時とは、明らかに異なる様相を呈していた。変わらず馬上にて炎を纏った剣を携えているように見えるが、その剣は刀身が無い代わりに、激しい炎を噴き上げる灼熱の刃を備えている。柄頭は魔晶石を詰め込んだ腰飾りと鎖で繋がれており、その鎖も魔力伝達性の高いミスリル銀で作られていた。並の武器ならば、一合打ち合うだけでも焼き切られるだろう。
「父の為、ここで討ち取らせていただく」
「ミリアム様、私の事は忘れて下さい。或いは、ここで果てて下さい」
光のないオリビアの双眸がミリアムを一瞥すると、以前と変わらぬ柔らかな声で、しかし心を喪ったような冷たい言葉で決別を告げる。『流れる銀』のゴーレムの核を成す存在となった彼女は一糸纏わぬ姿ではあるが、死人のように蒼白な肌の色で、まるで生気を感じさせなかった。
「やはり、ベクォン家の企みか……」
ニックが剣を高く構える。戦場を濡らす雨は未だに止む気配を見せない。
大陸暦六一五年、王者の月下旬―
金になる仕事だと聞いた。頭数が少ないのが不安だったが、あのゴーレムがいるし、分け前が増えると思って参加した。どうしてこうなっちまったんだ。
―ベクォン家に雇われた傭兵の言葉




