第二十一話『紅に染まる空』
大陸暦六一五年、王者の月下旬-
港湾都市アギラをめぐる攻防は、数に勝るオークの軍勢が、火焔飛竜の炎で勢いづいた事で一気に優勢となった。
長弓兵の対空方陣は既に半数が失われ、城壁に掛かる梯子と取り付く兵の数は増える一方だった。恐慌寸前の守備兵が士気を保っていられたのは、切り札である砲艦チョッパルカの存在だった。港を出て西海岸沿いに展開、群がる敵に必殺の砲撃を見舞う算段だ。その最中、太陽に身を隠すように舞い上がっていた者がいた。
「敵の飛行騎兵を確認!第一陣、突っ込むぞ!」
火焔飛竜の護衛に当たっていたグリフォン騎兵四〇に対し、ハーム軍の飛竜騎兵三〇が逆落としを仕掛けたのだ。三〇の兵を二陣に分けたため、数の上では不利だが、飛竜とグリフォンでは高さと速さの差が段違いである。急降下に合わせて振るわれた長槍は、一撃でグリフォンの翼を裂き、頭を叩き伏せては脚を払った。
「第一陣、敵中突破!損害ありません!」
「よし、我々も続くぞ!第二陣、突撃……」
飛竜騎兵の第一陣は初撃で一割の敵を討ち取り、第二陣が続こうとした、その時だった。グリフォン騎兵から思いも寄らぬ投石が飛んで来ては、頭に当てられた不幸な飛竜騎兵が力なく落下した。
「敵グリフォン騎兵、一騎につきゴブリン二名です!」
「聞いたか、奴ら二人乗りだ!すれ違い様か、下から狙え!」
ゴブリンは身の丈も体重も人間の六割ほどで、騎兵隊を組ませれば二人乗りになる事も珍しくない。そして、息の合った二人乗りほど厄介な敵はない。前の一人が手綱を取りつつ、後ろの一人が槍や投石を用いる事が出来る。実際、不意を突く形で仕掛けた第一陣はさしたる被害もなく損害のみを与えたが、第二陣は槍や弩に阻まれ、互いに一騎を失う程度の結果にしかならなかった。
「こちら第二陣の残りは十三騎です!」
「よし、ならば我々は敵グリフォン騎兵を吊り上げる!第二陣は三隊に分かれて反復攻撃!」
「はっ!」
第二陣を率いる中隊長は、十三騎を三隊に分け、自身も陽動に加わった。グリフォン騎兵はまだ三五騎残っている。これらに対してわざと少数編成で飛び、各個撃破を目論む敵を吊り上げる。これは三倍近くの敵を相手にする事となり、危険どころかほぼ全滅を前提にした作戦である。それほどのリスクを冒してでも、火焔飛竜は討ち取らなければならない存在であった。
「第二陣の奮闘を無駄にするな!我々は火焔飛竜を落とせ!」
空を駆ける騎兵にとって、翼を落とされる事は何よりの恐怖だった。
自分の力ではどうしようもなく、地上に向けて切り揉み回転しながら、激突と共に訪れる最期までの、永遠と錯覚する瞬間という恐怖は、空を駆けぬ者には分からないものだった。ゆえに、飛行騎兵はその恐怖に立ち向かい、勝利を導く英雄的であると同時に、貴重な存在でもあった。その貴重な飛行騎兵が、アギラの空に散ってゆく。
肥沃な農業地帯であったテーキス地方の海の玄関口は、陸も空も戦場と化していた。長弓兵の対空方陣からの援護もあって、低空に追いやられたグリフォンや火焔飛竜が次々と翼をもがれて地に墜ちた。
「敵火焔飛竜、全滅を確認!グリフォン騎兵への攻撃も戦果を上げています!」
十騎の火焔飛竜騎兵は全てが撃墜、または負傷による撤退によってアギラの空から去って行った。その間に受けた損害も少なくなかったが、街を焼かれたという情報はほとんど入っていない。住民や避難民の混乱という事態だけは避ける事が出来た。各個撃破の誘いに乗り、逆に自分達が落とされる結果となったグリフォン騎兵は、残った半数を纏め上げて編隊を組み直し、守りを固めた。
「報告します、第二陣の飛竜騎兵、残ったのは三騎です!」
「……分かった。その三騎は第一陣に合流させ、残った敵を叩く!」
ハーム軍飛竜騎兵十六騎は、残ったグリフォン騎兵二十騎を相手に空を舞った。火焔飛竜がなくとも、グリフォンも前足の鋭い鉤爪による殺傷力を有している。退かない以上、討ち取らない理由はなかった。
「おいおい、火焔飛竜がやられちまったぞ!」
「それだけじゃない、グリフォンもあの様だ!」
寄せ手のオークやゴブリンが口々に叫んだ。火焔飛竜が敵の守備兵や街を焼き、梯子を掛けて城壁を攻略、門を開けて後から来る魔狼騎兵を突っ込ませて陥落させる、そういう手筈だった。だが、ハーム軍は数で大きく劣りながら、執拗にも守りを固め続けた。飛竜騎兵を繰り出し、矢や投石を雨のごとく降らせ、自分達の足元に同胞の亡骸を積み上がらせている。
「おい、あれはなんだ……!?」
誰の声か判別などつかなかった。だが、その声に反応した寄せ手の多くが、西海岸に現れた『それ』を見た。巻き上がる煙と遠雷に似た轟き、そして空を裂く重さを伴った音。大地を揺るがす衝撃と共に土煙がめくれた地面と共に吹き上がり、それらと共に舞い上がった仲間だった一部が落ちてくる。恐らく、繋ぎ合わせても元の一人分には足りないだろう。刹那の考えと共に、オーク達の体が引きちぎれて宙を舞った。
「右舷、ありったけの弾を叩き込め!撃ち切ったら反転、左舷による砲撃を行え!」
砲艦チョッパルカの指揮を任されたのは、マルキヤ将軍の次男アンドリューだった。決して有利とは言えない戦況を、艦砲射撃によって一気に引き寄せたのだ。チョッパルカを含むペリブアス級砲艦は、片舷につき十門の火砲を有する中型艦であり、右舷から次々と轟く砲撃は、アギラの北門前に群がる敵をなぎ倒し、生き残った者にも混乱と恐慌で攻勢どころではないほどの瓦解をもたらしていた。
「敵軍、退却を始めています!」
「右舷の弾はまだ残っているか?」
「はっ、まだ半分は残っております」
「よし、では奴らが射程圏内から失せるまで撃ち続けろ」
容赦ない砲弾の雨はオークの軍勢が守備兵の視界から見えなくなるまで続き、辛くもハーム軍が勝利を収める事となった。
ハーム軍は守備兵と飛行兵五五〇名のうち、死者二割の負傷者三割を出し、戦力としては実質半減していた。オークの軍勢は二〇〇〇のうち三割ほどが討ち取られたと見られ、火焔飛竜に至っては壊滅的な損害を被っていた。それでも、飛行兵や長弓兵に多くの被害を出したハーム軍の方が、不利な状況である事に変わりは無かった。
「マルキヤ将軍、レッター将軍が来られました」
「おぉ、来てくれたか。ここへ通せ」
その日の宵、レッター率いる八〇〇の兵がアギラに到着した。レッターは使いの兵により案内されている間、街中の様子を横目で見ていた。元からの住民と避難民の小競り合い、救護所から溢れて軒先で治療を受ける負傷者、祝杯を挙げる気力もなくうな垂れる兵士、見るもの全てが、ここ一月のテーキス地方の状況を如実に物語っていた。
「何とか間に合ってくれて助かったぞ、レッター」
司令部でくたびれた様子のマルキヤが、待ってましたとばかりにレッターを出迎えた。疲れを滲ませながらも喜色に満ちたマルキヤとは対照的に、レッターは物々しい面持ちで黙っていた。
「さて、早速だが今後の相談をしたい」
「撤退だな」
レッターは二つ返事で撤退の二字を告げた。
大陸暦六一五年 王者の月下旬
地を鳴らして押し寄せるは闇の住人 異形の者ども
弓弦弾け 飛び交う矢の音 空を割き獲物を穿つ
竜は乗り手と共に 栄光か死かの狭間を舞う
嗚呼 勇ましき ハームの勇者たちよ
―大陸暦一三二二年公開の楽曲『我ら栄えあるハーム軍』より




