第二十話『港湾都市アギラ攻防戦』
大陸暦六一五年、王者の月下旬―
ニック達がビルカ山岳主要都市ホツキネの防衛を選択したのと同時期、遠く離れた王都直轄領テーキス地方でも、派遣軍を率いるマルキヤ将軍が選択を迫られていた。大型の船が乗り入れる事の出来る港を有している事から、海の玄関口として派遣軍の駐屯地として用いられてきた港湾都市アギラは現在、おびただしい数のオークやゴブリンからなる軍勢によって攻め立てられていた。
「申し上げます、アギラに押し寄せた敵の数は二〇〇〇と推測されます。いずれも、パッテン将軍持ち帰った武具と同じ物を身に付けていると思われます」
「うむ、分かった、ご苦労。敵の動きに変化があったら知らせよ」
「はっ」
城壁からオークの軍勢を見渡し、二〇〇〇という敵の数に嘆息を漏らす。今回は自分が貧乏くじか、そんな事を口中に呟きながら、マルキヤは偵察に出されていた飛竜騎兵のシルエットを遠方に認めた。高度を取っているため、寄せ手から当たる見込みのない矢などは飛んでこない。流れ矢で負傷者を出す可能性もあるからだ。偵察の兵が城壁に着地すると、大慌てで飛竜から降りてマルキヤに報告した。
「申し上げます!敵後方に、魔狼騎兵と思わしき集団を複数確認、およそ三〇〇騎が三隊!また、さらにその後方に飛行騎兵、こちらは五〇騎ほどです!」
「何だと……飛行騎兵の兵種は分かるか?」
「敵の迎撃を避ける為に遠巻きにしか視認出来ませんでしたが、火焔飛竜が10騎、取り巻きのグリフォンが四〇騎と思われます」
火焔飛竜の名を聞いたマルキヤは心底思い悩む表情でうな垂れ、ひとしきりの唸り声の後に、伝令の兵を呼びつけた。
「砲艦チョッパルカを出撃させ、西海岸側より寄せ手に向けて砲撃させろ。長弓兵による防空隊形を密集と散開を交互に配置、飛竜騎兵も全て出せ。敵は火焔飛竜を飛ばして来た、急げ」
「はっ!」
マルキヤからの命令に、伝令の兵がいつにない表情で駆け出した。火焔飛竜という存在は、それほど大きな意味を持つのだ。
火焔飛竜。全長は馬七頭分にも達し、その巨体を浮かび上がらせる翼を大きく広げた時の影は、農家の一軒家を丸々包み込むほどである。吐き出される炎の息は、哀れな獲物を熱量と風圧で瞬く間に焼き滅ぼすとまで云われ、地上の生物から見れば恐怖の象徴だった。
この大型飛竜は、ハーム国内ではキトリヤ伯爵領東部の火山帯にのみ生息しており、本来なら熾烈な生存競争に晒されるため個体数は多くない。だが、比較的小柄で気性も落ち着いた個体を捕獲して飼育、繁殖させる事により、人間でも扱える軍用竜へと姿を変えた。無論、飼育費用は馬やグリフォン、小型飛竜の比ではない。
「火焔飛竜を十頭も投入出来るだけの力を持っている勢力……」
マルキヤはキャシックと交代でテーキス地方に入ったため、その後に起きたジリボンでの一連の事件を知らない。だが、キャシックも同様の量産された武具を用いたオークやゴブリンと交戦したと報告してきた。恐らく、量産から流通、配備までの供給が安定化されている。ジリボンにはベクォン公爵領の政治機関が置かれている事から、ベクォン家の関与は間違いないだろう―
前後関係を考えている間にも、彼方の空から敵の飛竜が迫っている。火焔飛竜は既に豆粒ほどの大きさになっており、取り巻きと思われるグリフォン騎兵も砂粒ほどになっている。港に目をやると、中型の砲艦チョッパルカのマストが動き出したのが見えた。マルキヤは前線の指揮官に後を任せると、後方の司令部へと戻って行った。
「長弓兵は敵飛行部隊を迎撃、火焔飛竜を優先して狙え!我々でこの街を守り切るんだ!」
「はっ!」
長弓兵の配置が変更となり、それに合わせて弩や投石の兵も立ち位置を変える。地鳴りのような敵軍の喚声が、決して篭城戦向きではないアギラの城壁に叩きつけられる。街の中は付近の農村や小規模都市の住民で溢れており、動ける者には兵の手伝いをさせている。パニックに陥りそうな群衆をギリギリの所で食い止めていられるのも、マルキヤの手腕の見せ所であった。
城壁の楯に矢が突き刺さる。二〇〇〇の兵が本格的な攻撃を開始したのだ。城壁を捉える矢の本数は瞬く間に増え、それに応じる形で矢と投石が返された。楯を砕き鎧兜を貫く弩の一撃がオークの重装兵を蜂の巣に変え、放物線を描いて降り注ぐ握り拳大の石は、ゴブリンの頭を易々と砕いた。ハーム軍から矢や石が放たれる度、オークの寄せ手の何人かが倒れる。
「よし、その調子で敵を食い止めろ!押し返すんだ!」
「はっ!」
だが、数人や数十人を倒したところで戦は決しない。ゴブリンの弓手が放った矢を突き立てられた守備兵は、喉元から伸びる矢羽根を揺らすと、声にならない声と共に仰向けに倒れた。歩兵を上らせるための梯子が掛けられ、すぐさまそれを倒さんと槍兵が殺到する。その槍兵を狙って弓が鳴り、矢が飛び交う地獄のような光景が繰り広げられた。弓を引く者、梯子を上る者、少しでも隙を見せた者が次々と矢と石の応酬に飲まれて倒れた。
「……き、来た!敵の飛行部隊だ!」
「長弓兵、射ち落とせ!」
九人一組の方陣を組んだ弓兵が、迫り来る竜やグリフォンに向けて大振りの矢をつるべ撃ちする。立て続けに放たれる矢は弾幕となって火焔飛竜を捉えた。鉄ほどではないが、少なくとも革や木よりは遥かに硬い鱗に矢尻が滑り、思うように傷を負わせられない。そんな中、目や喉元、足先や翼の膜といった柔らかい部位に矢が刺さり、身悶えした飛竜がコントロールを失って戦線離脱、もしくは戦域を離れて海に墜落した。
「火焔飛竜、三騎撃破しました!」
「やったぞ!」
長弓兵から歓声が上がる。だが、次の瞬間に彼らを襲ったのは全てを覆い尽くす炎だった。一番槍の飛竜を落としても、後続は高度を取って弓を防ぎ、急降下しながら炎を吐きかけたのだ。長弓の方陣一つが瞬く間に、呆気なく焼け落ちる光景に、寄せ手のオークやゴブリンは歓声を上げて勢いづく。
「怯むな!もうじきチョッパルカが砲撃位置に着く!敵を通すな!」
指揮官が剣を振り上げて味方を鼓舞し、また梯子を上りきってきたゴブリンの槍を軽く避けては反撃の突きで眉間を割る。戦闘のゴブリンが力なく倒れ掛かり、梯子のバランスが崩れた所に、指揮官からの一蹴りが入った。一個分隊規模のゴブリンが取り付いた梯子が倒れ、それは寄せ手に思った以上の損害を与えるに至った。
「守備兵五二二名のうち、戦死者四二名、負傷者九七名。敵も既に一割を超える損害を出していると思われます」
「……火焔飛竜による街への損害がない所を見ると、持ちこたえているようだな」
「はっ。しかし、弓兵の損害が大きく、突破されるのは時間の問題かと……」
「チョッパルカの砲撃が始まれば、状況は変わろう。それに、そろそろレッターが来る。数の上では引けは取らんよ」
決して楽観出来ない戦況ではあるが、マルキヤは冷静に対処する事を常としていた。総勢一一〇〇の兵と港湾都市アギラの住民、またテーキス地方避難民の命を預かる以上、易々と心を動かしてはならない。鼻先から肉球までじっとり湿らせながら、マルキヤは移り変わる戦況に応じ続けた。
大陸暦六一五年 王者の月下旬
テーキス地方を南下し、数々の農村や小都市を蹂躙せしオークの軍勢、港湾都市アギラの攻略を開始。
『蒼海将』トマス・マルキヤ率いるハーム軍がこれを迎撃する。
―ハーム王国軍記『ハロルド三世治世の時代』より




