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第十九話『激動の前触れ』

 大陸暦六一五年、王者の月下旬-

 鉱山都市ホツキネの守備兵砦にて、ニックは守備隊長のアントニオと彼の副官ガイラーを交え、ここ数ヶ月の情勢について話し合っていた。特に、モーギナス灯台占領事件前後のゴブリンの動きに関しては、ニックがテーヴァで手紙を送ったほどである。


「ジョクトーとギネッシーオからの定期連絡では、大人数での急な移動といった動きは見られなかったようです。怪我や病気などによる死亡を除き、大きく数を減らしたという話もありません。何より、ビルカのゴブリンは魔狼(ヴォーグ)除けに銀の装飾品を持ち歩いています。ましてや騎乗など」


 アントニオがビルカ山岳のゴブリンの動きについて報告する。ゴブリンはメーシア大陸南東部と北西部に多く生息している、亜人というより妖精に近い存在だが、暗闇を好む性質とそれにより大きく発達した目と鼻、小柄な体格という異質な外見により、魔物の一種として捉える者も少なくない。しかし、人間と同様に社会性も高いため、交渉次第では労働力や兵力としても使役出来る存在だった。


「なるほどな、確かに僕もここのゴブリンの様子を見ていたが、敵意が無いどころか友好的だったな」

「えぇ、元々オークに従っているのも、奴らの力によって無理矢理という所もあるそうですし」

「つまり、ビルカのゴブリンが友好的なのも、ここの者達がうまい事やってくれているんだろう」


 お前も含めて、ニックは暗に机を挟んで向かう合う男を労った。アントニオ・カッツ、元はビルカ山岳を根城にしていた山賊だったが、キャシック将軍率いる銀騎兵団による討伐を受け、同行していたニックに諭されてハーム軍に加勢している。正規軍ではないが、半ばニックの私兵として活動していた。


「そうなると、やはりテーキス地方の者か……」


 ニックが椅子の背にもたれながらつぶやき、天井を仰ぎ見る。溜息ひとつに悩ましい声を乗せて吐き出す。とにかく、一度王都に帰るべきだと判断した矢先、ロスの足音が騒々しく聞こえてきた。


「申し上げます!たった今、ギネッシーオから伝書竜による連絡が入りました!」

「どうした、火急の話か」

「はっ!ギネッシーオが陥落したとの報告です!」


 ロスからの報告に、三人は思わず立ち上がった。詰め寄りそうになる三人を手で制し、机に伝書の束を広げる。書かれた時の状況はかなり逼迫していたらしく、走り書きの文字は所々インクが掠れていた。


「所属不明の軍、または傭兵や盗賊による攻撃を受け、ギネッシーオが落ちた……と、あるな」

「ギネッシーオは街道沿いの関所です。王子も通ったから分かるでしょうが、あまり多くの兵を置けません。ですが、それでもあそこを落とすには最低でも五〇〇近い兵が必要です」

「伝書の字からして、攻撃を受けてから陥落までは間がないと見ました」


 伝書を読み上げたニックに、アントニオとガイラーが言葉を返す。その内容から、正体不明の敵は少なく見積もって五〇〇以上の兵力を有し、かつギネッシーオをかなりの早さで陥落させたと推測された。


「敵の進軍速度がどれほどか分からないが、ここまで来るのに四日と掛からないはずだ。伝書竜の速さからしても、陥落は半日から一日前といったところだろう」

「って事は、敵が来るのは早ければ二、三日後ですかな」


 努めて冷静に判断を下すニックを、アントニオが慣れた口調で切り返す。守備隊の兵の貫禄や、砦の使い古された設備から、幾度となく山賊や野生の猛獣、飛竜の類を相手にしてきたのだろう。


「ガイラー、東門を閉鎖して守備兵を動員しろ。鉱山のボタ石もあるだけ持ってくるよう手配するんだ」


 アントニオの指示を受けたガイラーは了解、とだけ返しては部屋を後にした。ロスも手伝える事がないかと、彼について行った。


「王子にはジョクトーにまで下がって貰った方が安全と言えば安全ですが……どうしますね」

「出来る事ならば、ここに残りたい。敵の正体を見ておかなくてはならない気がするんだ」

「……心当たりがおありのようで」


 毅然とした態度で返したニックの表情に、アントニオは説得しても無駄だと察し、共に迎撃の準備に取り掛かった。モッツ率いる銀騎兵五〇の連絡隊が到着したのは、それから半日後の事であった。



 翌日の昼過ぎ、太陽が南を過ぎて西へ傾き始めた頃、キャシック率いる銀騎兵150とミリアムがホツキネに到着した。我先にと駆け寄り、馬を降りたミリアムは、周囲の目も気にする事なくニックに飛びついた。


「兄上様!ご無事で!」

「すまない、心配かけたな。将軍もよく来てくれた」

「本当は、ニック様だけでも先に連れて帰る予定でしたが、ミリアム様もニック様と同様の事を仰いました」

「敵は東から来る。ギネッシーオのさらに東はジリボンだ……恐らく、ベクォン家が絡んでいる事は想像に難くない」


 抱きついてきたミリアムの髪を撫でながら、ニックはキャシックに返す。だが、この老将は王子の表情に、もっと深い内情を知ってしまった事を察した。真剣な眼差しも程々に、ニックは率直な疑問を口にした。


「ところで将軍、どうして急に僕を連れて帰ると?モッツは将軍から直接聞いた方がいい、と」

「はっ、それなのですが……」


 ニックに問われ、口ごもるキャシック。ミリアムも顔を伏せて沈痛な面持ちになっているのを見ると、ただ事ではない――ニックはそう察すると、将軍の次の言葉を待った。


「……ニバラク大臣が、亡くなられました。ニック様にも葬儀に出て頂きたく、お迎えに上がった次第です」

「大臣が…!?」


 驚きの表情こそ隠せなかったものの、一呼吸で落ち着きを取り戻したニックは、大臣の死に関する話を一通り聞き出した。キャシックの一言一句に、その場に居合わせた者達は十人十色の反応を示していた。ロスは拳を強く握りっては腕をわななかせ、コリンズは呆然と立ち尽くしている。王都とはほとんど無縁の立場にいるアントニオ達も、尋常ではない空気に言葉が出なかった。


「ちょっと、皆して……確かに国のお偉いさんが亡くなったのは分かるけどさ、東の関所を落とした敵が来るんでしょう?」


 ただ一人、場の空気に飲まれていなかったのはエリスだった。元々ハーム王国の者ではなかった事もあるが、必要以上の感傷に浸る性格でもないようだった。直後に目を丸くして自分を見つめるミリアムと目が合ったが、調子のいい微笑を向けてその場を乗り切っていた。


「彼女の言う通りだ。大臣の喪に服する前に、迫る敵に対処しなければならない。アントニオ、伝書竜を出してくれ。ビルカに所属不明の敵襲あり、ベクォン家の関与が予想される、とな」

「分かりました。敵の到着はおそらく明日か明後日でしょう。急ぎませんと」

「分かってる。皆、戦いに備えてくれ。キャシック将軍、騎兵には厳しいが、援護を頼むぞ」

「はっ。お任せ下さい」


 気持ちを切り替え、戦に臨む心構えを見せたニックの姿に、多くの者が王位継承者の風格を見た。状況は不明瞭だが、士気は決して低くない。東門を閉ざしたホツキネはビルカ山道を塞ぐ砦となって、謎の敵を待ち受ける事となった。


 翌日、王都ボートミールに二頭の伝書竜が緊急の手紙を届けていた。一通はビルカ山岳よりニックの、そしてもう一通は、テーキス地方よりマルキヤ将軍の――

大陸暦六一五年 王者の月下旬

夕刻、所属不明の兵により攻撃を受ける。街は混乱し、ごった返す人の渦で守備兵は態勢を立て直す事さえままならなかった。そして、あの光が全てを(以降は血で汚れて読めない)

   ―ギネッシーオ守備兵の手記『王者の月二五日』より

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