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第十二話『血と炎』

 大陸暦六一五年、王者の月初旬-

 戦闘を突如として終わらせた男達の出現にハンスは驚きの色を隠せなかった。自警団や警備兵は金で黙らせたはずだ、ハンスは馬を降りて声の主に詰め寄り、炎の剣を向ける。照らされた者達は、警備兵でも火事や災害時の避難誘導や消火活動を行う、いわば消防隊であった。


「ベクォン家の屋敷付近から火の手が上がっているとの通報を受けたが、この騒ぎは何事だ。何故、傭兵が近衛兵と戦っているのだ。死人まで出ているではないか!」


 隊長らしき男が、自分に向けられた炎の剣を前に怯む事無く尋ねた。そして、腰から剣を抜き放ちざまに払い、ハンスの剣を弾き飛ばした。彼の手を離れた剣は術式も解け、ただの剣となって地面に転がる。


「ちょうど良かった、助けて貰えないか」

「助けだと……あ、あなた様は!」

「そうだ。第二王子ニックだ。この者達に襲われているんだ」


 呆気に取られるハンスを横目に、ニックが隊長格の男に助けを求めた。寝巻き姿の王子と近衛兵の一団が、傭兵を相手に事を構えている。ただ事ではないと判断した隊長は、右手を上げて警備兵に指示を出した。部下の警備兵はよく訓練された動きでニックの周囲を守るように並び、槍を突き出して身構えた。近衛兵と合わせれば、傭兵に対し倍以上の頭数となった。


「ふむ、数の上では倍……でも、腕前はどうだい?」


 エリスは警備兵に切っ先を向け、値踏みするように突き出された槍の穂先を見て周った。傭兵達も剣や槍を構えたまま、にらみ合いを崩していない。ハンスも剣を拾い、馬には乗らずとも構えを取っていた。ニックは呼吸を整え、コリンズは彼に治癒の術式を使い続ける。数分に渡る沈黙は、一人の警備兵が緊張のあまり手を震わせ、その震えが槍の穂先に伝播する事で破られた。


「貰った!」


 刃の如く研ぎ澄ませた集中力に満ちた視線は殺気を帯び、警備兵の緊張を恐怖に塗り替えた。構えが崩れ、三日月が舞い、星が踊る。エリスのきらびやかな装飾が金属音を奏で、振るわれた剣が槍の穂先、警備兵の腕、そして首を斬り飛ばしていた。吹き出た鮮血を浴びた両隣の兵が悲鳴を上げるも、それが長く続かなかった。一人はエリスの剣、もう一人は傭兵の槍で倒されたからだった。


「手応えがない、か。まぁ、警備兵ならこんなものね」


 瞬く間に三名が斬り伏せられた。エリスの正確無比な早業としか言いようのない剣は、もはや斬っているというより急所を突いて解体しているかのように見えた。残った警備兵も傭兵達によって討たれ、隊長が一人の傭兵と刺し違えた事を含めても、完全なワンサイドゲームの様相を呈していた。勢いづいた傭兵達を、近衛兵が必死で食い止める。


「来い、ニック様には指一本触れさせんぞ!」


 強靭な肉体に鍛え上げた武術、そして王家直属という誇り。ロスは傭兵の喉下を引っつかみ、槍で突きかかる者に対して盾のように突き出した。穂先が傭兵の背中に食い込む。ロスはそのまま盾にした傭兵を突きかかってきた者に送り返す。バランスを崩して地面に転がった傭兵は、態勢を立て直す間もないまま、剣で首筋を貫かれて死んだ。その間にも、また一人の近衛兵が倒されていた。


「あ……あぁ……」


 凄惨としか言いようのない戦いを見て、ハンスは腰を抜かしていた。股間を生暖かく濡らすも、彼はそれさえ忘れて震えている。その様子を横目で一瞥したエリスは、振り向いて声を上げた。


「情けないね。あんたの妹はとっくに馬で追いかけて行ったよ」

「なんだって……しまった、オリビアがいない!?」


 ニックはオリビアの姿が消えていた事に気が付いた。遠のく馬蹄も聞こえない辺り、少なくとも警備兵が展開していた時には既にこの場を離れていた可能性が高い。馬で追いかけた方がいいか―そう思った矢先、殺気が首筋をなぞるのを感じた。上体を反らし、エリスの剣を紙一重で避ける。


「やるねぇ、王子様。あたしの剣をこの距離で見切るとは。オーク相手にモーギナス灯台を奪還したって話は本当らしいね」

「貴女の剣は殺気を撒き散らしすぎる。なんとなくだが、狙いが読めていたさ」


 そう返しながらも、ニックは殺気に嘗められた首筋に手を当てた。あとほんの一瞬、判断が遅れていたら首が飛んでいた。狙いが読めていたと言っても、体が動かなければ意味はない。モーギナス灯台奪還の時、オークのリーダーが繰り出した槍の穂先も、今のエリスの剣も、そういう点では何も変わらなかった。


「テーヴァ、ミリアムとウォーレンを追え!もし二人が船に着いていたら、すぐに出るよう合図を送れ!」


 ニックの指示を受けたテーヴァが飛び立つ。どちらかが生き残って王都に帰りつけば良い。彼はそう判断すると短剣を構え、エリスに向き直った。相変わらず、殺気は刃の形を成していた。



「こっちです、急いで下さい。誰かが馬で追いかけて来てるようです」

「……恐らく、オリビアですわ」


 ウォーレンの肩から下ろされ共に港に向けて走っていたミリアムは、後方から迫るオリビアの気配を察していた。広場の戦いでオリビアは灯火の術式を保ちながら凍牙、炸裂火、障壁の術式を使い分けていた。杖の容量から見て、恐らく魔晶石は残っていない。


「ここで迎え撃ち、兄上様を待つという手もありますわ」

「いえ、状況が不明です。港にも奴らの手が回っていないとも言えません。とにかく、船に急ぎましょう」


 ミリアムとしてはオリビアに色々と聞きたい事があり、ニックと合流出来る可能性を少しでも高めたかった。潮の匂いと小波の音が大きくなる。止まる事も叶わず港に到着した。商業都市というだけあって無数の桟橋が伸びており、大小さまざまな多くの船が係留されていた。


「船がたくさんありますわ、どの船ですの!?」

「心配いりません、こいつを使います」


 ウォーレンは片側の縁に紐のついた筒状の道具を取り出し、紐の無い側を空に向け、紐を引いた。筒からは炸裂火の術式ににた火球が発射され、放物線を描きながら激しく燃焼しては辺りを照らした。すると、六隻ほど先の貨物船から松明の灯による返事があった。


「あの船です。急いで……」


 ウォーレンの言葉が馬蹄の響きに遮られる、オリビアが追い付いてきたのだ。左手で手綱を取りながら、右手を突き出しては激しく輝かせた。杖を持っていない、ミリアムはそれを見て全身が粟立つのを感じた。


「オリビア、まさか、魔晶石を用いずに……」


 ハーム王国で広く用いられる、魔晶石を呪文詠唱で活性化させて術式を使う手法は、術式の効力を安定化させると共に、魔晶石を消耗する事で術者への負担を軽くする意味合いがある。ベクォン家の者のように高い魔力を秘めた者は、魔晶石を用いずに術式を行使する事も出来る。だが、それは生命力の消耗、精神の不安定化などの反動を伴う危険な行為であった。それを、オリビアはやろうとしている。


炸裂火(さくれつか)の術式…連弾!」


 ミリアムが撃ったのと同じ、連続した炸裂火が港に放たれた。係留されていた船の一部にも直撃し、爆発炎上する。数も威力も段違いだった。


「ミリアム様、危ない!」


 中の一発がミリアムに迫り、ウォーレンが身を挺して彼女を守る。彼の背中で、灼熱の炎が爆ぜた。

大陸暦六一五年 王者の月初旬

ベクォン家付近の林道より火災、幸い小火で済んだものの警備隊に十名の死者。目撃者によると、傭兵と近衛兵による戦闘が発生していたとの事。因果関係は不明。

   ―ジリボン警備兵詰所の報告書『王者の月五日』より

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