表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/107

第百四話『白日の下』

 大陸暦六一六年、牧羊の月中旬―

 王都ボートミールに繋がるハミラ街道を、五〇〇〇余の兵が厳かに進んでいた。すぐ横のビアイキ湾には水軍の艦艇が隊を成している。ハーム王国軍旗、銀騎将旗、覇輪将旗、蒼海将旗、金甲将旗、雷華将旗、ニバラク侯爵旗が立ち並ぶ軍勢の行進は、まさしく威風堂々という言葉が相応しいものであった。

 しかしながら、その堂々たる佇まいは努めて、それもかなり気を引き締めて維持されていた。六大将軍のうち五種の旗が掲げられているが、中の『覇輪将』パッテンと『雷華将』ミアが喪われ、水軍も三隻の砲艦のうち二隻を沈められている。金銀の歩兵と騎兵も、決して少なくない損害を被っていた。


「見えてきたな」


 軍の先頭にてニックが、馬首を並べるキャシックに言った。声色は決して明るくない。戦勝の歓喜に沸き、間もなく復興と後始末に終われて一月が過ぎ、王都への帰途についたのは十日前の事だった。ミア家の者として扱われているニックが王都に帰ればどうなるか、それは誰の目にも明らかであった。それでも、やらなくてはならない事がある、ニックの肚は決まっていた。


「ニック様が帰ってきたぞ!」


 ボートミールの門を潜り、詰め掛けた群衆で埋め尽くされた城下町に入って、最初に聞いた声だった。そこから先は、人の言葉としての声は判別出来なかった。とにかく、歓喜に湧いた叫びに近いものであり、一人一人が何を言っているかなど分からない。城へと続く大通りだけが開かれており、それはまるで古の指導者が海を開いて道を作ったような光景だった。


「今のところ、歓迎されているようだな」

「民は王室の事情など詳しくはないでしょう。ミア家が反乱に加担した事も知られていない可能性も充分にあります」


 抑揚のない、それでいてしっかりとした声でニックは言った。キャシックが言うように、ベクォン家が反乱を企て、キトリヤ家が付随した事までは知られている。しかし、ミア家は影響を及ぼした範囲が狭く、早期に対処された事もあって、反乱に加担していた事はあまり知られていなかった。それでも、市井からはベクォン家、キトリヤ家、ミア家に関係する人々が姿を消していた。


「……お待ちしておりました」

「英雄も、ここまでのようだな」


 平民街を抜け、貴族街を通り、学院の前を横切り、内門を潜った。城の敷地に入ると、流石に民の姿はない。代わりに、整然と並んだ兵士の前を粛々と進んでいった。城の正面入り口前の広場に誘導されたニックは、言われる前に馬を降りた。出迎えたのはレッターだった。両隣を固めているのは、鉄仮面で素顔を隠し、束縛の象徴である茨の鞭を携えた牢番である。


「ニック様……いえ、ニック・ミア。貴殿には反逆及び反逆の連座、軍の指揮権の簒奪の疑いが掛けられている。ご同行願おうか」

「分かっている。そのいずれも事実だ」


 罪状を言い渡したレッターの目に光はなかった。その様子は、馬上のキャシックからも見て取れた。牢番に連れられて城とは違う方向に歩いてゆくニックの背中と、力なく佇むレッターとを一瞥した。


「レッター……」

「言うな、キャシック。貴殿も分かっていたはずだ……」


 そう言うと、レッターは帰還した兵が集まりつつある練兵場へと向かって歩いて行った。ニックはさらに遠ざかっている。キャシックはどうしていいか分からず、幾度と無く(かぶり)を振った。



 大陸暦六一六年、雄牛の月初旬-

 突き抜けるような雲ひとつない青空が広がる。城の敷地内にある公苑は開かれ、観覧席は貴族や一部の平民でごった返している。普段は馬場として使われる事が多く、見世物の興行なども来る事のある行楽の場は、厳かな雰囲気に包まれていた。

 ハーム王国をはじめメーシア大陸において、重大な事件の裁判は快晴の屋外で行われる。天上に座する創造神ダレイオクに見せるという意味であり、神覧(しんらん)裁判と称されていた。これには国家元首の勅書を必要とし、ニックも先王ハロルド三世の勅書をもって、ニバラク侯爵領を侵したキトリヤ伯爵の裁判から処刑を執り行った。ニックは、かつて他者を裁いた手法で自らが裁かれようとしているのだ。


「被告人、前へ」


 衛兵が槍の石突きで地面を鳴らし、裁判官が声を張り上げる。被告人として立たされたのは、ニックとルイス、そしてエッカートの三人であった。神覧裁判は特別に国王が裁判長となる。グレンはまだ幼君のため、サラを伴っていた。ニックはマントのフード越しにグレンの顔を見る。半年振りに顔を合わせた兄弟は、国王と罪人という壁に隔てられていた。


「被告、ルイス・ベクォン。汝は建国当初よりハーム王家から所領を授かる身でありながら、畏れ多くも陛下に対し弓を引いた。その反逆の罪に異論はあるか?」


 裁判官の声はよく通り、独特の威圧感をもって場の空気に緊迫感を与えた。対するルイスは一歩前に出ると、一月に渡る虜囚、半月に渡る苛烈な取り調べにも屈する事のなかった顔を見せた。


「私が先王に弓を引いたのは、その罪を質すためである」


 ルイスの声もよく通っていた。半ば拷問や私刑に近い取り調べにも耐え抜いた凄みというものがあった。


「貴殿らは、先王が『流れる銀』を材料とした不老不死の霊薬に関する研究が、ホツキネの鉱山において秘密裏に行われていた事を知っているか? 十五年前の鉱山事故は、それを隠蔽するために引き起こされたのだ。そして、霊薬の実験によって父セオドアと姉ミランダが命を落とした。それだけではない。モノゲア帝国貴族の娘を見初め、娶るためにマルシア妃をも死に至らしめた。これらの罪だ」


 ルイスの言う鉱山の事故の真相は、ほとんどの者に知られていない。しかし、不老不死の霊薬に関する研究は、ハロルド三世の印が捺されている。その事はニックも知っていた。ニックがホツキネの鉱山を調べるようになったきっかけが、ベクォン家の屋敷で盗み見た資料であるからだ。


「信じられないのであれば、ジリボンの我が屋敷の跡を調べてみるがいい。地下の書庫は無事なはずだ。当時の資料は父を通じて入手しているぞ」


 ルイスの気迫に、グレンは一瞬たじろいだ。その言葉の通りであれば、自分は国王の罪により産まれた忌み子という事になる。しかし傍らに立つレッターに鋭い視線を送られ、気を入れ直した。


「よろしい、ルイス・ベクォンは内容を否認として……次、エッカート・ミア」


 神覧裁判では、被告にもある程度の発言は認められる。ルイスはこれを活かして先王の罪を質すべきと訴えた。しかし、裁判官をはじめ、多くの者は淡々と次第を進めた。ルイスの訴えに信憑性がなく、人々に響かなかったためだ。ニックから見ても驚くほど淡白であった。


「汝はベクォン家の手の者に唆され、当主であった兄ディラン・ミアを殺害し、共に反逆の道を選んだ。また、それを諫めた姪のフランソワ・ミアの殺害も指示した。反逆と殺人、殺人教唆の罪に異論はあるか?」


 罪状を読み上げられたエッカートは、ほとんど枯れ木のように干からびていた。フランソワに右手を斬られ、リアブに殺す価値もないと捨て置かれ、心身共に衰弱していた。そのあまりに哀れな姿に、牢番も拷問吏も手を出しにくかった。


「……間違いありません。私は兄を殺してミア家の家督を奪い、ベクォン家の反逆に加わりました。その後、罷免されて向かってきた姪を、殺すように指示しました」


 エッカートは染み出るような声色で、自身の罪状を認めた。武人の名門たる覇気はない、誰の目にもそう見えた瞬間、「しかし」の一声と共に空気が変わった。


「娘を片や殺され、片や何年間も異国へ送り、孫まで死地へ放り込んだ先王に対し、咎める事も諫める事も、憤る事もない兄を傍観している事など出来ませんでした。十中八九の者は私を間違っていると糾弾するでしょうが、私は自分の行いを悔やんではおりません」


 言い切ったエッカートの目は、かつての気迫を取り戻していた。大罪を犯した自分を正当化しているわけでも、開き直っているわけでもない。ただ、まっすぐに構えているだけだった。


「……よろしい、エッカート・ミアは事実上の容認、と」


 裁判官や書記にも緊張が伝わった。そして、次なる者の名が呼ばれた時、観覧席はどよめいた。


「被告、ニック・ミア。汝はエッカート・ミアの反逆に関する連座、陛下の勅書を切り捨てた反逆罪、ニバラク侯爵領軍の指揮権を簒奪した罪に異論はあるか?」


 裁判官の読み上げに、ニックはフードを脱いだ。どよめきはますます大きくなる。ニックの表情に曇りはなく、その目ははっきりと弟グレンを捉えていた。


「いいえ、ありません。それらの罪はすべて事実です」

大陸暦六一六年、雄牛の月初旬

ニック様は、内々に驚くべきご決断をなされた。全ては人のため、国のためであろう。しかし、如何様に仰られても、にわかには受け入れがたく、時間の掛かる問題だろう。

   ニバラク侯爵ドネッドの呟き『雄牛の月五日』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ