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第百三話『長い一日の終わり』

 大陸暦六一六年、大魚の月初旬―

 商業都市ジリボンを包み込む黄昏の色を押し広げるように、白銀の輝きが天まで届くほどの柱となって屹立した。その場所は言うまでもなく、衆議塔があった中央部であり、銀の光柱はそこを崩落させて現れた銀の巨人から放たれた。中央の馬車発着ターミナルに展開していたハーム王国軍、ニバラク侯爵領軍、キトリヤ地方傭兵隊、ベクォン公爵領軍はただならぬ雰囲気に警戒し、守りを固めて後退した。


「銀屍兵が崩れていく……」

「ニックの奴がやってくれたのか?」

「いや、まだ分からん。油断するなよ、コンラッド君……!」

「分かってます、キャシック将軍」


 声を上げたのはコリンズだった。ほとんど動かなくなった銀屍兵が、剣や槍を取り落としては膝を付き、次々と地面に倒れ伏しては古びた陶器のようにひび割れ、朽ちた石壁のように崩れていった。銀の巨人の光が止み、銀屍兵が倒れてゆく。ハーム軍の勝利ではないかとざわつく中、コンラッドやキャシックは周囲の動揺を鎮めるのに苦心した。油断した所に一撃をもらう可能性は無いわけではない。


「光の柱が細くなっていく……」

「見ろ、人影が天に昇っていくぞ」


 方々から声が上がる。消えゆく白銀の光に包まれながら、五つの人影が空に吸い寄せられるように昇っていくのが確認された。その光景に、軍を問わず壮年以上の将兵に天を仰ぎ、涙する者が現れた。その人影の一つがマルシアであった事を、何となく感じ取ったのかもしれない。

 光の柱が消える。辺りは再び夕陽の射し込む黄昏色に染まり、柱があった場所には、衆議塔の瓦礫さえ転がっていない空間が広がっていた。そして、その中心に若い男女をはじめとした集団が降り立っている。


「おい、あれはニック様ではないか!?」

「本当だ、ニック様だ」

「ミリアム様もご無事だぞ!」

「待て、あれはアリシア様では!?」


 パッテンが口火を切る。リアブや他の兵士も声を上げ、その歓喜の気配はやがてジリボン市街地全域に広がっていった。兜を脱いで左手に抱えたニックの姿が見える。杖を突きながらも顔を上げるだけの気力を見せたミリアムと、ルイスを後ろ手に締め上げたエリスが立っている。ニックの鎧のマントを巻いて裸体を隠したオリビアを抱えていたのはアリシアだった。


「全軍、静まれ!」


 よく通る声で広場の歓喜を制したのはキャシックだった。コンラッドが旗手から軍旗を受け取り、厳かな足取りでニックに歩み寄る。奔放な性分で気の置けない友人ではあるが、こういう時に礼を失する事はない。差し出された軍旗を受け取ったニックは、それを高く掲げた。


「此度の反乱の首謀者、ルイス・ベクォン公爵を生け捕った! 我が軍の勝利だ!」


 ニックの勝利宣言に、将兵は大いに沸いた。本来ならば敗軍の兵であるベクォン公爵領兵も、無差別に襲い掛かってきた銀の巨人や銀屍兵を相手に、共に戦った事で味方とみなされている。ルイスの身柄はリアブに預けられ、恨み募るハーム兵やニバラク兵からの報復を防いだ。ニックからすれば、この公爵にはまだ価値がある存在なのだ。


「ニック様、やりましたな」

「お前なら出来ると信じてたぜ」


 キャシックが駆け寄り、コンラッドがニックの肩を叩く。辺りを見回すと、ほとんどの将兵が負傷しており、無傷の者など片手で数えるほどしか見当たらなかった。それほど、この戦いが激しかったという事である。


「エリス、あなた生きてたの」

「死んだかと思った? 生憎だけど、しぶといんだよ、あたしは」


 驚き半分で話しかけたシャーリーンに、エリスは悪戯っぽい顔で答えた。エリス自身も生きて戻れるとは思っておらず、ニックとミリアムの為に命さえ投げ出す気でいた。亡国の皇族の末裔である事から、放っておけなかったのだが、その真意に気付くものは無かった。


「父上、やけに大人しいですね。ニック様が戦果を上げられたのです」

「……マックス兄、今しばらくは、静かにしてあげて下さい」


 ニックの姿を認め、喜色満面で駆け出さんばかりだったパッテンが、妙に静かであった。勝利宣言で最高潮になったまま、やりとげた顔で目を閉じていた。肩を貸していたマックスに掛かる重さが段違いに増し、フロリナの声は震えていた。


 戦いは終わった。ジリボンの市街地を染めてゆく、燃えるように赤い夕陽の色は、傷つき倒れた者達の血と魂の色であった。長い一日が終わった。



 大陸暦六一六年、大魚の月上旬―

 戦闘の終結から数日、王都ボートミールへ向けて使者が出された。

 ジリボンの攻略とベクォン公爵ルイスの捕縛による内乱の終結と損害報告、そして将兵の戦果報告が記載された書簡を携え、使者の一団がジリボンを後にする。重要な書簡のため、キャシックが銀騎兵まで護衛に付けていた。


「して、各地の復興に関しては陛下の判断を仰ぐとして、暫定的に都市機能を回復させる必要はある」

「キャシック将軍、市街地の各所にベクォン公爵派の残党が潜んでいるとの報告が入った」

「そちらは私の兵で警備を強めよう。リアブ将軍は逃亡したモクニモ海運とクン・セイ工房の幹部の捜索を頼みたい」

「分かった。しかし、復興は誰に任せるべきか」


 建物の損壊を免れた東側市街地の宿屋を貸し切り、即席の司令部としたハーム軍は、入り口付近の開けた場所に机や椅子を集めて会議の場としていた。とはいえ、概ね発言しているのはキャシックとリアブであり、マルキヤはあまり積極的に関わる気配がない。マックスもあまり得意ではなく、フロリナは議事録の草書に忙しかった。ニックとアリシアも同席しているが、立場上口を挟むべきではないと感じていた。


「申し上げます、近衛隊の紋章を掲げた軍船が接岸しました」

「近衛隊だと? 指揮官は誰だ」

「はっ、ホレイショ殿です」


 近衛隊が来たという報告に、多くの者が顔をしかめた。死力を尽くして勝ち取った後からやって来て、その上に居座るつもりか、そんな気配が見て取れた。さらに、ホレイショと折り合いの悪いマルキヤは眉間に深く皺を寄せている。

 程なくして、アンドリューとレーミッツに連れられたホレイショが、近衛兵を伴って現れた。明らかに歓迎する雰囲気でない事は、各々の視線から手に取るように分かった。無論、ホレイショもそういった反応をされる事を織り込み済みで踏み込んで来る。それはそれで、別の勇気がいる行為だった。


「会議中、失礼します。アギラ、シオンタに続き、ジリボンの復興に関する陛下のお考えを記した書簡をお持ちしました」


 ホレイショの言葉に、会議場には殺気に近い気配が立ち込めた。キャシック、リアブ、マルキヤ共に、国王はニックであるべきと思っている節が強いだけに、それを差し置いてグレンが即位したという事実が腹立たしいのだ。もしこの場にパッテンがいたら、それこそ修羅場に達する可能性さえあった。


「ご苦労であった、ホレイショ殿。復興にはこちらでも煮詰まっていた所です、陛下のお考えにも、一読の価値はありましょう」


 そういって立ち上がったのはニックだった。この緩衝材こそが自分の役目である、そう思っていた。書簡を受け取り、リアブに手渡した。この中では最も中立に近いのが彼だからである。広げて一読し、机の上に置いた。主な内容はジリボンの復興計画であったが、それは復興というより新たな都市計画であった。


「遷都を前提とした計画とな」

「此度の反乱は、王都が国の南西に位置し、キトリヤ伯爵領の挙動に対応出来なかった事にも反省点が置かれました。国内中央であるジリボンに遷都し、各方面の情勢を見やすくするというのが計画の主旨です」


 ホレイショの説明に筋は通っていた。しかし、人的、経済的損失の補填のための復興が優先されるべきというのが現場の意見であり、もちろんそちらを優先した上で、という一言も付け加えられた。


「それと、賞罰の沙汰を行いたいので、遅くとも来月末までに帰還するように、との事です」


 右しかないホレイショの眼光が、一瞬だけニックを射抜いたように見えた。

大陸暦六一六年、大魚の月

ハーム王国軍、ベクォン公爵領軍に勝利し、ベクォン公の反乱終結。

ジリボン攻略戦にあたり動員された兵はハーム王国軍、ニバラク侯爵領軍、キトリヤ地方傭兵隊合わせて八〇〇〇。

戦車二二〇輌、火砲二〇門、軍船十余隻、軍馬一二〇〇頭、飛竜四〇頭、その他後方支援や兵站担当多数。

兵の半数が死傷し、兵器や物資も三割以上が喪われた。

『覇輪将』チャールズ・パッテン将軍戦死、砲艦ソウ・セイジ沈没など、多大な損害を被ったとされている。

   ―ハーム王国軍記『ハロルド三世治世の時代』より

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