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第百一話『心のゆくえ』

 大陸暦六一六年、大魚の月初旬ー

 銀の巨人の中枢にて、ルイスと向き合ったニックは拡翼の陣を取り、各自に指示を出した。人数が少なくとも、連携もなしに各個で動くよりはずっと良い。展開する直前、ニックは各々にもう一つの指示を追加した。


「ロスは右手側に、母上は左手側に展開、ウォーレンは私と共に中央で前に出る。ミリアムは後ろから術式で援護してくれ」


 ウォーレンを中央に置いたのは、オリビアからよく見えるためである。思考を奪われつつも、彼の存在自体が精神的な揺さぶりになるからである。事実、迫り来る金色の茨には先ほどまでの殺気が感じられない。ルイスに魔力を供給させられているオリビアが動揺しているためだった。


「くっ、どうなっている。オリビア、魔力が不安定だぞ」


 ルイスの呼び掛けも、オリビアには届かない。娘の意識を奪ったのは父に他ならない。自身の拙い魔力を注いでなんとか奮い立たせ、茨の奔流をニック達に向けて放った。


「違うだろう、お前の魔力はこんなものではないはずだ」


 口火を切ったのはロスだった。ベクォン家の挙兵直後、コリンズと共に潜入したジリボンの、街角のカフェで出会った頃の記憶が呼び覚まされる。テーブル一つの至近距離から、二人のほぼ同時の攻撃を防いだ障壁の使い手が、こんな無様なはずがない、そう言いたかったのだ。茨は数こそあれど、その一つ一つは脆く力がない。大小二振りの剣で呆気なく切り刻まれ、絡み付く事さえかなわなかった。


「あんたを恨んではいないさ。だから、こんな目に遭わせるのは間違っている!」


 続いたのはウォーレンだった。ミリアムを連れて港まで走り、炸裂火の直撃を受けながらも守り通した男の存在は、オリビアにとって一つのトラウマに近かった。ウォーレンは赦している、だからこそ、彼女の現状が許せないのだ。短い槍を巧みに操り、突いて払って茨を散らす。戦いというより荒くれ者の喧嘩に近い。槍の柄に絡み付いた茨も、力ずくで引き千切られた。


「無駄よ、今の貴女の魔力では、ニックどころか私達でさえ倒せないわ」


 マルシアの剣が茨を断ち割る。剛のフランソワと対になる柔の剣だが、決して軽いわけではない。キャシックと共に学院にいた頃は、武術においては姉妹で一、二を争い、後の銀騎将が相手でも引けを取らなかった。その太刀筋はエリスのそれと似ているが、速さはともかく重さが段違いだった。蘇ってから、共に過ごした仲であるオリビアの事は、彼女がよく知っていた。


「本当に、貴女には本当に言いたい事が山ほどありますわ!」


 四人の後ろから術式で援護しつつ、ミリアムが叫んだ。魔光弾や炸裂火を連弾で撃ち出し、壁や天井伝いににじり寄る茨を打ち払う。反撃はルイスの障壁で防がれるも、常に攻勢を掛ける意思を崩さない。一番の友が来ている事を知らしめるには、障壁を構築するオリビアの魔力に、自らの魔力をぶつける事が有効であった。一際大きな高熱の炸裂に、障壁がより強く波打った。


「オリビア、聞こえるか。君は公爵の人形などではないんだ!」


 声を掛け、派手に立ち回って茨を断つのはニックの策だった。ルイスがオリビアから魔力を引き出しているのであれば、そのオリビアの心を揺さぶる事が得策と踏んだのだ。事実、障壁の揺らぎは大きくなり、茨の奔流はその勢いに弱々しさを増した。状況は優勢、ルイスを追い込むのも時間の問題、そう思われた時だった。

 瞬間的に感じた冷気、ふわりと吸い寄せられるような感覚、その全てが次の瞬間に帰結した。


「まだだ、まだ終わらん!」


 ルイスから白銀の衝撃波が放たれ、迫りつつあったニック達は大きく吹き飛ばされた。金色の茨はその勢いを取り戻し、奔流どころか怒濤の如く迫っていた。ミリアムが放った炸裂火を平然と弾き、床も天井も砕きながら突っ込んでくる。後退りしながらルイスに目を向けると、自身からも白銀の輝きを放っていた。魔力を放出したのだ。


「そうだ、簡単な事だったよ。私の魔力で金色の茨冠を強めれば良い。そうすれば、ますますオリビアの全ては私のものとなる」


 独り言のように語るルイスの目に光はなかった。元の魔力が乏しいにも関わらず、放出を始めてしまったのだ。この状態になった魔法使いを元に戻す方法はない。本来、これは捨て身の秘術なのだ。つまり、ルイスはそれだけ追い詰められたと言ってよかった。


「さぁ、オリビアよ。奴らを絞め殺してしまおう。今度こそ、私達の始まりなのだ!」


 ルイスの聡明かつ狡猾な所は、彼自身の魔力はあくまで茨冠による支配にのみ注力されている事だった。この怒濤のごとき茨は全て、オリビアの魔力によるものだ。先ほどまでとは異なり、心も喪われ掛けている。言葉は届かず、ほとんど無機質で本能的な、茨の渦が迫っていた。

 床の敷石がめくれ上がり、壁の石材が砕ける。天井の崩落も起きているが、それらはニック達に降り注ぐ前に茨によって弾かれた。恐ろしいほどの速さに面食らったニックとミリアムが絡め取られた。


「ニック様!」

「くそっ、さっきとはまるで別物だ!」


 ウォーレンが声を上げ、ロスが絡み付いた茨に剣を突き立てるが、刺さるだけで断ち切れる気配はない。それどころか、ロスまで絡め取られそうになる。ウォーレンが槍で叩いて払うが、数も勢いも先程とは比べ物にならない。


「だったら、本体を叩くまでよ!」


 マルシアが駆け出した。槍衾のごとく迫る茨を紙一重でかわし、床一面に絡み合う茨を踏み越え、ルイスとオリビアに迫った。剣を振り上げて踏み切り、飛び込む。振り下ろされた刃は障壁に弾かれる。態勢を立て直し、払い、突き、再び振りかぶって打ち下ろす。その全てが防がれていた。


「無駄だよ、この障壁もオリビアの魔力だ。貴女では破れない」

「そうだとしても、私はあの子達のために戦わなければならない!」

「何故だね。もう憎き王は死に、忌まわしきモノゲア帝国の娘が産んだ王子が後を継いだ。ミア家が我が軍門に参じた以上、あの二人はどちらにせよ長くない」

「黙れッ!」


 ならば、ここで死なせるべきだ。ルイスの言葉を、マルシアは遮った。剣は刃こぼれと亀裂で今にも折れんばかりではあるが、その気魄は決して衰えてはいない。武人の名門ミア家の者が成せる気丈さだった。


「貴様は何だ。姉も娘も魔力の触媒に変え、自分だけ『流れる銀』の毒から逃れてのうのうと座している!」

「そうだ。私がこの国を作り変える。そして私は王になる。王は座するものだ」

「貴様ッ!」


 吼え猛るマルシアの四肢を、茨が絡め取った。剣は巻き付かれて砕け、抵抗を止めない彼女の顔に鞭のごとく蔦が飛ぶ。口内が切れて口許から血の筋を垂らしても、その目はまっすぐにルイスを捉えていた。


「やれやれ、やはりミア家の者だな。エッカート殿も中々に剛毅なお方だったが、流石はその姪だ」

「その名を口にするな。父を殺し、ミア家を乗っ取り、国に弓を引いた大逆者だ!」

「しかし、その姿では何も出来まい。縛られている子らに、モッツ将軍に晒した痴態を見せてやろう」


 マルシアの顔が引きつった。学院の後輩に当たるモッツが軍に入り、キャシックの部下になった後も、自分を慕っていた事は知っていた。しかし、自分は王妃になり、ニックとミリアムを産んだ後に死んだ。反魂の術式で現世に舞い戻った後、記憶に焼きついたのは(けだもの)の本性を剥き出しにしたモッツの毒牙だった。意識がはっきりした後も、その劣情をぶつけられた数は両の手に収まらなかった。

 やめろ、叫びは恐怖で声にならない。絡み付いた茨が衣服を破らんとした、その時だった。


「誰が縛られているって?」

「母上様、助かりましたわ。今度は、私達が助ける番ですわ!」


 茨の束縛から逃れたニックとミリアムが立っている。傍らにはエリスとアリシアが立っており、ロスとウォーレンに迫った茨は、ブブシャシャとツハーによって退けられていた。


「馬鹿な、オリビアの魔力をより強く引き出したのだぞ。何故……」

「お前が母上の相手に付きっ切りになった。そこへ隙が生じたんだ」


 ニックが天井に剣を向ける。怒濤の勢いで暴れ回った茨が天井を砕き、それらの一部は勢い余ってアリシア達のいる心臓部にまで達していた。そうなれば、あとはそこを伝って降りて来るだけだった。膨大な魔力の配分に精密さを欠く辺りが、ルイスの魔法使いとしての技量と素養の不足を物語っていた。


「私とミリアムで一気に踏み込む。援護してくれ」


 向き直ったニックの姿に、ルイスはひどく狼狽した。銀の巨人の中枢、金色の園の終焉が近付いていた。

日時不明

ブランドンの奴がマルシア様に惚れてたかって?

そりゃぁ、その頃の学院にいた奴は半分くらいが知ってたよ。たまにフランソワ様がからかってたなぁ。

   モッツと同年代の近衛兵中隊長の証言

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