なんか獣人と魔物が大変らしい。
いやー!チョコもどき!
恋しかったよこの味!!たまにしか食べられないから、しっかり味わって食べないと……。
次は祝いのケーキ!
うっまーい!!口から光線出せるレベルで美味い!語彙力崩壊する!!
「ネマ、口の周りが汚れているわ」
マーリエが呆れつつも、汚れを拭いてくれた。
「美味しくて言葉がでない!!」
「大丈夫よ。その分、顔で表現しているから」
「んん?」
マーリエの言葉に首を傾げると、陛下が楽しげに話しかけてくる。
「そんなに喜んでもらえたら、私も嬉しいよ」
味わって食べたはずだけど、頭を使ったからかあっという間になくなった。しょんぼり。
「それで、ネフェルティマ嬢。以前提案してくれた、子供たちと獣人の交流をやってみないか?」
確かに、そんなことを言ったような記憶がある。
今、そんなことを言ってくるってことは……。
「もしかして、獣人がおそわれている事件のせいですか?」
「ネフェルティマ嬢の耳には入っていたか」
となると、交流をしてもその問題は解決しないかもしれない。
事件の根本にあるのは難民問題だ。
ガシェ王国やライナス帝国では『避難してくるのはいいけど、あとは自分で頑張ってね』というスタンスだ。
その代わり、難民発生の原因が国同士の紛争や内戦だった場合、積極的に介入し、早期終息させて、難民を国に帰す。
ただ、今回の発生原因はイクゥ国の旱魃を始めとする、ラーシア大陸南西部の災害、それに伴う情勢の悪化、紛争と一つではない。
だいぶ状況が落ち着いているとはいえ、まだ難民が帰れるほどではないと思われる。
「貴族の子供たちを集めて、獣人と交流を持たせても、成果が出るのはかなり先だと思います。へいかは、獣人が襲われることがなくなる足がかりにしたかったのですか?」
「流れを変えるきっかけになればと思っているよ。我々皇族や貴族の行動はね、ネフェルティマ嬢が思っている以上に影響がある」
陛下が例え話も交えて説明してくれた。
皇后様が新しいドレスをお披露目したら、翌日には貴婦人たちの話題に上がり、似たデザインのドレスを作り始める。早ければ十日後には、帝都や近隣の都市の夜会で、それを着た女性が現れる。
そして、都市から都市へとドレスのデザインが伝わっていき、約五十日ほどでライナス帝国全土に広がると。
さらにその頃になると、商業組合の伝達屋が客寄せの話題として扱うようになり、風聞誌も出回るそうだ。
「ふうぶんしってなんですか?」
初めて聞いた言葉だったので遠慮なく質問した。
「あぁ、君たちには馴染みがなかったね。その地域の噂を集めた読み物のことだ。商人たちが遊び心でやっているそうだが、これが意外と侮れないんだ」
陛下は実物を見た方が早いだろうと言って、侍従にわざわざ取りにいかせた。
侍従さんが急いで持ってきてくれたものを手にすると、物凄く見覚えのあるものだった。
少し大きな紙の両面は、大小様々な文字とイラストで埋め尽くされている。
そう、これは新聞だ!しかも、朝刊ではなくゴシップ色の強いスポーツ紙!いい噂から悪い噂まで、プライバシーガン無視の超地元密着版!!
しかもちゃっかり広告欄まで設けてある……というか、誌面の半分が商店の広告だわ。
「……商人ってほんと商機を見逃さないというかなんというか」
地域ごとに特色が現れるため、旅行で訪れた人はネタとして購入していくこともあるみたい。
庶民の娯楽の一つなのだそう。
見せてもらったのは帝都の風聞誌なので、有名店の新商品や皇族がお忍びで……!?
「ルイ様がお忍びでお店でお菓子買っていたって書かれているけど?」
「そこのクレデュールが絶品でね。今度、ネマちゃんにも買ってきてあげようか?」
クレデュールはライナス帝国北部の伝統菓子で、短い秋に生えるクレ草を練り込んだ揚げクッキーのこと。
厳しい冬がやってくる前に、美味しいものを食べて英気を養おうってことで昔から食べられている。
クレ草は甘い上に栄養価が高く、油で揚げてあるのでカロリーも高い!
冬眠する前の動物が、せっせと脂肪を蓄えるのと似ているなと思った。
「買ってきてもらえるのは嬉しいですが、お忍びが見つかっていては意味がないような?」
「別に見つかってもいいんだよ。皇族が国民の生活を知っていると、国民に知ってもらうのは大事だからね」
皇弟がお菓子屋さんに出没したら、国民はめっちゃ驚くと思うけど、親近感も湧くかもしれない。
つまり、皇族の好感度アップに風聞誌を利用している!
「風聞誌がどういうものか理解したかな?それでだ。普段表に出てこない皇子が、貴族の子供と獣人を集めた催し物をやったと報じたら、どうなると思う?」
そりゃあ、注目度バツグン!貴族も庶民もどんな催し物だったのか知りたいだろうし、参加した家はいろいろな茶会に招待されそう。
そうか!マスメディアを使って風潮を変えていく戦法か!
だけど、懸念がある。
そうやって獣人が注目されればされるほど、目立とうと獣人を襲う輩が出てくるのでは?
そうなると、死者が出るような事件が起きてもおかしくない。
交流会をやると同時に、事件への対策も必要だ。
「それだけ影響力があるなら、やってみる価値はあると思います。しかし、獣人がおそわれている事件の対策はどうなっていますか?」
「捜査自体は順調だが、どうやら届けられていない事件の方が多いとのことで、全体の被害を把握できていないらしい」
そうだよねぇ。
慣れない土地で事件や事故に遭っても、実害が少なかったら言わないと思う。国が違うのならなおさらにね。
「一時的な措置として、帝国民、難民問わず、被害を申告してくれた獣人の捜査をエルフを主体とする班で行うのはどうでしょう?」
被害者は加害者のことをまったく知らない場合が多いと思われる。
なので、精霊に聞くのが一番早い!
あまり移動をしない地の精霊とか、いろいろ目撃しているかもしれないし、高確率で加害者の身元がわかるんじゃないかな?
もし、虚偽の申告をする獣人がいても、精霊に聞けば一発で嘘だとわかるしね。
そういったことを陛下に説明した。
「なるほど。国が本格的に取り締まっていることが知れ渡れば、抑止力にもなるか」
精霊はどんなに可愛くても、神様に連なるものだからね。信仰し、畏怖する者も多いから、その心理を利用するのも手だと思う。
「では、その方向で一度検討してみよう」
素人意見なので参考程度にしかならないだろうが、いい案が出るきっかけになれば嬉しい。
「それとダオ。警衛隊の第二体制への移行はどれくらい進んでいる?」
「あ……まだ半分ほどです」
警衛隊の第二体制とは、皇族が公務を行う上で、信頼のおける隊員を必要な分確保し、なおかつ皇族が警備に対する知識を有している状態のことを指す。
それを聞いてくるということは……。
「半分か。それならなんとかなるだろう。貴族の子供と獣人の交流を行う案件を、公務としてダオに任せたい」
「えっ!?」
やっぱりーって気持ちと、ダオのびっくりした顔は可愛いなぁって感想と、ダオ一人なのは心配っていう不安が同時にきた。
「誰にでも最初はある。クレイを補助につけるから、たくさん手伝ってもらえばいい」
陛下、人選間違ってない?
クレイさん、ダオのためだからと言って、一人でやっちゃうよ!
「マーリエさんとネマさんも、ダオをお手伝いしていただけないかしら?」
皇后様にお願いされ、マーリエは即承諾する。
私もすぐ承諾するつもりだったけど、皇后様からのアイコンタクトに気づいた。
ま、まさか……。
「わかりました。クレイ様がぼうそ……専断的な言動をしたら、ルイ様に報告します!」
「なんで僕!?」
「クレイ様をいさめるのはルイ様の役目なんでしょう?」
ルイさん、よくクレイさんを注意してたじゃん!
他の方でもいいけど、テオさんはあまり遭遇しないので報告が難しい。
エリザさんは……面白がって諌めてくれない気がする。
陛下もマーリエ父もお忙しい。
そうなると、かなりの頻度で私の部屋にサボりに来るルイさんが一番報告しやすいんだよね。
「ネマちゃんでもクレイを言いくるめられると思うけどなぁ。なぁ、ユーシェ」
なぜかユーシェに同意を求めるルイさん。だけどユーシェは無視!耳すら動かさない徹底ぶりだ!
「まぁ、クレイもまだ未熟だ。人を導く難しさを知るいい機会になるだろう」
クレイさんの成長も促すつもりなのかな?
ダオを上手くサポートできれば、クレイさんも誰かを教え導く匙加減を学べるかもしれないね。
とにかく、ダオを甘やかしすぎないようしっかり見張らねば!
次の日も三人集合して、獣人交流会について話し合う。
何をするのか決めてから、クレイさんに入ってもらう予定。
「寝る前にずっと考えたんだけど、みんなでまた宝探しをやりたいなって……」
よほど宝探しゲームが楽しかったのだろう。
大勢でやればもっと楽しいと訴えるダオ。
「大勢ってどれくらい?貴族の子供は招待するとして、獣人たちとどう関わらせていくかが問題だと思うな」
ダオ……というか、マーリエ母の派閥の貴族は参加してくれるだろう。
ダオと同じ年頃の次男、三男がいるお家なら、保険として参加するはず。
あとはクレイさんの派閥で、子供がいるお家は参加してくれるかもしれない。
「パウル、ダオの交友会で参加していた子供の人数覚えていたりする?」
「十二家門十八名です」
あのとき、いろいろと調べていたから知っているかなぁってダメ元で聞いたら、即答された。
そうすると、貴族の子供は多く見積もって四十人くらい?
ちょっと多いから招待は絞ってもよさそう。
「獣人の家門は少ないわよ?それに、あちらも帝都寄りの貴族を嫌っているでしょうから、招待を受けてもらえないかも」
「……貴族の派閥、面倒くさい!!」
マーリエの言葉に、思わず本音が出てしまう。そうしたら、パウルの目が鋭くなった。
あとで小言を言われそうだなぁ。
「とりあえず、貴族側の参加者と獣人の参加者を確保できたていで話を進めましょう。ダオは宝探しがやりたいのよね?」
「うん。でも、パウルが作ってくれたみたいな手がかりを、ちゃんと用意できるか不安なんだ」
あれは私が謎解き要素をリクエストしたからだけど、自分たちで問題を作れるかと言われたら無理だな!
うーん、私ができるのはなぞなぞくらい?前世の知識の流用になっちゃうけど。
そもそも、なぞなぞで子供と獣人が仲良くなるのか??
「宝物って一つでないといけないの?」
マーリエの疑問に、私とダオは互いに顔を合わせた。
「ネマ、宝物をいっぱい隠して、いっぱい見つけた組が勝ちっていうのはありかな?」
「ありあり!見つけやすいものと見つけにくいものを作って、見つけにくいものは獣人が見つけられるようにすれば、みんな協力しそうじゃない?」
勢いで言っているから、何度も同じ言葉を言って自分でもこんがらがってきた。
「えーっと、見つけにくいって例えばどんな?」
「獣人は身体能力が高いから、高い場所に隠すとか?」
パッと思いついたことを口にしたら、失礼ながらとパウルが意見を述べる許可を求めてくる。
「子供の遊びに大人が参加するのは不公平となります。行うならば、獣人も子供にすべきです。また、参加者がすべて子供の場合、獣人でも身体能力が発達していないことを考慮された方がよろしいかと」
なるほど。仲良くなることを優先するなら、子供たち同士の方がいいに決まっている。
私は獣人かっけー!ってなればいいなぁと思っていたが、そっちの方が断然いい!
「貴族籍を持つ獣人の子供は少ないと言ったでしょう。どうするの?」
マーリエが人の話を聞いていなかったの?と言わんばかりに、パウルを問い詰める。
「貴族にこだわらなければよいのです。幸い、ライナス帝国軍には多くの獣人が在籍されておりますし」
その手があったかー!!
みんな私と同じ気持ちなのか、誰もパウルの案に否を唱えない。
「帝国軍の獣人の子供を参加させる利点がもう一つ。獣人の子供は軍人の親から、貴族のよくない話を聞いている可能性があります。しかし、子供は自分が体験したことを近所の子供に自慢したりしますよね?」
これは……陛下がやろうとしているマスメディア戦法と合わせれば、かなり獣人の印象を変えられるのでは?
「そう言われればそうね。さすがパウルだわ。本当、ネマには過ぎた執事ね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
パウルだけでなく、我が家の使用人はみんな凄いんです!
「パウルはあげないよ」
「……親友の使用人を奪うようなことはしないわよ」
ふふふっ。親友って言うときにちょっと恥ずかしそうにするマーリエは可愛いねぇ。
思わずマーリエの頭をよしよししたら、叩き落とされた。ツンデレさんめっ!
「ネマもマーリエで遊ばないで。とりあえず、見つけにくい宝物は獣人の子供を基準に考えるとして、その基準がわからないと決められないね」
「ごめん。そこら辺はクレイ様に相談するのがいいかも。軍部に協力をお願いしないといけないし、獣人の子供の能力はけいえい隊の獣人さんに聞いてもいいんじゃないかな?」
「……そうだね。じゃあ、クレイ兄上にすぐ相談できるよう、内容をまとめようか」
そう言ってダオは、宝探しの基本ルールやそこから派生する案を紙に書いていく。謎解き方式、宝物の数での加点方式といった具合に。
そして、知りたいことも箇条書きで出してみた。軍部に多くいる獣人の種族、獣人の子供の能力、開催できそうな場所などなど。
それと一緒に、話し合いをしたいというお手紙を添えて、あとは送るだけ。
「クレイ兄上から返事が来たら知らせるね」
そろそろマーリエが帰らないといけない時間も迫っているので、今日はここでお開きとなった。
◆◆◆
ダオからの連絡を待っている間にびっくりすることが起きた。
「ネマお嬢様、お客様がいらっしゃいましたよ」
パウルに言われて、突然来るってことはルイさんかなと思って後ろを振り向いたら……。
「おにい様!?えっ?えっ??」
お兄ちゃんがいた!!
「ネマを驚かそうと思って、内緒で来ちゃった」
ドッキリが成功したことが嬉しいのか、お兄ちゃんは満足そうな笑みを浮かべる。
キラッキラな笑顔を見て、ようやく夢じゃないと理解した。
びっくりしながらもお兄ちゃんに抱きついて、朝の挨拶をする。そして、ライナス帝国に来た理由を聞く。
「ちょっと忙しくて遅くなってしまったけど、セリューノス皇帝陛下へディーの契約者になったことを報告しにね」
ミルマ国から帰国してからのことを改めて聞いたら、とても忙しかったのだとわかる。
というか、ヴィにこき使われすぎでないかい?
まず、王様にミルマ国でのことを報告。これは、パパンも同席したらしい。そのときに、ディーも紹介した。
それから、ヴィに聖獣の契約者が担う仕事を教えてもらい、情報部隊の隊長さんと面談して、ヒールランからの要望でシアナ特区の視察へ向かったそうだ。
何でも、シアナ特区現場管理部門の面々から、レイティモ山の魔物たちの一部を別の場所に移してはどうかという意見が出ているらしい。
ゴブリンも私がシアナ特区に行ったときよりは多少増えているし、増えづらいのは群れを賄える餌の確保が難しくなっているのではという見解も出ているとか。
それで、ゴブリンとコボルトで有志を募り、お引っ越しを検討しているそうだ。
「ネマに一つお願いがあるんだけど……」
お兄ちゃんは少し言いづらそうに言葉を続ける。
「シンキを数日間貸してもらえないかな?」
「森鬼を!?」
「コボルトの方は問題ないんだけど、ゴブリンたちがね……。できるだけ要望を聞いてあげたいし、シンキにならみんな遠慮なく言えると思って」
鈴子もちょっと頑固なところがあるからなぁ。森鬼になら正直な気持ちを話すかもしれないと考えたのか。
「ということは、お引っこし先は決まってないの?」
「候補地としては、レニスの森とディルタ領南部のヒェルキの森、あとは以前見にいったミューガ領の山一帯だよ」
ミューガ領の山と聞いて、嫌な記憶が蘇る。
上から降ってくる大量の虫。お姉ちゃんとパパンによって焼かれ、周囲に漂う香ばしい匂い。
「ミューガ領の山は危険なんじゃ……?」
「調査をした結果、あの一帯の一部で以前ネマが言っていた条件に合う場所があったらしい」
……私、どんな条件出していたっけ?
ちょっと記憶が曖昧だったので、森鬼に聞いてみることにしよう。
森鬼を呼んで、あの山のことを聞いたら覚えていたので、もう一度ゴブリンが住める条件を教えてもらう。
「水の確保が容易なことと、雨風をしのげる寝床だな」
うん。大抵の生き物には必須の条件だったわ。それでもって、災害の危険がない場所ね。
「僕としてはレニスの森の方が安全だと思うんだけど、住民たちにはまだ恐怖が残っているはずだから、今のところ最有力はヒェルキの森だね」
森の主様、元気にしているかなぁ。
私としても、主様がいる森の方が安心だが……コボルトの襲撃を受けたレニスの街の人たちのことを思うと無理は言えない。
「だから、一度シンキにヒェルキの森を見てもらって、移住が可能そうであれば、その移動にも同行してもらいたいんだ」
「……同行するかどうかは、お引っこしする子と森鬼が話し合って決めた方がいいかも」
移住先の下見やゴブリンの説得に森鬼が必要っていうのはわかる。
でも、移動にまで森鬼がついていくのはどうだろう?
この移住は言うなれば、巣立ち。
今回は群れを分ける形なので蜂の分蜂に近いけど、その独立しようとする群れに、群れの上位がついていって守るのは巣立ちと言えるのかな?
「ゴブリンって、どうやって新しい群れを作るの?」
動物に照らし合わせるとおかしい行為でも、魔物は勝手が違うのかもしれないと思って森鬼に聞いてみた。
「長が気に食わないと思ったら、群れを出る。一匹で出ていくこともあれば、群れの半分以上を引き連れて出て行くものもいる。別の群れに入ったり、その群れを奪うことだってあるぞ」
森鬼さんや。それは、仲間割れというのでは?
でも、本当にそのときの状況によって異なるのであれば、森鬼がついていっても問題ないのかなぁ??
「森鬼はお引っこしが決まったら、新しい場所まで同行したい?」
「……新しい群れの長が誰かによる」
うーん、闘鬼や守鬼はちょっと不安だよね。でも、鈴子はレイティモ山に残ってもらわないとだし。
となると、やっぱり森鬼が話し合って決めるべきだよ。
「おにい様、お引っこしするゴブリンたちの長は決まってないんでしょう?」
「そうだね。一応、ヒールランがスズコに説明して、決めるように言っているよ」
「じゃあ、やっぱり、森鬼に一任する。本当は私が行きたいけど……」
ダメ元で、私が行く方が確実だよって匂わせてみたが、お兄ちゃんの顔を見たら言われなくても察した。
うん、無理だよね。
「シンキが移動にも同行することになると、数日では戻ってこられない。そうなったときは、ディーをネマの側につけるから安心して」
「でも、おにい様はどうするの?」
そもそも、ディーの了承を得ている?今、凄くしょんぼりした顔になってるよ?
「僕はヴィルについていることが多いし、王都にいればそう危険はないから大丈夫」
ヴィルの周りは一応、警備もしっかりしているけども!我が家の使用人たちも手練れ揃いだけど!
「おにい様はまず、ディーを説得するべきだと思う」
こんなにしょんぼりして、ディーが可哀想でしょ!!
お兄ちゃんは少し慌てた様子でディーへ語りかける。
ちょいちょいお兄ちゃんが黙っちゃうのは、念話も使っているのかな?
たぶん、私に聞かせられないことがあるからなんだろうけど、お兄ちゃん、器用だね。
私は、口でしゃべってすぐ念話とかできないよ。
変なところに感心していると、どうやらディーの説得に成功したらしい。
まぁ、ディーならお兄ちゃんの言う通りにするって思ってた。お兄ちゃんのこと大好きだもんね!
「じゃあ、シンキ。荷物の準備をしておいで」
お兄ちゃんにそう言われた森鬼は私を見つめる。
私は私で理解が追いつかず首を傾げる。
「ん??」
さらに、そこへ追撃を加えるのはパウルだった。
「シンキの荷物でしたら、こちらにご用意しております」
パウルが手に持っているのは小さい鞄。
いやいや、荷物少なくね?って思ってしまったけど、そこじゃない。
「もう連れてくの!?というか、おにい様はもう帰っちゃうの?おねえ様に会ってないのに??」
お姉ちゃんは今朝、珍しく愚痴りながら学術殿へ登校していったんだけど。
お姉ちゃん、お兄ちゃんが来るのを知っていたな!
「うん。カーナには、僕が謝っていたって伝えてくれる?」
本当に慌ただしい中、会いにきてくれたようだ。
そんな忙しいお兄ちゃんを引き留めるわけにはいかないか……。
わかったと頷くと、お兄ちゃんが力強く抱きしめてくれた。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
「森鬼はおにい様といっしょに行って」
これから直行するというディルタ領のヒェルキの森を下見して、レイティモ山でシシリーお姉さんや鈴子からしっかりと話を聞いてから、移住自体が群れの利益となるかを判断して欲しい。
そして、少しでも気がかりなことがあるなら、全部お兄ちゃんに伝えることを森鬼に厳命する。
お兄ちゃんには、森鬼が移住しないと判断したら、それを受け入れてくれるようお願いしておく。
「それから、こういうことはなるべく早く教えて欲しかったな」
事前に聞いていれば、いろいろと案を出せたと思う。
「……それは本当にごめん。言い訳になるけど、忙しくて報告書とかも全部ヒールランに任せていたんだ」
「じゃあ、その報告書を私にも読ませて!」
「すぐに手配するよ」
お兄ちゃんはこのまま、ディーに乗ってディルタ領へ行く。
「ディー、おにい様と森鬼のことお願いね」
――ぎゃぁう!
元気なお返事をもらったが……忙しくて疲れているお兄ちゃんに、常識に疎い森鬼、お兄ちゃんに甘いディーではやっぱり心配だ。
バルコニーから飛び立つ二人と一頭を見送ったあと、私はパウルにあるお願いをした。
お兄ちゃんのお仕事を手伝える人を増やして欲しい。
たぶん、ジョッシュだけでは処理できないくらい、いろいろとお仕事を抱え込んでいるのだろう。
「旦那様へご報告はしておきますが、人員の増加は難しいかもしれません」
「なんで?」
「ラルフ様がお忙しいのは、ヴィルヘルト殿下が関わっているようです。王宮でのお勤めは、我々はお手伝いできませんし……」
ヴィめっ!
仕方ない。ヴィにお兄ちゃんをこき使うなってクレームを入れるか。
「わかったわ。じゃあ、ヴィに直談判ね!」
ということで、ヴィにはこれでもかっていうくらいわかりやすく、文句を書いて送った。
手紙ではなく、でっかい紙にでかでかと『おにい様を休ませろ!』と。
そしたら返事が『間抜けめ』だった。解せぬ!!