閑話 契約者は多忙。(ラルフリード視点)
ミルマ国から帰国して、少しはゆっくりできるかと思ったら、そうはいかなかった。
国王陛下に聖獣の契約者になったことを報告すると、どこから聞きつけたのか、関わったことのない人たちからも様々な招待状が届いた。
その招待状よりも多かったのはご令嬢の身上書。
ヴィルのお相手も決まっていないのに、僕の婚約が決まるわけないのにね。
「ラルフの手が増えたから、これで刑を進められる」
ヴィルが帰国してから真っ先に行ったのが、とある騎士たちの拘束。
その数は二十六名にもおよんだ。
彼らは国民を守る騎士でありながら、イクゥ国の商人に誘拐した国民を売っていた罪に問われる。
主犯格の元統括本部隊隊長を始め、実行犯は数人なのだけど、手助けしていた者たちが厄介だった。
彼らは皆、名に誓っているため、隊長らの犯罪行為を証言することができない。
証言を得るためには、誓約法に基づいて対処する必要がある。
ヴィルは時間を見つけては彼らを説得し、ラース殿のお力で名の誓いを一時的に無効して証言を集めていた。
名の誓いを一時的にでも無効できることに驚いたけど、ディーに確認したら契約者は皆できるそう。
だからか、と思ったのは言うまでもない。
ヴィルに代わって僕が、手助けをした騎士たちから証言を集めることになった。
証言を聞くたびに、あの狸な隊長を許せないという気持ちが強くなる。
そして、ようやく逮捕できたときには、帰国してから十日以上経過していた。
だけど、それで終わりではない。
これから、刑を決める審議が行われる。
それに向けての準備を進める中、情報部隊のシーリオ隊長から面会を申し込まれた。
『光の聖獣様にお会いできて、本当に!本当に!光栄ですぅぅぅ!!』
都合をつけて、王宮でシーリオ隊長と会うことにしたのだけど、彼が入室したとたんに何かが飛び込んできた。
その正体は精霊。ディーの周りを踊るように飛び回っている。
「騒がしくて申し訳ございません」
「大丈夫です。彼女は土の中位精霊ですよね?」
謝るシーリオ隊長に、少し気になったことを尋ねる。
「見えないでしょ?土の精霊とは思えないくらい騒がしい奴なんです」
土の精霊は、他の精霊と比べると内向的で穏やかな性格をしている。
だから、凄く元気な土の精霊がいることに驚いた。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
シーリオ隊長が僕に会いにきたのは、僕が聖獣の契約者となり、精霊と意思疎通ができるようになったからだった。
国の有事の際、精霊を通じてやり取りをすることもあるからと。
「私にはもう精霊を従える力は残っていません。見聞きできるだけの精霊術師です」
「それは……」
精霊を従える力を喪失した精霊術師は、その多くが心を病み、行方をくらます。
今まで見ていた世界が失われ、いつも側にいた存在が消えるのだ。
精霊術師にとって、精霊との繋がりがどれだけ大切なことなのか、今なら理解できた。
「なので、ラルフリード様にも迷惑をかけることもあるかと」
『ディー様の契約者さん、お願い。シーリオを助けてあげて!』
精霊の必死さが伝わってくる。それだけで、二人の関係性も見える。
「できるだけの範囲で、という約束になってしまうけど、それでも構わないのであれば力になります」
国のことを考えると、シーリオ隊長を支えてあげられるようにするのが最善だ。
だけど、僕にはネマがいる。
ディーから授かった力は、ディーの宝物を守るために使うべきだ。
「それで構いません。それと、私にはヴィルヘルト殿下から風の精霊をつけられていますので……」
シーリオ隊長が話しているのに、彼の周りにいた風の精霊たちがはしゃぎ出す。
『はいはい!』
『シーリオのお守りをやってるのー!』
『ヴィルとよく一緒にいる子だ!』
ヴィルの側にいた精霊たちだからか、僕のことも覚えていてくれたみたい。
「シーリオ隊長の周りは賑やかで楽しそうだね」
「おかげで傷心する暇もないです」
そう言って苦笑するシーリオ隊長。
もう精霊にお願いすることはできないけど、精霊たちとヴィルの働きで心を病まずにすんでいるようだ。
それから僕に話せる範囲で、情報部隊が今、どんな事案を抱えているのかを教えてくれた。
その最たるが、聖主の正体と居場所を突きとめること。
シーリオ隊長はヴィルの人使いが荒いと嘆いていたけど、これに関しては僕もヴィルと同じ……いや、それ以上に知りたい気持ちが強いので、しっかりと励ました。
彼が頑張れるようにと、疲労回復の治癒魔法もかけておく。
「休みが欲しい……」
疲労回復をしたけれど、気力は回復できなかったか。気力は本人の気持ちに左右されてしまうからなぁ。
力なく呟いたシーリオ隊長は、自分の部隊へと戻っていった。
僕も屋敷へ帰ると、すでに父上が帰宅していた。
父上が普段帰宅する時間より早いし、やけに上機嫌なのが気になる。
「父上、ただ今戻りました」
「ラルフか、お帰り」
おいでと手招きをされたので、やはり何かあったのだろう。
父上の側に行くと、机の上には不思議なものが置かれていた。
「これは……ネマからですか?」
「あぁ、筆立てだそうだ」
だから、変な空洞があるんだ。
ずいぶんとこだわった感じが伝わってくるネマの力作だけど、なぜ同じものが二つあって、そのうちの一つには色が塗られていないのか?
気になったので父上に問うと、それはもう自慢したくて堪らなかったという笑顔で説明してくれた。
「こちらは私が色を塗って、ネマが使う分だ」
僕とネマが陽玉の飾りを作ったのが、よほど羨ましかったのかな?
そんなことで張り合わなくても……と思う反面、僕が父上の立場だったら凄く悔しく感じるだろうね。
父上とネマ談義を楽しんだあと、自室に戻ったらジョッシュに手紙を渡された。
ネマからの手紙ともう一枚は……ヒールラン。
珍しいなと思いつつ、ヒールランからの手紙を先に読む。
そこには、シアナ特区の現状と、できれば会って話がしたいと書いてあった。
「これは、シアナ特区に行く必要があるね」
「すぐに向かわれますか?」
ジョッシュに予定を聞かれ、僕は二日後に向かうと告げた。
二日あれば、ヴィルに押しつけられた分の仕事もどうにかできるだろう。
最悪、ヴィルに押しつけ返せばいいしね。
なんとか都合をつけて向かったシアナ特区。
以前よりも賑わっているようだけど……。
「ラルフリード様、ご足労いただきありがとうございます」
「いや、ヒールランに任せてばかりだからね。それで、レイティモ山の魔物たちはどんな様子?」
ヒールランに会って話がしたいと言われた内容は魔物たちについてだった。
彼が言うには、ここ最近様子がおかしいそうだ。
「コボルトたちは安定というか、もはや魔物と人の集落のようになっています。問題はゴブリンで、以前よりも積極的に冒険者を襲うようになりました」
「ゴブリンが?」
コボルトとは違い、ゴブリンとともにした時間は少ないが、彼らが積極的に人を襲う姿が想像できない。
どちらかと言えば、冒険者と不意に遭遇してしまい、逃げるために攻撃する印象がある。
「黄の冒険者を集中的に狙っているようです。五匹が一斉に一人を襲い、荷物を奪って逃げます」
なんだか話の様相がおかしくなってきたな。
「食料だけ奪い、荷物は山に捨てるので、すぐ回収できるようです」
「つまり、戦うことよりも食料を得ることが優先になっているってことだね?」
ヒールランは頷く。
「ゴブリンたちは、冒険者を酷く傷つけることはせず、顔見知りの冒険者がいると、餌をねだっていました。私もよくねだられます。ただ、ホブゴブリンのスズコたちが……」
ヒールラン、スライムにも魔力をねだられていたのに、ゴブリンにまで……。
魔物たちに受け入れられている証拠だとしても、少し不憫だ。
それにしても、スズコたちにも何か問題があるのか。ちょっと頭が痛くなってきた。
「新人冒険者の指導で青以上の冒険者も山に入ることがあるのですが、強い冒険者を見つけるとスズコたちは戦いを挑んでいるみたいで……」
「あぁ、それじゃ新人の指導なんてできないか」
大まかにだけど、魔物たちの状況を把握した。
ネマがいない影響がじわじわと出ているのかもしれない。
「これは個人的な意見ですが、レイティモ山だけではもう限界なのだと思います。それに、当初ネマ様が考えていたものとは、異なる方向に進んでいますし……」
そうだよね。
僕も、もっと殺伐としたものになるのではと思っていた。
しかし、実際に蓋を開けてみれば、コボルトは人と共存生活を営み、ゴブリンたちも人との距離を縮めている。
「それで、ヒールランはどう対処をするか考えてはいるの?」
「今の群れを分け、別の場所で暮らすべきかと」
しかし、簡単に魔物を結界の外に出すわけにはいかない。
シアナ特区のようにする必要はないと思うけど、結界を張らない場合にはいざというときの備えが必要となる。
以前、視察に行ったミューガ領の山か、それとも……。
「ヒールラン、この話は一度持ち帰って、父上の判断を仰ぐ。それから、今日話してくれたことを報告書にまとめること。魔物の移住についてもまとめられそうだったら頼みたいな」
「畏まりました」
結局、レイティモ山を見にいく時間がなくて、すぐに戻らないといけない。
レイティモ山の魔物たちのことは、精霊に見ててもらうことにした。
本当に、変な行動を取っているのか確かめないとね。
僕はヒールランに見送られ、ディーに乗ってフォーベに行き、転移魔法で王宮へ。
ディーに乗って移動時間を短縮できるようになったのは嬉しい。ディーと空を飛ぶのは、散歩みたいで楽しいから苦じゃないし。
まぁ、オスフェ家の護衛たちからは怒られるけど。
それから父上にもレイティモ山のことを報告し、以前行ったガシェ王国の災害危険調査をもとに、魔物たちを移住させる候補地を絞る。
それとは別に、僕は独自に精霊たちにお願いして、国内の魔物の分布を調べた。
すると、三巡足らずして、魔物の分布はほぼ戻っているとみていい。
ただ、やはりラーシア大陸の南西部はまだ、魔物も他の生き物も数が極端に少ないままだそうだ。
ガシェ王国やライナス帝国が食糧支援を行っているとはいえ、食べるものがなく、国から避難する難民の流出が続いていた。
レイティモ山の魔物たちを国境沿いに移すのは、やめておいた方がいいかもしれない。餌となるものがなければ、人を襲う危険が高くなる。
だとすると、精霊宮を守る森が近いディルタ領南部のヒェルキの森が相応しいかも。
魔物たちのことで慌ただしくしていると、ヴィルに呼び出された。
「ラルフ、そろそろ精霊王たちとライナス帝国への挨拶をしたらどうだ」
「あ、そうか。契約者になったから、精霊宮に立ち入ることができるんだっけ」
ラーシア大陸の中央にある精霊宮。そこに住まう精霊王様方の話はヴィルから聞いたことがある。
本質が精霊だからか、変わったお方々のようだ。
「じゃあ、もう少し落ち着いたら……あ、いや、なるべく早く行ってくるよ」
急に意見を変えた僕を、ヴィルは不思議そうに見てくる。
「ほら、レイティモ山の魔物を移住させる件。ネマの意見も聞きたいし、実行するならシンキに協力してもらえないかなって」
「シンキを連れてくるとなると、ネマがうるさそうだな」
面白がるヴィルだけど、確かにネマの説得が大変だと思う。
◆◆◆
その日も朝から忙しかった。
精霊王とライナス帝国皇帝にお会いするのだから、身嗜みをとジョッシュがうるさい。
とは言っても、精霊宮の入り口からは森の中を歩かないといけないので、過剰に着飾られるのは困る。
失礼のない程度で動きやすい衣装を選んだ。
初めての精霊宮はとにかく凄かった。
別の世界に迷い込んだ感覚がしたけど、ネマが喜びそうな場所だとも思った。
あと、精霊王様方も強烈だったな。
ヴィルが言っていた以上に癖のある方々で、圧倒された。
精霊王様方に翻弄されたあとは、ライナス帝国皇帝のセリューノス陛下との謁見だ。
事前にディーに乗っていくと話を通していたけれど、宮殿に聖獣が降りられる大きな露台があるのは便利だね。
オスフェの屋敷にも造ってもらおうかな?
謁見の間の前まで来て、少し緊張してきた。
セリューノス陛下とは幼い頃にお会いしたことがあるけど、あのときはヴィルの遊び相手としてだったし……。
『水の聖獣がいるって』
『青天馬のユーシェ様のことだね』
精霊に聞いたのか、ディーがそわそわし始めた。
初めての聖獣に緊張しているのかな?
大きな扉が開き、僕の名前が告げられた。
僕は御前まで進み、公用の礼一位を取る。
「楽にしてくれ」
陛下のお許しが出たので、顔を上げてなるほどと納得してしまった。
ネマがライナス帝国に行ったばかりの頃、手紙に皇帝が若い、子供が五人もいるなんて思えないと綴っていた。
目の前にいる陛下は、僕が記憶しているお姿のまま。十巡近く前とまったく変わっていない。
「ガシェ王国公爵家、デールラント・オスフェの嫡子ラルフリードが、獅子光ディーと契約したことをここにご報告いたします」
「よく来た。青天馬ユーシェと契約者セリューノスは貴殿らを歓迎する。……さて、堅苦しいことはここまでにしよう」
陛下がそう告げるやいなや、玉座の方から青天馬様が駆け降りて、ディーの前に来た。
青天馬様は翼をはためかせながら、頭を上下に振る。
頭を振る動作は馬でも見かけるけど、青天馬様を馬と同じに考えていいのだろうか?
「ユーシェ、落ち着け」
『水さんが知識を譲ってくれるって!』
青天馬様はディーと仲良くしたくて、来てくれたみたいだ。
『よかったね。でも、はしゃぎすぎないように』
少し緊張していたディーだけど、歓迎してもらったのが嬉しかったのだろう。尻尾だけでなく、青天馬様と同じように翼をはためかせている。
さすがに大丈夫だと思うけど、謁見の間を壊したら大変だからね。
「……では、改めて。同じ契約者同士、我々も仲良くやろう」
「ありがとうございます」
とは言え、何か関係が変わるわけではない。
陛下との会話も、ネマに関わるものばかりになるのも当然だろう。
ただ、なぜか会話が弾み、予定されていた時間をすべて使ったのには、自分でも驚いた。
「名残惜しいが、そろそろ時間のようだ。何かあれば今のうちに聞くが?」
「おそれながら、獅子光の行き来をお許しいただきたく存じます」
「……光の聖獣殿だけか?」
僕が頻繁にライナス帝国を訪れるのは難しい。
なんだかんだとヴィルの相手をするのは宰相位を継ぐためのものだし、シアナ特区といった領地の仕事も抱えている。
結局、ルノハークの問題が片づかなければ、僕も父上もゆっくりなんてできないんだろうなぁ。
「ヴィルヘルト殿下の最側近としての務めもございますので、容易に国を出ることが叶いません」
陛下はご存じだろうが、国の状況を簡単に言えるわけもなく。申し訳ないけど、ヴィルを理由に使わせてもらう。
陛下はそういうことならと、すぐにお許しくださった。
「ヴィルは真面目すぎるからな。上手く力を抜けるよう、貴殿からも働きかけてやってくれ」
皇帝としてではなく、伯父としての発言のようだ。僕はそれに是と答えた。
陛下はヴィルのことを理解していらっしゃる。
ミルマ国でもそうだったけど、ヴィルは周りに頼るということをしてくれない。なんでも一人でやろうとする。
そういう部分だけは、ネマを見習った方がいいと思うんだ。
ネマは、自分ができることとできないことをちゃんと理解している。できないことは周囲の力を借りてどうにかしようと動くし、現実的に無理であれば引き下がる。
まぁ、今は引いているだけかもしれないけど。
『お話、終わった?』
ディーはすでに青天馬様との交流を終えていて、ちょっと退屈そうにしていた。
『終わったよ。ネマのところに行こうか』
僕たちが謁見の間を辞そうとすると、青天馬様が鳴いた。
――ぎゃうっ!
ディーも返事をする。短い時間だったけど、ずいぶん仲良くなれたみたい。
謁見の間を出て、ネマの部屋へ向かっている道中で、青天馬様とどんな話をしたのかディーに聞いてみた。
『水さん、新しい聖獣が来て嬉しいって言ってた。今まで水さんが新しい聖獣だったから』
陛下の青天馬様は、ディーの前に来られた聖獣様だったのか。
『それから、今度は愛し子と一緒に遊ぼうって誘ってくれたよ』
ライナス帝国の聖獣様の中で、ユーシェ様が一番遊び相手をしてくれると報告にあったことを思い出す。
聖獣は成体で現れるので、年齢という考えはないそうだけど、ディーとユーシェ様を見ていると幼さを感じる。
……経験値の差、だろうか?
『ネマも凄く喜ぶよ。でも、僕がいないときは、ネマを乗せて空を飛んではいけないよ?』
『うん。約束、守る!』
謁見の間がある場所から、皇族が住まう場所へ足を踏み入れる。
そこから、案内してくれている侍従の他に、軍人が増えた。僕の監視役だと思われる。
彼らに不信感を与えない程度に建物を見ているけど、ガシェ王国の王宮とは内部の造りもかなり違う。
ネマのことだから、最初はよく迷子になっていたんじゃないかな?
ようやく、ネマとカーナの部屋に到着した。侍従が言うには、本来、第二皇女に与えられる部屋なんだって。
「お待ちいたしておりました」
出迎えてくれたのはパウルだった。
「ラルフ様のご要望通り、ネマお嬢様にはお伝えしておりません」
さて、ネマは驚いてくれるかな?




