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第六話 偽物(俺達)が幸福達(真)につけられる

第六話 偽物(俺達)が幸福達(真)につけられる



 世界はとても優しくて、恋は甘いお菓子みたい。

 なあんて、思っているわけでは、ないけれど。

 それにしたって、と茜音は思う。

「前途多難だ……」

 いや、それはわかっていたけれど、と呟いて、天井を見上げた。

 ベッドに寝そべって見上げる天井は、なんだかとても高いような気がする。

 決まって一人きりだから、だろうか。それとも、こうして天井を見上げるのは、困ったとき、だからだろうか。

 仲は良い、と思う。

 距離は近い、はずだ。

「でも……」

 それはきっと、埋まらない。

 最近はそのことを、よく考える。

 埋めるつもりの距離。

 だけどそれは、近いからこそ、一歩を慎重に進まなければならない。

 壊さないように、逃さないように。

「恭吾くん」

 兄のことをそう呼ぶようになったのは、いつからだったか。

 『お兄ちゃん』と呼ぶことに、年齢的な抵抗を覚えた、のも確かにある。でも、それ以上に。

「恭吾くん」

 名前を繰り返す。その意味を知ってか知らずか、彼はいつも『お兄ちゃんと呼んでいいんだぜ?』と繰り返す。

「お兄ちゃん」

 そう呼ばれて喜ぶあの人のことを、考える。

 好意に嘘はない。

 願いに偽りはない。

 けれどいつでもすれ違う。

 立ち位置を変えて、くるくると回りながら、それは振り付け通りに踊っているみたいに。

 視線を壁に向ける。

 あの人の居る二つ隣の部屋に。

 一部屋分開いた距離。

 それがきっと、あの人が引く、心の線だ。


 ドアの前で、深呼吸を二つ。

「すー、はー。すー、はー」

 そして、ノックは三度。親しみを込めた略式のノックに、気づかれてはいるのだろうか。

「どうした?」

 声がかえってくる。あの人の声。

「恭吾くん?」

 茜音はドアを開けて、部屋に入る。その姿を認めた恭吾は

「もう寝る直前なのだろう、相変わらずパジャマ姿が素晴らしく天使な妹は、」

「はいはい、そういうのいいから」

 思わず頬が緩みそうになるのをこらえながら、呆れたそぶりでそう口にする。素直じゃない。そう思うけれど。

 照れを悟られないように少し距離を置いて、机の椅子をひいて座る。

「いつも言っているが、隣に座って良いんだぜ?」

「ねえ、恭吾くん」

 ベッドをたたきながら笑う恭吾から少し視線を浮かせて、話しかける。

「ああ、お兄ちゃんは妹に素っ気なくされて大変哀しいです。この寂しさを癒やすには妹分を充電しなきゃならないなぁ」

「機会があったらね。話、すすめていい?」

「むぅ。つれないなぁ。まるでブラックバスみたいだ」

「はいはい……いや、それ結構釣れるでしょ」

 軽口をたたく最中も、視線は兄とその頭上をふらふらと彷徨う。

「それで?」

「え?」

 切り出した恭吾に、茜音が首を傾げる。

「なにか、用があったんだろ?」

「え? ああ、うん……」

「いやまあお兄ちゃんは用がないのにきてくれてもいっこうにかまわないけれどね。いやいやむしろ俺に会いに来てくれたのかい? デレ期に突入かい?」

「はいはいデレ期デレ期」

「全然デレ期じゃない! デレ期だというならちゅっちゅっいちゃいちゃなはずだ! デレ期だというならさあ早く!」

 芝居ががかった早口でまくし立てて、恭吾は茜音に視線を向ける。

「ふー」

「ため息っ!?」

「……ばか?」

 と、言いながら、茜音は立ち上がる。

「やれやれ、俺がバカだなんてそんなの言うまでもな……え?」

 そして、恭吾の頬に、キスをした。

「……デレ期」

「な、なにをするだぁー」

 顔を赤くして恭吾がのけぞる。

「え? え?」

 キスされた頬を押さえながら、恭吾が茜音の方を見る。

「ばか」

 頬を染めた茜音が部屋から出て行くのを、恭吾は呆然と見つめていた。



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