第五話 シスコン(俺)が彼女(偽)に不意を突かれる 3
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風。
ボールを受け取った俺の感覚がそれを読み取る。
目の前には敵。踏み出す、一歩。
俺は左側へとボールを蹴る、かのように――足を踏み込み、左足を振る。それにつられた敵は重心を傾け、ボールを追わんとする。
――だが。
それはフェイク。俺の左足はボールの上を素通りし、大地を踏みしめる。相手がそれに気づこうと、もはや手遅れ。俺は右足でボールを突き、彼の左側を――駆け抜けるッ!
身体を傾けてしまった奴は反応できずに、俺の遙か後方へと置き去られる。
ペダラーダの真似事、児戯に過ぎぬそれも、しかしこの場に限れば十分に力を発揮する。
続けて次の敵、今度は前へ蹴り出すそぶり、相手が身構えたかどうかのタイミングで、足を引き戻す。その際足裏をボールに引っかけて、同様に引き戻し、そのまま右前方へ流す。崩れた姿勢の敵は追いつけず、また俺の後方へと流れていく。
そして、俺が敵を引きつけることでフリーになっていた鴨下へとパスを出す。地べたに慣れた敵には対応しにくい、浮かしたミドルパス。
鴨下はそれを胸でトラップし、そのままシュート。ボールは空気を裂き、キーパーの手をかすめる事も無くネットを揺らした。
相手が蹴り出した途端に鴨下がボールを奪いに走る。狭いフットサルコートでは迂闊に後ろに出せずに、横へと流したボールを奪う。
開始直後でまだ敵が固まっているため、強行突破は難しい。
――難しい? それは不可能ではないと言うことだ。
二人の敵がほぼ同時に立ちふさがる。抜けるか?
「クライフターン!」
宣言するかのごとく、使うフェイント名を叫び、左足を大きく踏み出す。動いた俺の右足に釣られ、クライフターンの側、俺の左へと注意が向く、瞬間、俺はアウトサイドでボールを蹴り出す。マシューズフェイントだ。ボールとは反対側、俺の右側へと傾き、二人を抜き去っていく。
見えるッ、見えるぞッ!
開始と同時から前に走り出していた鴨下へパスを。奴がそのままシュート。ディフェンスの薄いエリアを抜けて、シュートが再びネットを揺らした。
…………。
かくして。二試合目は圧倒的に差をつけて勝った、のだが。
「……体力が……」
日頃の運動不足。たった数分で俺の体力は底をついた。
試合を終えた俺はよろよろと、校舎のあたり、地面が土ではなくコンクリートになっている場所に腰を下ろした。
校舎の壁に背を預け、ぐったりと座り込む。
だめだ……明日絶対筋肉痛、などと思いながらへたり込む。動く気力がもう無い。頭も回らない。
「うーあー」
ペットボトル片手に、ゾンビのようなうめき声を上げる。
と、影が差す。誰かが隣きたようだが、顔を動かす気力も無い。
「やっほ」
と、声からすると明日葉のようだ。
「お疲れ」
「ああ……」
「将を射んと欲すればまず馬を射よ、というわけで疲れた馬を討ちにきました」
「なんだそりゃ」
明日葉の声は少し楽しそうだ。なんだか、重荷を下ろしにきたようですらある。
「先日、恭吾君の家に泊まりに行った時に、考えたのですが」
「ああ」
カーテン越しの会話を思い出す。しかしやはり頭が回らず、明日葉が何を言っていたかまでは思い出せない。
「……恭吾君は、好きな人、いますか?」
「妹」
そこだけは即答だった。頭が回っていないなら、なおさらだ。
「いえ、そういうのではなく」
ぴしゃり、と明日葉が言い放つ。頭まわらねー。明日葉の方を向く元気もない。
「あー、じゃあいねえよそんなもん」
言葉使いが乱雑になる。別に機嫌が悪いわけではない。ただ億劫なのだ。
「そうですか」
「んあ?」
ぬぐいきれない違和感に、明日葉の方を向く。彼女は体操着姿のまま、横に座っていた。視線は俺の方ではなく、前を向いていた。
「私、考えたのですが……茜音ちゃんが好き、という気持ちに嘘はありません」
「ああ」
とりあえず頷く。
「でも、性的じゃないのかも知れません」
「性的って」
もう少し言葉選べや、と思う。
「恭吾君もそうでしょう?」
「あのな、」
と言葉を続けようとして、迷う、俺はなんと言えば良いのだろう。ああ、本当、頭が回らない。
「まあ、いいんじゃないのか?」
「え?」
回らない頭のまま、思いついた言葉を口にしていく。
「恋人と好きだの別れただのはあるが、猫と別れただのって話はないだろ」
「はぁ……」
明日葉よくわからない、という風に頷いた。
「まっとうなら死ぬまで付き合うし、多かれ少なかれペットロスはある。それは好きってことだろう、間違いなく」
何も性的なあれこれだけが「好き」ではなかろうよ、とは口にしたか思っただけか定かではない。
「そっか」
と明日葉は笑った。
「そういうことなら、ですね」
と言葉を句切り、明日葉はまっすぐに俺を見た。
「私、馬も結構好きかも知れません」
「なに、変態告白なの?」
「ばーか」
そう言って笑いながら、明日葉は立ち上がって、チームメイトの方へ去って行った。その後ろ姿を見送ってから、俺は力を抜いて、空を見上げる。コンクリートの冷たさが、疲れた身体に気持ちいい。
「青いなぁ……」




