第九章
「解導因子が若干の離脱者を出しながら、消息を絶った」
瓢宇が中央部の情報を拾っていた。
風唯は酩酊型Lショットを飲んでソファに寝ころび、ぼんやりとしているところだった。
「ついでにだが、圃惟可という人物殺害の理由でおまえと汽御離が指名手配された。ただ、どこからか出処かがない」
「奇貨がとんでもない化け方しやがった。面倒くさい……なにがなんだか、もうわかんないよ。とりあえず、襲ってきそうなの皆殺しにすればいいんだろ? 派出めがいい? 地味め?」
料理の注文を取るようだ。
今の彼女は本体では無い。
パーソナル・サイドという本体からのコピーだった。
手袋の下の左手が、身体はイマジロイドの物だということを物語っていた。
これをハッキリと知っているのは緯麻だけのはずだ。
もう一人いる。
我汰流久だ。
瞳のぼんやりとした風唯は、無意識で言いながら頭の中は彼の元にいた時の事を思い出していた。
殺してきた。
流玖の元にいた時が、居場所そのものだった。
後ろめたさもなく、罪悪感もなかった。
元々生きること自体に絶望していた。全てを憎んでいた。彼女にとって居場所と殺しは同一語となっていた。
所詮、天乃原の存在など地上のまがい物で、劣化コピーが湧いたゴミ溜めでしかない。
三歳ほど年長だった流玖が何者かに襲われ、残ったのが腕を一本という状況になった時、彼の暗殺組織もバラバラになった。
風唯はコピーを造り、偽装して潜伏した。
左手を、流玖のものにして。
その後、一か月と経たずして緯麻に拾われた。
半年ほど、灯香警備会社第二課別室にいたが、気分は以前のストリート時代と軽く重なっていた。
所詮はまがい物同士の個人的思惑の私闘で、切った張ったをしているのだ。
再び、ただの生ゴミになった気分だった。
お陰で今は、怒りと恨みが混在した状態だった。
圧倒的殺意が彼女を生かしている。
相手として以前やり合い、勝手知った解導因子が来るというならば、幾らでも相手しようと暗い炎が蠢いていた。
「……なーんかよー、空軍の参謀次席に任じられたんだが」
のん気な声が、室内に起こった。
油とタバコの匂いをさせた桧珂偽が、そこに立っていた。
「良かったじゃないか。公人になったんだ。おめでとうだよ」
瓢宇は淡々と祝福する。
「あー、そういうのが嫌だから、自分で飛行艦艇買ってやってたんだがなぁ」
「経験を買われたんだ。しかもディスコルシアに。名誉なことだよ。聞いた話じゃ引退したかったとか。ちょっとした腰掛けで体験してみちゃどうだい?」
「そんなに軽いものなのか?」
困惑気な桧珂偽だった。
「軽い軽い。本人の意思以上に重いものはない。公的機関だろうが個人事業だろうが、関係ない」
本人の意思。
耳から聞こえてくる言葉に風唯は反応した。
そして確信した。
自分は天乃原で殺しをするためだけにいる存在なのだということを。
そうして、この世界を否定しているのだ。
死にたいという願望はある。
だが、その前に全てを破壊してやろう。
酩酊型Lショットで混濁させた意志は、いつの間にか渦巻く破壊諸衝動の塊となっていた。
『我らは「偽りの預言者」に死刑宣告を下す』
ディスコルシアが新たな声明を発表した。
天乃原の端に位置しながら、その建築時点から存在する艦は、一個の都市のように堂々と一つの世界を造っていた。
「……ディスコルシア支配区と比べたら、天乃原はほんとクソだったけど、あんたたちはどうなんだろうね?」
大き目のジャージにフリルを足したような服を着た少女が、感情のこもらない声でビハークルを訪れていた。
身一つでふらりと寄ったとでもいいたげな本人は、端譜菜だった。
ディスコルシア艦長の庶子である。
風唯は関心なさそうに、ソファに寝ころんでいた。
「まぁ、ウチはそのディスコルシアから無関心を強いられているのですがね」
その横に座った瓢宇は、久々に援助者がうかがってきたというのに、態度を変えることはなかった。
「仕事頼んでたけど? 全然やる気ないように思えてるんだけど?」
整った容姿の美少女だった。
ただ、どこか造られたモノかのような、人形じみたぶらっきぼうさがある。
今もワザとじみた腰に手を当てる姿で、艦橋入口に立っている。
「そういえば、どうなったんだ? 第一皇女を暗殺するって話」
瓢宇は、正面の汽御離に尋ねた。
「失敗したんだろうな、端譜菜嬢がここに来たということは」
他人事口調だった。
「そうよ、バレたわよ。お陰でここに逃げてくるしかなかったわ」
「……どいつもこいつも、ウチの艦をなんだと……」
小声で瓢宇はつぶやいていた。
「ただ、面白いものもってきたわよ。解導因子が艦長に直で連絡入れて、これからディスコルシアの君側の奸である不穏分子を大掃除すると言って来たわ。艦長以下、参謀たちや騎士団がブチ切れてたわ。もう、悶絶ものよ」
「そりゃ、悶絶しそうですな」
排除命令を出した相手が、ディスコルシアに君側の奸がいると主張したのだ。
「騎士団たちは?」
「あんな実戦経験のない名誉職な連中が、どうにかできるわけがないのよ」
汽御離の疑問に、端譜菜が応えて瓢宇が同意の頷きをした。
端譜菜は続けた。
「お陰で今、権力の中央にでてきたのが、正教会よ。一連の声明は、彼等から出てるの。さらに言えば、彼等はもうすぐ予言者が救世主を迎えると主張始めたわ」
内情を披露する。
「司祭の殺害がきっかけですか?」
汽御離が確認するよう聞くと、彼女は頷いた。
理解したと、汽御離は一呼吸置く。
「丁度良い。救世主がでるならディスコルシア本国ではなく、このビハークル支配区での奇跡にしたいですな」
ちらりと風唯に視線をやってまた口を開く。
「……ここを、ディスコルシアと天乃原の緩衝帯に持ち上げて、どっちにも影響与えるように出来れば理想です」
「さすが、汽御離。いうことが違う」
端譜菜が無表情のまま、コクコクとうなづく。瓢宇の表情は固まっていた。
「……ぶっ飛んだご都合主義っていうんだよ、そんな考えは」
やっと風唯が瓢宇の意見を代弁するかのように、面倒臭さ丸出しで言った。
「それは都合よくしようと計画してるんだ。ご都合主義といわれても構わないな。まぁ、この世を思いのままにするまでも行かないが、少しは美味い物を食べたいというところだ」
汽御離は落ち着いてた。
「ふむ。この子が風唯か」
端譜菜は寝ころんだままの彼女を見下ろす。
十八歳の身から見ると、まだ子供に思えるのだろうか?
風唯は、よっこらしょとソファに座り直す。
その雰囲気は一切の殺気を隠していなかった。
「暗殺失敗は申し訳ない。代わりに、あたしはここに手を出してくる奴らを皆殺しにすることを約束する。自覚のない生ゴミをゴミとして打ち捨ててやる。なんなら救世主も殺してやる」
へぇっと、端譜菜はやや目を大きくした。
「……良い者もってきたじゃん、天乃原に行っていた間に」
汽御離に言う。
「結果的にですがね。まぁ眼をつけたことは確かです」
「……あんたら、知り合い?」
風唯は二人のどちらともにもなく聞いた。
端譜菜がうなづく。
「汽御離はウチの、というかディスコルシアの対天乃原潜入工作員よ。まあ公式には死んでるけど」
「通りで怪しいわけだ。その工作員の評価はどうだったわけ?」
皮肉で端譜菜に尋ねた。
「可もなく不可もなく」
彼女は即答だった。
「酷いもんだ」
汽御離は言う割に、ニヤリとしていた。
風唯は、端譜菜の評価が知古ゆえのおふざけだとわかった。
淡々としているようで、皮肉を口にしたりどこか人懐こさを時々見せる少女だった。
ただの不器用か人物かと、風唯は結論を出していた。
ここに来たのは多分、逃げて来たのではなく、汽御離の言う緩衝帯を造る責任者として身を寄せて来たのだろう。
無表情に見えて、考えの読みやすい相手だった。
「ところで、解導因子の十一番隊がすでにディスコルシアに潜入してたわ。騎士団が討伐しようとして、隊員を崩壊まじかまで殺傷している。こっちに目標を変えそうよ」
「……名誉職の割にやるじゃないか。十一番隊と言えば雨霧か。新人だね。功を焦ったのかな」
風唯は相手を思い出していた。
「三番隊のやつも、追い返しただけみたいだな」
風唯に汽御離が確認する。
「どう出てくるかな?」
風唯はやっと楽し気な調子をだしていた。
稀珠雨霧は疲れ切っていた。
二十六歳。十一番隊長として初の任務は失敗に終わりかけていた。
自己の部下は次々と掃討され、本人は身一つでディスコルシアから脱出していた。
解導因子の隊員は隊長が能力を安全に使えるように生かすための存在であり、隊組織のシステムだった。
それも、もう失った。
しかし、ここで本部に連絡を入れるわけにはいかない。
何か成功したものを添えなければ、深模流が許すとは思えない。
彼が眼をつけたのは、統括機関へのディスコルシアの声明だった。
「偽りの預言者」とディスコルシアに否定されている扶壬は以前から知古の仲だ。
彼がこちらに向かっている。
雨霧は身を隠している錠丁に何とか連絡をつけた。
扶壬を殺すために。




