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偽りの預言者  作者: 谷樹 理


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第十章

 雨霧が会いたいという話はビハークルに来る前に来ていた。

 その一言が、扶壬がここまでやって来た理由だった。

 ビハークルに最も近い第十二区画のホテル。

 彼は朝に目覚めると、一階のラウンジに降りた。

 軽く手を振られ、見ると軌音だ。

「……それにしても、ここら辺一帯は相変らずだね」

 サンドイッチを片手に、紅茶をテーブルに置いていた。

「アウトフレームの調子は?」

「わたしも疏南も、郷乃のところで調整してもらったから問題なしだね」

「その疏南はまだ寝てるのかな?」

「地形調べに行った」

「……勝手に動くなと言っているんだがな」

「まぁまぁ。疏南だし」

 理由になっていないことを微笑みながら理由にする。

「種は植えたか?」

 軌音は頷いた。

「あたしは巫女だからね。ちゃんと、役目は果たすよ?」

 決意と包容力が混ざった声だった。

 彼女としては、それが疏南を不機嫌にさせている理由だともわかっていた。

 だからあえて、扶壬と朝から会わないように出かけたのだ。

「今晩、雨霧と会う。実況する準備は整ってるから。疏南が戻ってきたら、ビハークルに行く」

 コーヒーだけを口にして、彼は言った。





「北西方面で怪しい気配がする。人災統計機が、かなりの確率で騒ぎが起きると警告をだしてきた」

 朝食を取って艦長室に戻った瓢宇が、ソファに寝ころぶ風唯とニュースを漁っている汽緒離に言った。

「多分、解導因子が絡んでるな……」

 風唯はそのままで静かに殺気を隠しもしなかった。

「おまえ宛だ」

 瓢宇は、送られてきたメールを風唯の眼前に浮かび上がらせる。

『復活祭を執り行う。参加したし』

 短い文面に、扶壬と名前が書いてあった。

 風唯は上体を起こす。

 天乃原反政府勢力である統括機関のトップの名前であり、ディスコルシアからその活動を揶揄して「偽りの預言者」と名づけられた男だ。

 処刑指令も出ている。

「またややこしいことが起きそうだぞ」

 風唯は立ち上がり、軽く身体をひねるようなストレッチをした。

「大好物だがな」

 汽御離が顔を上げる。

「そんな偏食じゃロクな栄養取れないよ。あんたにはあたしのバックアップを勧めるね」

「食えるだけましと言いたいところだが、生憎認めたくないことに料理人は悪くないんだよな」

 汽御離も立ち上がる。

「こちらも戦闘用意をしておく」

 出口に向かう二人に瓢宇がいうと、風唯は軽く手を上げただけで返事をした。

 瓢宇がポイントをナビして、崩れた廃墟と瓦礫の隙間から生えた雑草や樹の生えた風景の中を身を隠しながら進む。

 やがて、やや盛り上がった丘のようなところに来た。

 ここだ。

 戦闘用に瓢宇が造ったLショットを飲んでいた風唯に、人の気配が幾つか感じられた。

「よぉ、久しぶりだな。地獄に生きてる気分はどうだ?」

 サマーセーターを着た長身で銀髪を後ろに撫でつけた男が、丘の上の一つの石に腰かけていた。

 風唯は相手に近づき、様子を見ていたことを悟られているのがわかったが、敢えて場所を変えないままでいた。

「……お陰様で、赤字営業だ。血しか垂れ流されてこない」

 面倒臭そうに、風唯は声だけで反応する。

「イマジロイドに、吸血機能があればな。今度造るのも面白いかもしれん」

 半ば冗談だろうが、扶壬ならやれそうだった。

「……これから復活祭だ。メンバーもそろった」

 楽し気に彼は言う。

 途端、風唯の視界が一瞬で変化して塔が幾つもそそり立った城壁の高い壊れかけた城が、目の前に現れた。

「……サービスしてやるよ」

 どこからか、錠丁の声がした。

 塔の一つが轟音を鳴らして崩れ落ちる。

 続き、城の一画が崩壊してゆく。

「アレは扶壬の身体の一部だ」

 汽御離が近くで、風唯に説明する。

 錠丁の能力は、辺りの風景を構築することじゃなかったのか?

 素朴な疑問を持つ。

「すでに何人かがアウトフレームを使っている」

 答えるように汽御離が言う。   

 風唯はますます動けなくなった。

 ゆっくりと崩壊してゆく城の中に、いつの間にか風唯達はいた。

 宮殿の扉から、銀髪の男がゆっくりと階段を下りてくる。

 不敵な笑みをたたえながら。

「錠丁の能力に、二つ他の能力が掛かっているな」

 汽御離が冷静に分析する。

「残り二つはどこのなにだ?」

 風唯は、眉間に皺をよせる。

「少し待ってろ」

 汽御離が辺りの気配を掴むように集中するのがわかった。

 瓦礫のような階段の途中で扶壬は止まった。

「あ……?」

 いきなり、風唯の意識に変化がおこる。

「……扶壬に二つの能力が影響している。一つは、『何かのモノを曲げる』能力だ。もう一つは、『何かの元を育てる』能力」

 アウトフレームを持つ者にとって、その能力を知られるのは手の内を見せるようなものだ。

 それをこの短時間でしかも複数絡み合っているというのに、汽御離は把握してみせた。

 彼は自身のアウトフレームである接続子ワイヤーの束を足元の地面に埋め込んでいた。

「介入は?」

 以前のファルコでのことを思いだし、風唯は確認してみる。

「三つがこんがらがっている。一体丸ごと乗っ取らないで介入は無理だ。その一体を今乗っ取っても、他の奴の能力を相手にしなければならないから意味がない」

 汽御離は言う。

 どこか意識に変調をきたしている風唯だったが無視する。手止めはリヴォルバーのシリンダーの弾丸を確認していた。

「……良いよ、一体で。順番に犠牲者出して行こうか。とりあえず扶壬だ」

「……ふむ」

 返って来た一瞬の沈黙が不満を表していたが、同意はしたようだ。

 彼も正体不明の頭痛に襲われていた。

 突破口がないなら風唯の意見しかないと、彼も考えたようだ。       

 もしくは逃げるかだが、風唯にその選択は存在しなかった。

 汽御離は一本の接続子を少し離れた場所にいる風唯の背中に差した。

 そして彼のアウトフレームが地中を這いながら、扶壬の足元まで行く。

 扶壬の両足首に何本もの接続子が絡んだ。

 鬱陶しそうに深く息を吐くだけで、扶壬に変化はなかった。

 辺りが突然に薄暗くなった。

「何だこれ!?」

 風唯は舌打ちしつつ憎々し気につぶやいていた。

 汽御離も地面に片手を付き、身体を支えている。

 天井の空が渦巻いていた。

 城の中の宮殿の階段にたつ扶壬は、差し込む一条の光の元、血まみれの姿で立っていた。

 誰の血か?

 風唯にはすぐにわかった。

 彼女が殺してきた者たちが流した血だ。

 悪寒がする。

 恐ろしさで、身がすくむ。

 眩暈が起こったかと思うと、頭の中がぐちゃぐちゃに回転した。

 風唯はリヴォルバーの狙いを付けた。

 扶壬の頭上に、羽の生えた人型の存在が何人も輪になって回転していた。

「私を否定しろ、風唯」

 引き金を引いた。  

 弾丸は肩口に当たった。

 三発、さらに打ち込む。

 全弾、胸の中央に集中した。

 扶壬は膝を落としてから、そのまま顔面から血面に崩れた。 

 眩暈は納まらない。

 むしろ、快感が彼女の前身を振るわせだした。

 背中から黒い翼が幾枚も生え、全身が暗い色調になり、口には牙が生えていた。

 自身で、おかしさに気づいていた。

 彼女はこれ以上の変化が起きないためと、錠丁の風景構築に対抗するため、左の手袋を取った。

 コピーした能力を使う。

 彼女は、周りの瓦礫を集めて急速に巨大化していった。

 太い足、だらりとした爪のある腕、首から垂れたかのような巨大な顎。

 クジラの姿そのものだった。

 錠丁が造る建築物を片っ端からその足や腕、顎ではないしてゆく。

 砂煙が吹き上がり、火災が起こる。

 轟音が連続して地面を揺らし、クジラの恰好になった風唯は暴れまくった。

 錠丁の構築が風唯の破壊に追いつかなくなる。

 城も、新たに建てられたビルも、全て瓦礫となって風唯の足元に山と積まれていた。

 咆哮を上げる。

 この間、汽御離は雨霧の居場所を掴み、接続子の先端を鋭くしたワイヤーで身体中を貫いていた。

 もう一人。

 錠丁は見つけていたが、いつの間にか混乱の中に身を隠してしまった。





 瓦礫と壊れた機械の鉄くずが山盛りになった中心に、茫然と空を見つめている風唯の小さな姿があった。

 何事が起こったのか。

 自動で頭の周りに浮かんだディスプレイに、悪魔のような風唯に殺される扶壬の姿が繰り返し流れていた。そして、天乃原を破壊する風唯が変化したクジラ。

『……予言者は闇に落ちていた救世主を見つけた。彼は天乃原で地獄の徒となった彼女を救済するために一時期闇の世界に行く。そして、二人は復活し、世界を救うであろう』

 その文句が何重にもなって繰り返される。

 山を登って来た汽御離が、瓢宇に造らせた覚醒用のLショットを。彼女の筋肉に注射する。

 ジワリと効いてきて、風唯は汽御離に顔をやる。

「……新しい問題が出てきてるみたいだぞ。さっさと引退したいのに、なんなんだあの連中は……」

 面倒臭そうに深く息を吐く。

「とりあえずの脅威は去った。ビハークルに戻るぞ。今回のは実に興味深い。私も一度ゆっくり整理したい」

 彼の手を取って風唯は瓦礫と廃材の中に埋まった下半身を外に出して、よろけながら立ち上がった。

 Lショットのせいか、何か気分が晴れ晴れしい。

 一方で、天乃原への憎しみが強くなっていることに気づいた。





 ビハークルでは瓢宇が机に付き、そこに座っている端譜菜が待っていた。

「……まずいことになったぞ?」

 瓢宇が珍しく硬い表情をしていた。

「やるね、あんたら」

 同じ無表情でも、こちらは若干の喜びを感じさせた。

「ディスコルシアが「偽りの預言者」と認定した扶壬を、悪魔の姿をした風唯が殺した。これは、悪魔側だった扶壬という位置付けを否定するものだ。あの映像そのものが、ディスコルシアにとって扶壬が予言者であった証拠となる」

「……あたしはただ、扶壬を殺しただけだよ。気に喰わない奴やつは殺すのがあたしの主義でね」

「それが証明になったんだよ。風唯、あんたはこれで「偽りの預言者」と名を堕とされていたせいで影響下にあった救世主だが悪魔の姿をしていた存在となった」

「……まじかよ」

 もはや、風唯にはそれしか言葉が出ない。

 ただ、気持ちの変化があったことは確かだった。

 酷くポジティブな破壊欲が、薄暗い憎しみと惨めさに加わっていた。

「何が問題かというと、これはディスコルシア否定になるということだ」

「それこそ何が問題?」

 重く語る瓢宇に、端譜菜が調子を崩さずに口をはさんだ。

「あたしがここに来た時点で、その可能性は九割あったわ。想定内よ、全て」

「……ここに来る奴は、厄介事しか持ってこない」

 瓢宇は思わず舌打ちして小声でつぶやいていた。

「これでディスコルシアは割れる。あたしはあの古臭い艦が大嫌いなんだよね」

 彼等を放っておき、ソファに座った汽御離はディスプレイを幾つも浮かべて、解析を続けていた。

「……わたしも相手の能力の影響を受けた。雨霧のだ。ただ、あれはどこまで使える者なのか、よくわからない」

 ぽつりと言う。

「どこまで?」

 風唯が促す。

 疲れていたので、正面のソファに背かなをもたらせる。

「影響範囲とその維持時間などだ」  

 自身にも違和感があるという。

 風唯は息をついて立ち上がった。

 落ち着かない。

 彼女は独りで艦橋からでて、明かりの灯っていない機関室の一画に座った。

 機動部は停止して静寂が支配していた。

『世界はおまえのままにできるんだ。嫌いだと言うなら俺のところに来い。世界を壊そう。人々を皆殺しにしよう』

 流玖と出会った後の彼の言葉が思い起こされた。

 今までになく強烈に。

 その時、彼女は自殺願望を殺人衝動・破壊衝動へと変えたのだ。

 忘れていた感情が、抵抗なく思いだされて新たに身体中に充満する。

 ただそこから抜けたものがあった。

 自殺願望だ。

 死にたいという気持ちがいつの間にか無くなっていた。

 救世主という言葉が引き金なのだろうか。

 今はただ、殺したい。壊したい。

 これが救世主か?

 風唯は嗤ってしまう。

 なら見せてくれようじゃないか、と思った。死と破壊しかもたらしてこなかった自分という救世主が君臨した世界を、この天乃原に。

 彼女は全ての自分を受け入れた。

 破壊と絶望を土砂のように降り注いでやるのだ。





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