第八章
「ディスコルシア艦長以下、参謀本部は激怒している。解導因子が襲撃してきたことにな。それで、彼等を天乃原の正式排除を宣言する予定だ」
ビハークルの艦長室で、ソファに座りながら汽御離は説明する。
艦内循環造成所でできた野菜と肉を炒めた昼食を取った後だった。
「大ごとになったなぁ。まぁあたしを利用したついでに襲って来たんだからざまぁって気分で、ものすごく心地が良い。事実上の処刑宣告じゃないか」
「……というのは、表の話でな。ディスコルシアの艦長は、元々大きくなりすぎて邪魔だった正教会とその影響下にある騎士団という二勢力をどうにかしたいらしい」
「解導因子がアレになるならどうでもいいけどな。で、うち等の関係は?」
「そんな内輪もめに巻き込まれるわけには行かない。さっさと解導因子潰しの先鋒だと主張して、回避する。あいつらを相手にするのは、最悪仕方がないが」
「……結局そこは変わらないのか。宣言するだけでさせといてやるのはあたしたちだけってこと?」
「その方が、巻き込まれないで済む」
「なるほど。解導因子ねぇ……前から衝突は避けてたんだけどな。逃げても逃げても何かが出てくるな」
言う割に口調は淡々としていたのは、対解導因子を覚悟したからだ。
「……なんか巻き込まれるどうこうという話、わたしに刺さるんだが?」
白衣で本を両脇に積んでる机のむこうで聞いていた瓢宇が皮肉な表情をする。
「被害者ヅラする気とは、図々しいな」
鼻で笑う汽御離の眼前に、映像が映り出された。
若い男らしいが、バラバラにされた四肢が血まみれの池の上に転がっていた。
傷口はどれも綺麗で抵抗の痕がなく、明らかに不意打ちでの犯行とみられた。
「早速、わたしに容疑が掛かるかのような噂が出ている」
「誰これ?」
「正教会で過激原理主義一派の司祭だ」
風唯に言う瓢宇の態度はやれやれと言いたげだ。
「噂など知ったことじゃないな。丁度いい、なりきってみたらどうだ?」
適当そうな汽御離は楽し気だ。
「極悪人め」
瓢宇は不愉快そうに鼻を鳴らした。
第三十一区画。
二十代前半のタイトなセーターにカーゴパンツでショートカットに耳の後ろを伸ばした女性が、神社の境内脇の森林公園でペッドボトルの日本酒を直接口に運びつつ、傍のストリートミュージシャンの演奏を聞いていた。
まばらだが、人は思わず足を止める上手さだ。
彼女はいきなり立ち上がると、彼等の中に入ってボーカルからマイクを奪い、演奏が一瞬病みかける中、アップテンポで乱雑なラップ調で歌いだした。
彼女は隣で聴いている間にコード進行の特徴と、数曲奏でられた曲風のパターンを覚えていたたため、メンバーは逆にそのまま即興で進め、ボーカルももう一本のマイクを取って彼女に合わせて歌いだす。
周りの人々は一気に増えだし、完全に場は少女とバンドの作る空気が支配した。
「あー、いたいた」
コート姿の錫羽羅が公園に入ると、彼女を見つける。
ラップを奏でているのは、解導因子局長の詫雅深模流だった。
錫羽羅はやれやれと、彼女の荷物が置いてあるところに座って騒いでいる深模流が気が住むまで待った。
メンバーと軽いハグをしてマイクを離した彼女は、機嫌よさげに錫羽羅の傍にあぐらをかいた。
「一緒に入ってくればよかったのに、何でここでぼんやりしてるのさ?」
「冗談やめろ」
錫羽羅は苦笑しつつ応えた。
また深模流はペッドボトルの日本酒に一口つける。
匂いから、錫羽羅は安酒だとわかった。
「のん気だな。かなりウチが追い詰められている話がでてるのに」
「だからおまえを沙織会の維蕪のとこに行かせたんじゃないか」
「行けしか言ってないだろう? 普通はどうこうって指示あってもいいもんだぞ?」
錫羽羅は深模流の大雑把さに多少の非難を訴える。
ただ、いつものことなので言いたいことを言っただけだったが。
わかっている深模流は笑い、結果を聞く。
「まず、天乃原は沙織会と天乃原統括機関は繋がって、管理機構を圧倒している。ゲリラの巣窟だと噂の人材派遣NPО法人阿藏が、沙織会の下に入っている。俺たちイマジロイド討伐派としては、この波に乗るのは曲芸ものだ。挙句にディスコルシアから排除宣告だ」
「いやぁ、存亡の危機だねぇ。「天乃夜明け作戦」に参加したことを思いだすわ」
のん気さ丸出しの深模流。
だが、眼は笑っていなかった。
「曲芸やるんだろ? ディスコルシアをつつくって線で」
さらりと述べられた言葉に、錫羽羅すら一瞬、二の句が告げられなかった。
「だろう?」ではない。「やる」という意味なのだ、彼女の場合は。
錫羽羅が接触して行ってきたことは、調整などと情報収集だ。
沙織会とのチャンネルを持ち帰った。ただ、どうしても、天乃原統括機関というイマジロイド派の壁にぶち当たっていたのだ。
深模流は、そこで排除宣言を出してきた古い天乃原の先住人種の根拠であるディスコルシアに介入するというのだ。
「丁度、あそこで司祭級の幹部の一人が殺害されたところだ」
彼女は思いだしたかのような口調で、ついでにペッドボトルを口に傾ける。
「……なるほど?」
殺したのは深模流の指示だろう。やっと錫羽羅の腹が決まる。
そうなると、錫羽羅は自身の血が湧き高揚して殺気だって来たのを押さえて、鋭い表情になる。
野良のコングロマリッとして、ただ生きるために暴れていた頃を思い出す。
ディスコルシアと解導因子の存在を賭けた全面戦争が始まるのだ。
扶壬の次の手は決まっていた。
沙織会と組んだ次の目標は、ディスコルシアだった。
コングロマリットなどと違い、理念で存在する彼等は扶壬からすると不穏分子なのだ。それに、自身が「偽りの預言者」という烙印を押されている。
解導因子の動向も掴んでいた。
ここでディスコルシアを引き込めば、彼は沙織会の下の存在ではなく、明らかに対等以上になれる。
陽霧鉄道に乗りながら、彼はゆったりと窓の外の風景を眺めた。




