第六章
イマジロイドではなく人間の子供というところに価値があった。
乱立するコングロマリットの一つに、要人暗殺専門の組織が造られた。
その時、孤児だった風唯は路上での四人の大人相手に一人で喧嘩を挑み、ズタボロ寸前でその場を収めた我汰流久という中年の男に拾われた。
風唯はストリートで孤立していたが、負けん気の強さでは有名だった。
ただ、それは元から持つ、居場所もなくただただ死にたいという破壊衝動が外に発散されていただけだった。
流久は興味をもち、新しく設立したコングロマリットの一要員として訓練を受けた。
ストリートでは考えられない食事と寝床を与えられた。当時はやりの服などを頻繁にプレゼントされた。
はじめ、憑き物が取れたかのように大人しく、暗くなっていた風唯だったが、だんだんとただ、大人しくなっていった。
すでに世界に絶望していた彼女の心も氷解しかけた。
訓練は彼女にとって良い発散効果になった。
死にたいのは変わらない。だが、不条理に死ぬのは納得できない。
元々、世界が不条理だからだ。
こうして、居場所だけは確保した風唯はいつの間にかコングロマリットの一暗殺者となっていた。
何よりも自分を頼られ、その期待に沿って死体を増やすたびに流久は喜んだ。
誰かが自分で喜んでくれるというのは初めての体験だった。
流石に暗殺専門というだけあって組織は次第に他コングロマリットの憎悪と嫌悪を呼び起こし、ある明け方、本部は襲撃されて組織のメンバーの多くが殺害された。
流久もだった。
再び寄りどころの無くなった風唯に目を付けたのが緯麻だった。
すぐに引き取り、自分の第二別室に招いた。
またも、意識を殺して人形同然になる前に、新しい居場所を得た。
そこの緯麻が行方不明になったのは、期待しないのが癖になっている風唯にとって複雑だった。
さらには、暗殺実行の時と同じハンズフリーになったのだ。
少しだが解放感が身体に宿った。
今は解導因子と統括機関を敵に回して追い詰められ、逆に生を実感できていた。
生もののゴミだった彼女は、政治犯として世間に「受け入れられた」
この気分の高揚は今までにないものだった。
殺られるなら殺る。
風唯は強く思うことができた。
頼るは、天乃原を構成する艦船の中で最も古い二等巡洋艦ディスコルシアだった。
第四章
高層天乃原のビルの一画。
周りが廃材で出来た家ばかりなので、四階建てのコンクリート製の建物は目立っていた。
最上階の一室でチェス盤を前に手を考えている風な男は、同時に分厚い熱力学の本のページを開いて膝にのせていた。
オートクチュールでスリーピースのスーツ姿で、白くなった髪は後ろに撫でつけ、辺りの空気の中心的存在という雰囲気で椅子にすわっている五十四歳だ。
元沙織衆の会長で、現在は天乃原で最も巨大なコングロマリットであるは沙織コングロマリットの役員である。他の役員は取引先の役員も兼業している者達であり、社長は沙織衆の会長である。
一歩引いた院政を敷く、事実上の支配者と言って良い。
天乃原の新興勢力と旧勢力の争いの中、今だどちらにつくともハッキリとした発言をしていない。
役員として旧勢力に接触しつつ、現会長は新興勢力と交友を深めている。
チェス盤のむこうには、ぼんやりとした表情の緯麻が比べれば安物になるが同じくスーツを着て、傍に紅茶のカップを置いて座っていた。
「急かせても良いことないぞ」
維蕪祥涼が、本に目を落としながら言う。
「……どっちつかずが一番危険なんだよ。わかっているだろう?」
ボーンを持ち上げる緯麻。
「あんたを保護している。これだけで良いカードなんだよ。それに解導因子にあんたの部下を処理するように命じている」
チラリとチェス盤に目をやる。
「『天乃原の痴呆、詫雅深模流』のか。そのカード、大事にしてもらいたいな」
「解導因子も上が混乱していると、元々の存在意義が消える集団だからな。とりあえず、ウチの言うことを聞くらしい。これもまたカードだ。政府の情報を両枚とも持っていて、新旧勢力も黙って放って置くことはできないし、下手な手出しもできないからな」
「なるほど。手元に置けるものは置いて行く主義か」
緯麻は面倒臭そうな口調はいつものモノだ。
「せっかくの機会だ。有効的に使わせてもらう。それに今の状態が続くなら、それこそ理想だ」
何ら惜しむこともせずに、新しい本のページを開きつつ、考えを聞かせて見せる。
襟首や、手がやや硬質な印象を受ける。
祥涼は半イマジロイドだった。
淡々としたまま惜しむ様子も見せてこなかったが、緯麻はそれが考えの一部でしかないことを読んでいた。
大体、情報を持ち手出しができないというのなら緯麻もそうだ。
直接消せばいいだけの話だが、緯麻は転がり込んだ祥涼が良い機会とばかりに保護している状態である。
それを利用するつもりもなく、手元に置いておくわけがない。
焦でる気配が微塵も感じられない祥涼にあわせうように、緯麻は欠伸をした。
「実はこっちは「クジラ」を使える」
祥涼の眼が鋭く緯麻に向けられた。
「……これだから、あんたは油断できない。ここで一緒にいることを光栄に思うよ」
そう言った時には、また本に顔を落としていた。
結局、風唯の思い付きであるディスコルシア行きは、難関に差し掛かった。
二等巡洋艦ディスコルシアから直接の連絡があり、半径八十キロ付近を超えると敵対行為とみなすとの警告が来たのだ。
考え込む風唯のいる艦橋に、汽御離が堂々と入って来た。
再び回線を開く動作は手慣れたもので、まるで勝手知ったる挙動だった。
『こちら潜艦ビハークル』
繋がったらしいが、風唯の知らない名前の艦だった。
「瓢宇はいるか? こちら汽御離だ」
『少々お待ちください』
三十秒も経たず、再び同じ声がした。
『歓迎します。港へどうぞ』
「ライフラインはきちんと整備しておくことだ」
彼は桧珂偽にポイントを指示すると、チラリと風唯に目をやり、再び客室に戻っていった。
「へぇ。ライフラインねぇ……」
ビハークルの名称は風唯も聞いたことがあった。
天乃原第一帝政時代に立ち上げられた遺構研究所として。
位置ポイントはディスコルシアよりも百キロ離れたところ場所である。
すでにそのポイントの区画は廃棄されているはずだった。鋼鉄の箱のような区画は錆びと自然に生えた雑草やコケにまみれて天乃原に何とか繋がっていた。
だが、その表面を超えると、別世界が広がっていた。
「ボロボロじゃねえか」
入港態勢に入った艦橋で、廃墟のような風景を前にぼそりとつぶやく。
ビハークル遺跡研究所は、第一帝政と共に産まれ、その没落に力を貸した集団が所属している組織だった。
係留所である港は、一本高く掲げられた塔のようなモノだった。
風唯は胡散臭さを地上の埋没艦から感じていた。
十二隻の飛行艇は、港に泊まり中から出て来たのは、汽御離と風唯だけだった。
桧珂偽には強くここにとどまるように他の艦船に伝えるよう汽御離は言っておいた。
錆びでほぼ茶色くなったゴンドラが、二人をビハークル潜艦内に運ぶ。
「……よ。久しぶり」
感慨も何もなく、昨日会ってからまた遭遇したかのようなフランクさで、髪の長い、小柄な白衣姿の少女が底で止まったゴンドラの扉が開くのを待っていた。
明らかに十代前半。左目の下になぞるように幾つも赤い点のタトゥーを入れ、独自フレーバーの電子タバコを咥えている。
「おまえ、まだディスコルシアに還えれてなかったか」
「還ったら還ったでややこしいことになる。ここで自立しながら引っ込んでるのが一番都合が良い」
汽御離と瓢宇らしき少女がお互い淡々とやり取りする。
「で、これは?」
風唯にジト目を向ける。
「殺人兵器の風唯。キフミ所属だ」
さらりと言われる。
「ふーん。殺し屋か」
少女は興味があるのか無いのか、じっと風唯の顔を覗きこんだと思うとすぐに身を翻す。
「何屋でも良いけど、殺し屋とかカッコよさげだな」
淡々と二人を先導しながら言う。
思いだしたように、独特の匂いのする薄暗い廊下を進みながら瓢宇は風唯に目をやった。
「ウチはお姫様お抱えでねぇ。どうよ、カッコいいだろ?」
「……そのお姫様を殺してほしいってことか?」
風唯は半ば冗談、半ば本気というていだった。
「んー、ウチのは相当なじゃじゃ馬だけど、やるなら脅す程度で十分かもしれない」
こちらも本当にそう思っているのかどちたかわからない口調だった。
ガラス窓のあるラボが並ぶ廊下を歩いてゆくいくが、人の気配はまったくしなかった。
突き当りの簡素なドアを開いて、ソファーが二つとそれに挟まれたテーブルが置かれ、奥に机のある部屋に入った。
瓢宇は机につき、二人にソファを勧める。
「で、何か用か?」
風唯は瓢宇の浮世離れした挙動に気が付いていた。
「出荷屋から出荷された」
汽御離は暗い楽し気な笑みを浮かべた。
「ああ、それで逃げて来たのか」
呑み込みが早い。
「私の逃亡人生は今に始まったことじゃないけどな」
汽御離が言うと、続いて普段積極的な発言の少ない風唯が口を開いた。
「……復讐したいんだよ」
怒りを腹の中に置いたままのような含みのある言葉だった。
「大体の事情はわかった。風唯さんが復讐したいと言うならお手伝いする」
あっさりと話を聞いてくれた瓢宇に、風唯は驚いて顔を上げた。
ここにたった一人で住んでいるような会ったばかりの少女に言われ、半ば呆れたのだ。
「……あんたら、目的は?」
一応、確認しておきたかった。
この場所と二人は怪しすぎる。
「ウチは人が使う技術の開発を行っている。それを役に立ててくれるのなら、悪魔だろうが殺し屋だろうが関係なく、喜んで手を貸すだけだよ」
瓢宇は快諾した理由を当然のように述べたが、風唯は何かが欠落した人間の言葉だと思った。
「……銃には弾丸が。刀には刃が必要だ。私は久しぶりに楽しいのだよ、風唯。これが目的だが特に理解は求めてない」
似たような言い方の汽御離は顎を少し浮かべて眼から感情を抜いたかのような顔をしていた。
「……あんたらが頭のネジがおかしいド変態どもだってことは把握した。これはあたしが首輪でもつけてやらないと駄目みたいだな」
自分のことを棚に上げ、溜め息交じりでつぶやくように風唯は言った。
「昔の汽御離の言葉をおしえてやるよ。『世の中は私の実験現場』だそうだ」
ニヤリとした瓢宇の表情から、軽い反撃のつもりらしいことがわかる。
「ああ、じゃあ実験と行くか。どうしたら天乃原をぶっ壊すことができるか、だ」
「いいねぇ。そこまでデカいとやりがいがある」
風唯と瓢宇はお互いに顔を向けながら意味深な笑みを見せ合った。
「……来るぞ、解導因子だ」
夕刻、飛行艦艇群の艦長たちをなだめすかして、桧珂偽にもっと集めるように要求して戻って来た風唯に、机についた瓢宇はあざ笑うかのように楽し気だった。
美味そうに電子タバコのフレーバーを味わっている。
「早すぎない?」
風唯は不審がる。
「奴らは地上と地下鉄道を手にしている。それを使ってるだけだね」
「統括機関のテロリストが鎖さ井駅を潰して、こっちには来れないようになってるんじゃないの?」
当然の疑問だった。
「偽装だろ? 鉄道会社もグルだ」
簡潔に風唯の思い込みが一蹴された。
瓢宇は彼女に小瓶を放り投げてよこした。
受け取った風唯賀見ると、中に錠剤が詰まっている。
「改良型のLショットだ。何時までも売人が出してる粗悪品なんか使うなよ」
「……ありがたいね」
「礼なら汽御離にどうぞ。作れと言って来たのはあいつだ」
「こちらもシゴトが早いことで」
「本業だからね。あるだろう、そういうの」
風唯に解導因子をぶつけようとしている意図が透けていた。
彼女にとっては、幾らでもどうぞという心境だ。
なにしろ売られた喧嘩なのだ。
「まぁ、任せろ。あんな脳筋どもなんざバラバラに切り刻んでそのまま天乃原の材料にしてやるよ」
「安い美味い早い店は繁盛するもんだよね」
地下鉄道と地上のマップをデータとして送ってきて、宇票はニタニタしていた。
ビハークル本艦から、一キロほど離れた天乃原本土の部分に路線が通っている。
その傍に巨大な縦穴が造られていた。
風唯は桧珂偽に連絡を取った。
汽御離が見当たらないが、Lショットを飲んで地上にでた風唯は気にもかけなかった。




