第四章
第二十二区にある歓楽街からしばらく坂を上った川の側にある会員制バー、リフトン。
料理人がカウンターの傍で調理しながら、バーテンダーが酒を出す、間接照明が主な店内だった。
大きなディスプレイには、恒例のイマジロイド暴動が映されている。
ボックス席は五つあり、その一つに、疏南がだらしなく寝ころんでいた。
「……あのアウトフレームを奪うとは、厄介な相手だな」
カウンターの一番奥に座る男は、独自のフレーバーレシピを混合した電子タバコを咥え、琥珀色したグラスを手にしていた。
銀色の髪を後ろに撫でつけ、両耳に蛇のタトゥーを入れた広い肩幅の長身痩躯。黒いサマーニットに七丈のサルエルパンツを履いた、二十歳前後に見える青年だ。
どこか近寄りがたい、鋭さを持った雰囲気を身にまとっている。
「……こっちとしては、緯麻に揺すりをかけたかったんだけどよぉ。意外とその部下がやりやがって、計算外もいいとこ」
疏南は手も付けずにそのまま上半身を上げて起こす。
灯香警備会社というところは、天乃原管理機構の事務次官級の人間ばかりを受け皿にしているのだ。その上、警備会社という名のもとに武装組織も持っている。事実上の天乃原軍だ。
公にされてはないが、天乃原の裏の政府とも目されていた。
「ならその部下とかいうのも放っては置けないな。こっちの足跡を手元にされてるんじゃあ」
「普通ならな」
髪を軽く掻きむしるようにして、疏南は息を吐いた。
「……何か考えがあるのか?」
期待していない口調だった。
男は緋於扶壬。人材派遣NPО法人阿藏のミッションだった。
元ディスコルシアの内部統括次長だったため、元々疏南と知古の仲である。さらには、天乃管理機構の持つ非合法のもう一つの軍事組織である機構軍の元大佐だ。
過去、何度か試みられて寸前で発動を中止させられていた東京占領作戦「天乃夜明け」立案・計画者でもあった。
彼からすれば、疏南は余りに杜撰な性格をしているのだ。
「気に喰わない態度だなぁ。あたしじゃなくて、軌音だって言ったら納得するか?」
「する」
即答だった。
相変らず、ハッキリした性格だった。
そうだろうねぇと言わんばかりに、疏南は鼻で笑う。
「二人とも、出来たぞー」
カウンター越しに、少女が弾けるように言った。
トン汁とゴボウサラダ、トマトの中心をくり抜いたハンバーグに、アジの活け造りに酒を、カウンターに次々と並べてくる。
ディスコルシア正教会から破門・追放を宣告された割りに、暗さを感じさせない。
「で、軌音。疏南から聞いたが考えがあるとか」
すぐにカウンターに来てすぐに勢いよく食べだす疏南を傍目に、電子タバコを加えソファにのけ反って扶壬は尋ねる。
垢のメッシュを入れた黒い髪を左側だけを顎元まで伸ばして、反対側は縛り額を出す形にしている軌音は、小柄で細身で十八歳。疏南と同い年だ。
青と緑のチェック柄パーカーを着て、デニムのワイドハーフパンツを履いている。
雰囲気も表情もどこかふわふわとしていて掴みどころがない。
「なにがー? いきなり言われてもねー」
「……ファルコの店にいた出荷屋の二人だ」
「ああ、あれねぇ……」
楽し気な表情になる。
「放っておくのか?」
軌音はゴボウサラダを箸にとって、扶壬に突きつけた。
「そうです。どうせなら、こっちの情報を少し流してやるのです」
扶壬は無表情で咀嚼しながら、次の言葉を待つ。
「それからどうするんだっけ?」
本気とも冗談とも取れる、感情のない口調で疏南は聞いた。
「ウチの下のところを窓口にして、そこに最後収容するの。そうすれば、対灯香の切り札になる」
扶壬は無言で疏南に目をやった。
「……そんな目で見るな。あたしらがあんなのにやられるわけないだ?」
当然のような疏南だった。
それにしても、相変らずの軌音の読めなさである。
これほど捉えどころのない雰囲気をしているというのに、考えることが隙をついたもので、しかもしっかりとしている。
「悪くない。こちらもバックアップしよう。ウチの目的にも叶う」
「聞かなきゃ、関係ないツラしようとしてたのかよ?」
疏南はやれやれと言う風に顔をそむける。
「ウチは、天乃原管理機構を乗っ取るのが目的だ。出荷屋はいずれ処理しなきゃならないところだからな」
「あんた油断ならないって、みんな言ってるよ?」
疏南は遠回しな嫌味を吐いたが、扶壬には少しの痛手にもならなかったようだった。
扶壬の所属する組織は、古いディスコルシア勢力をそのまま、天乃原管理機構にスライドさせるのが目的だった。
ディスコルシアは、天乃原管理機構が出来た当初からの存在感を持つ艦である。
当然、天乃原管理機構に根強く喰い込んでいた。
だが、新しい勢力が台頭してきた。
当初彼等はロビイスト活動で主導権を取っていたが、今や堂々と政権の要職に就き、大衆の反感を買っていた。
しかも現行の彼らには、古い新天地開拓の精神を持った第二巡洋艦ディスコルシア号の理念はなく、逆に原理主義とも取れる強情なディスコルシア至上主義を唱えているのだった。
そこから、古い自由なディスコルシア民を移し替えようというのが、扶壬らの意図だった。
灯香警備会社第二課別室は、原理主義的な現行の統治機関の工作を行うところである。
幾つかある天乃原関係組織の癌の有力な一つだ。
ここを潰すのに、異論のあるはずものかった。
「おまえだって、大鎌の悪魔と言われてるじゃないか。何人殺してきたんだ?」
ことのついでにつつく程度の目的で言い返す。
「『偽りの預言者』とか大仰な呼ばれ方してる人、どうしてる?」
今、彼等の勢力の中で「偽りの預言者」と敵対者に呼ばれている四人の存在にまみえることができるのは扶壬だけだった。
「大鎌の悪魔とかに期待してるらしいな。そこに、『神意の巫女』も加わっているんだ。頼もしいだろうよ」
「あたしらはらはただ、宣託に従っただけだ。じゃなきゃ、あんたらみたいのと一緒にはいない」
やや怒気をはらんで、疏南は悔しさを込めた言葉を吐く。
彼女は直情的なところがある。
二人は元々、扶壬らの組織とは関係が無かった。
ただ同じ「捨て子」であり、ディスコルシアに拾われた身である。
そこで、破門・追放の目にあった彼女らを拾ったのが扶壬だった。
彼は表情を消して、新しい電子タバコのユニットを入れ替えた。
だいたい、自分も本来ならこのような立場にいないはずだったのだ。
彼は逆にこの地位が自分を活かすものだと思っている。
復讐というものだ。
彼女らと同じ旧イマジロイドの直系である「捨て子」である彼としては。
「こっちも少し、解放しようか」
扶壬はこの場で不敵に笑み、煙を吐いた。
午前四時十分、天乃原第十区画にある政治犯・凶悪犯収容の為緒都刑務所が爆破された。
同時刻、第八区画でイマジロイドの蜂起発生。
午前五時三十二分、第四区画にある陽霧鉄道の東北部中央寄りにある鎖さ井駅が何者かに占領され、交通はストップ。駅構内にいる三百四十四人が人質に取られた。
犯人グループは、陽霧鉄道の職員である圃惟可の身柄受け渡しを要求してきた。
「……知らん顔できる?」
風唯は、第十七区画のレンガ造りのセーフハウス内で、ソファから寝起き様、離れたテーブルに座ったままの汽御離に適当な言葉を投げた。
「君が存在していなかったならできるだろう」
汽御離は無慈悲とも取れるほど、即答した。
二人とも、灯香所属となった時に事件のニュースは脳内に自然に収集されるようになっていたが、特に関連事項に関しては警報とも言える反応を起こさせ、風唯を目覚めさせたのだ。
「……あんただけなら何事もなかったかのような言い方だなぁ。一人で逃げ切る自信の根拠を教えてくれませんかね?」
「それに見合うものを差し出してくれれば」
存在しないものを要求するような言い方だった。
風唯は不機嫌そうになったまま、緯麻に連絡を取ろうとした。
だが、本人は不在で今どこにいるかも教えられないという。
風唯は思わず木でできた床をブーツの踵で思い切り踏んだ。
『起きてるか?』
床に落ちていた携帯通信機が勝手に通話状態になり、解導因子の錫羽羅の声がした。
「……お陰で良い寝起きだったよ」
風唯は、携帯通信機を拾い、ソファに座り直した。
『最悪だ。為緒都から脱走した奴らが、鎖さ井駅で籠城した。知ってるだろ?』
「知りたくも無いって今話してたところ」
『以前おまえが言っていた、圃惟可関連だ。それだけじゃないどころの連中も脱獄してる』
「例えば?」
関係ないという理由を探す間を作るために、風唯は聞いた。
『マッド・ボマーという爆弾魔の名前を付けられた奴とかな。こいつは共振を操ることができて、恣意的な場所にクジラを発生できる』
聞いたことがある。
彼女が物心つく頃に捕まった男だ。
当時の天乃原は雨普圏の名前で出される犯行声明に恐怖のどん底に落とされたものだった。
「今回の事件と関連は?」
『不明だ。ただウチの出動に、珍しくディスコルシア騎士団が妨害しようとする動きが一切ない』
「どういうこと?」
『つまりは、ウチの使って犠牲者だすより、おまえらが乗り込んで解決するのが最も簡潔な計画だろ?』
さらりと、言ってのけてくる。
「……交渉で時間潰すとかそういうの無いわけ?」
最後の抵抗で多少怒気の孕んだ声を出す。
『ウチは実力行使部隊だ。そんなもんはない』
「そんなところに突入しろとか、馬鹿じゃねぇの!?」
緯麻に連絡が取れない不満と共に、風唯は怒鳴っていた。
『馬鹿じゃないと、俺らみたいな仕事はできないだろう? 早動部隊は出している。おまえらに協力するように伝えてあるから安心してくれ』
むしろ、誇るように錫羽羅は言って続けた。
早動部隊とは、解導因子の早期対応部隊だった。
「……何が実力行使部隊だよ」
不満下に、ボソリとつぶやいた風唯は通信を切る。
ふと見ると、興味深そうな汽緒離の目があった。
風唯は通信携帯器を懐に入れて、ワザと高い音で舌打ちした。




