第三章
風唯の不満は爆発寸前だった。
「クジラの映像でわかった。そいつらは、ディスコルシアの棄民だなぁ、まぁ表のところは。名前は逢珂疏南。今はディスコルシア正教会から破門されている元教会騎士団員だよ。破門どころか、内部にある異端審問で有罪の死刑を受けたあと、逃亡してるけどねぇ」
天乃原治安実行部隊である解導因子の錫羽羅は、中央区の本部脇で風唯を迎えていた。 錫羽羅は解導因子の三人いる副隊長の一人だが、事実上の隊長として周囲からは見られていた。
その割に腰が軽く、上は天乃原高官から下はストリート・チルドレンまで尋ねて来る者には時間の許す限りだが、遠慮なく話を聞く。
美丈夫で任務中は冷酷非道と言われているが、普段は砕けた性格の人好きで、その辺にいる親切なお兄さんといった調子だった。
不満そうなのは、風唯だった。
「……そんな顔されてもなぁ」
錫羽羅は苦笑する。
「まるっきり、ウチと関係ないじゃん」
しかも襲撃時にいたのは二人のはずだ。
「知らねぇよ。ただディスコルシアは天乃原初期に合併した艦組織だ。古い天乃原関係者もいる。そこから死刑宣告くらったんだ。並大抵の理由じゃないだろうな」
「そこまでは喰い込んでないの?」
「ウチも新興でねぇ。あの、鵺じみた中央部中枢にコミットするには並大抵のことじゃねぇんだわ」
風唯は、据わった目を向ける。
解導因子は、主に対ディルコルシア組織だ。そこで錫羽羅は濁すのに、不審を持った。
「……じゃあもう一つ。陽霧鉄道で何か事件ない? 万引きでも不倫でもいい」
声は相変わらず、ボソボソとしている。
「荒れに荒れ中の名も知らんのか? 接続艦諸勢力と、本部統制局で揉めてるよ。特に、地上への鉄道線敷設論有力者だった、運輸機関局第二部長の圃惟可が失踪したのがでかいな」
接続艦諸勢力と言えば、ディスコルシアのような例外はあるが大抵、コングロマリットが関係ある。
「へぇー……」
扶儀野霧衣は風唯も知っていた。二人目の失踪偽装の目標だった。
今、天乃原外縁にあるサナトリウムに監禁している。
「死者は?」
「確認されていない。」
「圃惟可っているでしょ? どんな人かわかる?」
「あー、……汚職の権化みたいな奴だよ。関係しているコングロマリット組織は多岐にわたったうえに、会社の金を天乃原管理機構にかなり配ってる。それで一時期、陽霧鉄道を事実上の支配下に置いていたな。実力者がいなくなった今でも統制局の扶儀野霧衣と運輸機関局とが争ってる。噂としては、あんたらが関わっているんじゃないかという話だが?」
「あたしら?」
「圃惟可は、郷之技研というところと取引があった。郷之は灯香警備の死体処理を扱っているところだ。ディスコルシアも関係ある。あんたがファルコで一緒にいた男が所属してるところだよ」
「疑ってるわけか? だからって関係あるとは限らないんじゃ?」
「郷乃はこれまた幾つかのアウトフレーム開発会社大手と取引している。どういうことか、わかるかい?」
「……なるほど。ありがとう。ウチの使えそうな時は言って」
「あー、ね。こっちもこれから色々入り用だからねぇ。そうさせてもらう」
錫羽羅は屈託のない笑顔で応えた。
風唯は嫌がるかのような反応を悟られないよう、ゆっくり顔を背け、天井に眼をやる。
やや曇り気味の空は飛行艦がゆっくりと、数隻、行き来していた。
郷之のことは以前から知っていた。公然の秘密というやつだ。
天乃機構データベース管理人のこれも個人的データベースに携帯端末でアクセスすると、確かに郷之の二十六歳で他企業に出向中の主任の存在があった。
彼女はビジネスバッグを持って第十七区画に向かってチューブ内小型ジェットカプセルに乗って、五分で着いた。
そこは、鉄と錆びの二つの言葉が余りに似合う空間だった。
暖かい空調で空も明るいというのに、野外で製鉄作業をする人々の通りは、ところどころで火花が散り、炎が噴き出していた。騒音と独特の匂いが酷い。
ケープにワンピース姿は似合わないが、超然と通りを進んでいく。
細い通りに曲がって入って行くと、レンガ造りの住居がひしめく道には行った。
九件目のところで止まり、ドアをノックする。
自動ドアは開き、中の間接照明で照らされた部屋が目の前に現れる。
木製の床に、本棚と二つのテーブルに椅子。ベッドに端末機と冷蔵庫。
広い空間にそれだけが置かれていた。
汽御離と組むとなり、彼が急遽確保したセーフハウスの一つだ。
当の汽御離は、テーブルの一つにアウトフレームを寝かせて固定し、その横に立っていた。
スーツ姿に前掛けをしているが、その研究者じみた格好が妙に似合っていた。
風唯は近くに椅子を持ってくると、腰を下ろして疏南から聞いた話を伝えた。
「……コングロマリット動きの話が出てきてない」
冷静に汽御離は暴力組織の存在に関する点を指摘する。
「普段は突っ込んだ話もするんだけど、軽く尋ねにいっただけだから。それに解導因子もコングロマリットなんだよ」
「都合よく身内だけに甘いか。よくある話だ」
眼は半分解体しているアウトフレームに落とし、淡々とつまらなそうに言った。
「で、お陀仏した圃惟可はどうする? あたしとしては陽霧鉄道がああいうことなら、これ以上関わりたくない」
「……自分の脚元は大切にしたいということかね?」
据わった目で風唯は一瞬、睨んだ。
やはりという感だ。
関心なさげに、その目も汽御離は合わさない。
風唯は迷っていたが、今はっきりと決断した。
「それにしても、これは実に面白いな。アウトフレームとしては、常識外だ」
一変し、さも楽しそうに声を上げる。
「あんたこの区画に住んでたことあるの?」
「配線とも言うべきものが、イマジロイドの神経にそっくりで、結合関節部も見事なクッションを置いて円滑に動くようになっている。片方の巨大な眼はイマジロイドの物と電子機器の融合したものだ。あの時、二人と感じたのは、このせいの可能性もあることはある」
彼女を無視して、汽御離は続けていた。
「ここに住むのが一番似合ってそうだね。害もないだろうし」
そして、ビジネスバックから書類の入った封筒を差し出す。
汽御離は機械的に受け取った。
「新しいあんたの口座と身分証。これからは一人でやる。あんたにはバックアップだけでの協力を願う」
珍しくハッキリした口調の風唯、汽御離は目だけを上げて見る。
彼は封筒をテーブルの脇に置いて、前かがみだった姿勢をゆっくりと正した。
「……どういうことだね?」
「あんたの正体が確定するまで、あたしに関わるなって意味だよ。あんた、ディスコルシアと繋がってるウチの関連組織所属というじゃないか、郷之とかいう」
汽御離は背を伸ばし、居住まいを正した。
「だからなんだというのかね? 君の話は飛躍しすぎている」
「じゃあ、説明してもらおうか?」
「あそこは、古いアウトフレーム研究機関で実績も実力もある。そこがあらゆるところに繋がりがあるのは当然だ。そして私は郷之の主任だったが、腕を見込まれて灯香に出向してきた。何か問題はあるかね?」
「いきなりディスコルシアの連中に襲われたのはどうなんだよ?」
「どうして私が狙われて襲われなければならない? 出所は?」
「……解導因子と、データベース」
風唯は、不満そうに眉をしかめる。
汽御離は、息をつき手を軽くエプロンで拭く。
「解導因子から目をつけられているというのは、問題だ。灯香など腰かけとおもっていたが」
「冤罪と言いたいの? 神意裁判するか?」
「冗談になっていない。失踪偽装など後の話にしなければならない。まず、解導因子とディスコルシア関連を処理しなくては」
「なんか大変なことになってるね。じゃあ、新しい口座と身分証受け取ってくれるかな?」
淡々と風唯が他人事で言う。
「私といたというだけで、問題あると思うがね? 君は解導因子に自己申告しているのだよ? 聞きにいったという立場だが、彼等にしてみれば完全な関係者だ。無事で済むと思うか?」
言葉もでない風唯に、汽御離は続けた。
「君は暗殺ではそこそこやるようだが、世の中の機敏に欠けているな。いわゆる世間知らずだ。その上、基本的に全てに不信感があるようだな。まぁ、出身を考えれば無理もないが」
挑発気味の言葉を、軽い彼の反撃と風唯は受け取った。
「ならその実力の方を自身で見てみるか?」
リヴォルバーを抜いて彼に向かって構える。
「……ふむ。全て私のせいにして処理するのも手だな。だが、灯香の緯麻はどう見るか。自分が選んだ人物が不適材だったうえ、その判断を自分の部下にされた。二重に泥を塗られる行為だ。黙って見過ごすかな?」
風唯の目から力が抜ける。
そして銃を放り投げて、身を投げるように両足を宙に浮かせて椅子に再び腰を落とす。
「あーーー、めんどくせぇ! 何もかもが鬱陶しい! もう殺せ、殺してくれ!」
手足を振るう。
まるで子供が駄々をこねた様子だった。
「それよりも、このアウトフレームだ。今、構築後の主との切断から崩壊を止めるために内部冷凍をして全活動を停止させているが、さっき説明したことと加え、面白いことに、範囲三メートル四方の相手の運動神経を乗っ取る機能をもっている。ついでにこの大鎌も、接触したもの原子から破壊する。この二つは、別の系統が交じり合ったものだ。あの短期間で構築するとしても、ここまで性能の高いものを造れるとは驚愕だ」
「あたしたちは?」
素朴に聞く。
「私の抗体に接触したものはない。機能をもっている、らしいというのはそれを起こす機能を造っていたが、どこか機能不全な状態だという結論だ。これを使った以前の連中はどうなっているのか知りたいものだ」
「うわ、悪趣味。趣味で解剖とかしてても不思議じゃない」
風唯は目の前でぼそりと口にする。
その時、携帯通信機に暗号で命令が下りて来た。
『二回目の任務だ。神意裁判の評決が下った。陽霧鉄道の運輸機関局第二部長圃惟可への工作を命ずる』
緯麻室長からのモノだった。
誘拐命令だ。
汽御離にも同じものが届いたため、お互い目を見合わせる。
圃惟可は死んでいる。
正直に上申すべきかどうかだが、暗黙理のうちに二人は復命の返事を送っただけだった。




